プーチン氏の巧みな外交 朝鮮半島有事への自動介入の約束を回避

プーチン氏の巧みな外交 朝鮮半島有事への自動介入の約束を回避
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00179/062400218/?n_cid=nbpds_top3

『 By
Eisuke Mori
Read time:11min
2024.6.25

この記事の3つのポイント

ロシアと北朝鮮が新条約を結んだ
ロシアが懸念する戦争への自動介入条項は復活せず
技術協力は、北朝鮮のSLBM開発を促し日本の脅威となる

ロシアのプーチン大統領が24年ぶりに訪朝し、包括的戦略パートナーシップ条約を結んだ。注目点は(1)戦時の自動介入(2)条約の有効期間(3)航空宇宙分野の技術協力――だ。自動介入条項は復活せず、プーチン大統領は懸念を緩和した。北朝鮮はロシアの核の傘を獲得。その先に核シェアリングも考えられる。技術協力は、北朝鮮の潜水艦発射核ミサイル開発を促進する。日本にとって大きな脅威となる。北朝鮮の安全保障戦略に詳しい武貞秀士・前拓殖大学大学院特任教授に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

ロシアのプーチン大統領が24年ぶりに訪朝し、平壌で金正恩(キム・ジョンウン)総書記との首脳会談に臨みました。両首脳は6月19日、ロ朝包括的戦略パートナーシップ条約(以下、24年条約)に署名。武貞さんは一連の動きのどこに注目しましたか。

武貞秀士・前拓殖大学大学院特任教授(以下、武貞氏):私は次の3点に注目しました。第1は、軍事協力について、プーチン大統領と金正恩総書記との間で一致している点は何か、食い違っている点は何か。第2は条約の有効期間。第3は、宇宙航空分野の技術支援をロシアがどこまで約束したか、です。

順に詳細をうかがいます。軍事協力をめぐる食い違いが生じるポイントはどこですか。

武貞氏:自動介入条項です。両国が1961年に結んだ「ソ朝友好協力相互援助条約(以下、61年条約)」には次の条項がありました。「いずれか一方の締約国がいずれかの一国又は同盟国家群から武力攻撃を受け、戦争状態に入つたときは、他方の締約国は、直ちにその有するすべての手段をもつて軍事的及び他の援助を供与するものとする」

武貞 秀士(たけさだ・ひでし)氏

前拓殖大学大学院客員教授。専門は朝鮮半島の軍事・国際関係論。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。韓国延世大学韓国語学堂卒業。防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。2011年、統括研究官を最後に防衛省退職。韓国延世大学国際学部専任教授を経て、拓殖大学大学院客員教授に。24年3月に退職。著書に『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所)、『防衛庁教官の北朝鮮深層分析』(KKベストセラーズ)、『恐るべき戦略家・金正日』(PHP研究所)など。

 けれども、ソ連(当時)が崩壊したのに伴い、同条約は96年に失効。2000年に両国が締結した「ロ朝友好善隣協力条約(以下、00年条約)」には相互防衛を定める条項自体が存在しません。このため北朝鮮は相互防衛条項、さらには自動介入条項の復活を望んでいました。

対北朝鮮関係は、ロシア極東開発の要

 実はプーチン大統領も、61年条約の失効には反対でした。同条約には「あらゆる面で両国は友好関係にある」との精神に基づくという特徴がありました。

その精神は次の条文に表れています。「いずれの一方の締約国も、他方の締約国を目標とするいかなる同盟をも締結せず、いかなる連合及び行動又は措置にも参加しないことを約束する」「両締約国は、平和の強化及び全般的安全を促進する熱意を指針として、両国の利益に触れるすべての重要な国際問題について相互に協議するものとする」。この精神が00年条約には反映されていないからです。

 プーチン大統領はこの精神を引き継ぎたかった。しかし、00年条約は、プーチン氏が大統領選に勝利する直前の同年2月に締結されたもの。プーチン大統領はこれに口を挟むことができませんでした。じくじたる思いだったと推測します。

 なぜ全面的な友好が必要なのか。それは、ウクライナ戦争において北朝鮮の協力が必要であることに加えて、プーチン大統領がロシア経済再建のため極東地域の経済発展を重視しており、北朝鮮との友好関係がその基礎になると考えているからです。

61年条約の精神を受け継ぎ、極東地域の経済発展を促すため、(A)沿海州行政府のトップを閣僚級に格上げ(B)世界の首脳を集める東方経済フォーラムをウラジオストクで開催(C)シベリア鉄道を利用して朝鮮半島と欧州をつなぐ陸運体制を確立――を次々と実行しました。

61年条約には「両締約国は(中略)友好及び協力の精神において、両国との間の経済的及び文化的関係を発展強化させ、あらゆる可能な援助を相互に供与し、かつ、経済及び文化の分野において必要な協力を実現することを約束する」という条項もありますね。

武貞氏:(C)の一環として、北朝鮮東北部にある羅津港とロシア沿海州のハサン駅を鉄道でつなぎました。

北朝鮮の鉄道とロシアの鉄道とはゲージ(レール間の幅)が異なるので、シベリア鉄道で使用する列車が北朝鮮国内を運行できるよう必要なレールを追加する工事も実施しました。この工費30億ドルはロシアが負担しています。

 14年には、北朝鮮がロシアに負っていた約110億ドルの債務のうち約100億ドルを免除する措置も講じています。

国連憲章に言及し自動介入を回避

 他方、プーチン大統領は自動介入条項の復活は避けたいと考えていました。

北朝鮮の冒険主義が引き起こす戦争に巻き込まれる恐れがあるからです。

1950年に勃発した朝鮮戦争は、当時の北朝鮮トップで、金正恩総書記の祖父である金日成主席(当時)の行動にソ連(当時)が巻き込まれたようなものでした。ウクライナとの戦争を戦っている今、このような事態が再び起こるのは避けたい。2つの戦争を同時に進めるわけにはいきません。

両者がそれぞれの思惑を抱いて臨んだ首脳会談と、新たに結んだ24年条約を見て、一致点と不一致点をどう評価しますか。

武貞氏:ウィン・ウィンの関係を築くことに成功したと考えます。

 24年条約には相互防衛条項があります。それゆえ金正恩総書記は「同盟関係という新たな高いレベルに達した」と吹聴している。

 その一方で、61年条約のような自動介入条項は含んでいません。相互防衛条項は「いずれかが武力攻撃を受け、戦争状態に陥った場合、国連憲章51条やロ朝の法に準じ、遅滞なく、あらゆる手段で軍事的な援助などを提供」(読売新聞6月21日付)となっています。武力攻撃の勃発と、軍事的な援助の提供の間に、国連憲章51条というワンクッションが存在する。これによってプーチン大統領が抱く懸念を緩和しています。

国連憲章51条は、武力攻撃を受けた国は自衛権もしくは集団的自衛権を行使できる、というものですね。

国連憲章51条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。 

武貞氏:プーチン大統領は、武力紛争において北朝鮮から支援を求められた場合に、「ちょっと待て。武力紛争が起きた経緯を検証してから決める」というシナリオを想定して、この条項を決めたのだと思います。

 プーチン大統領はすごい外交をしました。「包括的戦略パートナーシップ条約」という名称にたがわず、61年条約と同様の全面的な協力の精神を盛り込む一方、自動介入条項を入れることは避けたわけです。

朝鮮戦争のようなことはもう起きない

注目点の第2は条約の有効期間ですね。これは「無期限」としました。

武貞氏:北朝鮮の側から見れば、希望を通した。他方、ロシアの側から見れば、この妥協は「のめる」条件だったのだと思います。

 理由は2つあります。

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