米国はウクライナ戦争を止めたいのか続けたいのか、元外務次官が首を傾げるブリンケン国務長官の外交センス

米国はウクライナ戦争を止めたいのか続けたいのか、元外務次官が首を傾げるブリンケン国務長官の外交センス
https://news.yahoo.co.jp/articles/c550be2f97f6f9e16236cb38d4ac62e6cdeaf8f1?page=1

『6/9(日) 17:26配信

5月14日に、ウクライナのキーウを訪れたブリンケン米国務長官はゼレンスキー大統領と会談し、米国内のロシア資産を差し押さえ、その資産をウクライナの再建に使うと述べた。また、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)入りに向けて働きかけていくとも語った。その3週間前には、米議会でウクライナへの610億ドル(約9.5兆円)の新たな軍事支援を盛り込んだ予算案が可決している。

【日中中間線の地図】2008年に日中で合意した東シナ海油ガス田共同開発。一度は死んだと思われた合意だが、習近平国家主席は2008年合意を再確認した

 米国はこの戦争をどこに着地させようと考えているのだろうか。『現実主義の避戦論 戦争を回避する外交の力』(PHP研究所)を上梓した、元外務省事務次官で大阪大学特任教授の薮中三十二氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

 ──「ウクライナ戦争が勃発する前に、どうして世界はロシアを止めることができなかったのか」という問題意識を世の中がもっと持つべきではないか、と本書に書かれています。

 薮中三十二氏(以下、薮中):「プーチンはウクライナに侵攻することを決めていた」「この戦争は不可避だった」と多くの人がそう結論づけていますが、「なぜロシアはウクライナ侵攻に踏み切ったのか」「その時に米政府はどう対応したか」という検証は、まだ日本でも米国でも本格的に行われていません。私は明らかにおかしいと思います。

 プーチンは旧ソビエト帝国の領土を取り返したい。ウクライナは昔から同胞だから力で取り込むと決めていた。外交で止めることなどできなかった。そう語られがちですが「本当にウクライナ戦争を外交で止める力はなかったのか」という点は少なくとも検証すべきです。

 2021年秋に、ロシアが10万人規模の軍隊を国境に張り出した。この時に米政府の関係者は「米国は軍事的に介入しない」と表明しました。これでは「行ってくれ」と言わんばかりの対応です。

 ──外交でロシアを止められる可能性はあったのでしょうか? 

 薮中:私は外交で止めるチャンスはあったと思います。この時に、一生懸命止めようと努力したのはフランスとドイツでした。マクロン大統領は何度もプーチン大統領と電話会談を行い、最後はモスクワで会い、長いテーブルの端と端に座って会談しました。結局止めることはできませんでしたが。

 プーチンを止めることができるのは、米国だけだったと思います。NATOと言えば米国であり、核大国のロシアに対抗できるのも米国です。

 ロシアの対米要求は、ウクライナをNATOに入れないことです。それを米国に文章で確約してほしい。

 ウクライナ戦争勃発直前の2021年1月21日、米国のブリンケン国務長官と、ロシアのラブロフ外相がジュネーブで30分間会いました。こんなに短い会談は、我々の感覚だと交渉とは言えません。

 この時に、ラブロフ外相は「ウクライナのNATO入りは認めない」と確約してほしいと頼み、ブリンケン長官は「そんなことはできない」「どこの国でも手を挙げるのは自由だ」と言って応じなかった。

 でも、この言い分はあまりにも形式的だと思います。交渉であれば、いくらでも他の提案はできたはずで、外交官であれば、10や20の手はすぐに考えることができる。

 たとえば、「米国とロシアの共通の理解として、ウクライナのNATO入りは当面はない」という「見通しを共有する」などといった対応です。これだったらNATOのオープンドアポリシーにも反しません。

 もちろん、それでロシアが踏みとどまったかどうかは分かりません。そこから交渉が始まり、徹夜で交渉するのです。

 ところが、ブリンケン長官がロシアへの塩対応をどう説明したかというと、「ロシアはそもそもGood Faith(誠実)に話す用意がない」と言いました。誠意を持って話す用意がないから、話をしても意味がないということです。

 ──ブリンケン長官はウクライナ戦争の前から、ロシアは信用できないと何度かメディアで語っていました。

 薮中:ブリンケン長官は元外交官ですが、もし彼が、本当にロシアが不誠実だから話ができないと突っぱねるとしたら、外交官失格です。

 たとえば、北朝鮮と話をする時に、Good Faithに出てくるはずがありません。それをなだめすかしながら、いろんなアプローチで交渉していくのが外交です。六カ国協議だって、日米韓が一体となって働きかけおいて、中国が北朝鮮に強力に働きかけてやっと成立させたのですから。』

『■ 真逆の対応を見せた米国の外交姿勢

 薮中:ウクライナ侵攻に関しては、事前にプーチン大統領とバイデン大統領の電話会談が2度ありました。2回目は2022年2月です。オリンピックが終わるので(2022年2月20日が北京冬季オリンピックの閉会式)、ここからが危ないと緊張が高まったタイミングです。

 この時に、ブリンケン長官はハワイで、日米韓で北朝鮮問題を話していた。もちろん、3カ国の外相が話す機会は重要ですが、ロシアが戦争を始めようかという、まさにそのタイミングに、それを差し置いてやるべきことか疑問です。

 バイデン大統領は「ウクライナは民主主義国家として十分に成熟していない」「ウクライナのNATO入りはまだ現実的ではない」とメディアに語っていた。なぜこの見解をロシアに伝えなかったのか。

 ──米国はロシアをおびき出したかった。侵攻が始まったら、世界中でロシアにいろんな制裁をかけて孤立させ、追い詰めることができるから。そういうことはありませんか? 

 薮中:それはないと思います。というのも、バイデン政権にとって一番の相手は中国です。大統領になってから、彼はずっとそう言ってきた。ロシアをさほどの相手とは見ていませんでした。2021年夏には、米ロ首脳会談を行い、両首脳はわりとにこやかに話している。ロシアをおびき出して叩く必要などなかったのです。

 結果としては、米中の対立関係もどこか浮いてしまったというか、中国との対決から、中国の協力も仰ぎながらロシアに対抗していかなければならなくなった。狙ってやったとは思えません。

 さらに、私がよく分からないのは、2021年11月10日に、米国とウクライナが「戦略的パートナーシップ憲章」に署名していることです。その時に米国はウクライナを支持すると言っている。NATOに入ることも支持すると言っている。経済的にも、政治的にも、軍事的にも、ウクライナを支持していくと表明しているのです。

 ──ウクライナのNATO入りは時期尚早と言っていた先ほどの発言とは真逆ですね。

 薮中:真逆なのです。米国の外交の姿勢がよく分からない。いったいどこまできちんと考えてやっていたのか。

 ──本書では、米国に代わってむしろ中国がロシアとウクライナの仲介になり、交渉の可能性を切り開こうとしていることについても言及されています。

 薮中:中国は難しい立場にいると思います。米国と競争している中で、ロシアを自分の仲間にしておきたい。

 他方、中国の基本姿勢は「内政不干渉」であり「領土の保全」です。だからこそ、ロシアが主権国家のウクライナを侵略したことは、本来支持できない。中国とウクライナの関係も悪くありませんでしたから、スパッとモノが言えないのです。

 ゼレンスキー大統領は、こうした中国の置かれている立場を理解しています。だから、2023年2月に中国が「12項目の提案」を出した時に(※)、米国はロシアを批判しない中国の提案に否定的でしたが、ゼレンスキー大統領は一定評価して、習近平国家主席とも会談する姿勢を見せたのです。

 ※中国の12項目の提案:ロシアのウクライナ侵攻に対する中国の主張を12項目にまとめた文章。(1)すべての国の主権尊重、(2)冷戦思考の終了、(3)戦争の終了、(4)和平対話の始動、(5)人道危機の解決、(6)民間人と捕虜の保護、(7)原子力発電所の安全確保、(8)核兵器使用への反対、(9)食糧の保障、(10)一方的制裁の停止、(11)産業チェーン・サプライチェーンの安定確保、(12)戦後復興の推進 』

『■ 岸田政権の防衛費倍増で最もビックリしたこと

 薮中:今年5月、習近平国家主席のフランス訪問がありました。フランスは、ロシアとウクライナを停戦に持ち込むためには中国が必要だと考えています。

 マクロン大統領は、2022年の夏から停戦を求め続け、一時期、ゼレンスキー大統領を怒らせていました。ウクライナからするとほしいのは停戦の呼びかけではなく、武器の供与です。

 でも、やはりどこかのタイミングで停戦に持ち込まなければならない。その際に中国の存在も必要だと考えているのです。

 ウクライナがなぜ停戦を嫌がるのかといえば、「下手に手を打つと、またロシアが侵攻してくる」と考えるからです。ミンスク合意をやったのに、結局また侵攻してきた。ですから、停戦に持ち込むためには、世界はその恐怖に答える必要がある。

 まず米国が停戦交渉に入らなければなりません。当たり前のように思われるかもしれませんが、実は、2015年のミンスク合意には米国は入っていません。ドイツとフランス、そして当事者としてロシアとウクライナで作った合意です(※)。

 ※ミンスク合意は2014年に結ばれたものと、2015年に結ばれたものがあり、2015年のミンスク合意にはドイツとフランスが入っている。

 ここに米国と中国を入れる。そうすると、またロシアが将来ウクライナに侵攻しようとしても、今度は中国が明確に反対しなければならなくなる。やがてそのような、停戦の議論もあり得ると思います。

 ──米国にとってロシアは長年厄介な存在でした。特にプーチン大統領は厄介です。プーチン政権が崩壊するところまでいかないと、米国はこの戦争を止められない。そういう意識もあるのではないですか? 

 薮中:そういう考えを持つ人も米国にいると思います。でも、実際にプーチンが倒れるまで戦い続けることができるのか。我々は外交や国際問題は5年単位で考えることが多いのですが、向こう5年でプーチン政権が倒れそうには見えません。だからどうするのか、これを考えなければなりません。

 ──本書の中で、岸田政権が防衛費をGDP比2%の11兆円に引き上げる決断をしたことについても言及されています。この決定について、どんな印象をお持ちになりましたか? 

 薮中:亡くなった安倍元首相は、日本の防衛力強化と、憲法に自衛隊を書き込むことを努力された方でした。2012年に第二次安倍政権が発足した時の防衛費は4.6兆円ですが、7年8カ月の安倍政権で防衛費は最終的に5.3兆円になりました。7000億円の増加です。

 ところが、岸田政権は防衛費を2027年度にGDP比2%の11兆円以上にすると決めました。5.5兆円から最低11兆円です。少しは経済も成長するでしょうから、12兆円や13兆円になりうる。ものすごい増加ですが、岸田さんはあっさり決めた。

 一番の驚きは、「仕方がないよね」と国民から大きな反対の声があまり出なかったことです。』

『■ 防衛費倍増があまりにもあっさり決まった背景

 薮中:私は若い学生ともよく話しますが、若い人も「ウクライナであのようなことが起きたのだから、日本もNATO並みにしないわけにはいかない」と、岸田首相と同じことを言っていました。確かに、NATO諸国は防衛費をおよそGDP比2%にしています。各種世論調査の結果を見ても、今回の防衛費増加にはおよそ6割が賛成しています。

 背景には「ウクライナであんなことが起きたのだから、日本も準備をしておかねば」というロジックがあります。ただ、私はロジックをとても重視していますが、これが本当に正しいロジックと言えるのかどうか疑問です。

 「ウクライナであんなことが起きたから」と言いますが、あんなことが起きないように、未然に防ぐ努力をもっとする必要があったと思います。

 「日本の周辺にはたくさん安全保障上のリスクがある」と語る人もいます。でも、それはどんなリスクを指しているのか。中国なのか、北朝鮮なのか、どういう問題があって、だから何をする必要があるのか。そういうことをきっちり議論してから決断すべきです。

 揚げ足を取るつもりはありませんが、2022年11月に「防衛費をGDP比2%にする」と発表したのは財務大臣でした。総理が防衛大臣と財務大臣を呼んで決めたようですが、そこに外務大臣はいませんでした。

 日米の安全保障条約の主管大臣は外務大臣です。周辺にどのような脅威があり、防衛費をどこまで上げるか。それは財務大臣と防衛大臣だけで決めることではありません。これも含めて、決め方にも疑問があります。また、この重要な決定に際して、国会での議論もありませんでした。

 ──防衛費の増加に関して、メディアや知識人は十分に反応を示しましたか? 

 薮中:十分な議論や反対意見があったとは思いません。それはなぜかというと、ロシアがウクライナに侵攻して以来、毎日、毎晩、戦況が報じられ、専門家が軍事的な話を展開する。あれだけの報道があると、危機感が刷り込まれてしまうのでしょう。

 そういう中で、冷静に「ちょっと待ってくれ」「本当にそこまで用意しなければならないのか」という問題提起や意見は言いにくくなる。「世界の状況はこんなに厳しいのに」「国を守ろうとはしないのか」と言われてしまう。そういう声がすごい力を持つのです。

 東アジアについても、台湾海峡や尖閣諸島への中国の武力侵攻の可能性が安全保障上の脅威として指摘されますが、決定的に大事なことはそうした武力侵攻を食い止めることです。そのための抑止力として、日米同盟が盤石だと見せつけるとともに、日本の一定の防衛力の強化が不可欠です。

 そしてさらに、東アジアの平和を維持するための外交努力が不可欠です。「外交努力などで武力行使を防げるのか」「そうした甘い状況ではない」といった声も聞こえてきますが、実は日本と中国の間には今大きなチャンスがあります。

 2017年から19年にかけて3度、安倍・習近平会談が開かれましたが、その際に驚くべき展開がありました。「日本にあまりにも有利だ」と中国で批判の強かった2008年の「東シナ海油ガス田共同開発合意」が蘇ったのです。

 2008年、当時の福田総理と胡錦濤国家主席の時代にまとまった合意ですが、その後に日中関係が悪化し、合意は死んだものと思われていた。

 ところが、習近平国家主席が安倍総理に、この2008年合意を再確認しました。この合意を条約としてまとめ上げれば、東シナ海は平和な海にするチャンスがある。まさに亡くなられた安倍総理の功績です。

 もちろん、東シナ海には南に尖閣諸島があり、中国も容易に立場を変えないでしょう。しかし、2008年合意は東シナ海を中間線で二分する意味合いを持つ極めて重要な合意です。日本の主張が通った合意なのです。

 日本政府は、この安倍・習近平会談を引き継いで「2008年合意」を条約化し、東シナ海を「平和・協力・友好の海」とする2008年日中共同声明に沿って、中国に国際ルールを遵守するよう、働きかけていくべきです。

 長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。』