<米国・サウジの安全保障条約の機運高まる?>その背景と、実現阻み続ける多くの壁

<米国・サウジの安全保障条約の機運高まる?>その背景と、実現阻み続ける多くの壁
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33922

『2024年5月30日

Foreign Policy誌は、米国・サウジ間の安全保障条約の締結への期待が高まっているところ、この件は元々、サウジ・イスラエル間の国交正常化とのパッケージだったが、ガザの衝突後、国交正常化に関わるサウジの要求をイスラエルが呑み得る状況ではなくなっており、イスラエルを絡ませると米国・サウジアラビア関係に悪影響が及ぶのでパッケージにするべきではない、とのクック同誌コラムニストの論説‘Saudi Arabia Is on the Way to Becoming the Next Egypt’を5月8日付で掲載している。要旨は次の通り。
(Ruma Aktar/gettyimages)

 過去数週間、米国・サウジアラビア間の安全保障条約締結への期待が高まっているがサウジとイスラエルの関係をどうするのかという難問が残っている。

 この件について2023年に米国・サウジ間で協議が始まって以来、米大統領府は、サウジとの単独の安全保障条約では上院の十分な支持を得られない(註:条約の批准には上院の3分の2の支持が必要)が、この取引にサウジとイスラエルの関係正常化が含まれれば上院の支持をより得られるだろうと考えていた。

しかし、ガザの衝突後、イスラエルとの関係正常化に対するサウジ側の要求はイスラエルが受け入れられない内容となっている(註:エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家の樹立等と思われる)。

 以前、バイデン大統領はサウジのムハンマド皇太子を「好ましからざる人物」だと宣言し、米議会も同皇太子に人権侵害の責任があると非難していた。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻以降、油価は高騰し、22年4月にはバイデン大統領自らがサウジを訪問して原油の増産を要請した。

 また、インフレ対策、中国に対する強硬政策でもサウジアラビアが鍵となっている。

さらに、イランの脅威がある。バイデン大統領は、トランプ前政権が離脱したイラン核合意の復活を目指して来たが、結局、イランは米国やGCC諸国と新たな関係を築きたくないのだと結論付け、イランを封じ込め、抑止することにしたように思われる。』

『この点でもサウジアラビアは重要な役割を果たすことが期待される。

他方、サウジ側は、19年に(フーシー派から攻撃された時)トランプ前大統領が対応してくれなかったことから、米国との公式の安全保障条約の締結を求めている。

 しかし、サウジがイスラエルとの関係を正常化することを米国がサウジを防衛するコミットメントの条件にすれば、米サウジ関係に大きな影響を及ぼすであろう。

 米国・サウジ安全保障条約締結にイスラエルとの関係正常化を絡ませると、ただでさえ複雑な米国・サウジ関係をますます難しくしてしまうのでとてもその価値があるとは思えない。例えば、サウジがイランとの関係で微妙な対応をするとイスラエルを怒らせるかも知れない。

 サウジはエジプト同様に米国の武器援助に依存しているが、仮にイスラエルが、サウジが独自の外交を追求することを望まないと、それは米国・サウジ関係の潜在的なトラブルの種となろう。

仮にバイデン政権がサウジとの安全保障条約締結を望むのならば、イスラエルとの国交正常化を絡めるべきではない。

*   *   *

変化する米国のアラブ産油国への見方

 米国のペルシャ湾岸のアラブ産油国(GCC)に対するここまでの見方の大枠は次のように分析されよう。

シェール革命で世界最大の産油国となった米国にとってのペルシャ湾岸のアラブ産油国(GCC)の重要性は大きく低下した。

その一方で中国の台頭により、米国はアジア方面に米軍を再展開する必要性に迫られている。

 その結果、アフガニスタンからの撤退が顕著だが、米国は、バイデン政権下で急速に中東の米軍を削減して来た。

しかし、イランの脅威に対して米軍の安全保障の傘に依存していたGCCは、動揺し、軍拡、イランとの宥和(23年のサウジ・イランの外交関係回復)、ロシア(OPEC+での協力)、中国(サウジ・イランの仲介)との関係強化に走り出した。

なお、この論説によれば米国はイランの脅威を減じるためにイラン核合意の復活を目指したが、イラン側にその気が無いと判断した模様だ。

 米国は、GCCの動揺を抑えるためにGCCとイスラエルの関係正常化を通じてイスラエルに米軍の代わりの抑止力を期待し、20年のアブラハム合意のようにアラブ諸国とイスラエルとの関係正常化を進めてきた。

特に昨年夏からバイデン政権は、イスラエルとアラブの盟主サウジとの関係正常化を強く進めて来たが、パレスチナ問題がこれまで以上に脇に追いやられることを恐れたハマスが、昨年10月、イスラエルを大規模攻撃し、サウジ・イスラエル関係の正常化は頓挫してしまった。』

『上記の論説は、米国の対GCC政策の視点ではなく、サウジの視点に立った分析だが、サウジからすれば、イランの核武装の可能性が迫りつつある中、米国による明確な安全保障のコミットを欲するのは当然であろうし、ガザの衝突後、サウジ国民の95%が「アラブ諸国はイスラエルと断交するべき」と考えている中でサウジとイスラエルとの関係正常化は近い将来あり得ない。

 しかし、これまでの常識から判断すれば、サウジが要求する米国の軍事的なコミットメントを含むサウジとの安全保障条約は、単独ではサウジの人権問題への強い嫌悪感から米国上院の3分の2の批准を得られる見込みはほとんどない。

イスラエルとの関係正常化をパッケージにして初めて何とか成立すると考えられたのでバイデン政権は、昨年の夏以降、イスラエル・サウジの関係正常化に躍起になっていた。

条約締結へ機運が高まっている理由

 しかし、最近、米国・サウジ安全保障条約の締結が間近という観測が出回っている。

バイデン政権は、イスラエルとの関係正常化抜きで上院の批准を得られる見通しが得られたのであろうか。

 可能性としては、

(1)11月に大統領選挙を控えるバイデン大統領は、ガソリン価格の高騰を抑えなければならないが、中東情勢の不安定さを反映して油価は高騰気味である。ここは油価安定のためにサウジの協力を得たい。

(2)5月9日、ハラジ・ハメネイ最高指導者顧問は、「イランは核兵器開発能力を持っている。イスラエルがイランの核施設を攻撃すれば、イランも安全保障政策を見直す」と発言したが、イランの核武装の可能性が高まる中、GCCの動揺を抑え、域内に米軍が展開するためにもサウジとの安全保障条約が必要と考えているからではないかと思われる。

 サウジとの原子力協定の締結も進んでいるようだが、サウジ側の要求は同国の核武装への道を開きかねないので要注意である。』