人間は合理的ではない? ギャンブルにハマってしまう理由を明らかにした「プロスペクト理論」とは

人間は合理的ではない? ギャンブルにハマってしまう理由を明らかにした「プロスペクト理論」とは
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33932?page=2

 ※ 今日は、こんな所で…。

『2024年5月29日

「予算制約」のある中で「効用」を最大化させる

 ここで、私たちの消費行動について取り上げたいと思います。経済学には分かりにくい用語が多くありますが、今から紹介する「効用」(Utility)というのもそのひとつです。端的に言うと、効用とは消費者がモノを買ったり、サービスを受けたりする時の満足感のことを指します。

 そもそも経済学は「人間は効用(満足感)を“最大化”させようとして行動する」という前提に立っています。そして、効用を最大化させるために人間は「選択」(Choice)を行います。つまり消費者は、限られた所得の中で何をどれだけ買えば最も満足できるのかを考えて、選択しながら行動しているということです。

 『定額制夫の「こづかい万歳」~月額2万千円の金欠ライフ~』*3というマンガがあります。これは、月々「2万1000円」のお小遣いで暮らす漫画家・吉本浩二(46歳)の暮らしをドキュメンタリー風に描いた作品です。限られたお小遣いの中で効用を最大化させるため、主人公は一体何におカネを使うのか…?

 このマンガでは、月々2万1000円以下で生活していくための涙ぐましい努力が描かれています。特に「予算制約」がある中では、より安く、より効用の高いものを求めなければなりません。

 日常の様々な場面で、効用を検討しておカネを使う。それは、ある意味で非常に経済学的な行為なのです。

*3 著者・吉本浩二、『モーニング』(講談社)にて連載。限られたお小遣いを通じて、作者自身やその周りの人間を描いたドキュメンタリー風の作品。節約のネタも一般公募されていました。

人間は合理的ではない?

 では、実際のところ、私たちは常に合理的な判断に従って行動を選択していると言えるのでしょうか? ここで、人間の判断に強い影響をもたらすひとつの理論を紹介しましょう。

 最近の経済学では、人間の「心」の動きを重視し、心理学をミックスさせた「行動経済学」(Behavioral Economics)が注目を集めています。

 その中でも有名なものに、「プロスペクト理論」(Prospect Theory)と呼ばれるものがあります。経済学者のダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)と心理学者のエイモス・トベルスキー(Amos Tversky)によって提唱されました。

 たとえば、以下の各質問でそれぞれ2つの選択肢があった場合、あなたならどちらを選ぶでしょうか?
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 結論から言うと、質問1でも質問2でも、選択肢A・Bの数学的な期待値*4は変わりません。(質問1ではA・Bともに期待値100万円、質問2ではA・Bともに期待値-100万円)
 それにもかかわらず、質問1では多くの人が選択肢Aを選び、質問2では多くの人が選択肢Bを選ぶというのです。

*4 何か試行を行ったときに予測できる平均値のこと。』

『プロスペクト理論とは、置かれた状況や条件によって、人間は都合良く事実認識をゆがめてしまうということを明らかにした理論です。

 人間には、持って生まれた性質がいくつかあります。たとえば、モノを得た時と失った時では、失った時の方が得た時の約3倍の心理的な影響(ショック)を受けると推定されています*5。そのため、質問1と質問2の事例では、「損をしたくない」という心理が強く働き、合理的な意思決定がなされず結果に偏りが生じてしまいました。

 このように、私たちが何かを決定するとき、そこには客観的事実(確率、勝率…)のみではなく、主観性(感情、希望…)が影響します。いくら正しい選択をしようと思っていても、常に合理的な判断が下されるとは限らないのです。

*5 恋愛が成就するのと失恋とでは、失恋した時の方が心理的影響は大きいものです。歌謡曲に失恋をテーマにした曲が多いのもその一例だと考えられます。

非合理なギャンブルにハマる理由

 このプロスペクト理論は、人が投機やギャンブル(賭博)にハマる理由を解明する理論としてもよく知られています。

 たとえば日本で認められているギャンブルのひとつにパチンコ*6があります。日本に訪れた外国人は、パチンコ店の多さにかなりびっくりするそうです。駅前の一等地に、カジノがあるような感覚でしょうか。

 日本人にとってはかなり身近な存在であるパチンコですが、先ほども述べたように、人間は儲けたときより損をしたときの方が心理的ショックを受けるという性質を持っています。そのため、負けが重なっていくと、損失を取り戻そう、次は勝てるという心理(主観性)が強く働き、知らず知らずのうちにギャンブルにのめり込んでいってしまうのです。
 これは宝くじ*7でも同様です。日本では、頻繁にテレビCMも放送されており、パチンコよりも身近に感じる存在かもしれません。しかし、基本的には宝くじもギャンブルの一種です。実はこれほど公的に宝くじが販売されている国も珍しいのです。

 実際、宝くじの期待値はかなり低く設定されており、高額当せんにいたっては天文学的な確率です。それにも関わらず、あまりに高額な当せん金を目の前にすると「もし当せんしたら…」という過度な期待(主観性)を抱いてしまいます。まさに「プロスペクトの罠」にはまるというわけです。

 どちらのギャンブルも共通して、「損はしたくない」「次は当たるだろう」という主観性が事実認識をゆがめます。このように、人間の心理をうまく利用しているギャンブルは、やればやるほどのめり込んでいってしまうという危険性を持っているのです。

*6 「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)」によって風俗営業の一業種として定められています。「三店方式」(パチンコ店、景品交換所、景品問屋)という営業形態をとっており、事実上、現金に換金することができます。

*7 「当せん金付証票法」という法律で規定されています。総務大臣の許可のもと、定められた全国都道府県と20指定都市のみ発行が可能です。』