石のように死ぬか、バナナのように死ぬか 人間の宿命
災禍と神話(5)和光大学教授 沖田瑞穂
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD091OG0Z00C24A5000000/


『2024年5月29日 5:00
人類が最も恐れたのが、「死」であろう。われわれは死に向かって生きていかねばならない。この「死」をどのように受け入れるか、神話はさまざまな方法で語る。例を見てみよう。
「バナナ型」というユニークな名がつけられた死の起源神話がある。昔、バナナと石が、人間がどのようであるべきかについてけんかをした。石は、人間は石のように固く、目も耳も手も足も1つずつでよいという。バナナは、人間はバナナのように手も足も…
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『バナナは、人間はバナナのように手も足も目も耳も2つずつ持ち、子を産むことができる、という。延々と繰り返された両者のけんかは、石が誤って断崖の下に落ちたことで勝負がついた。石は言った。「いいだろう。人間はバナナのようになるといい。そして、バナナのように死なねばならぬ」
「ギルガメシュ叙事詩」には「脱皮型」の死の起源説が残る(紀元前721年〜705年、ギルガメシュのレリーフ、ルーヴル美術館蔵) =ユニフォトプレス提供
つまり、2つの「生」のあり方がここでは対立している。1つは石のように、個として永久不滅な「生」だ。もう1つは、個としては死なねばならない、しかし子をもうけることで、「種」として存続するというあり方だ。人間は後者の運命を割り当てられた。だから死なねばならぬ。しかし子を持つことができる。
この2つの「生」のあり方は、両立することはない。石のように永久不滅で、バナナのように子を産むことができたら、人間が増えすぎて世界の秩序が成り立たないからだ。どちらか、なのである。このように神話は時に高度に論理的である。
ほかに、死の起源神話として「脱皮型」というのもある。世界最古の叙事詩とされる「ギルガメシュ叙事詩」では、英雄ギルガメシュが苦労して手に入れた若返りの草を、蛇に奪われてしまった。このため、蛇は脱皮をして若返っていつまでも生きることができる。しかし人間はその脱皮の力を蛇に奪われてしまったので若返ることができない、老いて死なねばならない、というものだ。
小エビの話もある。はじめ、神は死を認めなかった。だから地上には人間があふれかえっていた。やがて洪水が起こり、一組の男女を除いて人間は滅びた。天の神は2人に小エビを与えたが、2人は食べようとしなかった。次にバナナを与えると、2人はこれを食べた。このため、人間は小エビのように脱皮することができず、バナナのように死ななければならなくなった。
この話の場合、「バナナ型」の要素と「脱皮型」の要素の両方が見て取れる。脱皮という現象を見た古代の人々は、それに向き合って死への洞察を膨らませた。そしてこのような神話を生み出したのであろう。
死といえば、日本人は輪廻(りんね)転生を思い起こすかもしれない。輪廻説はインドにおいて高度に発達した思想である。ただし、インドではもとから輪廻説があったわけではない。
インドでは死者は死の神ヤマの元に行く(作者不詳、ヴィクトリア&アルバート博物館蔵) =ヴィクトリア&アルバート博物館/ユニフォトプレス提供
インド最古の文献「リグヴェーダ」では、死者は死の神ヤマの元へ行き、天界で神々とともに楽しく過ごすのだという。これが、ブラーフマナと呼ばれる文献群、次にウパニシャッドと呼ばれる文献群を経て、次第に輪廻の説が練りあがっていく。人間は今世の行い、「カルマ」に応じて来世の姿が決定される。善い行いをした者は神々や優れた人間などに転生し、悪行をなした者は劣った動物などに生まれ変わる。その輪廻の輪からいかにして抜け出し宇宙の最高存在と合一するか、それがインドの思想では最高に重要なことと考えられていた。
近年、日本ではライトノベルなどで「異世界転生もの」が大流行している。現代日本に生きる主人公が交通事故や病気で若死し、異世界に生まれ変わってさまざまな活躍をする、という筋だ。このような異世界転生ものも、輪廻の説を背景に持つ。
これに関して、こんな話がある。ロシアで異世界転生ものの出版が禁止されたというのだ(2021年)。理由は現世より来世に期待する思潮が危険であるから、ということのようだ。逆の言い方をすると、それほどまでに、ロシアにおいても、このタイプの小説が好まれたのだ。
現代のわれわれは、あるいは、どこかで転生というものを気楽に受け入れたがっている。しかしそのあり方は、インドのそれとは異なっている。死後の来世があることに希望を見いだすわれわれとは異なり、生きることそのものに苦難を伴うと感じるインドにおいて、輪廻転生は重たい生命の楔(くさび)であったからだ。
=この項おわり
【災禍と神話】
(1)「マハーバーラタ」 増えすぎた人類減らす神のはからい
(2)「ノアの方舟」の原点 大洪水が世界をリセットする
(3)誰が地震を引き起こすのか 大地の底にいる聖なるもの
(4)疫病は呪いに通ず ギリシア神話から現代ホラーへ』