ロシアの攻撃、身構えるNATO 「1938年」繰り返すな
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD246BT0U4A520C2000000/
『2024年5月29日 10:00
ウクライナの戦況が、重大な局面を迎えている。米国の軍事支援が行きわたる前に支配を広げようと、ロシア軍が一気に攻勢を強めているからだ。5月に侵略を始めたウクライナ東部ハリコフ州でもロシアは前進を図っている。
「3年以内」の攻撃も
最近、国際会議でおおっぴらに議論されるようになったテーマがある。万が一、ウクライナが敗北した場合、どんな悪夢が世界を待っているのかという問題だ。
現状の戦力からみて、ウク…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『現状の戦力からみて、ウクライナが全土を支配されることは考えづらい。それでも、さらに領土を奪われ、不本意な停戦を強いられたら、ウクライナにとって敗北と言わざるを得ないだろう。
その場合、次に待っているのは何か。ロシアの野心はウクライナでは止まらないという見方が、米欧の高官や軍幹部には多い。
つまりウクライナが負ければ、北大西洋条約機構(NATO)とロシアによる直接衝突の恐れも排除できないことになる。今年に入り、ドイツ国防相は5〜8年以内、デンマーク国防相は3〜5年以内にロシアがNATOを攻撃しかねないと警告した。
もっとも、通常戦力だけでみれば、NATOと正面からぶつかったら、ロシア軍に勝ち目は薄い。むしろ米欧側が警戒するのは、社会の混乱をねらい、ロシアが小さな奇襲を仕掛けてくることだ。
ロシア近隣のバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドの国防関係者らによれば、次のような作戦をロシアが試みる恐れがある。
核の脅迫強める恐れ
ウクライナで優位な停戦を固めた後、ロシアがバルト地域の一部などに限定攻撃する。深くは侵攻せず、相手国に一定の損害を与えたら直ちに退く。ロシアに宣戦布告すべきかどうか、米欧内は大激論になり、NATOはすぐに動けないまま結束が崩れる……。
エストニア国防軍のマーティン・ヘレム司令官は話す。「ロシア軍が侵攻してくれば、NATOはただちに(国境外に)押し返す。
ただ、それまでの間に虐殺や拷問、レイプが行われれば、NATOは対応が遅すぎるといった非難が広がるだろう。ロシアの目標は、そうやって我々の社会の結束を奪うことにある」
ロシア軍は、ウクライナでおびただしい損失をこうむっている。それでも24年は国防予算を前年の約1.7倍に増やし、戦力の立て直しを急ぐ。
エストニアのクスティ・サルム国防次官はロシア軍の回復力を決して侮るべきではない、と強調する。
「ロシア軍はすでに再編されつつある。我々の分析によれば、ロシア軍の能力はすでに侵略前の15%増に達した。こちらの予想以上の速さで兵器を増産し、兵士も確保している。欧州に対し、攻撃的な行動を強めることができる戦力をほぼ取り戻した」
西側陣営を揺さぶるため、核の脅迫をより強めることも十分、考えられる。ロシアは21日、戦術核の使用を想定した第1段階の演習を始めた。第2段階では、ロシアの戦術核が配備されているベラルーシも演習に加わるとの情報も流れる。
第2次世界大戦前との類似
そんな緊迫した空気がたれこめるなか、エストニアの首都タリンに16〜18日、主要国の高官や軍幹部、識者らが集まり、安全保障を話し合う「レナート・メリー会議」が開かれた。
とりわけ印象的だったのは、1938年の失敗を繰り返してはならないという声が飛び交ったことだ。
38年、ナチス・ドイツは「ドイツ人保護」を名目に、チェコスロバキアのズデーテン地方の割譲を認めるよう求める。英仏が要求を受け入れると翌39年、足元を見透かすようにナチスはポーランドに侵攻し、第2次大戦が始まった。
プーチン・ロシア大統領も「住民保護」をウクライナ侵略の理由の一つにかかげた。タリンの会議には、当時と現在が似てきたとの認識から、いまが歴史の正念場だという危機感がみなぎっていた。
5月16日、中国・北京での会談で、習近平国家主席(右)と握手するロシアのプーチン大統領
38年との比較が議論になるのはウクライナの苦境だけが理由ではない。中国と北朝鮮、イランがプーチン氏と連携を深め、ロシアの戦争体制を支える枢軸が生まれていることがより大きな原因だ。
北朝鮮とイランは多くの弾薬やドローンを、中国は軍民両用品をロシアに流している。
戦争の構図は「ウクライナVSロシア」にとどまらず、事実上、「中ロ・北朝鮮・イランVS西側陣営」に広がりつつある。
「派兵は避けられない」
ロシアの侵略を止めるにはウクライナを支えるだけでなく、中朝・イランの対ロ協力も封じなければならない。NATO内では、特に中国による準軍事支援への懸念が高まっている。
米シンクタンク幹部によれば、中国によるロシアへの準軍事支援の実態をつかみながらも、米政府は情報の多くを秘密扱いにしている。中国が協力を続けるなら、それらの情報を公表し、対中圧力を強めるべきだという意見がワシントンではくすぶる。
紛争が過熱するのを恐れ、ロシアの後手に回れば、かえって欧州戦争の危険が高まりかねない。
ウクライナが窮地に陥るにつれ、欧州の一部では同国への派兵論が出てきた。NATOの内情に詳しい元米高官も「このままなら派兵は避けられない」と話す。
第3次大戦の火種を封じ込めるには、まずロシアの侵略を失敗させなければならない。その意味で、ウクライナへの支援は各国の安全保障に直結する。
【関連記事】
・欧州の防衛産業強化、独仏が合意 「内憂外患」結束迫る
・欧州、防衛費増へ変わる世論 「我々はナイーブだった」
秋田 浩之
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。
ロシアの攻撃、身構えるNATO 「1938年」繰り返すな(10:00)
中ロ結託、米と異次元の対立 プーチン氏訪中で決定的に(17日)』