<プーチンの訪中をどう見るか>習近平も会談したかった?中国が実は心配していること

<プーチンの訪中をどう見るか>習近平も会談したかった?中国が実は心配していること

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33947

『2024年5月28日

西村六善( 元外務省欧亜局長)

ロシアのプーチン大統領が5月16日、中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。プーチン大統領が5期目に入って初めての外国訪問先として注目されているが、この背景には「中国が今や隣国ロシアの将来を気にしている」ことがあると考えられる。
中国を訪問し、習近平国家主席と会談したロシアのプーチン大統領。2人の指導者はこの先の世界をどう見ているのか(Contributor / gettyimages)

 ウクライナ戦争の帰趨は? プーチン政権の行く末は? ポスト・プーチンのロシアは一体どこに向かうのか? これらの点に中国はことさら強い関心を持っているはずだ。習主席はプーチン大統領を北京に招いてウクライナでのロシアの勝利とロシアの将来に見通しをつけたかったに違いない。

 それには理由がある。地続きの友邦ロシアが将来どうなるのか? それが中国の利害に直接響く重大な問題だからだ。

 仮にプーチン氏と同じ系統の専制的強権がモスクワに誕生するならとりあえずは安心だ。しかし欧米が政策的な跳躍を図り、ポスト・プーチンのロシアを西側の友好国にしてしまえば、事態は中国にとって非常に深刻だ。

 ユーラシア大陸、すなわちリスボンからウラジオストクまでが自由民主の帯になってしまうからだ。これが中国の最大の懸念だ。

 ロシアが西側の友好国になることなどありえるのか? 本稿では欧米で交わされている議論を紐解き、ロシアの民主化の可能性、仮に民主化が実現した場合に中国はどのように動くかについて検討し、今回のプーチン訪中をどう見るかの論点を提示したい。』

『トランプ思想が欧露の接近を生む

 欧州側にはロシアを友好国として抱き込む強い必然性がある。

それはトランプ前大統領に欧州が北大西洋条約機構(NATO)の関係で「こっぴどく」痛めつけられたあの経験(『「第二次トランプ大統領」に備え日本や世界ができること プーチン政権継続で波乱と混乱の時代か、それとも新しい<欧露民主同盟>か?』)に由来する。 

 「もしトラ」が現実化している以上、欧州は安全保障面で米国依存を減らす必然性がある。一つの方法はロシアを欧州の友好国にしてしまうことだ。そうなるとNATOの存在理由が無くなる。そして米国依存は減る。  

 欧州側はポスト・プーチンのロシア国民に働きかけ、対話し、あらゆる支援を提供し、共に繁栄する自由ユーラシアの建設を誓約できる。ロシアの文化や伝統を尊重し、希望と友情とロシアが経験したことがない成長と繁栄を保証する。

 そういうメッセージを届けることができる(’What Could Come Next? Assessing the Putin Regime’s Stability and Western Policy Options’)。その方が欧州にとって経済的実利もあり、賢明で、優先度の高い選択肢だ。 

 米国主導のNATOのような軍事同盟に今後長期間依存していくより、ロシアを西欧同盟の内懐に引き込んだ方が外交的に余程賢明だ。いずれ必ず到来するポスト・プーチンの時代になれば、西欧社会は必ずそうするだろう。中国の政策当局者が危機感を持つ所以だ。

「欧州は対ロシア宥和政策で失敗した」

 時あたかも、欧州論壇では、欧州の従来型の対露政策は間違いだったという有力な議論(“Les Aveuglés ;Comment Berlin et Paris ont laissé la voie libre à la Russie”Sylvie Kauffmann著、筆者訳「目先が見えない人々:如何にして独仏はロシアの勝手気ままを許したのか……」)が出てきた。著者シルビー・コフマン女史はルモンド紙の著名な外交記者である。

 この本は独仏両国の首脳がプーチン大統領には長く宥和政策をとってきた結果、同大統領の専制的ロシア支配を助長してきたと論じている。これは非常に重要な問題提起であり、欧州では大きな議論を引き起こしている。 

 当然新しい対露政策はどうあるべきかが模索されていくだろう。私見では新しい対露政策は必然的にロシアを西欧民主陣営に引き込むことを目指すはずだ。

「ロシアを引き込む」という欧州の同意

 欧州民主勢力がポスト・プーチンのロシアを西欧民主主義世界の一員として取り込もうとするなら、成功する可能性はもちろんある。まず、ロシア国民の中にもそれを望んでいる人がいるからだ。

 ロシア人経済学者でパリ高等政治学院のセルゲイ・グリエフ教授は、ハーバード大学での講演でそれは可能だと論じている(『「第二次トランプ大統領」に備え日本や世界ができること プーチン政権継続で波乱と混乱の時代か、それとも新しい<欧露民主同盟>か?』)。

欧州議会もロシアの民主化はできると決議した。2021年9月欧州議会の外交委員会はロシアの国内の圧政と対外的侵略は断固阻止するが、ロシアは民主化できると宣言したのだ(’MEPs call for new EU strategy to promote democracy in Russia’)。 』

『要するにロシアの民主化は欧州諸国の総意だということだ。既に数多くの米欧の有力な論者、専門家が権威ある論壇でポスト・プーチンのロシア民主化論を論じている。

 筆者の調査ではここ1~2年だけでも30件近くある。もちろん、ロシアは多民族国家だし、ロシア全域が一つの民主的イデオロギーでまとまるかどうかという問題はある。単純化は禁物だが、ポスト・プーチンのロシアが向かうべき大きな方向性については欧米の政策論壇で強い合意があると見てよい。

新しいユーラシアは経済面でも存在感を持つ

 ポスト・プーチンのロシアに対して欧米や日本が適切に対応したらロシアは変身を遂げる可能性がある。経済的にも大きなダイナミズムが生まれる。

 民主ユーラシアが安定した地域になれば、世界から投資が集まり、拡大ユーラシア、すなわち欧州連合(EU)経済圏とロシアが合体して世界的な経済圏を出現させるかもしれない。ユーラシアは発展する自由経済の大陸に変身する。 

 重要な視点はエネルギーである。ユーラシアはその豊富な資源と広大な領域を有する一大自由経済圏に変身する。

 化石燃料の世界的な生産国でありながら、大規模な風力や太陽光発電の基地に変身する可能性がある。世界のエネルギー経済の動向を左右する存在になり得る。

 欧州とロシア全体の脱炭素化を起爆する潜在能力もある(「可能性を秘めるロシアの再生可能エネルギー」グローバルマーケティングラボ)。そして脱炭素持続成長という名の新文明の世界的リーダーにもなれる。

日本にとっても好機へ

 それにロシアの人的資源や地下資源、広大な領土に由来する自然エネルギー資源(太陽光発電や風力発電など)などを考慮すると、欧露共同体は欧州とユーラシアの安定と繁栄を保証する新しいダイナミズムを生む可能性がある。事と次第では、欧州と自由ロシアは19世紀以来米国が担ってきた世界の政治と経済のけん引力のような存在になるかもしれない。そしていずれは政治外交的脈絡では新たなリベラル勢力として登場することになる。 

 日本は新しい可能性を手にすることができそうだ。日米同盟関係は将来とも重要だが、同時にユーラシア全体でリベラル勢力が優勢になることは文句なしに日本の国益だ。欧州と協力して開放的なユーラシアを実現するよう日本なりの貢献は出来るはずである。

 日本はこれまで太平洋とその対岸にある米国と対話し、協力してきた。今後はそれに加えてユーラシア大陸を経て欧州諸国とロシアとも対話し、協力していく時代に入る。経済的にも新しい機会を手にすることになる。

 民主ロシアを支援し、日欧露の連携を進める。日本外交は新しい豊かな可能性のすそ野を広げることになる。 』

『中国はどう動くか

 このようにしてロシアは新しい、そして相当規模の大きい経済的可能性を世界経済に提供することになる。今回のプーチン大統領の訪中はおよそ以上のような脈絡で捉えるべきだ。

 中国はロシアという専制的同盟国を失う危険があるのだ。そして、ユーラシア大陸がほぼ全域で民主主義を志向する空間になる。ことと次第ではそれが可能だ。

 新しいロシアが中国を武力で威嚇したり侵略したりすることは無い。しかし、ロシアの民主化志向に伴って数千キロにおよぶ中露国境線は俄然その性質を変える。ウラジオストク港は自由港になる。中国はアジア太平洋で行動する時、中露国境のことを考えねばならなくなる。

 民主ロシアの出現によってNATOは不要になり、在欧米軍は米国自身の安全保障上の本丸というべきアジア太平洋に移動できる。 

 ロシアの将来に関する中国の懸念は決して小さくはない。早い話が国連安保理の議論も劇的に変わる。世界で専制国家はほぼ中国だけということになるから懸念はなおさらだ。
 中国にとって居住まいの悪い環境だ。もちろん、中国は局面を打開するために多様な選択肢を持つだろう。

 その内の一つはリベラルで繁栄しそうなユーラシア大陸のダイナミズムに中国自身が参加することだ。それは全く排除されない。

 中国がそういう「大人の選択」をすることを期待したい。』