ゼレンスキー氏、任期満了後も政権を継続 戦争と人気を背景に
https://www.bbc.com/japanese/articles/cd114rng737o
『2024年5月21日
ジェイムズ・ウォーターハウス、BBCウクライナ特派員
「彼は愛されないことが運命づけられている!」
ちょうど5年前の晴れた日に、ウォロディミル・ゼレンスキー氏がウクライナ大統領に就任したときに聞かれたこの発言ほど、「コメンテーターの呪い」の格好の例はない。
テレビ出演者が言っていたのは、大統領選挙で73%の得票率で大勝利を収めたゼレンスキー氏には下り坂しかないだろうという推論だった。
支持率は必然的に下がった。それでもゼレンスキー氏は、安定を望む声を背景に、自身の尽きることのない魅力を利用して、任期を延長している。
平時であれば、任期満了によって、選挙が実施されていたはずだった。だが、ロシアの本格侵攻を受けて戒厳令が出されたためそうはならず、国民も広くそうした状態を支持している。
「ウクライナ人にとっては、戦争に勝つことが最優先であり、選挙はそれからだ」。キーウ国際社会学研究所のアントン・フルシェツキー所長はそう説明する。
「そのため、国民はゼレンスキーの正当性を疑問視していない」
驚くことではないが、ロシアは疑問を投げかけている。ただ、戦時指導者としてのゼレンスキー氏が厳しく評価される選挙が開かれていたとしても、ロシアはそれを自分たちの有利になるよう利用していただろう。
「ウクライナは民主主義国家ではないとの考えを西側諸国に植え付けようと、ロシアはいろいろ発信している」とアントン氏は言う。
前線のゼレンスキー氏
画像提供, PRESIDENTIAL PRESS SERVICE HANDOUT HANDOUT/EPA-EFE/REX/Shutterstock
画像説明, ゼレンスキー氏はたびたび前線でビデオ演説を撮影している。昨年12月にはドネツク州アウディイウカを訪れた
ゼレンスキー氏の支持率は、本格侵攻の直後に90%にまで達した。現在も国民の約65%が、ゼレンスキー氏を指導者として信頼している。
選挙を実施するには現実的なハードルも非常に高い。国土の5分の1はロシアに占領されており、国民の少なくとも700万人が外国での生活を余儀なくされている。前線で戦っている兵士も数十万人に上る。
「代わりとなる大統領はいない」。ウクライナの著名な作家アンドレイ・クルコフ氏はそう話す。
ほんの数カ月前には、当時のウクライナ軍トップのヴァレリー・ザルジニー氏が、ゼレンスキー氏の対立候補として注目されていた。しかし、解任されて駐英大使に任命されてからは、ザルジニー氏は政治的には静観している。
クルコフ氏は「ショービジネスのようなやり方で大統領になり、戦争の真っただ中に置かれるというのは、簡単なことでも面白いことでもない」と言う。
2022年にロシアがウクライナに侵攻したとき、避難を拒否して国のために戦う姿勢を示したゼレンスキー氏を、クルコフ氏はジェイムズ・ボンドになぞらえた。今も同じように感じているのだうか?
「とても疲れたジェイムズ・ボンドのように見える」とクルコフ氏は話す。「だいぶ老けて、少し不機嫌だ」。
「明日選挙があったとしても、またゼレンスキーが選ばれるだろう。戦争が終わって初めて、人々の態度は変わり、平時までしなかった質問をするようになる」
クルコフ氏は、人々が大統領を支持し続けているのは、多少の不満はあるにせよ、安定を求めていることが大きいと考えている。
ゼレンスキー氏と「ドリームチーム」
画像提供, Volodymyr Zelensky/Facebook
画像説明, ゼレンスキー氏(右から2人目)は2019年にフランスを訪れた際、「ドリームチーム」というキャプションをつけてこの写真を投稿した。この中で今も同氏の側近として残っている人はいない
ゼレンスキー氏の就任式の古い映像を見ると、別のウクライナを見ているようだ。コメディアンから大統領に転身した同氏はフレッシュな顔をしている。群衆の声援に熱心に応え、人々の中に飛び込んで男性の額にキスまでしている。
無精ひげも厳しい表情もなく、興奮した笑みだけが見える。人々の歓声はもう聞こえない。
「とても興奮した日だった」と、当時の新大統領チームの一員だったオレクサンドル・ダニリュク氏は振り返る。同氏はのちに、国家安全保障と防衛会議担当の大統領補佐官を務めたが、1年で退任。以降、かつてのボスであるゼレンスキー氏と対立する立場となった。
「私たちの誰も、何が待ち受けているのか知らなかった。わずかな考えすらなかった」
ダニリュク氏とゼレンスキー氏の間では、政治的な意見の相違が深まっていった。そのひとつは、ロシアのウクライナ侵攻にどう対抗するのが最善かについてだった。
ゼレンスキー氏は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と交渉できると信じていた。ダニリュク氏は、避けられない戦争にウクライナは備えるべきだと考えていたと、当時を振り返る。
「私たちはもっとうまく準備すべきだった。だが本格侵攻の後では、そうした初期対応の時間は失われてしまっていた」とダニリュク氏は言う。一方で同氏は、ウクライナへの国際的な支持を集めるのにこれ以上優れた人物はほとんどいないと認める。
「ゼレンスキー大統領はいずれにせよ、この戦争を指揮していく。人々がそれを好むと好まざるとにかかわらず、彼自身がそれを好むと好まざるとにかかわらずだ。それが彼の運命だ」
ゼレンスキー氏は昨年、選挙について語るのは「無責任」だとし、団結を呼びかけた。国民のほとんどが同じ考えをもっているようにみえる。
政治的な審判のときはやがて来る。ただ、それは今ではないようだ。
(追加取材:ハンナ・チョルノス、アナスタシア・レフチェンコ)
(英語記事 War and popularity keep Zelensky in power despite term expiring)
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