なぜファクトが、思想の邪魔になるのか。
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/34119111.html
『 中国共産党の政治を見ていても、LGBTQが先日、「トランスジェンダーになりたい少女たち」という角川が出版を予定していた本を脅しで妨害し、結局はサンケイ出版から出る事になった焚書騒動にしても、思想家はファクトが検証されるのを極度に恐れます。中国の場合は、年間で250万人に及ぶ、取り締まり対象者を出す事で、中国共産党の言う「事実と異なる風説の流布」を徹底的に取り締まっていますし、書店に対して放火をほのめかして、出版の差し止めを求めるLGBTQ活動家も正気を疑うレベルです。
以前の記事で書いていますが、ホモ・サピエンスにとって、思想というのは、この地球上で頂点に立つのに、もっとも武器にしてきたものです。思想に基づくカリスマを頂点とする組織の中では、他種族を滅ぼすのも、他宗教を滅ぼすのも、他国を蹂躙するのも、「正義」の範疇で行う事ができます。普通の人をキリングマシーンに変える事ができるのが、思想の最も危険な部分です。また、この世の中を進化させ、新しい発明を導くのも、また思想なのです。私の中で、宗教は「思想」の中に含まれるのですが、恐らくキリスト教的な真実探求の情熱が存在しなかったら、我々はまだ、原始的な生活から抜け出せなかっただろうと思います。森羅万象を認めてしまうのではなく、神が創り出した真理で構成されていると考えたからこそ、その秘密を解き明かす情熱が生まれて、それが科学に貢献した点は、無視して良い話しでは無いです。つまり、思想は裏表の両面を持っています。これは、思想の優劣を語っているのではなく、歴史の中で思想が果たしてきた役割を見ると、そう考えるのが妥当という話しです。
そして、思想が陥り易いのは、しょせん人間の頭の中で考え出された理屈や世界観を、そのまま現実にする事が困難な為、現実の認識を捻じ曲げて、思想が実現された事にしてしまう圧力が発生する点です。つまり、自身に対する欺瞞で、問題の本質から目を逸らす材料になっているのも、また思想なのです。なので、思想で政治を推し進める中国共産党が、自らが目指す結果と、現実が食い違う場合、現実を無視、もしくは捻じ曲げて、虚構の事実を述べるのは、いわば必然と言えます。できていない事をできたと言って、「勝利」を続けないと、思想を維持する事ができないので、そういう事になります。結果として、ファクトを示すあらゆる事に対して、攻撃をしかける事になります。「トランスジェンダーになりたい少女たち」が、異常な妨害の標的になったのも、この本がフラットな目線で、一生取り返しのつかない性転換やホルモン注射により、体を弄った事で、「本人達」がどうなったかを、レポートする内容だったからです。思想家にとって、思想と矛盾する事実は、存在してはいけないのです。なので、全力で潰すか、社会的な圧力で、そういう輩は「差別主義者」という事で、社会から追放する必要があります。
彼らが異常に攻撃的な原因は、行動の原動力になっている思想にあります。人間の概念である思想を、100%現実化するのは、しょせん無理なので、現実の認識を歪めて、達成した事にするという欺瞞は、常に起きます。その為に引き起こされるのが、都合の悪い事実の封殺であり、それを持ち出す人間に対するヘイトです。相手が社会的に破滅するまで、許さない徹底的な攻撃や憎悪が生まれる原因は、その思想が引き起こす欺瞞や矛盾にあります。
しかし、このブログで何回も書いているように、人間の都合など自然においては、数ある事象の一つに過ぎません。当たり前のように、無視して現実は進行します。何か重大な矛盾が生じる度に、思想の解釈を変えたり、現実の方を情報統制して無視したり、矛盾が発生していないように見せかけるのですが、多くの人が気が付き、誤魔化しきれなくなると、東欧で起きた革命のように国家体制が崩壊します。
悩ましいのは、極当たり前に、この世に受けた生をまっとうして、死んでいく他の生物と違って、思想と、それを支える抽象化というホモ・サピエンスの能力が、科学技術や産業を発展させてきた原動力にもなっているという事です。つまり、破壊と再生の推進力が、同じところから来ています。それが、幸せな事なのかどうかは、別の話しになるので置いておきまして、今と同じ社会を構成する限り、思想は否定する事ができないのですね。いらないという話しになると、原始時代まで戻る覚悟が必要です。
現代は分断の時代と言われていますが、インターネットで多様な価値観が、ぶつかりあった結果、思想の衝突による憎悪も拡大しました。思想が社会の推進力になっている以上、これは理性で抑えられるものではなく、それができると考えていたリベラルは、ファクトに打ち砕かれようとしています。なので、彼らは統計を弄って、対立や犯罪が増加していない事にしています。移民が増加しても、犯罪は増えていないというのが、彼らの主張です。実際には、欧州で最も治安の良かった国の一つだった、フィンランドは、現在では銃犯罪による殺人がトップの国になっています。同じ事は、イギリスでも言われていましたね。移民が入っても、犯罪は増えていない。思想にとって、そうであらねばならないから、そうだという事で、やっている事は、中国共産党と変わりません。やり方が強引で目立っていないだけで、結局のところ、我々は思想に操られているという事です。 』