「イスラエルは戦争を早く終わらせろ。平和に戻れ。人々を殺すのをやめろ」トランプ発言の狙い

「イスラエルは戦争を早く終わらせろ。平和に戻れ。人々を殺すのをやめろ」トランプ発言の狙いと、ネタニヤフとのディール(取引)はあるのか?
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33572

『2024年4月17日

4月の第2週、ジョー・バイデン米大統領は、岸田文雄首相を国賓として招き、両首脳会談の結果、防衛および経済安全保障から宇宙分野まで、幅広い分野で日米が協力することを発表した。それには、米英豪3カ国の安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」と日本との技術協力も含まれている。また、同大統領は、ホワイトハウスで初となる日米比3カ国による首脳会談も開催した。

 これらの一連のバイデン大統領の行動は、中国を意識したものであることは言うまでもないが、多国籍の枠組みにおいてリーダーシップを発揮することで、秋の米大統領選挙で戦う公算が大きくなったドナルド・トランプ前大統領との比較を鮮明にする狙いもあった。トランプ前大統領は1対1のディール(取引)を好むからだ。

 ただ、今回の日米首脳会談および日米比首脳会談が、バイデン大統領の支持率を高めるのかは不透明だ。

後者は、対中国を念頭に置いたものだが、米国の有権者は、自身の問題として捉えていない。

同大統領の支持率上昇と直結する大きな要因の1つは、イスラエル・ガザ戦争における成果――特に即時停戦ないし恒久的停戦を実現できるか否かである。

 逆にトランプ前大統領の立場からすれば、11月5日の投開票日までに、イスラエルとイスラム組織ハマスに恒久的停戦に応じさせないことが、選挙戦を有利に戦う条件になる。
では、トランプ前大統領は今後、どのようにイスラエル・ガザ戦争を利用していくのだろうか。

 本論に入る前に、駐日イスラエル大使館のギラッド・コーヘン特命全権大使と駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム大使にヒアリングを実施したので、米大統領選挙に関する両氏の声を紹介しよう。

2人の駐日大使は米大統領選挙をどうみているのか?

 2024年1月15日、ゼミ生を引率して麹町にある駐日イスラエル大使館を訪問し、コーヘン大使に、イスラエル・ガザ戦争におけるコンフリクト(対立)を緩和するコミュニケーションについてヒアリング調査を実施した。

 その際、コーヘン大使に「もしトランプ前大統領が秋の大統領選挙で勝利して、大統領に返り咲いたら、イスラエルとハマスの衝突にどのような影響を与えますか」と質問をした。同大使は「分かりません」と率直に返答した上で、バイデン大統領はイスラエル支持者であると述べた。

 一方、トランプ前大統領に関しては、イスラエルの「友人」と表現し、在イスラエル米国大使館のエルサレムへの移転を高く評価した。

 さらに、コーヘン大使はイスラエルと米国は同盟国であり、両国は民主主義を柱としていると前置きして、秋の米大統領選挙で、バイデン大統領とトランプ前大統領のどちらの候補者が勝利しても、イスラエルは対応できるという自信を示して見せた。

 1カ月ほど経た2月19日、広尾にある駐日パレスチナ常駐総代表部でシアム大使にゼミ生と共にヒアリング調査を行ったが、今回の米大統領選挙に関して同大使は、コーヘン大使とは全く異なった見方をしていた。

 シアム大使に「バイデンとトランプのどちらの候補がパレスチナにとって望ましいですか」と尋ねると、「誰が米国の大統領になっても、イスラエルの占領政策に変わりはありません」という答えが返ってきた。

同大使は約1時間20分のヒアリング調査の間に、「bully(いじめる)」という言葉を繰り返し使用した。パレスチナはイスラエル建国以来、75年間もいじめられ続けてきたと言うのだ。

 また、シアム大使は、バイデン大統領の「私はユダヤ主義者だ。ユダヤ人でなくてもシオニストになれる」(23年12月5日)という発言を問題視し、「彼は盲目的にイスラエル支持に走っている」と批判した。

同時にトランプ前大統領にも期待が持てず、次の米大統領でどのような結果が生じても、パレスチナが置かれた状況が劇的に改善される可能性は極めて低いという悲観的な見方を示した。』

『バイデンの焦り

 バイデン大統領は国際的NGO「ワールド・セントラル・キッチン」の職員7人が、イスラエル軍のドローン攻撃によって殺害されると、急遽ネタニヤフ首相と電話会談をし、人道支援者の安全確保、ガザへの人道支援物資の大量搬入、追加の検問所開放や、一般市民の犠牲の削減などを要求した。

その上で、同大統領はネタニヤフ首相に対して、イスラエルが具体的な行動を起こさなければ、対イスラエル政策を見直すというこれまでにない強い警告を発した。

 バイデン政権のイスラエルへの支援が、「無条件」から「条件付き」に変わったのだ。
 さらに、バイデン大統領は4月9日に放送された米スペイン語放送局ユニビジョンのインタビューの中で、ネタニヤフ首相の対パレスチナ政策は「誤り」と批判して、停戦を求めた。

 これまでもバイデン大統領は、上院外交委員会で人権擁護の立場に立って活動をしてきており、このパレスチナの戦争の惨禍を、彼は人道的な感覚として見過ごすことができなかったのは間違いない。ただ、そればかりではない。

 この背景には、秋の大統領選挙で鍵を握る激戦州ミシガンで、即時停戦とイスラエルへの軍事支援削減を求める若者層とアラブ系が、バイデン大統領から離反していることがある。

米ウォール・ストリート・ジャーナルの世論調査(24年3月17~24日実施)によれば、ミシガン州における支持率は、トランプ前大統領が48%、バイデン大統領が45%で、バイデン氏はトランプ氏を3ポイント下回っている。他の世論調査でも、同州においてバイデン大統領はトランプ前大統領にリードを許している。

『米大統領選挙の「天下分け目」はどこか? バイデンとトランプの激戦州争奪戦』で詳細に説明をしたが、「3+1(スリー・プラス・ワン)」のフォーメーションで戦うバイデン大統領は、ミシガン州を落とすと、再選に赤信号が灯る。

同州の若者層とアラブ系が、バイデン支持に戻るか否かは、選挙結果に多大な影響を与える可能性が高く、早急な対策が求められている。ネタニヤフ首相に対する一連の発言は、バイデン大統領の焦りも混じっている。

トランプの意図

 トランプ前大統領は、バイデン大統領のこの心理状態を読んだ発言をした。

4月4日、保守系ラジオのインタビューの中で、「イスラエルは戦争を早く終わらせろ。平和に戻れ。人々を殺すのをやめろ」と強い口調で語った。

若者層とアラブ系を自分に引き寄せるメッセージを意図的に発信したのだ。

彼らが11月5日の投開票日に自分に投票しなくても、バイデン大統領に投じない、あるいは第3候補に投じるのであれば、同大統領の民主党内の票が減るという計算があっての発言であった。

 さらに、トランプ前大統領は「(イスラエル軍は)建物が倒壊するビデオを公開している。ビデオを見た人は、その建物の中に多くの人々がいることを想像する」と述べて、イスラエル軍のガザ攻撃のビデオ公開を強く非難した。

トランプ前大統領は、反イスラエル軍の若者やアラブ系の気持ちに意図的に寄り添うようなふりをする発言を行ったのだ。

 もちろん、その狙いは、昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃後、バイデン大統領のパレスチナへの対応に怒りや強い不満を持つ若者とアラブ系を自分に引き寄せることにある。

 トランプ前大統領はウクライナに関して、人道とはほど遠い発言をしたことがある。その発言を1つとっても、上の発言の真意がどこにあるのかが知られる。

 以前に何度も述べているが、バイデン大統領は女性、黒人、ヒスパニック系、若者、性的少数者、ユダヤ系やアラブ系などから構成された「異文化連合軍」の票の組み合わせで勝利する戦略を立てている。

トランプ前大統領は、今回のイスラエル・ガザ戦争を政治利用して、バイデン大統領のこの異文化連合軍から若者とアラブ系を切り離せば、勝敗を大きく左右するミシガン州で勝てるとみている節がある。』

『トランプとネタニヤフの「ディールの可能性」

 トランプ前大統領が2020年米大統領選挙の選挙結果を覆そうと躍起になっている時、ネタニヤフ首相はバイデン大統領に当選の祝福の言葉を述べていた。

トランプ前大統領はそれに激怒したと言われている。それ以来、ネタニヤフ首相を自分に対して「忠誠心のない人間」と見ているのだろう。

 しかし、両氏には「刑事訴追」という共通点があり、互いを求める時がくるかもしれない。

トランプ前大統領は、「元ポルノ女優への口止め料を弁護士費用として計上」「国家安全保障に関わる機密文書の持ち出し」「20年米大統領選挙の結果認定の手続きを妨害」および「南部ジョージア州で共謀して20年米大統領選挙の結果を覆そうとした罪」の4件で起訴された。

一方、ネタニヤフ首相は、大物実業家から贈答品を受け入れた収賄や詐欺、背信の罪の3件で起訴された。

 裁判中のトランプ前大統領とネタニヤフ首相は、これらの刑事訴追に対して「政治的迫害」であり、「自分は魔女狩りの犠牲者」であると主張している。

これも2人の共通点だ。ネタニヤフ首相はともかく、トランプ前大統領の支持者は、この言葉を信じている。

 トランプ前大統領とネタニヤフ首相は、2024年米大統領選挙とイスラエル・ガザ戦争を、最終的に収監を回避するために利用していると捉えることができる。

自国の将来よりも自身の将来――“名誉”の“回復”と自由の追求の戦いである。

 11月5日の投開票日直前に、イスラエルとハマスの間で和平交渉がまとまり、双方が恒久的停戦に合意すると、それが「オクトーバーサプライズ(選挙結果に多大な影響を与える10月に突然出てくるような驚きの出来事)」になり、若者とアラブ系がバイデン支持に戻る可能性が高まる。これはトランプ前大統領が避けたい最悪のシナリオだ。

 一方、ネタニヤフ首相は、投開票日が近づくとバイデン大統領から一層の圧力をかけられ、それに屈すると、連立政権を組んだ極右から「弱いリーダー」のレッテルを張られる。

それはネタニヤフ首相にとって、政権維持が困難になり、自身の存続の危機に直面する事態を意味する。同首相にとってバイデン大統領は、益々厄介な存在になるのだ。

 そこで、トランプ前大統領とネタニヤフ首相の利害関係は一致する。

ネタニヤフ首相が投開票日まで恒久的停戦を拒否し続け、トランプ前大統領が勝利したら、バイデン大統領が突き付けたイスラエルに対する支援の条件を緩和する。

第2次トランプ政権では、ネタニヤフ首相は現在のバイデン政権よりも、圧力をかけられずに自由に行動できる。

秋の米大統領選挙が、終盤まで接戦になった場合、トランプ前大統領がこのディールを持ちかける可能性は否定できない。』