ユーラシア覆うソ連の悪夢 プーチン氏の介入懸念

ユーラシア覆うソ連の悪夢 プーチン氏の介入懸念
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD0113K0R00C24A4000000/

『2024年4月3日 10:00

中央アジアやコーカサスなどの旧ソ連諸国で、ロシアの政治介入を恐れる空気が広がっている。ウクライナでの戦況がロシア優位に傾いたことが、主な理由だ。

ロシアがウクライナで支配を強めれば、次は自分たちに矛先が向かいかねない……。そんな不安が各国を覆いつつある。

ロシアの虎の尾を踏まぬように

旧ソ連圏のなかでも中ロ、イランに囲まれた中央アジアは、ユーラシア大陸の「ヘソ」に当たる要所だ。ウズベキスタンとカ…

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『ウズベキスタンとカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンからなる。カザフはエネルギーや鉱物にも恵まれた資源大国だ。

英地政学の大家、マッキンダーは約1世紀前、中央アジアやアフガニスタンをハートランドと名づけた。ここを押さえた国がユーラシア大陸を牛耳り、世界の覇権を握ると予測した。19〜20世紀初頭、英国とロシアが勢力を競ったのもこの一帯だ。

そんな中央アジアの軸足が揺れている。ロシアに隣接するジョージアの首都、トビリシに今年3月6〜7日、周辺国や西側の当局者や識者らが集まり、ロンデリー安全保障会議が開かれた。

そこで印象的だったのが、中央アジアなど旧ソ連圏からロシアの政治介入におびえる発言が相次いだことだ。会議やコーヒーブレイクで聞かれたのは、おおまかにいえば次のような声である。

ウクライナの戦いで、ロシアの優位が鮮明になった。プーチン・ロシア政権を怒らせたら、後で復讐(ふくしゅう)される危険がある。ロシアの虎の尾を踏まないよう、より慎重に振る舞うしかない……。

ドネツク地方で戦闘に従事するウクライナ兵士(3月28日=ロイター)

2023年夏ごろまでは、中央アジアに異なる空気が漂っていた。ロシア軍はウクライナで苦戦を重ねており、他の旧ソ連圏に関与を深める余裕が乏しかった。

こうしたなか、中央アジア5カ国は自分たちのフリーハンドを広げようと、米欧との対話の強化に動く。昨年、米国、ドイツとそれぞれ首脳会議の枠組みを設けたのは、その典型だ。

カザフが受ける圧力

「ロシア軍は思ったほど強くない。ロシアは『裸の王様』だと分かった」。ウクライナで苦戦を続けるロシアについて当時、中央アジアの外交ブレーンからはこんな冷めた声も聞かれた。

しかし、雲行きは急速に変わりつつある。ウクライナ軍の反攻は不発に終わり、米国からの軍事支援も枯れた。ウクライナ支援に否定的なトランプ前大統領が11月の米大統領選で勝てば、ロシア軍がさらに勢いづく恐れがある。

すでに、ロシアが旧ソ連圏への締め付けを強める兆しがある。

旧ソ連の元高官によると、ロシアとの友好を重視するよう、プーチン政権は中央アジアなどに暗に圧力をかけている。

ロシアに隣接する地域にはかつてソ連邦に組み込まれ、支配されたトラウマを抱える国々が多い。

中央アジアでも特に切実なのが、ロシアと7600キロの国境を接するカザフだ。ロシア系住民が人口の約2割を占め、ロシアの介入を受けやすい立場にある。

昨年11月にはプーチン大統領がカザフを訪れ、両国は「最も親密な同盟国だ」と訴えた。この言葉を裏返せば、ロシアへの配慮を忘れるなという警告といえる。

もっとも、ロシアはウクライナに多くの戦力を注いでおり、軍事的に他の旧ソ連圏に介入するほどの体力はない。ただ、プーチン政権は情報や政治工作によって「各国の内政や社会に手を突っ込み、体制を揺さぶることはできる」(旧ソ連圏の元高官)。

ウクライナの劣勢がもたらす影響は、中央アジアだけにかぎらない。万が一、ロシア軍が勝ったり、ロシアに優位な形でウクライナが停戦を強いられたりすれば、他の旧ソ連諸国にも暗雲が垂れこめるだろう。

親米のモルドバが揺れる

その際、まずロシアの標的になりかねないのが、モルドバやジョージアだ。両国は内部に親ロシアの分離独立勢力を抱え、領土の一部を実効支配されている。

ウクライナに接するモルドバでは、すでに情勢が緊迫しはじめている。

同国の一部を実効支配する親ロシア派勢力の議会が2月28日、モルドバ中央政府からの圧迫を理由に、ロシア側に保護を要請。ロシア外務省はすかさず、「注意深く検討する」と応じた。

モルドバを統治するのは親米欧政権であり、欧州連合(EU)への加盟をめざしている。親ロシア派勢力を通じ、親米欧のモルドバ政権をかく乱する思惑がプーチン政権にはうかがえる。

ジョージアの立場も脆弱だ。08年にロシアに侵攻されて以来、国土の約2割にあたるアブハジア、南オセチアを実効支配されたままだ。

ロシアとの国交は断絶しているが近年、プーチン政権による激しい情報・政治工作にさらされている。

ジョージアのアレクシ・ペトリアシビリ元国務相は語る。「もしウクライナで勝利したら、ロシアはまず脆弱なモルドバやジョージア、次に中央アジアと南コーカサスの支配を取り戻そうとするに違いない。そうしてソ連圏を復活させたなら、(エストニアやリトアニアなどの)バルト3国にも手を伸ばすだろう」

ウクライナでの戦いの行方は、同国の将来はもちろんのこと、ユーラシア大陸の将来図も大きく左右する。だからこそ、世界の安定のためにもロシアの勝利を阻むことが欠かせない。

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秋田 浩之

長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。

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