「世界の工場」へ名乗り上げるベトナム、政治的制約はあるか?投資の分岐点はどこにある

「世界の工場」へ名乗り上げるベトナム、政治的制約はあるか?投資の分岐点はどこにある
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33402

『2024年4月2日

ウォールストリート・ジャーナル紙の3月6日付け社説‘Vietnam is lying to its friends. A secret document proves it.’は、ベトナムは製造業の中国の代替地として位置づけられるとともに、開放路線を進めて各国との関係強化に努めている;世界はそのことがベトナム国内の政治的変化を生むと期待しているが、ベトナムの指導者たちは変化を望んでいない、と批判している。
(melis82/gettyimages)

 ベトナムは、中国の対抗勢力として、また世界の製造業の代替地として自国を位置づけ、新たな外交・経済関係強化を進めている。昨年9月、バイデン大統領のベトナム訪問時、米越関係は格上げされた。

 ベトナムは現在、18の有効または計画中の自由貿易協定を有している。この開放路線が、国際的接触を多くし、権威主義的政権下にある国内政治に変化を生むという期待につながっていた。

 しかし、ベトナムの指導者たちはそうした変化を望んでいない。

バイデン氏が到着する2カ月前の7月、ベトナム共産党政治局は、国民に対する厳しい統制を継続しようとして、秘密命令「指令24号」を発出した。この指令のコピーは、ベトナムにおける言論の自由を求める団体Project88によって3月1日に公開された。

 ベトナムは警察国家であり、言論や集会の自由は制限され、反体制派や市民活動家は投獄により処罰されている。新しい指令は、ベトナムの指導者たちがこの方針を維持するつもりであり、外国の影響によってその政策が損なわれることに神経質になっていることを示唆している。

この指令は、環太平洋経済連携協定(TPP)のような国際貿易協定が、ベトナム国内での締め付けを緩和させるだろうとの期待を裏切るものだ。』

『「指令24号」では、9つの指令が政府と党に送られた。その中には 、ビジネスや人的交流のために海外に行くベトナム人を「厳重に管理」することが含まれている。

 別の指令は、「国内で独立した政治組織の結成を許してはならない」と明示している。独立した労働組合の結成にはさまざまな制限が課されている。

 国家安全保障に対する「深刻な脅威を警戒し、防ぐべし」との指令もある。

安全保障に対する脅威は「大国のイニシアティブや戦略に参加する際の油断」、外国の投資家が「国内市場や企業を乗っ取り、重要な経済部門を占拠する」ことからもたらされる。

 この文書の中で最も重要な指令のひとつは、ベトナムの市民社会グループを法律や政策決定に関与させないようにすることである。

新指令は、「市民社会、ネットワーク、独立した労働組合、そして、国内の政治反対グループ等」の出現を許さないよう警告している。

さらに、政治団体が国家に対する「カラー革命」や「街頭革命」といった、民主化を求める運動へ人々を動員することがないよう警告している。

 「指令24号」によると、報道機関は「ポピュリスト運動、市民的不服従、不当な見解、敵対勢力による妨害行為」と戦わなければならない。さらに、国の習慣や伝統に適合しない外国文化を排除することが求められる。報道機関は「フェイク・ニュースと闘い」、「国家機関、企業、社会、サイバー空間における文明的行動規範を発展させること」も期待されている。

*   *   *

ベトナムにはある政治的「自由」

 米中対立が進行する中で、「政治的安定」と「経済発展」の双方を維持するためのベトナム指導者の「悩み」は深いと思われる。

確かに社説が指摘するように、ベトナムにおいて政治的自由が制限されているのは事実であるが、中国とは比較にならないぐらい「緩い」。

 また、中国と異なり、ベトナムは国民の意向を政策に反映しようと努めている。

例えば、①国連開発計画(UNDP)と共産党の「祖国戦線」は2011年から毎年「住民から見た各地方省の行政管理評価(PAPI)」を住民への対面聞き取り調査を実施して公表している。PAPIは、国民参加の度合い、透明性、国民に対する説明責任、汚職の取り締まりなど8つの指標で評価される。』

『②経済分野においても、09年以降、米国際開発庁(USAID)とベトナム商工会議所は、「企業から見た各地方の経済管理評価(PCI)」を企業へのアンケート形式で実施し、公表している。更に、ベトナムには53の少数民族が存在するが、少数民族の文化・権利は「尊重」されている。それらが故に、欧米諸国から、「人権」に関連して表立った批判はない。

 「政治的安定」に関しては、世論調査が公表されないので推測するしかないものの、ベトナム戦争終了後(1975年)に生まれた国民が、全人口の70%以上を占める時代になり、共産党支持率は益々低くなっていると思われる。

50歳以上の国民は、共産党が「国の統一」を実現した貢献を認識しているが、戦争を知らない世代は異なる。

但し、経済発展が漸く軌道に乗ったことから、国民の多くは政治的混乱を生む『体制の変化』までは、今のところ望んでいないであろう。

外国資本誘致の実態

 ベトナムが「経済発展を維持」するためには、「開放政策」を継続し、外国投資をうけいれることが不可欠である。

但し、中国からの投資に関しては、分野および地域に細心の注意が必要であることをベトナム政府は十分認識している。

 コロナ前後から、中国や香港からの対ベトナム投資が増加している。

指令24号では、①「国家安全保障に対する深刻な脅威を防ぐ」ための警戒を呼び掛けていること、②報道機関に対して、「フェイク・ニュースと戦うべき」等の記述が含まれており、これらはベトナムへの投資を増加している中国や香港を念頭において、記載されたものとも思われる。

 また、「経済発展の維持」の視点からは、インフラ整備の遅れ、地場産業の育成が期待ほど進んでいない実態とチョン書記長が進める汚職捜査の弊害が懸念される。

特に政策が決定通りに進まず、国や地方政府に損害が出ると責任を負わされる事案が引き続き起こっており、決定権を有する者が決定しないケースが多発している。

 このような実態を前にして、日本企業の中からは、書記長の交代時期(任期は26年春)が来るまで、ベトナムへの新規投資は控えるとの意見すら出始めているらしい。 』