ロシア襲ったISの銃乱射テロ 覇権争いの死角あらわに

ロシア襲ったISの銃乱射テロ 覇権争いの死角あらわに
編集委員 岐部秀光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB262AG0W4A320C2000000/

『2024年3月28日 5:00

ロシア首都モスクワ郊外のコンサートホールで起きた銃乱射事件は、米欧などの民主主義陣営と中ロなど権威主義陣営の覇権争いのなかで、イスラム過激主義の脅威という地政学の大きな死角をあらわにした。テロ事件を権力強化につなげてきたロシアのプーチン大統領が過去の成功体験をなぞろうとしているのは危険な兆候だ。

プーチン氏は「(実行犯への指示は)2014年以来、キエフ(キーウのロシア語読み)のナチス体制(ウクラ…

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『プーチン氏は「(実行犯への指示は)2014年以来、キエフ(キーウのロシア語読み)のナチス体制(ウクライナ)を利用してロシアと戦っている者の可能性がある」と発言した。欧米との対立関係を強調し国内の締め付けに事件を利用しようとする意図が垣間見える。』

『犯行声明は「ホラサン州」グループ

犯行声明を出したのは過激派組織「イスラム国」(IS)系の「イスラム国ホラサン州」(IS-K)を名乗るグループだ。アフガニスタンを拠点としイラクやシリアで2010年代に殺りくと破壊を繰り広げた本家ISの残忍さを最も強く引き継ぐ。IS-Kはアフガンを支配するタリバンをも「穏健すぎる」と敵視する。』

『実行犯4人はタジキスタン出身とされる。母国タジクやロシアではロシアによる弾圧や差別を受ける若者の憤りが渦巻く。ロシア軍やロシアの民間軍事会社はタジクなどから来た低賃金の外国人労働者を兵士としてウクライナの戦地に送ろうとしてきた。』

『プーチン氏はイスラム過激派との対立を自らの権力強化につなげてきた。1999年のアパート連続爆破事件ではイスラム教徒が多いチェチェン分離主義者による犯行としてチェチェンを空爆した。当時首相だったプーチン氏は政治家としての国内の人気を揺るぎないものにした。

この爆破事件をめぐってはソ連国家保安委員会(KGB)の元職員アレクサンドル・リトビネンコ氏がのちに「自作自演だった」と告発している。プーチン氏は02年のチェチェン武装グループによるモスクワ劇場占拠事件を受け弾圧を一段と強めた。』

『シリア内戦に介入したロシアへの憎悪

シリアでは自国民に化学兵器を用いて孤立していたアサド大統領を支援して内戦に介入し、「テロとの戦い」を名目にシリア国内のイスラム勢力掃討に手を貸した。中東における影響力拡大につながったが、イスラム過激派のロシアに対する憎悪は一気に高まった。

フランスのマクロン大統領は25日、プーチン氏がテロの責任の一端をウクライナに負わせようとしていることについて「ひねくれた見方で副作用が大きい」と警告した。プーチン氏が自らの反欧米のナラティブ(物語)のために事件を政治利用することを警戒する。』
『イスラム過激派を政治に利用し、その副作用に苦しんだのはほかならぬ米国だった。アフガニスタンに侵攻したソ連に打撃を与えるため1980年代に「敵の敵は味方」とイスラム武装組織をひそかに支援した。そこに外国人イスラム義勇兵として参加していたのが、米同時テロの首謀者ウサマ・ビンラディン容疑者だった。やがて米国は「はしごを外された」と彼らの逆恨みを買うことになる。』

『対立と分断が「養分」に

イスラム過激派の多くは指導者を頂点とする固定的な指揮命令系統を持たない。だが米中や米ロの対立を戦闘員の勧誘やテロのチャンスととらえている可能性はある。

パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスによるイスラエルへの残忍な越境テロは、欧米でイスラム信者への憎悪や差別を広げた。一方、イスラエルによる容赦なきガザへの報復に信者の多くは憤りを強めている。』

『異教徒との対立をあおる過激派の主張は通りやすくなっているだろう。本家のISは退潮がはっきりしたが、ISの「州」を名乗る系列組織や他の過激派は根絶されていない。

無防備の一般市民を標的としたイスラム過激派による無差別テロの抑止は本来ならばイスラム諸国も含む文明社会のリーダーが協力して取り組まなくてはならない話だ。教育や雇用対策など地道で粘り強い抑止策が欠かせないグローバルな課題だからだ。

覇権争いで広がる対立と分断は、人々の憎悪や差別を広げ、むしろ過激派組織に勢力拡大の養分を与えている。』