領域横断作戦の観点からのロシア・ウクライナ戦争の教訓(再掲)

領域横断作戦の観点からのロシア・ウクライナ戦争の教訓(再掲)
https://http476386114.com/2023/07/22/%e9%a0%98%e5%9f%9f%e6%a8%aa%e6%96%ad%e4%bd%9c%e6%88%a6%e3%81%ae%e8%a6%b3%e7%82%b9%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e3%83%ad%e3%82%b7%e3%82%a2%e3%83%bb%e3%82%a6%e3%82%af%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%8a%e6%88%a6/

 ※ 論稿の「言わんとするところ」を分かりやすくするため、「論拠の引用部分」をカットした。

 ※ GitMindのAIによる要約を、付加しておく。

『キーポイント:

  1. ロシア軍は最初の侵攻で失敗し、再編成後にウクライナ東部で火力戦を展開。
  2. ウクライナ軍はロシア軍の弾薬庫などを攻撃し、反撃に成功。
  3. 航空戦力は両陣営とも航空優勢を獲得できておらず、ロシア軍の航空作戦は失敗。』

『なぜ両陣営は航空優勢を獲得できていないのですか?

ウクライナ軍は火力差や火力システムの活用により圧倒的な戦闘能力を持っており、欧米諸国からの支援も行われているが、ロシア軍には大規模な野戦砲火力があり、ウクライナ軍を圧倒していると考えられる。』

『高木耕一郎

ロシア・ウクライナ戦争は、将来の領域横断作戦を考察する上で重要な教訓
を生み出している。その戦況は未だ流動的であり、教訓も暫定的なものであ
る。しかし、将来への洞察を得る上で、戦況に応じて逐次分析行うことは価値
がある。

ロシア・ウクライナ戦争においては、宇宙、サイバー、電磁波という新領域
に関する技術や無人兵器など、最新の科学技術が用いられている。その一方
で、ロシア軍の精密誘導兵器は枯渇し、5月から7月上旬まで、ウクライナ東
部における大規模かつ組織的火力戦という、伝統的な陸上戦闘主体の戦闘様相
となった。

ロシア・ウクライナ戦争は、ロシア軍のウクライナへの3方向からの侵攻
(2022年2月24日〜3月上旬)、ウクライナ軍の反撃とロシア軍の戦線縮小
(2022年3月下旬〜4月頃)、ロシア軍のウクライナ東部ドンバス地方への戦
カ集中(2022年5月〜7月頃)、ウクライナ軍の反撃(2022年8月以降)と、
戦況が逐次推移している。特に、2022年9月以降、ウクライナ軍による反撃
の大きな進展が見られる。

本稿は、こうした戦況推移のうち、2022年5月〜7月頃に行われたウクライ
ナ東部ドンバス地方における戦闘に関する分析を主体とする。この時期の戦闘
においては、ウクライナ軍の劣勢が伝えられ、ウクライナに対する欧米諸国か
らの支援の必要性に注目が集まった。また、米国においては、陸海空、宇宙、
サイバー、電磁波というそれぞれの領域に関して活発な議論がなされた。本稿
は、これらの各領域の能力を有機的に融合した領域横断作戦の視点から、同年
9月頃までに米国において発表されている分析等を踏まえ、その教訓を考察す
るものである。

1 陸上領域:機動戦から火力戦への移行と野戦砲の火力差

2022年2月24日のロシア・ウクライナ戦争開戦当初、ロシア軍は3方向か
らの機動戦によりウクライナへ侵攻したが、その作戦は不調に終わり、ロシア
軍は多くの欠陥を露呈した。しかし、同年5月以降、ロシア軍は再編成を行
い、ウクライナ東部に戦力を集中した。そして野戦砲を主体とした大規模な火
力戦を行い、7月3日頃にはルハンスク州の占領に成功した1。

この間、ロシア軍の作戦には、大きな改善が見られた。それは、野戦砲を重
視した戦闘要領への転換であり、ロシア軍は圧倒的な野戦砲火力を狭い作戦範
囲に集中させることにより、局地的な攻撃前進に成功した2。6月の戦闘におい
てロシア軍が使用した砲弾数は、1日あたり約50,000発3とも、T0,000発4と
も言われている。ウクライナ軍の砲弾数はその約10分の1でしかなく、ロシ
ア軍は火力戦においてウクライナ軍を圧倒した5。この火力差により、ウクライ
ナ軍には1日あたり約200人の死者、約500人の負傷者が発生し、ウクライナ
は東部の自国領土を徐々に失っていった。

ウクライナの外務大臣のドミトロ ・クレーバは、6月17日に『フォーリン・
アフェアーズ』誌に寄稿した論考において、「ウクライナには重火器がさらに
必要」と訴えた。「ロシア軍の火砲は、前線の重要な部分において、1対15で
ウクライナ軍を圧倒」しており、欧米諸国からの火力装備品の提供は「まだ少
なすぎる。」そして、「ウクライナが最も緊急で必要しているのは、何百もの多
連装ロケットシステムと155ミリ榴弾砲」であると訴えたのであるし
こうした圧倒的な火力差を埋めるため、欧米諸国によるウクライナ軍に対す
る火力装備品の支援が行われてきた。7月初めまでに、155mm榴弾砲126門
の支援が発表されるとともに8、合計8基のHIMARSがウクライナ軍の手に渡
った七 ウクライナ軍はHIMARSを用い、6月にはロシア軍の14の弾薬庫を
破壊し2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12.さらに7月下旬までに約50のロシア軍司令部と弾薬庫を破壊したと
いうろ ウクライナ軍は7月下旬には、HIMARSやMLRSなどの欧米から供
与された火力システムを効果的に活用し、ウクライナ南部港町ケルソンの奪回
に成功したん

ロシア軍が野戦砲を主体とした火力戦を行っているのに対し、ウクライナ軍
に火力装備品を提供することは、対称的なアプローチであり、激しい消耗戦を
助長するという批判もあった、第二次世界大戦の開戦当初、強力なマジノ線
を構築して陣地戦を準備していたフランスに対し、ドイツは戦車を主体とした
機動戦により短期間でパリを陥落させた。こうした非対称的なアプローチの有
効性は、多くの戦例により示されている。

しかしながら、機甲戦闘力を用いて機動戦を行うためには、十分な訓練と準
備が必要である。2014年以降、ウクライナ軍はドンバス地方の防衛のため、火
力を中心とした陣地戦を行うための防衛力整備に力を注いでおり、機甲戦闘力
を育成してこなかったという指摘もあった%このため、ウクライナ軍は機動
戦に優れておらず、当面の火力差を埋めるために、火力装備品を優先して要求
せざるを得なかったという見方である。

こうした見方がある一方で、ウクライナ軍は、提供されたHIMARSを前線に
おける攻撃前進の支援に用いるのではなく、 ロシア軍の弾薬庫や司令部に対す
る攻撃に用いており、必ずしも対称的なアプローチを行ってはいない。ウクライ
ナ軍は、7月以降、ロシア軍の弾薬庫、司令部、兵站拠点、防空システムなどを
攻撃し、こうした攻撃によりロシア軍の継戦能力を徐々に削いでいった%これ
が、9月以降のウクライナ軍による主導権の奪回につながり、ロシア軍は無秩序
な退却を余儀なくされたのである。

さらに、5月〜7月に行われたロシア軍による火力戦も、ロシア軍兵士の士
気の低下により、ロシア軍がやむを得ず行った戦い方であるという指摘もある
桂。すなわち、ロシア軍は、歩兵の士気が低いため、近接的な戦闘を避けて大
量の砲弾を用いるという戦い方をせざるを得なかったのである。

このように、陸上領域においては、2月24日の開戦当初の機動戦から、5月
以降の野戦砲を主体とした火力戦に至るまで、ロシア軍の作戦に大きな変化が
見られた。ロシア軍は野戦砲を主体とした攻撃を行い、狭い範囲に大量の砲弾
を集中させ、局地的な攻撃前進に成功した。圧倒的な火力差を埋めるため、ウ
クライナは火力装備品を国際社会に対して要求し、それらは逐次ウクライナに
提供された。

こうした戦況を踏まえ、2022年5月〜7月頃の米国における分析は、ロシア
軍による火力戦の成果を強調し、ウクライナ軍の劣勢を懸念するものが多かつ
た。その中には、ウクライナ軍に対する火力装備品の提供に批判的な論調もあ
った。

そうした中で、ウクライナ軍は、供与されたHIMARSなどの火力を用
いて、ロシア軍の弾薬庫などを根気強く攻撃し、ロシア軍の継戦能力を削いで
いった。そして、2022年9月、ウクライナ軍は大規模な反撃に成功したので
ある。

ウクライナ軍の反撃が成功してからは、米国における論調も一転した。
ウクライナ軍の火力運用の巧みさを指摘するとともに、ロシア軍が行った火力
戦はロシア軍の歩兵の士気が低いためにやむを得ず行われたものという分析も
出現したのである。

2 航空領域:「航空戦力のパラダイムシフト」

今般のロシア・ウクライナ戦争において、「航空戦力のパラダイムシフト」
が起きていると指摘されている七 これまでの戦闘において、ウクライナ軍、
ロシア軍の両陣営とも、一般的な意味での航空優勢を獲得できていない。20世
紀初めに航空戦力が戦争に使用されて以降、航空優勢の獲得は、陸上作戦、海
上作戦を行うにあたっての重要な要件であった。しかし、ロシア・ウクライナ
戦争においては、これまで両陣営とも航空優勢を獲得していない状態での戦闘
が続いている。

ロシア軍の航空戦力は、これまでの戦闘において重要な役割を果たしていな
い。開戦から6月頃までに、ロシア軍機は96機撃墜されたお。ロシア軍の戦闘
機や爆撃機がウクライナ領空を飛行することはほとんどなく、飛行するとして
もレーダーの探知を避けるために低空を飛行している。しかし、低空を飛行す
れば、ウクライナ軍の対空砲やスティンガー携帯対空ミサイルの射程内とな
る。このため、これまでの作戦においてロシア軍が戦闘機、爆撃機を用いるこ
とは稀であると言われている。

ロシア軍の航空作戦の失敗の原因として、ロシア航空宇宙軍の練度不足、精
密弾と照準センサーの不足、ロシア航空宇宙軍のリスク回避の傾向、統合交戦
区域の管理能力の不足などが指摘されている杓。また、NATO軍が近隣諸国上
空を飛行するAWACSから得た情報をウクライナ軍に提供するなど、警戒監
視、情報収集の面においてウクライナ軍を支援しているという側面も大きい。
ウクライナ軍は、こうした情報を活用しつつ、長射程のS-300ミサイルと短射
程のスティンガー携帯対空ミサイルを組み合わせることにより、効果的な防空
作戦を行っている。

このように、ロシア・ウクライナ戦争においては、航空機による航空優勢の
獲得よりも、陸上に設置された対空火器により相手方の航空機の領空への侵入
を阻止する「航空拒否」が主体となっている。これが「航空戦力のパラダイム
シフト」という指摘の理由である2°。

1911年のイタリアートルコ戦争において
はじめて航空機が戦争に用いられて以来、航空戦力は重要な役割を一貫して果
たしてきた。そして、この100年間、航空機万能論が何度も出現してきた。こ
うした歴史を考えれば、ロシア・ウクライナ戦争における有人航空機の活動の
低調さは、時代を画する事象となる可能性もある。

このように、有人航空機の活動が低調である一方、開戦当初においてウクラ
イナ軍の無人航空機の活躍が注目を集めた。しかし、5月以降ドンバス地方に
おける火力戦に移行してからは、ウクライナ軍の無人航空機の活躍が報じられ
なくなった。

開戦当初に活躍したウクライナ軍の無人航空機は、トルコ製のバイラクタル
TB-2である。低速で飛行し、独特のレーダー断面形状を持つバイラクタル
TB-2は、通常の戦闘機を想定したロシア軍の防空システムのレーダーに探知
されず蜀、大きな戦果を挙げた。ただし、バイラクタルは、機体と地上管制装
置が通視線上のデータリンクにより接続されている必要がある。マニュアル上
の航続距離は約200マイルとされているものの22、地形上の障害物を考慮すれ
ば、地上管制装置と操縦士を前線近くに配置する必要があり、5月以降に行わ
れたような組織的な火力戦においては脆弱であった23。

また、ロシア軍の電子戦部隊がウクライナ軍の無人航空機を効果的に妨害し
ているという指摘もある之%さらに、5月〜7月頃のロシア軍による大規模な火
力戦において、ロシア軍の砲兵部隊を妨害するにあたり、ウクライナ軍の無人
22兵器の諸元は米国において発表されている記事等の記述による。(これ以下の記述につ
いても同じ。)ただし、記事により記述されている諸元が異なる場合もあり、あくまでもその中の一つを引用しているに過ぎない。また、ウクライナで実際に運用されている実際の兵器の諸元は、公表されておらず不明である場合が多い。

航空機は、数量の観点から限界があった可能性もある。

戦争初期に活躍したウクライナ軍のバイラクタルTB-2の性能上の限界が指
摘されたため、より航続距離の長い米国製の無人攻撃機、MQ-1グレイイーグ
ルに注目する意見もあった之七米国の支援策の一環としての供与が発表された

グレイイーグルは、バイラクタルの2倍の大きさで、強力なヘルファイヤミサ
イルを搭載し、人工衛星を介して遠隔地から操縦され、約25時間飛行する。

しかし、ウクライナ東部ドンバス地方は、ロシア本国に隣接しており、ロシ
ア領内に高密度に配置されたS-300及びS-400対空ミサイルの射程内にある。

このため、MQ-1グレイイーグルがロシア軍の対空ミサイルにより撃墜される
危険性が指摘された26。

特に、グレイイーグルの価格は約1,000万ドルであり、安価なバイラクタルTB-2に比べ、撃墜される危険性の高い空域での運用は、費用対効果が低いとされている。

このように、今般のロシア・ウクライナ戦争においては、「航空戦力のパラ
ダイムシフト」が起きており、対空火器による航空拒否が主体となり、航空戦
カの活動が限定的となっている。

ロシア軍の有人航空戦力の被害が大きく、その活動は低調である。

ウクライナ軍の無人航空機についても、開戦当初はその
活躍が注目されたが、ドンバス地方における組織的な火力戦に移行してから
は、活躍が報じられなくなった。そして、対空兵器の効果が大きく、双方の対
空兵器と電子戦兵器が、有人•無人の航空戦力の戦場への接近を阻止する状況
となっている。

3 海上領域:ウクライナ軍の地対艦戦闘とロシア軍による海上封鎖

海上領域も、航空領域と同様に決定的な役割を果たしておらず、ウクライナ
軍とロシア軍の双方は膠着状態にある之,。これは、ウクライナが面している海
域が、閉鎖された内海に限定されているという、地理的特性によるところも大
きい。

海上領域に関しては、ロシア軍によるウクライナの黒海航路封鎖が注目され
た。7月末には外交的な解決が図られたが、7月上旬までに約2,500万トンの
穀物がウクライナ国内に閉じ込められ、世界経済への影響と発展途上国におけ
る食糧危機が懸念された28。

これらの穀物は、従来は低コストかつ大量輸送可能な海上経路で輸出されており、
鉄道などによる陸上輸送では代替困難であった。

このことは、大陸内部に位置し、黒海という内海にしか面していない国家
であっても、海上領域における優勢が極めて重要であることを示している。

ウクライナ軍はこれまで、海上領域において戦果を挙げてきた。ロシア黒海
艦隊の旗艦「モスクワ」を始めとして、ウクライナ軍はいくつかのロシア艦船
を撃沈した。こうした地対艦攻撃は、商業衛星画像、スターリンク衛星ネット
ワーク、無人航空機バイラクタルTB-2、そしてウクライナ製の地対艦ミサイ
ルであるネプチューンによって行われた之%

こうした地対艦攻撃の成功の結果、ロシア軍の海上戦力はウクライナの沿岸
に近づくことができない状態となった。しかしながら、ウクライナ軍の地上発
射型の地対艦ミサイルは、黒海全体を射程内に収めることができない。このた
め、海軍戦力をほとんど持たないウクライナ軍は、ロシア軍の黒海経路封鎖を
排除するができなかった。

このように、海上優勢を獲得することは引き続き重要であるものの、ロシア
軍とウクライナ軍の双方ともそれを獲得できず、膠着状態が続いた。海上戦力
をほとんど持たないウクライナ軍は、地上発射型の地対艦ミサイルにより効果
的な戦闘を行い、ロシア海軍の沿岸への接近の拒否に成功した。しかし、その
射程には限界があり、ウクライナ軍は黒海全域を支配することができなかっ
た。

4新領域(宇宙・サイバー•電磁波)

宇宙、サイバー、電磁波という新領域も、陸上戦闘の支援という側面におい
て重要な役割を果たしているものの、航空領域や海上領域と同様、ロシア・ウ
クライナ戦争において支配的な役割を果たしていないと言われている3〇。

(1)宇宙領域

宇宙領域は、戦闘のない「聖域」であった冷戦時代、陸海空領域での戦いに
対する情報支援が盛んになった湾岸戦争以降の時代を経て、近年は戦闘そのも
のが行われる領域へと変化したと言われてきた31。すなわち、湾岸戦争以降、
宇宙領域による情報支援があまりにも効果的になったからこそ、敵の人工衛星
を破壊又は機能不全とし、戦闘において有利な態勢を獲得する必要性が高まっ
たのである。

特に、2007年に中国が老朽化した自国の人工衛星に対するミサ
イルによる破壊実験を行って以降、その可能性が強く指摘されてきた。

実際、今般のロシア・ウクライナ戦争においては、開戦当初にウクライナが
利用していたKA-SAT衛星がサイバー攻撃を受け、機能停止した。これは、初
めての宇宙領域に対するサイバー攻撃であるとして、注目を集めた。

しかし、
ウクライナ政府の要請に対し、テスラ社のCEOイーロン・マスク氏が直ちに
支援を表明し、ウクライナにスターリンクが提供された。このため、結果とし
て、KA-SAT衛星への攻撃の影響は小さくなった。

また、KA-SAT衛星へのサイバー攻撃のほか、宇宙領域における戦闘は発生
しなかった。ロシア軍は、人工衛星の物理的な破壊を行う能力を持っているに
もかかわらず、宇宙領域への物理的な攻撃を実施していない。

すなわち、宇宙
領域そのものが戦闘空間となるというこれまでの予想に反し、宇宙領域そのも
のにおける戦闘はほとんど生起しなかった。ロシア軍がそうした攻撃を行わな
かった理由として、多量のデブリ発生に伴う自国の宇宙活動への影響と国際的
非難を考慮した可能性もある。また、スターリンクのような多数の人工衛星に
より構成されるシステムに対しては、物理的な攻撃が困難であるという側面も
ある。

このように、ロシア軍が宇宙領域への大規模な攻撃を行わなかった結果、宇
宙領域は、ウクライナ軍の陸上及び海上領域の戦闘のための情報収集活動にお
いて、重要な役割を果たしている。

特に、こうした情報収集活動にあたって
は、商業衛星が有用であることが示された’んウクライナ軍は、自国の宇宙戦
力がないにもかかわらず、欧米の商業衛星を活用した情報収集活動により効果
的な戦闘を行ってきた’七そして、商業衛星を用いた情報収集活動は、無人航
空機の普及と相まって、戦場を「透明」なものにしているのである。

(2)サイバー領域

本年のロシア・ウクライナ戦争以前、多くの専門家が、戦争開始に伴いロシ
アが大規模なサイバー攻撃を送電網に対して行い、大規模な停電が起こる可能
性を指摘していた,んこうした「戦略的サイバー攻撃」は、ウクライナ人の士
気を低下させ、また陸海空、宇宙という物理的な領域の戦闘力を機能不全に陥
らせるものであり、この10年間、その危険性が強く指摘されてきた。

しかし、前述のKA-SAT衛星へのサイバー攻撃以外、陸海空、宇宙という物理的な
領域に影響を及ぼすようなサイバー攻撃は成功しなかった。

このような攻撃が成功しなかった理由として、米軍サイバー部隊や米八イテ
ク企業が重要な役割を果たし、ロシアのサイバー攻撃に対する防御に成功して
いたことが指摘されている35。

4月6日に『フォーリン・アフェアーズ』誌に
掲載されたNATOのインテリジェンス及びセキュリティ担当事務次長補のディ
ヴィッド・カトラー氏の論考36によれば、「ロシアのウクライナに対するサイバ
ー攻撃の規模は大規模なものであったものの、米国のサイバー防御作戦により
それを防御することができた」という。

また、マイクロソフト社のロシア・ウクライナ戦争に関する報告書によれ
ば、ロシアの活動のほとんどは、情報の窃取と世論への影響工作を目的とした
ものであり、情報システムを不能にしたり、物理的な影響を与えたりするもの
ではなかった37。

このため、ロシアのサイバー領域における活動が、ウクライ
ナ軍の戦闘能力に影響を与えたという証拠は、公刊情報上において確認するこ
とができない。こうした点を踏まえ、「サイバー領域は、この戦争において重
要な役割を担っていない」という見方もある38。

こうした指摘は、サイバー領域の重要性を損なうものではない。むしろ、ロ
シア・ウクライナ戦争は、サイバー領域の重要性の高まりを示している。

ウクライナは、欧米諸国の政府とハイテク企業の支援を得て、開戦前からサイバー
領域の戦闘に関して多大な準備をしてきた。そして、開戦以降もロシアの大規
模なサイバー攻撃に対して、欧米諸国の支援を受けて的確な防御を行ってい
る。その結果として、ロシアのサイバー攻撃は、物理的な領域に対して大きな
影響を与えるような成果を得るに至っていないのである。

(3)電磁波領域

電磁波領域については、ロシア軍の通信内容の盗聴や、ロシア軍幹部及び司
令部の位置を探知するにあたって、有益な役割を果たしている。ロシア軍の通
信インフラは性能が低く、特に最新の暗号通信機が不調であった39。

このため、ロシア軍は民間の携帯電話などに依存し如、米国の諜報機関に通信内容を
傍受された。

こうした情報収集活動により、ロシア軍の動きや位置、作戦計画
の内容などが米国を経由し、ウクライナ軍に提供された。

米国は、こうした情
報を得てから30分から1時間以内にウクライナ軍に提供しているという41。

こうした情報提供により、ウクライナ軍は多くのロシア軍将官の殺害に成功した。

電磁波領域に関しては、ロシア軍は世界で最も経験豊富で、最も設備の整っ
た電子戦部隊を持っているとされてきた。

実際、ロシア軍の電子戦部隊は、ウクライナ軍の砲兵の位置を特定するとともに、砲弾やロケット弾の誘導を行っているという42。

また、ウクライナ軍の無人兵器のレーダーと通信回線を妨害
し、ウクライナ軍がロシア軍の砲兵陣地を特定するのを妨げた。

これに対し、
ウクライナ軍も、米国から提供された対ドローンシステムを使って、ロシア軍
のドローンのGPS信号を妨害し、また高出力マイクロ波により電子機器を損
傷させたりして、数百機を撃墜したという43。

このように、現代戦においては、電磁波領域における戦闘の優劣は、戦局全
体に影響を及ぼすほど重要なものとなっている。

しかし、ロシア・ウクライナ
戦争において、電磁波領域が十分な役割を果たしていないという見方もある
44〇

それは、前述のように、ウクライナ軍とロシア軍双方の航空領域における
活動が低調であることと関連がある。

すなわち、航空機を用いて電子戦を行う
ことに比べれば、地上型の電子戦兵器は、水平線以遠に電磁波を発射すること
が難しく 45、その影響範囲に限界があるという指摘がされているのである。

以上のように、ロシア・ウクライナ戦争においては、ウクライナ軍とロシア
軍の双方が電磁波領域においても激しい戦闘を行っている。こうした戦闘の優
劣は戦局に大きな影響を及ぼし得る。

ただし、ロシア・ウクライナ戦争におけ
る電磁波領域での作戦は、通信の傍受、砲兵の位置の特定、砲弾などの誘導、
無人兵器の妨害など、基本的には陸上における戦闘の支援が主体となってい
る。

5 ロシア・ウクライナ戦争の教訓事項

これまで述べてきたロシア・ウクライナ戦争における陸海空、宇宙、サイバ
ー、電磁波領域それぞれの状況を踏まえ、教訓を考察する。

各領域の状況を踏まえて得られる教訓としては、航空戦力の役割と戦力設計の再検討の必要性、継戦能力の保持とハイテク兵器への依存の危険性、「透明化」する戦場への対
応の3つが考えられる。

(1)航空戦力の役割と戦力設計の再検討の必要性

前述のように、ロシア・ウクライナ戦争においては「航空戦力のパラダイム
シフト」が起きていると言われているく&。すなわち、航空機による航空優勢の
獲得よりも、対空火器により相手方の航空機の領空への侵入を阻止する「航空
拒否」が主体となっている。

こうした状況をもたらした原因の一つとして指摘されているのは、航空戦力
の高価格化である。例えば、歴代の米軍の戦闘機は、後継機が登場するたびに、
性能が向上しているものの、そのコストが平均約2.5倍以上になっているく,。
F22ラプターは1機約2億5,000万ドルであり、約6,500万ドルのF15イーグ
ルの約4倍である。40年前、ある米陸軍次官は皮肉を込めて言った48。「この
価格上昇が続けば、2054年には国防総省全体で年に1機しか購入できないだ
ろう。この航空機は空軍と海軍が週3.5日ずつ共有し、閏年にだけ海兵隊が使
うことができる。」

これに対し、スティンガー対空ミサイルなど、対空兵器は比較的安価であ
る。この価格面の非対称性の結果、対空兵器の脅威下において、高価な最新鋭
戦闘機を運用することの費用対効果は、近年著しく低下している。

この問題点は、航空戦力を無人化することによって解決されるものではな
い。航空戦力の無人化は、パイロットの人命を救うことにはなるが、高価な装
備品を安価な対空兵器によって撃墜されるリスクを低減するものではない。

実際、ロシア軍の対空兵器の脅威下において、米軍から供与される高価なMQ-1
グレイイーグルを運用することの危険性が指摘された49。

一方で、バイラクタ
ルTB-2などの安価な無人航空機は、5月〜7月頃に野戦砲を主体とした組織的
な火力戦において、開戦当初のような活躍が報じられなくなった。

こうした問題点は、回転翼機から成る陸上航空にも当てはまる。ロシア軍は
6月末までに170機以上の回転翼機を失ったとされており、両陣営とも回転翼
機に関して甚大な損害を被っている5°。

このため、米国においても、回転翼機
は「危機に瀕している」と言われている。

例えば、米陸軍退役中将のデビッ
ド・バー ノは、ロシア・ウクライナ戦争の教訓を踏まえ、「将来の戦場におい
てヘリコプターが生存できない可能性を受け入れること」が必要であると指摘
している%

ロシア・ウクライナ戦争の教訓に関する米軍の議論も暫定的なも
のであるが、今後米軍がどのような教訓を導き出し、どのように将来の戦力設
計につなげているかについても、注視することが必要であろう。

(2 )継戦能力の保持とハイテク兵器への依存の危険性

ロシア・ウクライナ戦争は、「将来の戦争は短時間で決着がつく」という、
近年信じられてきた定説に疑問を投げかけるものである飛。2月24日の開戦以
来、半年以上が経過した9月末の時点においても、終結に至る兆しは見えてい
ない。

開戦当初、ロシア軍は精密誘導兵器などの多くのハイテク兵器を用いたが、
既にその多くが枯渇していると言われている。

また、ロシアは、経済制裁によ
り半導体の輸入を絶たれ、ハイテク兵器を補充する能力はない。

このため、ロシアは、冷蔵庫や食器洗い機用の半導体を兵器に転用するなど、苦しい補給活動を続けている53。

継戦能力については、欧米諸国の支援を受けるウクライナ
側に分がある。

欧米諸国の支援を円滑に受けるにあたっては、ウクライナ軍が
開戦前からNATO標準化を進めてきたという要因も大きい。

ただし、ハイテク兵器の枯渇は、経済制裁を受けているロシア軍だけの問題
ではない。米国においても、ロシア・ウクライナ戦争のような消耗戦が生起し
た場合に、自国の継戦能力がそれに耐えられるかという点について、盛んに議
論が行われている。

例えば、米国はウクライナに多くのジャベリン対戦車ミサ
イルとスティンガー対空ミサイルを供与したが、それを補充するのにジャべリ
ンは3〜4年、スティンガーは5年かかると言われているうんロッキード・マー
ティン社は5月にジャベリンの年間生産量を2倍にすると公表したが、レイセ
オン社は部品不足のため2023年までスティンガーを増産できないという%

誘導兵器などのハイテク兵器が枯渇した結果、ロシア軍は5月以降、野戦砲
を中心とした火力戦へと戦闘要領を変換した。

しかし、1日あたり約50,000
発以上の砲弾を狭い正面に集中させることにより、局地的な攻撃前進に成功し
た56。

ただし、欧米の制裁措置によりロシア軍は野戦砲弾の補充も困難であ
る。このため、こうした戦い方の継続も、野戦砲弾の保有数に依存する。

実際、7月以降、ウクライナ軍が米国から供与されたHIMARSを活用してロシ
ア軍の弾薬庫を継続的に攻撃した結果、ロシア軍は火力戦を続けることができ
なくなった。

このように、ロシア・ウクライナ戦争は、継戦能力を保持することの重要性
を示すものである。一度戦争が始まってしまえば、それが短期間で終結すると
いう保証はない。このため、十分な弾薬、装備品、整備用の補給品などを保有
することが重要である。

ただし、高価な誘導弾などのハイテク兵器を、長期間の戦争に堪えられるだ
けの量を備蓄し、さらにその補充のための生産ラインを維持するためには、莫
大な予算が必要となる。

実際、米国のような軍事大国ですら、ウクライナ軍が
大量に消費するジャベリンとスティンガーを十分に備蓄しておらず、増産もで
きていない。このため、高価な誘導弾のみに頼ることなく、野戦砲などを含め
た総合的、複合的な装備品と弾薬の保持が必要であろう。また、弾薬などの備
蓄や生産にあたっては、同盟国、パートナー国などとの提携や互換性の保持も
重要であろう。

(3)「透明化」する戦場への対応

ロシア・ウクライナ戦争において、ウクライナ軍は、無人航空機と商業衛星
を活用した情報収集活動により、効果的な戦闘を行ってきた吃ロシア軍の侵
攻の数日後、ゼレンスキー大統領は、ウクライナ軍に高解像度の画像をリアル
タイムで提供するよう、欧米の大手民間通信会社に訴えた。

商業衛星画像は、
ウクライナに対する国際社会の支持を集め、ウクライナ軍の作戦に情報を提供
し、ロシアの偽情報に対抗するのにも役立っている58。

ロシア・ウクライナ戦争は、オープンソースの情報により、戦場が「透明
化」している。

例えば、開戦直前の2月中旬、ロシア軍がウクライナ国境から
部隊を引き揚げ始めたと発表すると、NATO事務総長はオープンソースの衛星
画像を引用してそれを強く否定した。

また、ロシア軍の侵攻が始まったことを
示す最も早い兆候は、インターネット上において確認できるベラルーシの交通
渋滞の情報であった。

さらに、ロシア軍のブチャにおける残虐行為に関し、欧
米の報道各社は商業衛星画像を分析し、ロシア軍の撤退前に人体が路上にあ
り、集団墓地が存在していたことを立証した易。

このように、ロシア・ウクライナ戦争においては、安価な商業衛星画像、ソ
ーシャルメディアへの膨大な投稿、スマートフォンの写真、商用ドローンの動
画など、オープンソースの情報が爆発的に増え、それらが活用されている。

こうして、戦争史上前例のない方法で、ロシア軍の活動やその正確な位置が明ら
かになったと言われている%

このような状況を踏まえ、米陸軍退役中将のデ
ビッド・バーノは、「将来の戦場においては、身を隠せない可能性があること
を認識すること」が必要であると指摘している用。

商業用衛星の大規模な活用による上空からの監視に対処するため、デコイを
活用し、監視の目を欺くことも考えられる。しかし、現在の世界人口は増加の
一途をたどっており、その多くがスマートフォンを持ち、撮影された画像が直
ちにソーシャルメディアにおいて共有されている。こうした状況を考えれば、
将来の戦争において、兵器の偽装やデコイの活用により敵の目を欺くことにも
限界がある可能性がある。

この状況を踏まえれば、古くから存在する「奇襲」の原則に関し、その実行
の可能性について精査する必要があるも?。

戦術原則は、決して不変のものでは
ない。例えば、1866年の普填戦争において電信技術が広く用いられるまで、
国民軍のような大規模兵力を指揮する方策として、「内線」が戦術原則の一つ
であった。

これは、伝令を使って状況を掌握するとともに、款下部隊に命令を
下すには、指揮官を中心として部隊を配置し、内線的な作戦を行うことが有利
であったためである。

一方で、電信技術が用いられるようになると、人類史上
はじめて、外線作戦を実施しても命令の伝達と状況の掌握をできるようにな
り、敵を包囲できる外線作戦の本質的な有利さが生きてくる時代となったので
あるもん

63例えば、陸自教範「野外令」は、内線作戦と外線作戦の存在のみ記述しており、どちら
が有利であるといった記述はない。このように、19世紀初めには「原則」の一つであっ
このように、新技術の導入に伴い、これまでの歴史において戦術原則は変化
してきた。商業人工衛星、スマートフォン、商用ドローンの動画など、オープ
ンソースの情報の爆発的増加は、戦場の「透明化」をもたらしている。この変
化は、「透明化」した戦場に対応するための戦力設計、戦い方の開発に加え
て、戦術原則まで変化させ得るものである。

ただし、奇襲の概念自体がなくなるわけではないだろう。兵器や部隊の物理
的な動作を伴う奇襲が困難になったとしても、非物理的な領域における奇襲、
技術的な奇襲は存在し続けるであろう。戦争の本質的な複雑性を考えれば、敵
の行動の全てを完全に予測することはできないのである。

おわりに

ロシア・ウクライナ戦争は、新技術の実験場と化していると言われている
64〇

ウクライナ軍は、無人航空機、徘徊型兵器、商業衛星などを効果的に活用
し、従来型戦力に優るロシア軍に対して互角以上の戦闘を繰り広げている。

ただし、ウクライナ軍が活用している新技術は、必ずしも最先端の高度な技術で
はなく、むしろ安価で導入しやすい、成熟した技術である%

ウクライナ軍が優れているのは、技術そのものではなく、その運用要領であ
る。

バイラクタルTB2は、安価であるものの、速度が遅いなど、必ずしも性
能の良い無人航空機ではない。しかし、ウクライナ軍はこれを火砲や装甲車な
どの速度が遅い目標、静止目標、海上目標への攻撃に際しての「目くらまし」
に用いるなどして、大きな戦果を挙げた&七

技術そのものの優越ではなく、その運用要領が戦闘の勝敗を決することは、
歴史が証明している。

1940年にドイツ陸軍が行った電撃戦の中心的技術は、
当時の最新兵器の戦車であった。

しかし、戦車の保有数とその性能において
は、敗戦側のフランスが優れていた。同じく1870年〜71年の普仏戦争におい
て、当時の最新技術であった鉄道を用いて効果的に戦力を輸送したことが、プ
ロイセンの勝因の一つとされている。

しかし、鉄道の性能と国内の線路の数に
関しては、敗戦側のフランスが優れていた。最新技術を開発し、それを取り入
れることは重要である。しかし、さらに重要なのは、如何にそれを運用するか
という、新たな用兵思想の開発なのである。

また、ロシア・ウクライナ戦争は、ここ数十年で初めての陸上戦闘が主体の
戦争であると言われている67。

ウクライナ軍は、ロシア軍が行った火力戦に対
し、宇宙、サイバー、電磁波などの新領域おいて効果的な戦闘を行うととも
に、米国から供与されたHIMARSを用いてロシア軍の弾薬庫を攻撃するな
ど、非対称的な戦闘を効果的に行った。

しかし、ウクライナ軍は、ロシア軍に
奪われた領土を取り戻すため、最終的には陸上部隊を進軍させる必要があっ
た。如何に最新技術が発達したとしても、人々が生活する土地を守り、後世の
ために残すためには、従来型の陸上戦闘を行う能力は必要不可欠なのである。

筆者紹介
高木 耕一郎(たかぎ こういちろう) 1等陸佐 教育訓練研究本部付(ノ、
ドソン研究所客員研究員)
陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班、統合幕僚監部運用部運用第1課防衛警備班
等を経て、現職。 』