世界を数学的に把握する者たち ; 橘玲 公式BLOG

世界を数学的に把握する者たち ; 橘玲 公式BLOG
https://www.tachibana-akira.com/2024/03/15422

『 2024年3月17日

新刊『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)の「はじめに 世界を数学的に把握する者たち」を出版社の許可を得て掲載します。3月19日(火)発売ですが、一部の書店さんではすでに店頭に並んでいるようです。見かけたら手に取ってみてください(電子書籍とAudibleも同日発売です)。


乗っていた飛行機が乱気流に巻き込まれ、思わず叫び声をあげたことはないだろうか。

このとき、隣に座っていた乗客が、「ちょっと計算してみたんですが、この飛行機が墜落する確率は0.001%以下で、無視してかまいませんよ」といったら、あなたは「世界を支配する秘密結社」のメンバーの一人にたまたま出会ったことになる。

秘密結社といっても、フリーメーソンやイルミナティ、ディープステイトのことではない。こんなとき、次の数式を頭に浮かべている者たちのことだ。

これはベイズの定理で、ある状況が変化したとき、確率がどのように更新されるかを表わしている。

P は確率(Probability)の頭文字で、P(M|D)は「飛行機がひどく揺れていると仮定した場合の墜落の確率」。それを計算するには「なにも起きていない段階で、飛行機が墜落する統計的確率(1000万分の1)」「墜落する前にひどい揺れが起きる確
率(これは間違いないので確率1=100%)」「無事に着陸できるのにひどく揺れる確率(このような統計はすぐに手に入らないので、主観的に100分の1とする)」があればいい。これをベイズの数式にあてはめると、この飛行機が墜落する確率が10万分の1で、無事に着陸できる確率が99.999%であることがわかる(1)。

ベイズの定理がいっていることは、直観的にも説明できる。「統計的にものすごく低い確率でしか起こらないこと(飛行機の墜落)に、なんらかの要因(乱気流)が加わって確率がすこし上がったとしても、ヒドいこと(墜落)はやっぱりものすごく低い確率でしか起こらない」のだ。

ここまでは凡人でも理解できるだろうが、世の中にはこのようなとき、ごく自然にベイズの数式を呼び出し、それに数字をあてはめて計算し、どのように判断・行動するかを決めるひとがいる。それが「世界を数学的に把握する者たち」であり、本書の主人公である「テクノ・リバタリアン」だ。

リバタリアンは「自由原理主義者」のことで、道徳的・政治的価値のなかで自由をもっとも重要だと考える。そのなかできわめて高い論理・数学的知能をもつのがテクノ・リバタリアンで、現代におけるその代表がイーロン・マスクとピーター・ティールだ。

数学者のデイヴィッド・サンプターは、「成功、幸福、富などを与えてくれる10の数式(ベイズの定理もこのなかに含まれる)」を知る者たちを「TEN」と呼び、その暗号を解き秘密の数式を自在に操ることで世界を支配しているという(2)。

その集団、いうなれば秘密結社は、実は何世紀も前から存在する。その秘密結社のメンバーたちは、代々自分たちの知識を後世に伝えてきた。そんな彼らは行政、金融、学界、そして最近ではテクノロジー企業の世界で実権を握り、一般人に紛れて過ごしつつも、私たちにこっそりと力強い助言を送り、時には私たちを陰で操ってさえいる。一般の人々が心から手に入れたいと望む秘密を見つけ出し、裕福で、満ち足りた、自信満々な人生を送っている。』