タイ民主派野党に解党危機 国軍の掌上、王室体制を固持
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGS09C3V0Z00C24A2000000/
『2024年3月12日 23:44 (2024年3月13日 18:21更新)
前進党のピター前党首にも違憲判決が出された=小林健撮影
【バンコク=井上航介】タイの民主派最大野党「前進党」が存続の危機にさらされている。選挙管理委員会は12日、王室への不敬罪の緩和に関する公約を「国家転覆の意図がある」と認定し、憲法裁判所に解党を命じるよう勧告した。王室を後ろ盾とする国軍の意向が働いたとみられ、タイの民主主義の後退が色濃くなっている。
前進党のチャイタワット党首は13日、選管の勧告について「終わりのない政治的対立を助長するだけだ」と
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『「不敬罪がなくなれば国王はただの人に成り下がってしまう」。保守派の論客で法律家でもあるケオサン元上院議員は前進党を厳しく批判する。タイでは王室が絶対的な権威を持ち、王室の改革を巡る議論はタブーとされてきた。
前進党はこれを破って国民の支持を集めた。王室を侮辱した者に3〜15年の禁錮刑を科す不敬罪を国軍が言論弾圧に用いていることを問題視し、2023年5月の総選挙(下院選)で不敬罪緩和を唱えて第1党に躍進した。』
『権力低下を恐れた軍はかねて宿敵だったタクシン元首相派の「タイ貢献党」と組み、前進党政権の樹立を阻んだ。14年の軍事クーデターで実権を握った国軍は民政移管に向けた19年の総選挙後も親軍政党を通じて政治支配を続けてきた。
前進党に追い打ちを掛けたのが今年1月の憲法裁判決だ。不敬罪緩和の公約を憲法第2条が定める「国王を元首とする民主主義体制」の転覆を図ったものだと認定した。「改革を目指しただけで罪なのか」。前進党を支持する民主活動家は憤る。
憲法裁の9人の判事は全員が軍事政権下で指名され、国軍の影響下にある。憲法裁は違憲を理由に解党命令を出すことができ、前進党の命運は事実上、国軍が握る。』
『国軍が民主派排除の動きを加速したきっかけは今年2月の出来事だった。前進党と関係が深いとされる民主活動家がワチラロンコン国王の妹を乗せた車列を妨害し、警察に検挙された。バンコクの外交筋は「保守派にとって前進党の存在が、王室への直接の脅威に変わった」と指摘する。』
『国軍が王室体制の堅持にこだわるのは、それが権力の源泉だからだ。タイでは1932年の立憲革命以降、軍事クーデターが未遂を含め19回起きた。国王がクーデターで発足した軍事政権を追認することで王室と軍は互いに権威を保ってきた。』
『前進党への厳しい対応はタクシン派への警告とも取れる。タクシン氏は01年の総選挙で勝利して首相となり、低額医療制度などを導入して貧困層から絶大な人気を得た。既得権益を脅かす存在として国軍から危険視され、06年のクーデターで失脚した。
タクシン氏を実質的なトップとする貢献党は23年の総選挙で第1党を目指したが、地盤の北部や東北部で前進党に議席を奪われ第2党にとどまった。一時は前進党と組む意向を示したが、王室改革を掲げる同党とは「分かり合えない部分が多い」(タクシン氏の次女ペートンタン党首)として親軍派との「大連立」を選んだ。
貢献党は親軍派の支持を受けてセター首相を選出し、国外逃亡していたタクシン氏も悲願の帰国を果たした。法政大の浅見靖仁教授は「前進党という共通の敵を排除したい国軍と貢献党の思惑が一致した」とみる。』
『親軍派はタクシン派への警戒も緩めていない。貢献党は23年の総選挙でも国軍の政治からの排除を訴えた。』
『5月には国軍の政治への影響力が弱まる節目が訪れる。17年制定の憲法により首相指名選挙は公選の下院(500議席)と軍政下で任命された上院(250議席)の合同投票で実施されてきたが、5年の経過期間が終わり下院のみの投票に変わる。
貢献党は23年の首相指名選挙で下院の親軍派に加え、国軍の意をくむ上院議員からも支持を得た。下院だけの投票になれば前進党と組んで親軍派を排除することが可能になる。
タクシン氏は過去に王室を批判したとして不敬罪での起訴の可能性が取り沙汰された。貢献党が親軍派を裏切れば次の標的になるのは避けられない。』
『タイは東南アジアでいち早く工業化し高成長を遂げたが、近年は1~2%台の低成長にとどまる。親軍派の統治下で有効な経済政策を打ち出せなかったのが一因だ。
隣国ミャンマーでも21年にクーデターが起こり、経済が疲弊する。民主主義の後退は「世界の成長センター」といわれた東南アジアに影を落とす。』