マクロン氏の「ウクライナに地上軍」発言があおる欧州の不協和音
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/030700415/?n_cid=nbpds_top3
『この記事の3つのポイント
マクロン氏の「ウクライナに地上部隊」発言が議論の的に
ドイツや米国は反対し、バルト諸国は支援を示唆する
マクロン氏の発言は戦略的曖昧さを重視する表れか
フランスのエマニュエル・マクロン大統領が「我が国の兵士をウクライナに送る可能性を排除しない」と発言した。この発言は、欧州で大きな議論を巻き起こした。ロシアが攻勢に転じることへの不安が高まる中、欧州各国首脳の足並みは乱れる一方だ。
2月26日にパリで開かれたウクライナ支援会議で、マクロン大統領が行った発言は、欧州で「爆弾発言」と表現されている。同氏は「今日、ウクライナに地上部隊を送るべきかどうかについて、欧州諸国の間に合意はない。だが私は、情勢が激しく変わってきたときには、特定のオプションを排除すべきではないと考えている。フランスがウクライナに地上部隊を送る可能性はある」と述べた。
もちろんマクロン大統領は、フランスが積極的にウクライナに戦闘部隊を送るとの方針を打ち出したわけではない。大統領府のスポークスマンも会議の後、記者団に対し「大統領が念頭に置いていたのは戦闘部隊の派遣ではなく、地雷除去や国境警備などロジスティックスに関する分野で、ウクライナを支援することだ」と述べ、この発言がもたらしたショックを和らげようとした。
ただしドイツの論壇では、「マクロン大統領は欧州諸国が地上部隊を投入し戦争がエスカレートする可能性を示唆することで、ウラジーミル・プーチン大統領を抑止しようとした」という見方が有力だ。ウクライナ軍は現状、弾薬や兵器の不足のために苦戦している。その一方で、ロシア軍が春から夏にかけて反転攻勢することが懸念されている。
マクロン大統領は、欧州の首脳の中で「長期的な戦略」を視野に入れた発言を最も頻繁に行うことで知られる。例えば2019年11月に「北大西洋条約機構(NATO)は脳死状態にある」と述べ、NATOが機能不全に陥っていると強く批判した。米国とトルコがシリア内戦をめぐって独自に行動し、他の同盟国との協議・調整を十分に行わないことへの不満を表明する発言だった。
ドイツの首相が伝統的に細部や実務にこだわって、欧州全体に関する戦略を打ち出すのが苦手であるのに対し、フランスの大統領は欧州全体を視野に置き、長期戦略を重視した「グランド・デザイン」を描こうとする傾向が強い。今回のマクロン発言は、正にそうした意図を含んでいる。
「ロシアの勝利を防ぐことが不可欠」
マクロン大統領の今回の発言には、「ロシアの反転攻勢が迫っている。欧州の危機は既にエスカレートしているのだから、欧州諸国は現実から目をそらさずに、ウクライナへの支援を強化すべきだ」というメッセージが込められている。そのため同大統領は、過去2年間の欧州諸国の態度を次のように描いて見せた。
「2022年、欧州のいくつかの国は『ウクライナには戦車、航空機、長距離ミサイルを絶対に送らない』と断言していた。しかし今では多くの国が、戦車などをウクライナに送っている。つまりこの2年間の状況は、必要に迫られれば、あらゆることが可能であることを示している」
マクロン大統領の発言は、特に隣国ドイツがウクライナや他の欧州諸国から圧力を受けて、当初のためらいを撤回し、「レオパルト2」戦車や自走式対空砲「ゲパルト対空戦車」などをウクライナに送ったことを指している。ドイツ政府は22年1月、「ウクライナにはヘルメット5000個を送る。兵器を紛争地域に送ることは、ドイツの国内法で禁じられている」と発表して、ウクライナや同盟諸国をあぜんとさせた。今では、ドイツの軍事支援額は米国に次ぐ存在になっている。
マクロン大統領はパリでの演説の中で「我々は今や、欧州全体の安全保障が危険にさらされていると認識すべきだ。ロシアは、政府レベルでも最前線でも攻撃的な態度を強めている。ウクライナでは、ロシアによる新たな攻撃が懸念されている」と述べ、既に状況がエスカレートしつつあると指摘した。
マクロン大統領は、「我々はロシア市民と戦っているわけではない。だが欧州の安全を確保するには、ロシアの勝利を防がなくてはならない」と断言した。これは過去2年間における同大統領の対ロシア発言の中で最も強硬である。同大統領はロシアのウクライナ侵攻開始後、プーチン大統領と電話会議を頻繁に繰り返し、その態度を変えさせようと試みるなど、比較的穏健な姿勢を取っていた。だが今回のマクロン大統領の発言は、説得をあきらめ、「ロシア軍を敗北させる以外に、ウクライナ戦争を終わらせる方法はない」と考えていることを示している。
マクロン大統領は戦略的曖昧さを重視
マクロン大統領の発言に対して、同会議に参加した大半の国の首脳は否定的な姿勢を見せた。ドイツのオラフ・ショルツ首相は「ドイツがウクライナに兵士を送ることは絶対にあり得ない。これは、ドイツが越えてはならない一線だ」と述べ、地上部隊派遣に反対した。ショルツ首相は22年2月以来、「ウクライナを支援するが、ドイツが戦争に巻き込まれることだけは絶対に避ける」と繰り返し発言してきた。
また米国のジョー・バイデン大統領も「我々はウクライナで戦うために部隊を派遣するつもりはない」と発言している。スペイン、ポーランド、チェコの首脳や、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長も「地上部隊を派遣する方針はない」と述べている。フランス国内でも反対意見が強い。同国の世論調査機関CSAの調査によると、回答者の76%が「フランス軍のウクライナ派兵に反対する」と答えた。
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