自己矛盾続けるマレーシア・アンワル首相 〝希望の星〟でも政治改革は達成できないのか
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32873
『Economist誌1月6日号のコラム‘Anwar Ibrahim, Malaysia’s prime minister, is wasting his opportunity’は、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相について、長年求め続けてきた首相の座に就いたが、折角の機会を無駄にしている、と批判している。
要旨は次の通り。
マレーシアのアンワル・イブラヒム首相(右)と、儀仗隊に敬礼するマレーシアの第17代次期国王スルタン・イブラヒム・スルタン・イスカンダル(代表撮影/ロイター/アフロ)
アンワル首相は就任して1年余りになるが、彼の権力への道を象徴する2つのテーマは、第一にどのグループの人々を代表するのか、第二に権力を用いて何をするのか、である。
アンワルは、その経歴のほとんどの期間において、「改革」を唱えてきた。彼は、マレーシアの制度を近代化し、より民主的で政治的干渉を受けにくいものにすると主張してきた。
カネと政治の卑劣な関係を断ち切ると誓い、公平でより生産的な経済を約束した。多民族国家を目指し、都市部の中国系・インド系の少数民族やリベラルなマレー系から支持されている。
しかし、アンワルは移り気で、その政策にいまだ本格的に取り組んでいない。その代わり内輪の支持固めで成果を挙げている。今や連立与党は議会のほぼ3分の2の議席を占めている。しかし、連立基盤を更に拡大しようとするアンワルの試みは、政策面での不愉快な妥協に追い込まれている。
連立政権には統一マレー国民組織(UMNO)も参加している。同党は、2018年に政権から追放されるまで、独立後のこの国の政治を一貫して掌握していた。アンワル自身もこの政権の転覆の一端を担いだ。しかしUMNOの党首であるザヒド・ハミディは背任、汚職、資金洗浄などの数十件の容疑で起訴されていたが(昨年9月に高等裁判所が唐突に不起訴処分)、アンワル政権の副首相の地位に就いている。
アンワルの支持者を落胆させているのは、彼がUMNOを支援していることだけではない。裁判所は依然として政治的介入を受け易い環境にあり、余りにも多くの権力が首相官邸に集中している。闇金融に関する法律の制定は進んでいない。
二極化した社会全体に寛容を行き渡らせるようなことは、ほとんど何もしてこなかった。むしろマレー人の排外主義と宗教性に益々迎合している。
次の選挙でアンワル率いる「希望の同盟」が単独過半数を確保すれば本格的な改革が始まるのかもしれないが、選挙は 2027年まで予定されていない。アンワルの明らかな改革放棄には代償が伴う。
マレーシアの選挙民は政治に対する幻滅を次第に強めている。長年改革を約束してきたその推進者は、今ではむしろ改革への邪魔者のように映っている。
* * * 』
『アンワル首相率いる与党連合は、222議席中140議席を有し、3分の2近くを得ているので安定しているのかと思いきや、マレーシア政治は本年初より、また混迷の兆しを予感させる動きを見せている。
正月早々、アンワル首相に反対する与野党の主要政治家が国王と共にアラブ首長国連邦に結集しているとの報道が全土を駆け巡り(「ドバイの政局」と呼ばれた)、政権交代かとの報道まで国内を駆け巡った。
その直後にクアラルンプールでは、汚職問題で追及されていた与党連合の一翼を担うUMNO党首のザヒド副首相が中心となって、下院議員の任期途中の解散権行使を認めない法案を提起した。支持の薄くなりつつある連立政権の延命策だ。これに対しては、信任を失った首相に居座りを認める法案は、国王の首相任命権を侵害し憲法に背馳するとの議論が喧しくなっている。
自らの政策になると……
アンワル・イブラヒムは、過去30年、一定の集団の人々の間では確かに希望の星であり続けた。とりわけ欧米的な価値観、世界観に対するアジア人の国家哲学や社会的美徳を再評価し、日本を見習おうという政策を掲げての国造りを20数年にわたり続けたマハティール・モハマッドを反米主義者と指弾する欧米諸国、国際メディア、その影響を受ける国内の諸勢力にとっては特にそうだった。アンワルの舌鋒は1990年代後半のアジアの経済危機の折に最高潮に達した。
しかしアンワルは、この記事も指摘する通り、マハティールの方針に反対する一事においては特別に鋭敏な改革の主張をしてきたが、自らの政策を語る段になると、途端に焦点が曖昧になり、自己撞着が始まる。汚職体質を改革すると言いながら、代表的な汚職政治家であるUMNO党首を副首相として入閣させ、その訴追を救ったのは象徴的だ。
改革をしたいというが、一体どんな改革なのか。利益が偏っているというが、どのように再配分するのか。いつまでたっても明らかではない。
自らが長年求め続けた政権を握った以上、これから国民が彼に期待するのは、もはや声をからしての「改革」の叫びではなく、国民の経済、生活、教育、国防などの具体的施策である。しかし、彼の政治家としての最大の目標は、政権に就いて何らかの政策を実施することではなく、政権を取ること自体なのだろうし、これからも政権を何とか維持することなのだろう。』