【解説】 北朝鮮は真剣に戦争を考えているのか
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32806
『フランシス・マオ、BBCニュース
北朝鮮の専門家らは本来、パニックを引き起こすことを避けようとする慎重な人たちだ。しかし今、「身内」2人の発言によって動揺を隠せなくなっている。
先週、著名な北朝鮮アナリスト2人が「爆弾」を落とした。この疎外された国の指導者が、戦争の準備をしているという見方を示したのだ。
それによると、最高指導者の金正恩(キム・ジョンウン)総書記は、韓国との和解と統一という根幹的な目標を放棄し、両国を戦争状態にある二つの独立国家と見なすようになったという。
こうした見解を示したのは、米中央情報局(CIA)の元アナリストのロバート・L・カーリン氏と、訪朝経験のある米核科学者ジークフリート・S・ヘッカー氏。
2人は米拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」が発表した報告の中で、「1950年に祖父(金日成、キム・イルソン)がしたのと同様に、金正恩氏は戦争に踏み切るという戦略的決断を下したのだと、我々は考えている」と述べた。
これを受け、アメリカと韓国の両政府に緊張が走った。北朝鮮をモニタリングしている界隈では大論争が巻き起った。
しかし大半のアナリストは、北朝鮮が戦争を準備中だとの見方に異議を唱えた。BBCはアジアや欧州、北米の専門家7人に話を聞いたが、誰もこの考えを支持しなかった。
オランダに拠点を置く「クライシス・グループ」のクリストファー・グリーン氏は、「大惨事になりかねない紛争の危険に政権全体をさらすのは、北朝鮮らしくない。北朝鮮の政権幹部らは冷酷なマキャヴェリストだ」と述べた。
グリーン氏をはじめとする専門家らは、北朝鮮は通常、西側の大国を対話の席に着かせようとすると指摘。また、国内での政治的な圧力もあるとする。
一方で、金氏の威勢の良さは無視できず、その体制はより危険性を増しているという点には同意した。
戦争が起こる可能性はまだ低いとする見方が優勢だが、限定的な攻撃が行われる可能性を危ぶむ声もある。
何が発端だったのか
金氏をつぶさにモニタリングしている人々は、核をちらつかせる脅迫には慣れている。しかし、北朝鮮が発した最新のメッセージは、これまでとは性質が違うとみる向きもある。
金氏は昨年12月31日に、「朝鮮半島でいつでも戦争が起こり得る。このことは、既成事実化されている」と述べた。その6日後、北朝鮮軍は黄海上の韓国との境界線付近で砲撃を行った。
1月にはほかにも、新型の固体燃料式の中距離弾道ミサイルや、核兵器の搭載が可能な水中ドローン(無人機)の試験を行ったと、北朝鮮は主張している。
北朝鮮は過去2年にわたり、ほぼ毎月、ミサイルの発射や兵器の配備を発表し、国連安保理決議に露骨に違反してきた。
それでも、南北統一の目標を放棄するという公式発表は、多くの関係者を困らせた。
北朝鮮にとって韓国との統一は、たとえどんどん非現実的になったとしても、建国以来、重要なイデオロギーの一部であり続けていた。
ソウル国民大学校のピーター・ウォード上級調査員は、「これは大きな出来事だ。政権の核となるイデオロギー上の教えの一つを根本的に変えるものだ」と指摘した。
金氏はそのレガシーを文字通り破り捨てている。韓国との外交チャンネルとラジオ放送を遮断したほか、平壌郊外にあるアーチ形の記念碑「祖国統一三大憲章記念塔」を取り壊すと発表した。
朝鮮の伝統服に身を包んだ女性を模したこの記念碑は2001年、金総書記の祖父・金日成氏と父・金正日(キム・ジョンイル)氏の南北統一への努力をたたえて建てられた。
米衛星運用会社プラネット・ラブスが23日に公表した人工衛星画像では、この記念碑はすでに取り壊されているように見える。ただ、北朝鮮政府は正式な発表はしていない。
金日成氏は、1950年に朝鮮戦争を開始した一方で、北朝鮮国民はいつか南の同胞たちと再統合されるとの理念を定めた人物でもある。
しかし孫の金正恩氏は今、韓国人を全く別の国民だと定義した。軍事的な標的と定めるためだったとみられる。
限定的な攻撃の可能性は?
戦争の可能性を主張したカーリン氏とヘッカー氏は、こうした事柄のすべてを、金氏が実際に戦いを挑むと決意した兆候だと解釈している。
だが、ほとんどのアナリストはこれに異を唱える。米シンクタンク、ジョージ・H・W・ブッシュ米中関係基金のイ・ソンヒョン氏は、北朝鮮は2月にも外国人観光客の受け入れを再開する予定だと指摘。また、ロシアに砲撃弾を売っていることから、自国で戦争準備をしているとするのは無理があるだろうと述べた。
だが戦争の究極の抑止力となっているのは、北朝鮮が攻撃を仕掛けても、米韓両軍の方がはるかに高度な軍事力で対応するということだ。
前出のソウル国民大学校のウォード氏は、「通常の戦争になれば、韓国では多くの犠牲者が出るだろうが、(北朝鮮では)金正恩氏とその政権が終わりを迎えるだろう」と述べた。
<関連記事>
金正恩氏、「南北統一」の目標を放棄 韓国を「第1の敵国」に定めるべきと
金正恩総書記の娘が「最も有力な」後継者、北朝鮮=韓国情報当局
北朝鮮、南北軍事合意を全面破棄 軍事偵察衛星の打ち上げめぐり
その代わり、小規模な軍事活動の条件が整いつつあると、ウォード氏らは警告する。
米シンクタンク、カーネギー国際平和基金のアナリスト、アンキット・パンダ氏は、「私は概して、韓国への限定的な攻撃の方を懸念している。(中略)それは韓国領土や韓国軍を目標としつつも範囲を絞った攻撃だ」と述べた。
これは、朝鮮半島の西側で係争中の島々に対し、砲撃や占拠を試みるという形をとる可能性さえある。
北朝鮮は2010年に延坪島を砲撃し、韓国軍兵士4人を殺害。韓国を激怒させた。
これと同じような挑発を、韓国の限界を試し、同国の尹錫烈(ユン・ソンニョル)大統領の神経を逆なでするために、北朝鮮が再び行うこともあり得ると、アナリストらは指摘する。タカ派の尹氏は、北朝鮮の攻撃には「何倍もの厳しい」罰で対応すると宣言している。
パンダ氏は、「北朝鮮は、韓国から不釣り合いな報復攻撃を引き出すことを期待しているかもしれない」と指摘。それによって、戦闘がよりエスカレーションする可能性もあるとした。
てこ入れに向けた戦略
戦争への懸念は、金総書記の行動パターンに照らして考えるべきだとする専門家もいる。
前出のジョージ・H・W・ブッシュ米中関係基金のイ氏は、「北朝鮮の歴史を見ると、何か交渉したい時に、他国の注意を引こうとして挑発を用いることが多い」と述べた。
北朝鮮は経済制裁の影響を受け続けている。また、2024年は敵国であるアメリカで大統領選が、韓国では国会議員選挙が、それぞれ行われる。
これは「金総書記にとって挑発の良い機会だ」と、イ氏は説明する。
現在のジョー・バイデン米政権はウクライナとガザにかかりきりで、北朝鮮に注意を向けていない。また、北朝鮮はこれまで米共和党政権とかかわりを持つことが多かった。
非核化協議が頓挫(とんざ)する以前の2019年、金氏と当時のドナルド・トランプ米大統領は非常に友好的な関係を築いていた。金氏は、米韓の同盟を弱体化させ、再び対話を始めるために、トランプ氏のホワイトハウス復帰を待っているのかもしれない。
昨年、ロシアとの友好関係が緊密化したことや、中国からの経済支援が続いていることも、北朝鮮の大胆さを後押ししているのではないかとアナリストは指摘する。
北朝鮮は、偵察衛星の打ち上げという長期目標を達成するためロシアから技術的な援助を受けてきた。両国は昨年の首脳会談を含め、何度か注目される会談を行っている。
「我々が目にしていることの多くは、ロシアや、それほどではないにせよ中国の支援を受けて、北朝鮮が自国の能力と地政学的地位に対して自信を深めた結果だ」と、前出のパンダ氏は言う。
国内での目標
金総書記のこうした振る舞いは、全て自らの政権の安定化のためだと指摘する専門家もいる。
ソウル・梨花大学のレイフ=エリック・イーズリー教授は、「一連の出来事は、政権存続に向けたイデオロギーの修正のように思える」と述べた。「北朝鮮の人々は、自分たちの共産国が韓国に比べて失敗していると、徐々に気付き始めている」。
イーズリー教授はまた、敵国を定義する政策は、困難な時期に行われたミサイル投資を正当化する意図もあると指摘している。北朝鮮については、各地で飢餓があるという報告が出ている。
韓国は敵国だと示すことで、韓国に対する見解の「核心にある認知的不協和」を解消しやすくなるのだと、ソウル国民大学校のウォード氏は話す。
「北朝鮮にとって韓国はこれまで、統一の対象である救いようのない邪悪な国家のはずだった。そこには、どんなことがあっても受け入れるべきではない絶望的に腐敗した文化があると同時に、邪悪な政府から解放されるべき人々がいた」
「今は、ただ韓国とその文化を悪だといえば、韓国文化に対する継続的な弾圧を正当化できる」
脱北者を支援するNGO「リバティー・イン・ノースコリア(LiNK)」のパク・ソキル氏は、「金氏は実際のところ、戦争を望んでいない。それは何も得られず、すべてを失うかもしれない大きなギャンブルだ」と述べた。
パク氏は、金氏の脅しはむしろ、新たな南北政策を固めるもので、究極的には国内での政権の浮揚が目的なのだと指摘した。
米韓と同盟国が最悪のシナリオに備えることは重要だが、北朝鮮国内の状況や、より広い地政学を徹底的に検証する価値もあると、アナリストらは言う。
結局のところ、北朝鮮の指導者が何を考えているのかを知る最善の方法は本人と関わることだと、ジョージ・H・W・ブッシュ米中関係基金のイ氏は主張する。
「国際社会は、アメリカが金正恩と対話することを、金正恩の脅しに屈したとは考えない。目標達成のための必要な手段と考える」
「必要であれば、誤った判断を減らし、戦争を防ぐために、敵国の指導者との会談を検討すべきだ」
追加取材:ケリー・アン
(英語記事 Is North Korea’s leader actually considering war?)
提供元:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-68090502
』