ニセ情報より怖い洗脳戦 中ロ、相手の世論を巧みに操作

ニセ情報より怖い洗脳戦 中ロ、相手の世論を巧みに操作
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1616Q0W4A110C2000000/

『人工知能(AI)のすさまじい進化で、大がかりな情報操作がより簡単になった。特定の勢力によって選挙がゆがめられたり、社会が混乱させられたりする危険が、かつてなく強まっている。

大きな脅威にさらされている地域の一つが、台湾だ。中国との緊張の高まりに連動するように、偽情報がSNSなどのネット上にまん延している。

ウソではない公開情報使う

とりわけ2023年以降、24年1月13日の台湾総統選をにらみ、ウ…

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『とりわけ2023年以降、24年1月13日の台湾総統選をにらみ、ウソやデマが増えた。事実と異なるニュースなどを摘発する民間組織、台湾ファクトチェックセンター(TFC)によると、目立った偽情報は次のようなものだ。

■中国との戦争の危険が高まり、台湾当局は学生や高齢者まで徴兵しようとしている。

■台湾近海に中国の空母が入った途端、付近にいた米空母が逃げるように撤収した。米軍は頼りにならない。

■安全基準を満たさない米国産豚肉などが流通しているのに、台湾当局は食品業者の違反を目こぼししている。

戦争の恐怖や食生活への不安をあおったり、米国への不信感を植えつけたりする意図が色濃くうかがえる。台湾側には、中国の関与を疑う見方が多い。』

『中国の情報操作を分析する台湾の民間組織、ダブルシンク・ラボの沈伯洋(プーマ・シェン)会長はこう解説する。

「総統選に向け、中国が台湾に仕掛けた偽情報工作は23年1〜6月がピークであり、実はそれ以降は減っていった。偽情報を流しすぎると、台湾の人々にばれてしまうからだ。代わりに23年後半、中国が力点を置いたのは、ウソではない公開情報を使った世論操作だった」

深刻な兵員不足につけ込む

どういうことなのか。沈氏によれば、具体的には次のような手口だという。

台湾の有権者には近年、治安の悪化を心配する人たちが多い。中国はそこに目をつけて、犯罪や暴力組織に関する本当のニュースや情報をネットに拡散させる。そのうえで「原因は台湾当局の汚職にある」といった偏った論評も流す――。

これを繰り返すことにより、治安が悪いのは蔡英文(ツァイ・インウェン)政権による汚職のせいだという、誤ったイメージを広げていく。100%の偽情報に頼ることなく、大衆の認識をじわりと洗脳していく工作だ。

沈氏は、世論の関心が高い公害や社会保障のコスト増といった問題についても、中国は同じような情報戦を続けていると話す。ウソやデマは事実チェックを徹底すればあぶり出せるが、公開情報を使った洗脳工作への対応はより難しい。』

『ウクライナへの侵略を続けるロシアも、武力攻撃に加えてすさまじい情報戦を浴びせている。大量の偽情報をばらまくだけでなく、ウソを含まない公開情報を武器にした作戦も多い。

長年、ロシアによる情報工作への対策に携わってきたリュボフィ・ツィブリスカヤ・ウクライナ政府顧問は、悪質な事例の一つとして徴兵逃れを促すロシアの工作を挙げる。

この通りにやれば、合法的にウクライナの徴兵を逃れ、生き延びることができる――。ロシアはこんな触れ込みで、極めて詳細なマニュアルを作成し、動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」などで流し続けているという。使われているのは本物の公開情報だ。

同顧問によれば、ウクライナへの打撃は大きい。同国の若者には徴兵を忌避する動きもあり、兵員不足が深刻になっている。ロシアはそこにつけ込み、ウクライナの戦意を奪おうとしている。』

『選挙ゆがめられれば混乱拍車

このほか、戦死したウクライナ兵の遺族らによるSNSの会話グループなどに、ロシア工作員が正体を偽って加わり、遺族の怒りをあおる例もある。「ウクライナ政府・軍は遺族への対応がひどい」といった批判を繰り返し、抗議デモをたきつける手口だ。

ツィブリスカヤ顧問は「厳しい戦争が続けば、ウクライナ国民の間にも疲れや不満がたまる。ロシアはそうした感情をあおり、ウクライナの結束を崩す情報戦を強めている」と警戒する。

24年は70カ国以上で選挙があり、その有権者は30億人を超える。さまざまな矛盾や課題を抱えながらも、民主主義が世界に広がったことの証しといえる。

ただ、情報操作によって選挙がゆがめられれば、世界の混乱に拍車がかかってしまう。各国はウソやデマの拡散にとどまらず、公開情報を使った世論の洗脳工作にも一層、目を光らせたほうがいい。』