「ウクライナで5年戦う」 習氏動かすプーチン重大発言

「ウクライナで5年戦う」 習氏動かすプーチン重大発言
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『「(少なくとも)5年間は(ウクライナで)戦う」。ロシア大統領のプーチンは、中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)を前にこう断言した。これは直近、10月にあった北京での中ロ首脳会談ではない。その7カ月前、ロシア・モスクワのクレムリンで両首脳が長時間、顔を付き合わせた3月の中ロ首脳会談である。ここが重要だ。

そして、このプーチンが口にした「重大発言」は、極東に位置する日本に無関係ではない。いや、日本…

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『いや、日本の今後の国際政治、国家の在り方まで左右しかねないのである。一連の経緯を明かしたのは、中ロ両国の長く複雑な駆け引きをよく知る複数の関係者らだ。

キーウから60キロメートルほど離れた場所ではロシア地上軍の車列が確認された(2022年2月27日)=Satellite image ©2022 Maxar Technologies

この3月の中ロ首脳会談には、多くの謎が残されていた。習の訪ロは、ウクライナ全面侵攻が始まってから初めて。しかも新型コロナウイルスを厳格に封じ込める「ゼロコロナ政策」の撤廃後、初めての大国訪問だった。それだけに、その後の中ロ関係を決定付ける大きな意味があった。

モスクワ会談の真実と北京冬季五輪の遺恨

その謎を解くカギとなる発言が、プーチンの「5年は戦う」という心情吐露だ。必ずしもロシアに戦況が有利ではない当時の状況下で、中国に対して「ロシアは必ず勝つ。間違えるな。決して逃げないように」と暗に釘をさしたとも言える。

裏にあるのは、当面の間、ウクライナでの戦いが膠着し、不利に見えたとしても、超長期戦に持ち込めば軍事的な体力に勝るロシアに有利な状況が生まれるという冷徹な読みである。

3月21日、モスクワ・クレムリンでの中ロ首脳会談を前にした両首脳=ロイター

米有力紙ニューヨーク・タイムズは先に、プーチンが少なくても9月以降、仲介者らを通じて、ウクライナでの停戦に向けた協議に関心を示していると報じた。現時点で支配するウクライナ内の領土維持が条件だという。

だが、関係者らが明かした3月の中ロ長時間会談でプーチンが習を前に吐露した内容を大前提にするなら、プーチンが最近、示唆したという意図も違うところにあるはずだ。大事なロシア大統領選を2024年3月に控えるなか、いったん停戦、和平という雰囲気だけでも醸し出せれば、プーチンにとって有利な状況が生まれる。

一方、習の中国は、3月段階のプーチン重大発言も踏まえながら、その後の戦略を考えた。ロシアとウクライナの戦いが超長期戦になるなら、中国共産党内で超長期政権へ地歩を固めた習の今後にも大きな影響がある。例えば、統一という大目標を掲げている台湾問題も含めてだ。

ただし、習がプーチンの言葉をそっくりそのまま信じたとも思えない。なぜなら、その1年余り前だった22年2月4日の中ロ首脳会談を巡る「遺恨」があるからだ。それは北京冬季五輪開会式当日の出来事だった。

習の威信がかかる国際的な大イベントの開会式に大国の首脳として唯一、参加することで中国に大きな恩を売ったプーチン。ロシアのトップは、中国に貸しを作った経緯を十分すぎるほど利用した。

22年2月の北京会談でプーチンは、ウクライナに全面侵攻する計画に関して、おくびにも出さなかった。ところが、その20日後からウクライナの首都、キーウ(キエフ)制圧を目指す電撃攻撃に踏み切った。だまし討ちである。

慌てたのは習の中国だった。北京会談で両首脳は「無制限の協力関係」を大々的に対外発信していた。そうである以上、世界の人々が「中国は、ロシアのウクライナ全面侵攻を暗黙裏に了解していたに違いない」と受けとめたのはごく自然だった。

2022年2月4日、北京冬季五輪開会式に先立つ北京での中ロ首脳会談=ロイター

真実は異なる。中国はロシアの本当の意図を読み違っていた。ウクライナとの国境近くに集結していたロシア軍が、ウクライナ東部地域に近々、軍事侵攻する予兆だけは、様々な状況からつかんでいた。

しかし、まさか首都キーウを含む全面的なウクライナ侵攻が、平和の祭典である北京冬季五輪・パラリンピックに絡む時期に、突如として勃発するとは考えていなかった。

「百年に一度の大変局」、自国利益考えた習氏

この前段の経緯を理解するなら、23年3月のモスクワでの中ロ首脳会談で、プーチンの口から「5年は戦争を続ける」という趣旨の言葉が飛び出していたとしても、その内容をそのまますべて信じて、中国の行動を決めるわけにはいかない。それは当然だろう。

中国としては、複雑な国際情勢の下、ウクライナ情勢がどう転んでも自国の利益を守る方策を考える必要があった。それが、3月のモスクワ会談から2カ月もしないうちに、ウクライナとロシア両国を含む欧州に送った中国による「平和の使節団」だった。中国の微妙なシフトチェンジが見てとれる。

この行動は、「今、世界は『百年に一度』しかない大変局にある」と繰り返していた習の危機意識の延長線上にある。5年もの長い間、ウクライナでの戦争が続けばどうなるのか。侵略者と見なされているロシアと多岐にわたる軍事協力にまで踏み込んでいる中国にも、米欧からこれまで以上の様々な圧力がかかるのは必定だ。

中ロへの包囲網は、下り坂にある中国経済にも大打撃になる。中国としては、ロシアと一蓮托生(いちれんたくしょう)にならないよう「保険」をかける必要があった。それが5月の平和の使節団派遣の意味だ。使節団は、ウクライナの首都、キーウで同国大統領のゼレンスキーと面会した。

プーチンが不機嫌になったのは当然だった。いや、それは怒りに近かった。「5年は戦うんだ」と自ら習に告げたのに、中国は意に沿わない新たな動きに出た。悪いことに、それから1カ月もしないうちに、ウクライナでの戦いのカギを握る人物だったプリゴジンの反乱まで起きた。まさに危機一髪。6月のことである。

この危機を乗り切りたいプーチンにとって、習の中国を自らの陣営側に縛り付けておくことが、国際政治上、喫緊の課題になっていた。そこで「目には目を」という手段に出る。6月25日、中国に対する「報復」ともいえる驚きの行動。それがロシアの外務次官、ルデンコの訪中時の「密告」だった。

この「密告」が、中国の外相だった秦剛が突然、失脚した謎に関係している経緯は、前々週、このコラムで詳しく紹介した通りだ。国際政治には、「だまし合い」の要素が必ずある。中ロ両国の場合、互いに秘密主義であり、余計にわかりにくい。常識は通用しない。
日本の武器輸出の在り方にも影響

プーチンが、ウクライナで「5年は戦う」と習に告げた経緯は、回り回って日本の今後の国家の在り方にも影響する。それは、長く武器輸出を禁じてきた大原則の見直しである。
すぐ影響する大変化は、防衛装備移転3原則と運用指針の見直しにより、日本でライセンス生産された地対空誘導弾「パトリオットミサイル」の米国への輸出を認めたことだ。米国は、パトリオットミサイルをロシアから侵略を受けるウクライナや周辺国に供与している。

自衛隊が運用する地対空誘導弾「パトリオットミサイル」=AP

ライセンス生産品のパトリオットミサイルが米側に渡った後、日本周辺、インド太平洋地域に展開する米軍を含む米国政府以外に再度、供与されることはない、という条件が付けられてはいる。

それでも、ロシアによるウクライナ侵攻長期化による米軍のミサイル在庫払底を補うという主目的は変わらない。しかも、同じパトリオットミサイルである以上、どこで生産されたのか、使われる戦場で詮索されることは稀(まれ)だろう。

つまり、もしウクライナ侵攻が5年も続くなら、その間に、日本の武器輸出に関する考え方もさらなる変更を迫られかねないのである。そして、これは習の中国が武力行使を否定しない台湾統一問題に絡む諸情勢にまで関わってくる。

2023年というこの1年の間、中ロ首脳の間で交わされた会話、とりわけプーチンの重大発言が、日本とインド太平洋地域の安全保障に大きく関係していることを忘れてはならない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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