イスラエル諜報機関トップが「われわれのミュンヘン」と言明

イスラエル諜報機関トップが「われわれのミュンヘン」と言明

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 「宮崎正弘の国際情勢解題」 
    令和五年(2023)12月14日(木曜日)弐
        通巻第8049号 
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 イスラエル諜報機関トップが「われわれのミュンヘン」と言明
  逃亡・潜伏に入ったハマス幹部を追跡し暗殺する秘密作戦を開始か

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 ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤらが、構成員に血みどろのテロ活動を命じながら、自らは海外の高級ホテルに滞在してきた。中東の情報筋は「ハマスの指導者数人が携帯電話の電源を切り、通話にも応じずにカタールから出国し、外国へ移動した」という。
ハマス幹部のサレハ・アル・アロウリは定住したベイルートを離れ、トルコに向かった。イスラエルのKAN国営ラジオのアラビア語放送によれば、「ハマスの指導者らはカタールの首都ドーハを離れ、アルジェか、テヘランに向かった」と報じた。
 外国への潜伏、所在不明となると、仲介役だったカタールにおける和平交渉が頓挫し、トップダウンの指揮系統にあるハマス組織は末端でも機能不全となる。

 イスラエルは報復作戦を開始した模様だ。外国に居住するハマスの工作員を追い詰め「処断」する作戦で、情報機関トップは「私たちのミュンヘン」に言及した。
ロネン・バー(シン・ベト長官)が言明したのである。「『私たちのミュンヘン』をガザでも、ヨルダン川西岸でも、 レバノンでも、トルコでも、カタールでも、どこでもやり遂げる。数年かかるが、必ず」

「われらのミュンヘン」とは、1972年のドイツ五輪でパレスチナのテロリストによるイスラエル選手団員11人の殺害に対し、イスラエル諜報機関による暗殺秘密報復作戦を意味する。
パレスチナの「黒い九月」に属するテロリストがオリンピック会場に侵入、イスラエル選手を人質としてドイツ警官隊とにらみ合い、最後には選手らを処刑した。イスラエル諜報機関側は、同年10月にアラファトの従兄のテロリストを殺害し、以後、パリ、キプロス、ベイルート、アテネ、ロンドンなどに情報員、工作員、暗殺部隊をおくりこんだ。

実行犯および黒幕をとおぼしき人間を探り当て殺害した。作戦は数年に及び、事件から五年後までにテロリスト全員を殺害した(最後の一人は病死)。この秘密作戦は「神の怒り」とも呼ばれた。

 のちに推理作家でマルタ在住のマイケル・バー・ゾーハーらがドキュメント作品を上梓した。また四本の映画がつくられた。もっとも有名なのがスピルバーグの「ミュンヘン」(2005年)でダニエル・クレイグが主演した。
    
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