ロシアはなぜ暗殺で「毒」を盛るのか 囚人の人体実験の経験も
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32324
『ウクライナ国防省のキリロ・ブダノフ情報総局長の妻が11月末、何者かに毒を盛られて重金属中毒に陥っていた事実が明るみに出た。犯人の素性は依然不明だが、同国当局はロシアによる仕業との見方を強めている。検査では、水銀やヒ素といった、通常の生活サイクルでは決して見つかることがない物質が確認された。
(Trifonov_Evgeniy/gettyimages)
ロシアをめぐっては、政権に逆らった反体制派活動家やジャーナリスト、元スパイらが毒物で殺害されたり、生き延びても深刻な障害を抱えることになった例は枚挙にいとまがない。毒物を使う手法は時にあからさまで、国際社会に見せつけるかのような手口が取られるケースが少なくない。一方で、毒物を使った犯罪は多くのケースで犯人の特定が困難で、ロシア側は決して関与を認めることはない。
旧ソ連の治安機関が、政権に敵対する人物に毒物を利用する手法を本格的に研究し始めたのは、レーニンの時代であったとされる。そのような手法が依然として使われ続けている事実は、ロシアという国家の体質が旧ソ連とは大きくは変わらないという現実を見せつけている。
妻を標的に
「情報総局長に手を出すことができなかったから、その妻を狙ったのだろう」
情報総局のアンドリー・ユソフ報道官は仏AFP通信に対し、事件の背景をそう推察した。ブダノフ情報総局長の妻、マリアンナさんは水銀とヒ素による中毒が確認されたが、食べ物を通じて体内に入った可能性が高いという。
ブダノフ氏はウクライナ国防省の情報部門トップであり、ロシアが占領するクリミア半島とロシア本土を結ぶ橋に対する攻撃など、数多くの対ロシア作戦の立案、実行に関与してきたとされる。ブダノフ氏をめぐっては、暗殺未遂が繰り返されていて、6月には実際に、ロシア軍の攻撃で重傷を負ったとの情報も浮上していた。
現在は、安全のため妻とともにオフィス内で生活していたといい、いつ、どこで、マリアンナさんが毒を盛られていたのかは不明だ。マリアンナさん自身は国立警察学校の教授で、キーウ市のクリチコ市長の顧問も務めた経歴を持つなど、ブダノフ氏を支える存在だった。
マリアンナさんが中毒症状を起こしたことが、ロシア側の仕業によるものかは依然不明だ。ただ、ブダノフ氏が対ロシア作戦の中枢を担っていたのであれば、同氏を妨害しようとした勢力による犯行であると推察するのが妥当だ。』
『繰り返される毒殺、暗殺未遂
ロシアのプーチン政権と敵対した人物が毒殺されたり、辛うじて死を免れたものの、回復が困難な障害を負うケースは枚挙にいとまがない。
2004年には、リベラル系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の記者で、チェチェン紛争におけるロシアの残虐行為を厳しく批判してきた女性記者、アンナ・ポリトコフスカヤさんが国内線の航空機内でお茶を飲み、意識不明の重体に陥った。ポリトコフスカヤさんは幸い、一命をとりとめたものの、そのわずか2年後の06年には、自宅アパートのエレベーター内で銃殺された。
同じ06年には、ロシアの元スパイで、英国に亡命していたアレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドン市内で、猛毒の放射性物質「ポロニウム210」が混入したお茶を飲み、3週間後に死亡している。英国では18年にも、二重スパイだったロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のセルゲイ・スクリパリ元大佐が南部ソールズベリーで神経剤「ノビチョク」を使った襲撃を受け、娘とともに意識不明の重体に陥った。事件をめぐっては、GRUに所属する複数のロシア人容疑者が判明しているが、ロシア側は身柄の引き渡しに応じていない。
ウクライナであれば、親欧米派のビクトル・ユシチェンコ元大統領が選挙前に、ダイオキシン中毒により顔が醜く変形してしまった事件が発生している。犯人は依然として不明だが、甘いマスクで知られたユシチェンコ氏の顔の変貌ぶりに、国際社会は衝撃を受けた。
レーニンの指揮で研究を本格化
政敵などを殺害する道具としての毒物の研究は、ロシア革命を率いたレーニンのもとで本格化したといわれている。1921年、レーニンは戦場での兵器としての毒物使用の研究を当局に命じたが、特務機関は、毒物を兵器として利用するより、個人を攻撃する道具として使用するほうが、優れた特性を発揮するとの結論を出した。
海外に亡命した旧ソ連の元特務機関員らの証言から、毒物の研究は長年、モスクワ郊外にある「第二科学研究所」と呼ばれる施設で実施されていた事実が明らかになっている。欧米メディアの報道によれば、40年代には、グラーグ(矯正収容所)に収容された囚人などを使った人体実験も実施されていたという。
実際に海外において、ソ連で開発された毒物がスパイの殺害に利用されたケースも判明している。78年に英ロンドン市内で、当時は社会主義体制だった東欧ブルガリアの反体制派の男性が、猛毒のリシンが仕込まれた傘の先で突かれて死亡した事件が発生した。このとき利用されたリシンが、モスクワ郊外の第二科学研究所で製造されたものであると、KGBの元幹部が証言している。
毒を用いる手法の狙い
毒物を使用する手法が有益と考えられる理由は複数ある。ひとつは、その使用が銃殺などの行為よりも、国内外に対して幅広く〝警告〟する効果が見込まれることだ。毒を使った攻撃は、攻撃を受けた人間が苦しむ姿を周辺にさらすことになり、仮に回復したとしても、被害者は長期的に健康への悩みを抱えることになる。
そのような光景は、ソ連、ロシアの政権に逆らいたいと考える人々に対し、強い抑止効果を発揮することが期待できる。英国でポロニウムを盛られたリトビネンコ氏は死去の直前、いくつもの検査機器につながれて病床に伏している生々しい様子が撮影され、その姿が国際社会に衝撃を与えた。ウクライナのユシチェンコ元大統領はダイオキシンを盛られたとされる事件が発生した後に、顔じゅうが醜く盛り上がり、毒物の影響の恐ろしさを見せつけた。』
『さらに事態の解決を困難にさせるのは、仮に毒物を盛られたのだとしても、そのような症状が毒物によるものだと断定されるには一定の時間がかかるため、その間に犯人は容易に逃亡できるという事実だ。英国内で襲撃されたリトビネンコ氏やスクリパリ氏をめぐっては、監視カメラの映像などからロシア出身の容疑者らの身元が判明しているものの、いずれも犯人だと断定されたときには英国外に出国した後で、逮捕を免れている。
ただ、海外で居住する反体制派や元スパイを毒物で暗殺するには、その物質を海外に持ち出して襲撃する必要がある。極めて困難な作業を伴い、犯人にとっても非常にリスクの高い行動となる。
実際に、リトビネンコ氏が飲むお茶にポロニウムを混ぜたとされるアンドレイ・ルゴボイとドミトリー・コフトゥンという名前の2人の容疑者は、ロンドンに到着したもののリトビネンコ氏の殺害に繰り返し失敗し、その間ナイトクラブなど、危険な放射性物質を持ち運びながら市内の各所を訪れていた。さらに、リトビネンコ氏のお茶にポロニウムを混ぜることに成功した後にも、残ったポロニウムをホテルの洗面所に流したり、床にこぼれたものをホテルのタオルで拭いたりするなど、ずさんな対応を繰り返していた。
このような状況から推察されるのは、犯人自身がどのような種類の毒物を運んでいるのかを、事前に知らされていなかったという実態だ。容疑者らは最終的にロシアに戻ったが、事実上〝使い捨て〟にされていた可能性が高い。
生き延びても弾圧
そのような攻撃の対象となった人物は、仮に生き延びたにせよ、厳しい人生が待ち受けている。
ロシアの反体制派活動家として知られるアレクセイ・ナワリヌイ氏は、2020年8月にシベリア・トムスクを訪問した後、トムスクからモスクワに戻るための航空機内で体調が急変した。空港内のカフェで飲んだお茶に、毒物が混ぜられていた可能性が指摘されている。
航空機は、中南部オムスクで緊急着陸し、ナワリヌイ氏はオムスクの病院に緊急搬送されて治療を受けた後にドイツに搬送された。ドイツ当局は、ナワリヌイ氏が神経剤「ノビチョク」を使った毒殺が図られた「明確な証拠がある」と表明している。また、オムスクでナワリヌイ氏の治療にあたった医師は、翌年突然死している。
ロシア当局による弾圧を受ける可能性が極めて高かったにもかかわらず、ナワリヌイ氏は回復後、ドイツからロシアに帰国する決断をした。21年1月に帰国すると、ロシア当局は即座にナワリヌイ氏を逮捕した。その後も、一方的に懲役期間が伸ばされて、同氏は現在もロシア国内の刑務所で服役を続けている。
ナワリヌイ氏をめぐっては、刑務所内で激しい体調悪化に見舞われても適切な治療を受けられていないとの報道もある。同氏の報道官は「ゆっくりと、目立たない形で、殺されつつある」と表明している。
ロシア当局は、繰り返される毒物を使った殺人事件などに対する関与を、一貫して否定している。ただ、ロシアとその周辺で繰り返されるこれらの事件は、ロシアという国がソ連時代から大きく変化していないという実態を強く示唆している。』