プーチンのロシアはどうなるのか?欧州で高まる議論
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32382

『単純だが明白な事実がある。ロシアが開始したウクライナ戦争の帰趨はロシアという国の将来を決める。そして、ロシアの将来がどうなるかはまず欧州の安全保障に強く影響する。
それだけではない。ユーラシアから極東の安全保障にも強く影響する。もちろん日本をも直撃する。要するにロシアの将来は全球的な地政学に衝撃を与えるのだ。
(mikolajn/macky_ch/gettyimages)
ロシアは一体どういう国になるのか? 世界にどういう衝撃が走るのか? オランダの国際的な研究所が専門家を幅広く糾合して分析を試みた。
多数の専門家が数次にわたりワークショップ等を開催し、多面的にロシアの近未来の姿に追った。そして浩瀚(こうかん)な報告書をまとめた(’After Putin, the deluge?’ October 2023)
ロシアと世界の6つのシナリオ
この分析では 今後5年間を時間軸として、以下を検討した。
(1) ロシアはどのように変わるか、ロシアは存続するのか。
(2) 大規模な不安定と暴力はどの程度起きるのか。
(3) ロシアは一体どの程度西側と対決するのか、それとも接近してくるのか。
その結果に基づき、 6 つのシナリオを提示している。
1. 不承不承の和解。ウクライナで敗戦し、ロシアのエリート層の諸グループが「宮殿クーデター」でプーチン大統領を追放する。新大統領は西側諸国と合意を結び、プーチン大統領と支持者たちを追放し、限定的な民主主義と経済改革を施行する。
2. 中国の支配を受けるロシア。戦争は何年も続き、終わりは見えない。プーチン大統領は失政により辞任を余儀なくされるが、政権自体は存続し、最終的に後継者が中国政府からの政治的・財政的支援を確保する。ロシアは完全に中国に依存するようになる。
3. 帝国の逆襲。ウクライナに対する西側の支援が減少し、ロシアは戦争に決定的に勝利する。プーチン大統領の人気は急上昇し、かつてないほど権力が強くなる。西側諸国は団結を失う一方で、ロシアは中国をパートナーとして行動する。
4. 新スターリン主義の要塞ロシア。プーチン大統領はロシアを世界的な「のけ者国家」にする。中国、インドなども支援を断絶し、ロシアはほぼ完全に自給自足化する。政権は残忍な弾圧とプロパガンダで統治を続ける。 』
5. ワイルド・イースト(西欧社会にとってロシアは東方(イースト)に位置するという観念から出ている表現)。継続的な屈辱と戦場での敗北の後、プーチン政権は正統性を失い、ウクライナ南部と東部から撤退し、ロシアは崩壊し始める。ロシアは、1990年代初期を彷彿とさせる犯罪国家となり、組織的混乱に陥る。
6. ロシア崩壊と核兵器の散逸。壊滅的な軍事的敗北はロシア連邦の崩壊を生み、その後地域軍閥は有力国家モスクワを阻止するために核兵器を強奪する。一部の組織は中国等の承認を受けるが、モスクワは依然として西側に対して非常に敵対的であり続ける。
具体的にどう動くか?
この報告書は上記の結論に到達するまでに、多くの予見や示唆を行っている。その中から主だった論点を列挙してみれば以下の通りである。
まず何よりも政権交代のシナリオに関連して、この報告書は西側諸国がロシアの新たな指導者と関与できる条件について北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)内で既に議論が進行中だとしている。これは当然であるが、重要な記述だ。
欧州は大規模なロシア国内の不安定化や核の拡散問題に備える必要があるからだ。またロシア連邦から独立する可能性のある地方主体を承認するのかどうかという議論も行っている。単に「希望」や「願望」だけでは物事は解決しないので、最良のケースや最悪のケースを想定して準備すべきだと論じている。
その上で、ロシアは長年にわたる権威主義的統治の故、少なくとも短期的には本格的な民主主義国家になる可能性は非常に低いとしている。この作業に参加した全ての研究者・専門家は、プーチン大統領の後継者は支配階級の安全保障関係者のエリート層から現れる可能性が大だとしている。
さらにこの報告書は戦争遂行等の重要事項について各治安機関と軍部の内部で内紛が進行中であるとし、プーチン大統領がいなくなると不安定性が急増すると論じている。その上、プーチン大統領に対する重大な反対は地方のエリートだけでなく、モスクワにいるエリートから生まれてくることもあると指摘している。
さらに、ロシアのビジネス・エリートは資産や自由を失う危険から、今は沈黙を守っているが、プーチン大統領の権力構造が崩壊した場合、自由な市場経済への改革を推進するとみる。それが将来の地政学的な方向性や西側との関係に影響を与えることも議論している。
ロシアと中国の関係についても随所で論じているが、欧米側は基本的な姿勢として露中関係を一枚岩と見るべきではなく、予定調和に亀裂が生ずる事態を注意深く観察し、対応して行くべきだと論じている。
さらに、西側諸国は国境を越えた組織犯罪、難民、武器の流入と流出、ロシアの核兵器の管理を含め大規模な不安定化の危険へ対応するシナリオを事前に検討しておくべきだという点も論ぜられている。
最後に、プーチン政権のほぼ口癖になっている「西側は寄ってたかってロシア政権の崩壊を期して工作している」という非難にも対応する必要があると論じている。
ロシアの行動に影響を与える要素は?
この報告書は今後5年間にロシアに影響を与える要因を項目ごとに整理も試みている。別表はその内容である。』
『すぐには民主化しないロシアとの付き合い方
クリンゲンダール研究所は以上のような専門家の議論を整理して公表し、EUとNATOの当局者に対して政策立案を促している。「ロシアの将来」というテーマが欧州にとってはほとんど運命的に重要だからだ。筆者の私見ではこの手の研究作業は今後欧米社会で増えていくに違いない。
翻ってロシアが今後どうなるのかは隣国たる日本にとっても当然大きな問題だ。ウクライナ戦争の結果、ロシアの将来、その政治形態と経済、それに外交姿勢などはユーラシアからアジア・太平洋に至る広汎な地理的範囲に大きな影響を与える。
当然、日本においてもその観点から、官民の専門家の間でクリンゲンダール研究所と同じような作業が行われるべきだ。広く米国や韓国、豪州、ニュージーランド(NZ)等の官民の専門家・研究者を糾合して、場合によっては中国の専門家も交えてこの議論が始まるように期待したい。
なお、このオランダの研究所の研究によれば、上記の通りロシアの民主化は「短期的には本格的な民主主義国家になる可能性は非常に低い」としている。筆者も同感だ。
民主化がすぐできるとは思わない。それに民主化しないと物事が動かないという訳でもない。
唯一、新生ロシアが近隣諸国への武力侵略や武力による威嚇を慎む政策を取れば、欧米や日本などの民主主義国側はロシアの国内体制が専制主義的であっても受け入れて共に進んでいくだろう。専制強国中国の指向する方向性に鑑みれば、そうすることの方が明らかに得策だからだ。』