イスラエル軍 地上侵攻進める “民間人犠牲やむなし”

イスラエル軍 地上侵攻進める “民間人犠牲やむなし”
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231206/k10014279311000.html

 ※ 今日は、こんな所で…。

『2023年12月6日 14時20分

イスラエル軍はパレスチナのガザ地区で地上侵攻を進め、南部の中心都市ハンユニスに部隊を展開させたと明らかにしました。

イスラエル軍の報道官はアメリカのCNNテレビのインタビューで、イスラム組織ハマスの戦闘員1人を殺害するためにおおむね2人の民間人の犠牲が出ていると伝えられたことについて、民間人の犠牲はやむをえないという考えを強調しました。

イスラエルやパレスチナに関する日本時間12月6日の動きを、随時更新でお伝えします。
目次

中心都市ハンユニスへの空爆強める

イスラム聖戦 ハンユニスでの戦闘の様子だとする映像公開

中心都市ハンユニスへの空爆強める

イスラエル軍はイスラム組織ハマスへの軍事作戦を続け、特にガザ地区南部の中心都市ハンユニスへの空爆を強めています。

イスラエル軍の部隊の司令官は5日、SNSに「われわれはハンユニスの中心部にいる」と投稿し、市内に部隊を進めたことを明らかにしました。ガザ地区の保健当局によりますと、戦闘開始からこれまでの死者数はガザ地区で1万6248人にのぼっています。

こうしたなか、イスラエル軍の報道官はアメリカのCNNテレビのインタビューで、ガザ地区ではイスラエル軍がハマスの戦闘員1人を殺害するためにおおむね2人の民間人の犠牲が出ていると伝えられたことについて、「民間人を人間の盾として利用するテロ組織と軍との紛争においては、世界でも類をみない非常にポジティブな比率だ」と述べ、一定程度の民間人の犠牲はやむをえないという考えを強調しました。

一方、ハマスの政治部門の幹部は5日夜、レバノンの首都ベイルートで会見し、「イスラエルが侵攻をやめない限り、交渉も人質の交換もない。人質の命に責任を負っているのは、ネタニヤフ首相だ」などと述べ、イスラエル側を批判しました。

アメリカの有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルは4日、イスラエル軍がハマスの地下トンネルに海水を注入することを検討していると伝えました。

アメリカ政府の当局者の話として伝えたところによりますと、イスラエル軍の目的は地下トンネルを破壊し、ハマスの戦闘員を排除するためだとしています。記事では人質を解放する前に、この作戦に踏み切るかどうかははっきりしないとしています。
イスラム聖戦 ハンユニスでの戦闘の様子だとする映像公開

イスラム組織ハマスと連帯関係にあるパレスチナの武装組織イスラム聖戦は5日、ガザ地区南部のハンユニスでの戦闘の様子だとする映像を公開しました。

映像では戦闘員が建物に隠れながら銃を撃ったり、市街地を走り回る様子が確認できます。

また、ロケット砲や迫撃砲を使って攻撃している様子も映されています。

イスラム聖戦は映像が撮影された詳しい場所や時間を明らかにしていません。

イスラエル軍の部隊の司令官は5日、ハンユニスの中心部に部隊を進めたことを明らかにしていて、ハマスだけでなくイスラム聖戦も加わって戦闘が激化しているものとみられます。
避難を繰り返してきた人たち「どこに行けば」

イスラエル軍がガザ地区南部での地上侵攻を進め、ハンユニス周辺の住民に退避を通告するなか、退避先とされた南部ラファでは避難を繰り返してきた人たちが、苦しい生活を余儀なくされています。

NHKガザ事務所のサラーム・アブタホンカメラマンが4日、南部ラファの郊外で撮影した映像では、避難してきた大勢の人が道路脇にテントをたてて、家族が雨や寒さをしのげる場所を確保しようとしている様子が写っています。

なかには燃料不足で車が動かせないため、ロバの荷車に積めるだけの家財道具を積んで避難している人たちの姿もありました。

このうち、もともとはガザ市に住んでいて、避難先のハンユニスからより南のラファへと再度の避難を余儀なくされた男性の一家は、ラファ郊外の空き地でテントを組み立てていました。

持ち出せたのはなべやフライパンなど一部の家財道具だけで、男性は「避難していたハンユニスでもテントで生活をしていたが、ラファに行くように言われました。でも、このあとはどこに行けばいいのでしょう。もともとはガザ市にある難民キャンプの出身です。いまはそこの住民は誰も生きていないと思います。次はエジプトに行けとでも言うのでしょうか」と話していました。

また、別の男性は「もともとは北部のベイトラヒヤに住んでいましたが、避難していた南部の学校が攻撃を受け、ラファに避難してきました。どこにも安全な場所はありません。テントをたてているこの場所も荒れ地ですが、ほかに選択肢がないのです。避難所の学校もいっぱいで私たちに行くところはありません」と話していました。』