「冷戦2.0」と軍備管理
一政祐行
https://www.nids.mod.go.jp/publication/security/pdf/2023/202312_01.pdf
『<要旨>
2010年代初頭以降、地政学的競争の激化を背景に、国際安全保障環境は米中、米口、
民主主義対権威主義の「冷戦2.0」状況に入ったとの言説が次々に発表された。
いず
れも相互依存を前提とした国際構造でのイデオロギー対立に共通項があり、かつ国際
政治に重要な影響を及ぼす「核の長い影」が焦点化しつつある。
他方、近年戦略的安
定に資するはずの検証可能な軍備管理条約が相次ぎ終了する、「軍備管理の終焉」が
生じており、背景には戦略環境の変化や条約維持のインセンティブの低下などが挙げ
られるが、軍縮の不可逆性や検証制度喪失による戦略的安定への影響が懸念される。
こうしたなか、様々な軍備管理論が発表されているが、予測可能性や危機の安定性に
資する軍備管理の価値は否定されておらず、改めて意図せざる核戦争の防止や核抑止
に影響し得る先端技術の軍備管理におけるマルチステークホルダー協議などと併せて、
検証可能な核軍備管理交渉を進める必要がある。
はじめに
20世紀の冷戦とは米ソ二極を軸として、資本主義と共産主義という2つのイデオロ
ギーが対立する構造であったのは周知の事実である。
冷戦終結後、国際社会はポスト
冷戦期という比較的平穏な大国間関係を経験した。しかしそれも長くは続かず、21世
紀も10年が経過した頃から大国間競争の気配が濃厚になるなか、世界は再び新たな
冷戦に入ったとの指摘が方々で論じられるようになった。
具体的には20世紀の冷戦と
の対比から「冷戦2.0」との呼び名のもとに、米国とロシア、或いは米国と中国、そし
て民主主義対権威主義といった切り口で、学術界からメディアまで様々な議論が交わ
されてきた(※「冷戦2.0」との対比から、本稿では以下、20世紀の米ソ冷戦を「冷
戦1.0」と呼ぶこととする。)。
これらは議論された時期や分析対象となる国•地域にこ
そ差異はあれども、その議論の根底において、ポスト冷戦期以降の国際安全保障環境
1
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
が再び大国間の対立軸のもとで語られねばならない状況へと変化している、とのおお
まかな認識の存在を見てとることができる七
「冷戦1.0」期の米ソ二極対立には、様々な政治的•軍事的な焦点があったと考えら
れるが、特に核兵器とその戦略運搬手段で構成された「核の長い影」が重要な役割を
担ったことは言を俟たないであろう2。
そして、核軍拡競争のもとで最盛期に7万発余
りを数えた米ソの核戦力は、「恐怖の均衡」や「ダモクレスの剣」と呼ばれる状況を作
り出し、薄氷を踏むかの如き戦略的安定をもたらしたと考えられてきた。
こうしたー
方で、1960年代から軍事戦略のスコープを拡張するものとして軍備管理が導入され、
核戦争の回避が相互利益になるとの認識のもとに、米ソ間で戦略的安定の追求を目的
とする限定的な協力が行われた3。
こうした取り組みは二国間にとどまらず、多国間の
国際合意の形成にも繋がった。
核拡散の懸念の高まりを背景に、1970年に発効した核
兵器不拡散条約(NPT)は、同条約第6条で核兵器国に核軍縮の誠実交渉義務を課す
ことで、将来の核軍縮に向けた取り組みを米ソ英仏中の5か国に促した。
その後、米
ソ両国は段階的な軍備管理交渉に臨み、その過程で戦略兵器制限交渉(SALT)や戦
略兵器削減条約(START)などの二国間軍備管理条約を締結した。
また、米口などの
核兵器国は包括的核実験禁止条約(CTBT)や化学兵器禁止条約(CWC)といった多
国間軍備管理•軍縮条約交渉にも中心的に関与してゆくこととなった。
しかし、20世紀終盤に隆盛した軍備管理も、時代が下り「冷戦1.0」が遠のくにつ
れて大きく変化していった。
端緒になったのは1972年発効の米ソ対弾道弾迎撃ミサ
イル(ABM)条約であり、同条約は2002年に米国の脱退によって終了した。
米口関
係のリセットを謳って2011年に発効した新戦略兵器削減条約(新START)は、その
後の後継条約を巡って米国の欧州配備ミサイル防衛システムやロシアの戦術核が課題
だとされてきたものの、交渉に進展が見られぬまま2023年にロシア側が条約履行停
止を発表した。
交渉当時、「核戦争に勝者なし」を米ソ首脳が確認した1988年発効の
中距離核戦力(INF)全廃条約も、条約違反問題や同射程のミサイル技術拡散などが
原因となり、2019年に終了へと至った。
いずれも核大国間の戦略的安定に・卑益する軍 * 2 3 *
!一例として以下を参照。U.S. Office of the Secretary of Defense, “Nuclear Posture Review 2018,” p. 8;
Benjamin Schreer, “A Geopolitical and Geostrategic Blueprint for NATO’s China Challenge/9 Comparative
Strategy, vol.41,no. 2 (2022), p.190; William Burke-White, “A New Geostrategic Environment Demands
New Principles for US Multilateral Diplomacy,” Brookings, February 25, 2021, https://www.brookings
.edu/blog/order-from-chaos/2021/02/25/a-new-geostrategic-environment-demands-new-principles-for-us
-multilateral-diplomacy/.
2 Muthaiah Alagappa, “Introduction,” in The Long Shadow: Nuclear Weapons and Security in 21st Century
Asia, ed. Muthaiah Alagappa (Stanford: Stanford University Press, 2008), p. 2.
3 Sverre Lodgaard, “Arms Control and World Order,” Journal of Peace and Nuclear Disarmament, vol.2, no.1
(2019), p. 3.
2
r冷戦2.0」と軍備管理
備管理であったにも関わらず、「冷戦2.0」時代に終了、或いはその瀬戸際に追い込ま
れたことは、無視し得ない課題を提起するものだと言えよう。
こうした事態を巡り、近年の「軍備管理の終焉(end of arms control)Jを論じた複
数の先行研究で、個別の政治的•制度的分析のもとに、既存の軍備管理条約の枠組み
が抱える問題点が指摘されている。
また、「冷戦2.0」における戦略的安定を国際政治
的な要因から解き明かす先行研究も数を増やしつつある。
しかしながら、そもそも「冷
戦2.0」という国際安全保障の構造上の変容に着目し、「冷戦1.0」期の軍備管理条約
がなぜ機能不全に陥ったのか、そして新たな軍備管理のアプローチも含めて、具体的
にどのような対策が必要なのかを論じる研究は、未だ十分になされているとは言い難
い。
このように「冷戦2.0」の只中にあって、本来ならば戦略的安定に資するべき、「冷
戦1.〇」期の遺産たる軍備管理の枠組みが次々に失われていくのはなぜなのか。
そし
て「冷戦2.0」期に再び軍備管理を求めることができるのならば、それはどのような
もので、いかにして実現すべきなのか。
本稿はこれらをリサーチクエスチョンとして、
以下、「冷戦2.0」と呼ばれる国際安全保障の新たな構図を巡る言説を検討する。
その
上で、「冷戦1.0」以来の軍備管理の枠組みがなぜ低調になってきたかを分析するとと
もに、戦略的安定と軍備管理の関係性も踏まえ、「冷戦2.0」で求められるべき新たな
軍備管理の在り方と課題を検討したい。
1.「冷戦2.0」を巡る議論の現在
(1)米中「冷戦2.0」を巡る言説
2010年代初頭以降、国際安全保障の構図を「冷戦2.0」になぞらえて新たな構造上
の対立軸の存在を指摘する議論が生じた。
こうした先行研究は枚挙に暇がないが、今
日に至る安全保障上の文脈からは、これを大きく米中「冷戦2.0」、米口「冷戦2.0」、
そしてイデオロギー対立の「冷戦2.0」の3つに区分できると考えられる。
以下、こ
れらの言説を個別に概観し、論点や共通事項について考察したい。
まず米中「冷戦2.0」は、1990年代の終わりから今日にかけて、顕在化する米中の
対立軸に冷戦構造が発生していると見なす議論である。
一例として、情報化技術や人
工知能(AI)などの先端技術領域で先駆的な立ち位置にある中国など権威主義ブロッ
クと、米国主導の民主主義ブロックとの経済的分離が今後より顕著になる可能性を懸
念しつつも、最終的にネットワーク化された経済とサイバー空間でのイノベーション
3
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
から最大の価値を引き出せる側が「冷戦2.0」に勝利するとの見方や’「冷戦1.0」期
以来のグローバリゼーションと米国主導による国際システムに中国を統合する取り組
みによって、深化した相互依存関係のなかで「チャイメリカ」(Chimerica)が誕生し、
「冷戦2.0」の今日では政治•経済、技術、国際規範、イデオロギー、同盟やパートナー
シップ等の領域で米中の相互依存関係が武器化され、体系的な競争に発展したとする
議論などがある4 5〇
こうした複数領域での相互依存や挑戦の構造をより掘り下げて詳述しているのは、
パヴェウ•パスザック(Pawei Paszak)である。
パスザックはグローバリゼーション
に伴う生産プロセスの国際化とともに、西側の支配力が弱体化するなかで、中国が世
界経済、国際機関や国際政治上で不可欠な存在になりつつあるとして、単純な競争メ
カニズムとして米中「冷戦2.0」を「冷戦1.0」と比較するのは誤りであり、グローバ
ル化した世界での新たな大国間競争を、軍事•経済•イデオロギーレベルで分析する
ことが不可欠だと指摘する。
具体的には、軍事面で中国は核及び通常弾頭を搭載した
ミサイル戦力を拡充し、指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察(C4ISR)
分野やサイバー空間での著しい能力強化を進めているが、その能力は未だ「冷戦1.0」
期の旧ソ連の水準には届かない一方で、「冷戦1.0」と根本的に異なるのが経済的相互
依存関係であり、中国が名目国内総生産(GDP)世界第2位、貿易収支額の国際比
較で第1位を占める現状は、旧ソ連の経済的孤立と対照的であり、米国が進める経済
的デカップリングの実現には多大な調整コストを要すると述べている。
他方、イデオ
ロギー的な側面では旧ソ連のそれと異なり、中国のソフトパワーは控えめであり、ま
た独特なハイブリッド経済社会システムも他国のロールモデルにはなり難く、習近平
政権の長期体制化への布石が反西洋的感情や修正主義の台頭を促す可能性があるとし
て、政治的な人道主義をとる西側世界と、抑圧的な共産主義世界の二項対立構図が顕
在化しかねないと指摘している6〇
いずれにしても、米中「冷戦2.0」の類型を総括すると、民主主義と権威主義(若
しくは共産主義)のもとで軍事/非軍事(経済・技術)的な競争状況にありつつも、
そこには深い相互依存関係が存在する構図だと言ってよい。
また、こうした米中の大
国間競争に関わる論点について、「冷戦」には紐づけない膨大な先行研究の蓄積があ
4 Guy-Philippe Goldstein, “A “Cold War 2.0′ Between the US and China,” RUSI Commentary, November 10,
2021, https://rusi.org/explore-our-research/publications/commentary/cold-war-20-between-us-and-china.
5 Velina Tchakarova, “Is a Cold War 2.0 Inevitable?^, Raisina Debates, April 23, 2021, https://www.orfonline
.org/expert-speak/is-cold-war-2-inevitable/.
6 Pawei Paszak, “China – USA. The Cold War 2.0?” Warsaw Institute, October 29, 2020, https://warsawinstitute
.org/china-usa-cold-war-2-0/.
4
r冷戦2.0」と軍備管理
ることも付言しておかねばならないだろう7。
さらに、前述した先行研究で焦点の当たつ
ていない核を巡る対立軸にも、近年大きな変化が生じている。
具体的には2022年、
米国国防総省から中国の運用可能な核弾頭が同年のうちに400発を超えるばかりでな
く、2030年には1,000発へと規模が拡大される可能性があること、そしてその大半が
実戦配備され、米国本土を射程に収めるものになるとの見通しが発表されている”°
さらに、この見通しを裏付けるかのように、2022年8月のNPT運用検討会議においては、
5核兵器国のなかで唯一、中国のみが兵器用核分裂性物質のモラトリアムに反対した
と指摘されることなどからも、国際社会が中国の核軍拡に懸念を深める状況が生起し
つつある%
そのため、今後の米中「冷戦2.0」の言説においては、貿易や投資、イノベー
ションばかりでなく、先端軍事技術における競争と並んで、新たな核対立の構図も重
要な焦点になることが予想される。
(2)米口「冷戦2.0」とイデオロギー対立の「冷戦2.0」
他方、米口「冷戦2.0」の近年までの主な議論としては、北大西洋条約機構(NATO)
の東方拡大と、米口関係の変化を論じるものが主流であった吐
一例として、「欧州を
拒絶し続けたロシア」との整理のもとに欧米諸国とロシアとの根源的な対立要因を説
くものや七サイバー戦や情報戦の文脈からロシアと米国との新たな緊張関係を論じる
ものロ、さらには米国及び東方拡大するNATO、そして北東アジアなどの同盟国と対峙
するロシアや中国といったより俯瞰的な構図から、米口「冷戦2.0」の政治的力学を解
き明かそうとするものなどもあった%
しかし、2022年のウクライナ侵攻を機に、こう
した議論にも新たな展開が見られるようになった。
例えば、欧米諸国は新たな「冷戦」
7 一例としては以下を参照。Dani Rodrik and Stephen M. Walt, “How to Build a Better Order: Limiting Great
Power Rivalry in an Anarchic World,” Foreign Affairs^ (September/October 2022), pp.142-155; Burke-White,
“A New Geostrategic Environment Demands New Principles for US Multilateral Diplomacy^^; Xinrong Zhu
and Dingding Chen, “The US Needs a New China Strategy/5 The Diplomat. July 16, 2021, https://thediplomat
.com/2021/07/the-us-needs-a-new-china-strategy/.
8 U.S. Department of Defense, “Military and Security Developments Involving The People’s Republic of China
2022,” November 2022, https://media.defense.gOv/2022/Nov/29/2003122279/-l/-l/l/2022-MILITARY-AND
-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF, p. 97.
9「募る対立とかすかな『光』:ウクライナ問題と核リスク低減」長崎大学核兵器廃絶研究所RECNANPT blog.
2022 年 9 月 9 Hahttps://recnanpt2022.wordpress.com/2022/09/09/[ブログ最終版】2-募る対立とかすかな「光」:
/〇
10 Ted Galen Carpenter, “Many Predicted NATO Expansion Would Lead to War. Those Warnings Were
Ignored/7 8 9 10 11 12 13 CATO Institute Commentary, February 2022, https://www.cato.org/commentary/many-predicted
-nato-expansion-would-lead-war-those-wamings-were-ignored.
11 Peter Zwack, “Russia’s Contradictory Relationship with the West,,, Prism, vol.6, no. 2 (2016), pp. 142-163
12 Mason Shuya, “Russian Cyber Aggression and the New Cold War,” Journal of Strategic Security, vol.11,no.
1(Spring 2018), pp. 1-18; Media Ajir and Bethany Vailliant, “Russian Information Warfare: Implications for
Deterrence Theory,” Strategic Studies Quarterly, vol.12, no. 3 (Fall 2018), pp. 70-89.
13 Michael Lind, “Welcome to Cold War II,” The National Interest, no.155 (May/June 2018), pp. 9-21.
5
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
環境下で、ウクライナ支援のために軍事力とイデオロギーの両面からロシアへの圧力
を強めて対峙すべしとの見方や、逆にロシアが核の使用へとエスカレートするのを回
避するべく、欧米諸国は粘り強く ロシアと向き合い、民主主義への回帰を促すべきと
いったように、ウクライナ侵攻を米口関係の転換点と捉えて、新たな「冷戦2.0」を論
じる傾向が見られる14 15 16〇
いずれにしても、ウクライナ侵攻を境に議論の前提が根本的に
変化しており、さらにロシアによる核の威嚇が国際社会の懸念を喚起するなか、今後
は米口「冷戦2.0」の焦点が「冷戦1.0」を彷彿とさせるかのような核を巡る大国間競
争へと逆戻りする可能性も考えられる。
3つ目のイデオロギー対立の「冷戦2.0」は、概ね現状変更勢力としての権威主義国
家と、それに対する民主主義国家によるイデオロギー上の対立構造に注目した議論で
あるだ。
一例として、ロシアと中国とがイデオロギー的次元に加えて、国家的、政治的
或いは経済的、軍事的な利害に基づく統一戦線を構築し、米国やその同盟国と対峙す
るであろうとの新たな構図を論じるものや陪、貿易戦争、地政学的挑戦、さらにパンデ
ミックの影響などで、米口 ・米中のアイデンティティ•ギャップが増大した結果、様々
な側面からのイデオロギー的反発によって「冷戦2.0」状況がより深まるとの見方もあ
る17〇
これらの論考が示す「冷戦2.0」の3類型だが、ウクライナ侵攻後の状況も加味すれば、
その大まかな焦点は、経済的相互依存が大前提になった国際システムのなかでのアイ
デンティティ・ギャップの拡大と、新たな経済的•軍事的利害に起因した大国間競争
にあると言えよう。
特に、本稿が焦点を当てる軍事的対立の側面では、核兵器が再び
国際政治に長い影を落とし、新たな安全保障環境下での戦略的安定が求められる状況
が生じている。
しかし、「冷戦2.0」という新たな対立軸の生起は、戦略的安定に向け
た軍備管理の取り組みに複雑性をもたらし、新たな軍備管理合意に向けた交渉の道の
りをも困難なものにしかねない。
次節では、「冷戦1.0」から「冷戦2.0」に至るなかで主要な軍備管理条約の辿った
変遷とその含意を概観しつつ、特に2010年代後半に盛んに論じられた「軍備管理の
14 Elliot Abrams, “The New Cold War/5 Council on Foreign Relations, March 4, 2022, https://www.cfr.org/blog
/new-cold-war-0; M.E. Sarotte, “The Classic Cold War Conundrum Is Back,” Foreign Policy. July 1,2022,
https://fbreignpolicy.com/2022/07/01/iron-curtain-russia-ukraine-cold-war/.
15 Peter Varghese, “AUKUS is a good plan B for China. But lefs not bring on Cold War 2.0,” Financial
Review, September 21,2021,https://www.afr.com/policy/fdreign-affairs/aukus-is-a-good-plan-b-fbr-china-but
-let-s-not-bring-on-cold-war-2-0-20210920-p5 8ta8.
16 Oded Eran and Zvi Magen, “Russia and China: On the Same Side in Cold War 2.0?^^ INSS Insight, no. 1556
(February 17, 2022), pp.1-5.
17 Gilbert Rozman, “The Launch of an Ideological Cold War in 2020: The US Perspective,” The Asan Forum,
May 19. 2020. https://theasanfbrum.org/the-launch-of-an-ideological-cold-war-in-2020-the-us-perspective/.
6
r冷戦2.〇」と軍備管理
終焉」の言説を検討し、「冷戦2.0」の最中にあって何が軍備管理条約を終焉に追い込み、
そして新たにいかなる軍備管理へのアプローチが求められているのかを考察する。
2.「軍備管理の終焉」とその含意
(1)「終焉」に瀕する核軍備管理と新たな軍備管理の課題
ウィーン条約法条約が規定するように、条約が何らかの理由によって効力を失い、
その存在に終止符を打つことを条約の終了と呼ぶが、特に同条約第60条が示すように、
重大な条約違反があった場合には、当事国の合意がなくても条約が終了する、或いは
その適用が停止されることが起こりうる脇。
2000年以降には、実際に軍備管理条約の終
了や、条約履行停止の事例が相次いで生じた。
本稿が焦点を当てる核関連の軍備管理条約だけを見ても、200I年に米国が増大する
ミサイル脅威とミサイル防衛の必要性を掲げてABM条約からの脱退を通告し、同条
約は2002年に失効した”°
ABM条約を巡っては、ロシアから米国の国家ミサイル防
衛(NMD)がロシアの核抑止力を弱体化させる懸念が表明されたが、米国側はNMD
が北朝鮮やイラン、イラクなどの「ならず者国家」に対する防衛手段だとの立場をとつ
た2〇。
一方、INF全廃条約では2013年以来、米国がロシアの地上発射巡航ミサイル
(GLCM)開発に懸念を表明してきた”°
これに対して、ロシア側も米国がルーマニア
に展開したイージス•アショアから巡航ミサイル•トマホークを発射した場合、ロ
シアへの攻撃が可能になると批判した22。
2019年、米国がロシアのSSC-8 (9M729)
GLCMの開発を理由にINF全廃条約の履行を停止すると、これに反応してロシアも
同様の措置を講じ、同年、米国は脱退を宣言した23。
2011年に発効した新戦略兵器削減条約(新START)では、ミサイル防衛システ * * * * * *
18小川芳彦「71条約の無効•終了原因」田畑茂二郎、石本泰雄『国際法第三版』(有信堂、2001年)222-224 M〇
19 Wade Bose, “U.S. Withdraws from ABM Treaty: Global Response Muted,” Arms Control Today. July/August
2002, https://www.armscontrol.org/act/2002-07/news/us-withdraws-abm-treaty-global-response-muted.
20 Amy F. Woolf, “National Missile Defense: Russias Reaction,CRS Report for Congress, June 14, 2002,
https://apps.dtic.mil/sti/pdfs/ADA478367.pdf, pp.1-4.
21 U.S. Department of State, “Fact Sheet: Timeline of Highlighted U.S. Diplomacy Regarding the INF Treaty
Since 20IS/9 July 30, 2019, https://2017-2021.state.gov/timeline-oFhighlighted-u-s-diplomacy-regarding-the
-inf-treaty-since-2013/index.html.
22 Grzegorz Kuczyhski, “INF Treaty: U.S.-Russian Outdated Pact,^^ Warsaw Institute Special Report, August 1,
2019, https://warsawinstitute.org/wp-content/uploads/2019/08/INF-TREATY-U. S. -RU S SI AN-OUTDATED
-PACT-warsaw-institute.pdf, p. 23.
23 “Press Statement: U.S. Withdrawal from the INF Treaty on August 2, 2019,” U.S. Department of State,
August 2, 2019, https://2017-202l.state.gov/u-s-withdrawal-from-the-inf-treaty-on-august-2-2019/index.html.
7
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
ムの欧州展開や戦術核問題がネックとなり、米国オバマ(Obama)政権からトランプ
(Trump)政権にかけて、2021年の条約期限を念頭に置いた後継条約交渉が難航した。
2021年に米国でバイデン(Biden)政権が誕生すると、5年間の条約期限延長が合意
されたが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降は米口がテーブルについて交渉
すること自体が課題だと評され、2023年にはロシアが条約の履行停止を宣言した24。
こうした核軍備管理条約について「冷戦1.0」期を振り返れば、SALTやSTART
などの事例に端的に見てとれるように、二大核兵器国間の対立関係を管理し、偶発的
な核戦争勃発のリスクを低減するべく、政治的な谷i余曲折はありながらも、相次いで
軍備管理条約が締結された歴史的経緯がある24 25〇
当時は対象となる兵器種とそれらに対
する段階的な削減合意、そしてより精緻で侵入度の高い検証制度の導入などが焦点と
なり、条約そのものが発展的に更新される、ある種のライフサイクルにも準えられる
ような傾向が見受けられた。
翻って、既存の軍備管理条約の「終焉」が懸念される現
下の状況は、国際安全保障環境の変化に伴う条約履行の見直しはもとより、条約違反
への不信感や、既存の条約の枠組みがカバーしない対象•兵器種への安全保障上の懸
念を拭い去れぬままに、参加範囲やビジョンに対する不一致などから後継条約交渉も
進まない、言うなればライフサイクルが閉じたかのような状況だと言わざるを得ない。
これをして、一切の核軍備管理合意のない、新たな核時代の幕開けを懸念する見方す
ら指摘されはじめているのが実情である26 27〇
こうした一方で、「冷戦2.0Jの今日に論じられる新たな軍備管理上の課題を見渡せ
ば、その裾野は多岐に及んでいる。
とりわけ、核抑止と核兵器システムに直接関連す
る論点として、宇宙•サイバー•電磁波領域での戦いが新たな核リスクを高めること
への懸念から、包括的な軍備管理の必要性を指摘する研究は枚挙にいとまがない27。
ま
た、核兵器の周辺領域では極超音速兵器(HGV/HCM)、AI+ロボティクス、対衛星
24 Steven Pifer, “How the War in Ukraine Hinders US-Russian Nuclear Arms Control,” Bulletin of the Atomic
Scientists. January 17, 2023, https://thebulletin.org/2023/01/how-the-war-in-ukraine-hinders-us-russian
-nuclear-arms-control/.
25 “1949 一 2021 U.S.-Russia Nuclear Arms Control,99 Council on Foreign Relations, https://www.cfr.org
/timeline/us-russia-nuclear-arms-control.
26 David A. Cooper, Arms Control for the Third Nuclear Age (Washington DC.: Georgetown University Press,
2021),p.10.
27 ー 初としては以下がある。Morgan Dwyer, “Cross-domain Competition,” CSIS Nuclear Nexus, October
15, 2020, http://defense360.csis.org/wp-content/uploads/2020/10/Dwyer_NuclearNexus_Cross-domain
-competitionl.pdf; Wilfred Wan, Andraz Kastelic, and Eleanor Krabill, The Cyber-Nuclear Nexus: Interactions
and Risks (Geneva: UNIDIR, 2021);Yasmin Afina, Calum Inverarity, and Beyza Unal, “‘Ensuring Cyber
Resilience in NATO, s Command, Control and Communication Systems,” Chatham House, July 2020,
https://www.chathamhouse.org/sites/default/files/2020-07-17-cyber-resilience-nato-command-control
-communication-afina-inverarity-unal_〇.pdf; Peter Hayes, “Nuclear Command, Control, and Communications
(NC3) in Asia-Pacific,” Nautilus Institute, September 22, 2021, https://nautilus.org/napsnet/napsnet-special
-reports/nuclear-command-control-and-communications-nc3-in-asia-pacific/.
8
r冷戦2.0」と軍備管理
兵器などを巡る軍備管理の是非が議論されている28。
さらに米中口間での抑止の構図を
考慮すれば、通常兵器による攻撃能力、弾道ミサイル防衛(BMD)、核の指揮•統制・
通信(NC3)に対して新興技術の活用がもたらし得る含意など、デュアルユースも含
めた先端技術と、新たな抑止概念の整理の必要性を説く見方もある28 29〇
ここまで概観してきたように、現在の核関連の軍備管理条約の置かれた状況は「終焉」
と呼ばざるを得ないものであり、閉じたかに見える軍備管理のライフサイクルを今一
度開くことの意味合いを再考すべき時期に差し掛かっていると言えよう。
他方、新た
な軍備管理の課題については、第一義的に新興技術がNC3の支障となる、或いは核
抑止の前提に重大な影響をもたらすか否かを一つの尺度として、軍備管理の在り方を
検討するのも一案ではないか。
その上で、何をどこまで軍備管理の対象とすべきか、
技術開発や経済活動の阻害とならぬよう目配りしつつ、ステークホルダー間での対話
から、新たな軍備管理メカニズムの構想•交渉へと段階的に議論を進める必要がある
と考える。
(2)「軍備管理の終焉」の要因と含意
前節で概観したように、「冷戦2.0」期において軍備管理条約が相次ぎ「終焉」に至
る背景については、条約ごとに様々な政治的•軍事的要因がある。
しかし、これらの
要因を敢えて総括するならば、それは大きく①「冷戦2.0」としての戦略環境の変化と、
②軍備管理に対するインセンティブの低下、そして相対的に国際政治上のインパクト
は小さいながらも③技術刷新の3点に集約することができよう。
まず、中距離弾道ミ
サイルの拡散と中国の関与が新たな焦点となったINF全廃条約は、①によって協力的
な軍備管理の枠組みが損なわれた最たる事例だと考えられる。
「冷戦1.0」期に締結さ
れた同条約だが、当時の核軍備管理とは戦略的均衡を追及することで核戦争リスクを
低減するとともに、軍拡競争コストの削減と戦争勃発時の損害抑制を主眼に、条約の
参加範囲が二大核大国の米ソに限定された経緯がある30〇
この点に関して、INF全廃条
28 一例としては以下がある。Kolja Brockmann and Dmitry Stefanovich, “Hypersonic Boost-Glide Systems and
Hypersonic Cruise Missiles: Challenges for the Missile Technology Control Regime,99 Stockholm International
Peace Research Institute, April 2022, https://www.sipri.org/sites/default/files/2022-04/2204_hgvs_and_hcm
challenges_for_the_mtcr.pdf; Paul Scharre and Megan Lamberth,44Artificial Intelligence and Arms Control,”
Center for a New American Security, October 12, 2022, https://www.cnas.org/publications/reports/artificial
-intelligence-and-arms-control; Linda Slapakova, Theodora Ogden, and James Black, ”Strategic and Legal
Implications of Emerging Dual-Use ASAT Systems,” NATO Legal Gazette, no. 42 (January 6, 2022), pp.178-
193.
29戸崎洋史「国問研戦略コメント(2020・3)核軍備管理の「新しい枠組み」と新START延長問題」日本国際問
題研究所、2020 年 3 月11日、https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2020-3.html〇
30 Adam Daniel Rotfeld, “The Future of Arms Control and International Security,” in A Future of Arms Control
Agenda, ed. Ian Anthony and Adam Daniel Rotfeld (Stockholm: SIPRI,1999), pp. 3-5.
9
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
約終了の背景には、前述したロシアの遵守違反に対する指摘とともに、同条約の恩恵
によって中距離ミサイル脅威を最小限化しつつ、自国のミサイル戦力を大きく躍進さ
せた中国の台頭により、米口両国で同条約の価値が低下してしまった可能性が指摘さ
れる’七
事実、条約終了に前後して、米国トランプ政権が中国も関与する後継条約を模
索したことが報じられている31 32〇
また、INF全廃条約終了の戦略的含意を巡る議論にお
いて、米国とその同盟国による新たな安全保障環境の効果的な管理であるとか、米口
間のみならず、中国をはじめとする他の主要国との新興技術にも目配りした戦略的安
定の追求が問われていることも、変化する戦略環境が同条約に及ぼした影響を間接的
に裏付けるものだと言えよう33〇
もう一つ、戦略環境の変化がまさに条約の帰趨を握ると目されているのが新
STARTである。
トランプ政権期の米国では、ロシアの非戦略核、INF全廃条約の制
約から解放された新たな中距離システム、そして極超音速兵器や水中ドローンといっ
た新たな戦略運搬手段に加えて、戦略核と中距離核の両方を保有し、2030年代にか
けて核弾頭数の大幅な増強が見込まれる中国に対して、新STARTが何らの制限もも
たらさないとの批判が見られたことは記憶に新しい34〇
新STARTを巡っては、2020年
前後までは同条約が高コストな軍拡競争を回避する手段だとして、米国側でも条約期
限延長が焦点となった一方で、もし新STARTが終了し、ロシアが潜在的に有利な条
件のもとで核軍拡に成功した場合、米国は新たな戦略環境へ柔軟に適応する機会を逃
すばかりか、戦略的な選択肢そのものを狭めてしまう懸念が論じられたことも見落と
せない35〇
こうした戦略環境の変化による影響は、通常兵器の軍備管理条約にも見てとれる。
東西間での通常戦力の均衡を目的に、通常兵器の保有上限の設定と検証可能な削減
を定めた欧州通常戦力(CFE)条約の事例では、ロシアが1999年の適合合意への
NATO諸国の未批准を理由に、2007年に条約の履行を停止した。
一連のNATOの東
31 Andrey Baklitskiy, “What the End of the INF Treaty Means for China,” Carnegie Endowment for International
Peace, February 12, 2019, https://carnegiemoscow.org/commentary/80462.
32 Paul Sonne and John Hudson, “Trump orders staff to prepare arms-control push with Russia and China/5 The
Washington Post. April 25, 2019, https://www.washingtonpost.com/world/national-security/trump-orders-staff
-to-prepare-arms-control-push-with-russia-and-china/2019/04/25/c7fD5e04-6076-l1 e9-9412-daf3d2e67c6d_
story.html.
33 Frank A. Rose, “The End of an Era? The INF Treaty, New START, and the Future of Strategic Stability,”
Brookings, February 12, 2019, https://www.brookings.edu/articles/the-end-of-an-era-the-inf^treaty-new-start
-and-the-fiiture-of-strategic-stability/.
34 Alexander Vershbow, “The case for extending New START,” New Atlanticist, February 5, 2020, https://
http://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/the-case-for-extending-new-start/.
35 Jim Golby, “Rearming Arms Control Should Start with New START Extension,CSIS, September 23, 2020,
https://www.csis.org/blogs/post-soviet-post/rearming-arms-control-should-start-new-start-extension.
10
r冷戦2.0」と軍備管理
方拡大の流れのなか、ロシアがCFE条約をワルシャワ条約機構(WTO)時代の古い
合意だと批判したことは、まさに戦略環境の変化が条約に影響を及ぼしたことを裏付
けるものだと言えよう36。
2010年、米国はCFE条約の強化に向けた枠組み提案を行なっ
たが協議は進展せず、翌2011年に米国も特定の条約義務に関する履行を停止した37。
そして、米欧NATO諸国との関係が悪化するウクライナ侵攻の只中で、2023年5月、
ロシア下院はCFE条約を破棄する法案を可決した36 37 38 39 40〇
このように、戦略環境の変化と欧州正面での古くて新しい対立軸の顕在化が「軍
備管理の終焉」を招いた事例であるCFE条約だが、類似の経過を辿るものとして、
2002年発効のオープンスカイズ条約がある。
CFE条約や1990年採択の欧州安全保
障協力機構(OSCE)によるウィーン文書と並び、透明性の向上によって戦争勃発リ
スクを減らすべく締結されたオープンスカイズ条約は、相互主義のもとに領空を開き、
信頼醸成のための検証と上空飛行を実施してきた。
しかし、2020年に米国がロシアの
条約違反行為を理由に脱退を表明し、2021年にはロシアも脱退手続きの開始を発表し
た3%
ロシアによる違反行為を巡って、米国トランプ政権はロシアがカリーニングラー
ド、モスクワ、ロシアとジョージァの南オセチア、アブハジアの国境沿い上空に飛行
制限を課したことなどを挙げて、同条約が最早米国の国家安全保障上の利益には資さ
ないと批判した%
一方のロシアは、米国が潜在的なターゲットを特定し、クリミア併
合やアブハジアと南オセチアのジョージア分離派地域の占領に対する「誤った主張」
を展開するために同条約を利用していると反論しており、やはり戦略環境の変化で、
条約の価値を巡る評価が一変したことがうかがえる41〇
②に関しては、ABM条約とINF全廃条約を例に挙げることができよう。
まずABM条約の場合、同条約終了の背景要因として、米国が北朝鮮やイランのミサイル
開発を問題視し、条約の束縛をよしとしなかった一方で、ロシアは米国の条約脱退が、
自国と中国への戦略的な優位性追求の試みだと疑ったとの指摘がある42〇
米国のABM
36 Reif, “Russia Completes CFE Treaty Suspension.
37 Kingston Reif, “Russia Completes CFE rFreaty Suspension/9 Arms Control Today. April 2015, https://
http://www.armscontrol.org/act/2015-04/news-briefs/russia-completes-cfe-treaty-suspension#:-:text=Russia%20
suspended%20implementation%20of%20the%20CFE%20Treaty%20in,military%20deployments%20in%20
parts%20of%20Moldova%20and%20Georgia.
38 “Russia says European armed forces treaty contrary to its security interests/9 Reuters. May 15, 2023,
https://www.reuters.com/world/europe/russia-says-european-armed-forces-treaty-contrary-its-security
-interests-2023-05-14/.
39 “Treaty on Open Skies,” NTI, https://www.nti.org/education-center/treaties-and-regimes/treaty-on-open-skies/.
40 Amy F. Woolf, “The Open Skies Treaty: Background and Issues,CRS Insight. June 7, 2021,p.1.
41 Jonathan Masters, “Open Skies: Another Dying Arms Control Agreement?^^ Council on Foreign Relations,
May 28, 2020, https://www.cfr.org/in-brief7open-skies-another-dying-arms-control-agreement.
42 Dimitri rFrenin, “‘Stability amid Strategic Deregulation: Managing the End of Nuclear Arms Control,99
Washington Quarterly, vol.43, no. 3 (Fall 2020), p.161.
11
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
条約脱退宣言を受けて、ロシアは第二次戦略兵器削減条約(START π )には最早拘
束されないとの声明を発したが、それ以外には目立った批判を控え、寧ろ米国との関
係を強化すべく国家ミサイル防衛(NMD)計画への協力に合意した43。
即ち、米国で
はABM条約の維持よりもならず者国家への対処が優先され、かつロシアは米国の真
意を疑いつつも、2国間関係の強化をより重視したと見ることができよう。
INF全廃
条約においても、①のケースでも言及したように米口両国とも中国などが中距離ミサ
イルシステムを大規模に開発・配備するなかで、条約の継続に年々消極的になっていっ
たとの指摘があるくん
いずれの条約の事例においても、政治的•軍事的な要因から条約
を終了させる判断や、検証制度をオ蚤い潜るリスクを犯してでも違反に踏み切った可能
性が示唆されるが、そこには軍備管理対象の兵器の再開発・配備と天秤にかけられ、
相対的に軍備管理維持へのインセンティブが低下した可能性が指摘できる。
③に関する事例としては、新STARTの後継条約交渉を挙げることができよう。
新START後継条約交渉の焦点を論じた2020年前後の先行研究では、新たな戦略運搬
手段である極超音速精密誘導兵器の持つ戦略上のアドバンテージを念頭に、ミサイル
防衛とセットで、これらを規制対象とするよう問題提起したものもあった45。
こうした
HGVの戦略的な価値については多くの先行研究が言及しているが、特に注目される
のは、それらを先行的に開発•配備するロシアにおいて、HGVが米国のミサイル防
衛や通常戦力に対抗する有力な選択肢の一つであり、かつAIやサイバー技術と並ん
で、どの国がHGVで優勢を占めるのかが不分明な状況にあっては、ロシアのみならず、
いかなる国であってもHGVへの制限を受け入れる動機は少ないであろうとの指摘で
ある43 44 45 46 47〇
この技術刷新の観点について、通常兵器の軍備管理条約の事例にも目を向ける
ならば、前述したオープンスカイズ条約への近年の評価に、締約国間での信頼醸成や
透明性といった側面が依然重視されている一方で、高度の衛星技術の普及により、条
約締結当時よりも軍事的な情報収集手段として、検証制度の意味合いが低下したとの
指摘があることも見落とせない47。
しかしながら、こうした「軍備管理の終焉」によって失われるものが小さくないこ
とにも注意が必要である。
この「終焉」の含意として一つ目に挙げられるのは、不可
43 Boese, “U.S. Withdraws from ABM Treaty: Global Response Muted.”
44 Trenin, “Stability amid Strategic Deregulation/9 p.161.
45 Tytti Erasto, “New Technologies and Nuclear Disarmament: Outlining a Way Forward/5 SIPRI, May 2021,
https://sipri.org/sites/default/files/2021-05/2105_new_technologies_and_nuclear_disarmament_O.pdf, p. 21.
46 Madison Estes, “New Futures for Nuclear Arms Control: Examining a Framework and Possibilities with
Hypersonic Weapons/9 in On the Horizon: A Collection of the Papers from the Next Generation, ed. Sarah
Minot Asrar (Rowman & Littlefield, 2019), pp. 34-35.
47 Masters, “Open Skies: Another Dying Arms Control Agreement?^^
12
r冷戦2.0」と軍備管理
逆性を巡る問題であり、とりわけ核軍備管理•軍縮の文脈において、これは重要な論
点となる。
例えば、2022年のNPT運用検討会議ではロシアのウクライナ侵攻とザポ
リージャ原発攻撃•占拠事案を巡って議論が紛糾し、最終文書の採択に失敗した。
しかし、この時の最終文書案で、米口が「核兵器のより深く、不可逆的で検証可能な削
減を達成するために、新STARTの完全なる履行と2026年の満了前に新STARTの
後継枠組みについて誠実に交渉を追求することを約束する」旨のパラグラフがあった
ことが明らかにされている48。
核軍縮を巡る国際合意を「後戻りさせない」ことへの国
際社会の期待に鑑みれば、核兵器国が負うべき責任として、核軍備管理•軍縮条約の
終了は看過しえないとする議論もあるく%
また、非核兵器国による核不拡散義務と原子
カ平和利用の権利を、核兵器国による核軍縮誠実交渉義務と取り引きした核不拡散の
構造にも目を向ける必要がある。
この核不拡散の構造こそ、「後戻りしない」核軍縮の
重要性を際立たせる一因であると考えられ、それゆえに核兵器国の核兵器削減への関
与が低下すれば、核不拡散への動機を弱めてしまう恐れが指摘できる。
次に二つ目として、当事国間でのデータ交換や現地査察に象徴される軍備管理条約
の検証問題が挙げられる。
前述したINF全廃条約、オープンスカイズ条約、CFE条
約のいずれも精緻な合意遵守の検証制度を備えた「検証可能な軍備管理条約」であっ
た叫
そうした検証制度があってこそ、遵守違反も明らかにできたと考えられる一方で、
条約上の検証制度や紛争解決手段で問題が解消されず、最終的に条約の終了を迎えた
事実が突きつけるものは重い。
他方、データ交換や査察は本来であれば当事国間の信
頼醸成に寄与し、不測の事態が生じるリスクを低減させる効果が期待されてきた。
ー連の条約終了の含意として、これらの機能喪失が戦略的安定にマイナスの影響をもた
らす懸念もある。
こうした「軍備管理の終焉」に対して、戦略的安定のために軍備管理が果たしてき
た機能を今後いかに充足すべきなのだろうか。次章では新たな軍備管理•軍縮に求め
られる要件について考察を試みたい。
48 Daryl G. Kimball, “NPT Review Outcome Highlights Deficit in Disarmament Diplomacy, Divisions
Between Nuclear Rivals,” Arms Control Association, August 26, 2022, https://www.armscontrol.org/aca-press
-releases/2022-08/npt-review-outcome-highlights-deficit-disarmament-diplomacy.
49 Jozef Goldblat, “Reversible or Irreversible?^^ Disarmament Forum, vol.1(2004), p. 58.
50 Kingston Reif, “As INF Treaty Falls, New START Teeters,” Arms Control Today, vol.49. no. 2 (March
2019), pp. 26-29; “Treaty on Conventional Armed Forces in Europe (CFE),^^ NTI, https://www.nti.org
/education-center/treaties-and-regimes/treaty-conventional-armed-fbrces-europe-cfe/; “Tress Statement: On the
Treaty on Open Skies,” United States Department of State, May 21,2020, https://2017-2021.state.gov/on-the
-treaty-on-open-skiesZindex.html.
13
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
3•求められる新たな軍備管理のアプローチ
(1)戦略的安定と軍備管理
混迷する「冷戦2.0」下の国際安全保障環境にあっても、「冷戦1.0」の時代と同じく、
追及すべき優先課題が戦略的安定であることは言を俟たないであろう。
「冷戦1.0」期
に論じられた戦略的安定とは、主に危機の安定性(crisis stability)と軍拡競争の安定
性(arms race stability)であり、これらには先行研究の上でも重厚な知的蓄積がある。
危機の安定性について、かってトーマス・シェリング(Thomas Schelling)は、奇襲
攻撃への誘惑の欠如や誤報の不在といった「恐怖の均衡の安定性」がソ連との軍事的
取り決めに影響を受けるかは不明だが改 奇襲攻撃への対策との関連では、軍備管理
によって相互抑止をより効果的にできる可能性が検討されるようになったと述べた急。
以来、長きにわたって危機の安定性に関する議論が軍備管理の理論と実践での焦点と
なった。
特に先制攻撃の優位性と、戦争勃発の可能性に関する変数は、軍備管理論者
らによって政策的に操作可能であり、かつ理論を行動に結び付けるのに適したものだ
と認識されてきた不。
その後、シェリングとモートン・ハルペリン(Morton Halperin)は、核による先制
攻撃が戦争の帰趨を左右する状況を踏まえ、軍備管理が①兵器の性格、特に相互脆弱
性と報復第二撃能力を変化させることで、戦争の可能性を低下させ得ること、②戦争
の誘因である先制攻撃の危険性を減少させるべく、先制攻撃を引き起こす行動、誤報、
偶発的事態、不注意その他の出来事を、当事国間での合意や軍備の制限で最小限に抑
え得ると論じた。また、③協力を通じて相手側の情報を増やし、期待を安定させるこ
とで、戦争に発展しかねない相互作用的な意思決定を抑制し得ること、④軍備管理は
先制攻撃の緊急性や、互いの攻撃に対する不安感を緩和し得ることなどを挙げた* 53 54 55〇
戦争の原因と危機の安定性、軍備管理との関係性を掘り下げたロバート•ジャービ
ス(Robert Jervis)は、国家が利害に応じた協力を実現できないために戦争が起こる
との論理に立脚し、核の存在を前提とした米ソ関係はゼロサム的ではなかったがため
に、軍備管理と軍事政策に矛盾は生ぜず、双方が望まぬ核戦争の回避という共通利益
のもとで軍備管理に取り組めたと指摘する55。
また、米ソ核軍備管理の背景においては
51トーマス・シェリング(河野勝訳)「紛争の戦略:ゲーム理論のエッセンス』(勁草書房、2008年)259頁。
52同上、5頁。
53 Robert Jervis, uArms Control, Stability, and Causes of War,” in National and International Security, ed.
Michael Sheehan (London: Routledge, 2000), p.170.
54 Thomas C. Schelling and Morton H. Halperin, Strategy and Arms Control (New York: Elsevier Science Ltd,
1985), pp.10-11.
55 Jervis, “Arms Control, Stability, and Causes of War,” p.170.
14
r冷戦2.0」と軍備管理
技術的進歩、知的工夫、カの分布の変化よりも、ソ連外交に影響を及ぼす国内での議
論の方が重要であることや%、「敵より優れた反撃力を持つことでのみ戦争は抑止でき
る」と認識されている限り軍備管理は無意味だが、エスカレーションのリスクである
とか、「運を天に任せる」といった脅威が抑止対象の場合には軍備管理が有効である
旨論じた5?〇
今日において、米中、米口がゼロサム的関係にあるか否かは焦点領域に応じて諸説
ある焚。
しかし、核兵器の領域では、例えば2022年1月に「核戦争に勝者なし」とし
て核リスク低減を訴えた5核兵器国の共同声明のように、非ゼロサム的なムードが存
在すると考えられる59。
この点で、将来を予断することはできないものの、「冷戦2.0」
の世界においても当事国同士が望まない核戦争を回避するべく、核軍備管理に再び着
手する基本的前提は損なわれていないと言えるのではないか。
(2)軍備管理の価値の再考と「冷戦2.0」の軍備管理論
次に、「冷戦1.0」において軍備管理にいかなる価値が見出されてきたのかを改めて
振り返りたい。
これについて、ジョゼフ・ゴールドブラッド(Josef Goldblat)は軍
備管理が特定のカテゴリの兵器を凍結させ、制限し、削減し、廃棄し、または特定の
軍事活動を防止する、或いは軍隊の配備を規制するとともに、偶発戦争の危険性の低
減や軍備競争の減速、予測可能性の向上に裡益するものだとして、その価値を説明す
る6°。
また、シェリングとハルペリンは軍備管理が戦争勃発の可能性や国防上の政治・
経済コストを低下させ、戦争勃発時に戦争の目的や暴力の範囲を狭める可能性を指摘
している61。
ゴールドブラットは国連での実務に加えて、国連軍縮研究所(UNIDIR)
やストックホルム国際平和研究所(SIPRI)などで軍備管理研究に多くの実績を上げ
ており、またノーベル経済学賞の受賞に加えて経済学やゲーム理論で多くの著作を残
したシェリングは言うに及ばず、ハルペリンもハーバード大学を起点に米国のジョン
ソン(Johnson)、ニクソン(Nixon)、クリントン(Clinton)政権で国防総省や国務省、 * * * * * *
56 Ibid., p.174.
57 Ibid., p.177.
58 一例としては以下を参照。Jessica Chen Weiss, “The China Trap: U.S. Foreign Policy and the Perilous Logic
of Zero-Sum Competition,9, Foreign Affairs. September/October 2022, https://www.fbreignaffairs.com/china
/china-trap-us-fbreign-policy-zero-sum-competition; Ben Lowsen, “Does Sino-US Competition Mean a Zero
Sum Game?” The Diplomat. January 3, 2019, https://thediplomat.com/2019/01/does-sino-us-competition-mean
-a-zero-sum-game/.
59 “Joint Statement of the Leaders of the Five Nuclear-Weapon States on Preventing Nuclear War and Avoiding
Arms Races,The White House, January 3, 2022, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements
-releases/2022/01/03/p5-statement-on-preventing-nuclear-war-and-avoiding-arms-races/.
60ジョゼフ・ゴールドブラッド(浅田正彦訳)『軍縮条約ハンドブック』(日本評論社、1999年)1-12頁。
61 Schelling and Halperin, Strategy and Arms Control, p. 3.
15
安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
国家安全保障会議の要職を歴任した安全保障研究の碩学だが、いずれの議論もその根
源では軍備管理が戦略的安定に資する可能性があると見なした点は注目すべきであろ
う。
こうした軍備管理の価値を踏まえ、以下に「冷戦2.0」の戦略的安定と新たな軍
備管理論について、近年の先行研究を紐解きつつ考察したい。
はじめに、国際政治学で言うところの相対的利得に重きを置いた軍備管理論を取り
上げると、キース・ペイン(Keith B. Payne)とミカエラ・ドッジ(Michaela Dodge)は、
不安定化を図る拡張主義者の先行核使用を阻止するためには、柔軟な核政策が許容で
きる軍備管理を追求せねばならないと指摘するも之。
ティモシー ・クロフォード(Timothy
Crawford)とカン・ヴ(Khang Vu)は、軍備管理とは大国間関係の調整手段であり、
とりわけ敵対的な連合の形成に模を打ち込む機能があるとの観点から、米国はロシア
と中国の連携を弱体化させるために軍備管理を活用すべきだと説くも’。
ジョン・マウラ—(John D. Maurer)は核兵器や新興技術の区別を問わず、自国の利益を形成•強化し、敵対国の優位性をオフセットするのに資する軍備管理条約こそ支持すべきであり、
その成功を平和や国際協力の文脈に結び付けるのは正しい理解を見誤らせることに繋
がると批判する62 63 64 65〇
これらのいずれも、大国間競争を有利に進める手段として軍備管理
の役割を強調するものだと言えよう。
次に取り上げるのは、軍備管理を戦略的安定と国際平和に寄与する、国家の自制的
協力手段だと位置付け、国際政治と戦略的安定に対して、潜在的な脅威をもたらす先
端技術を含む、非対称的な軍備管理アプローチを提唱していたヘザー・ウィリアムズ
(Heather Williams)の議論であるGう。
ウィリアムズはロシアのウクライナ侵攻を受けて、
戦略国際問題研究所(CSIS)からレベッカ・ハースマン(Rebecca K.C. Hersman)
らと新たに統合軍備管理(integrated arms control)概念を発表して注目を集めた。
それによれば、ウクライナ侵攻に前後して、ロシアが軍備管理や透明性などのリスク低
減策を回避するなか、既存の軍備管理のメカニズムが侵攻防止の役に立たなかったと
して、米国の統合抑止(integrated deterrence)に対応し、2つの戦略的競争者(中口)
62 Keith B. Payne and Michaela Dodge, Stable Deterrence and Arms Control in a New Era (Fairfax: National
Institute Press, 2021),pp. ix-25.
63 Timothy Crawford and Khang Vu, “Arms Control and Great-Power Politics,War on the Rocks, November 4,
2020, https://warontherocks.com/2020/ll/arms-control-and-great-power-politics/.
64 John D. Maurer, “The Forgotten Side of Arms Control: Enhancing U.S. Competitive Advantage, Offsetting
Enemy Strengths/5 War on the Rocks, June 27, 2018, https://warontherocks.com/2018/06/the-fbrgotten-side-of
-arms-control-enhancing-u-s-competitive-advantage-offsetting-enemy-strengths/.
65 Heather Williams, Asymmetric Arms Control and Strategic Stability: Scenarios for Limiting Hypersonic
Glide Vehicles,Journal of Strategic Studies, vol.42, no. 6 (2019), pp. 789-813.
16
r冷戦2.0」と軍備管理
を念頭に置いた、抑止力の要件に見合う統合軍備管理概念の必要性を訴えた66。
具体的
には戦略的安定の強化のために機能する、柔軟で複数の技術とアクターにまたがる、
持続可能な軍備管理アプローチの必要性を論じた66 67〇
統合軍備管理概念とは異なるものの、戦略的安定と軍備管理という「冷戦1.0」以
来の論理を濃厚に織り込みつつ、「冷戦2.0」の軍備管理課題を論じたのはリントン・
ブルックス(LintonF. Brooks)である。
ブルックスは「軍備管理の終焉」のなか、従
来の軍備管理条約を敷角]することには固執せず、核戦争防止のために危機の安定性を
高めるあらゆる協力と、軍備管理の概念に立ち返った政策の必要性を強調する。
具体
的には透明性と予測可能性の向上、米口間の戦略的均衡の維持と軍拡競争の回避、核
兵器国による戦略的安定へのコミットメント、NPT第6条義務に対する国際的懸念へ
の対処や核兵器国間での協力と尊重、さらに5核兵器国+印パによる戦略協議の必要
性を提唱する68〇
ウィリアムズらの議論は、当初の新興技術に関する重層的な軍備管理
対話の提唱から、ウクライナ侵攻を経て、抑止と戦略的安定に重きを置く統合軍備管
理へと言説を展開させたことが興味深い。
他方、ブルックスは軍備管理条約に固執せず、
二国間•多国間での協力や戦略対話を含む、広義の軍備管理努力を通じた核戦争回避
の追求によって、短•中期的スパンでの現実的な軍備管理アプローチを示して見せた
と言えよう。
一方、予測可能性の向上や信頼醸成といった軍備管理の価値を重視する言説として
は、マイケル・ムーディ(Michael Moodie)とジェリー ・チャン(Jerry Zhang)の研
究がある。
彼らは、地政学的な対立下で軍備管理を再活性化する要件のためには、大
国による軍備管理への長期的関与が不可欠だとし、中小国や国際機関も交えたマルチ
ステークホルダー•アプローチへの回帰と、軍備管理に関する基礎的概念の再構築の
必要性を挙げる69〇
また、同様に軍備管理の価値を論じたものとして、ロッテ•ボズウィ
ンケル(Lotje Boswinkel)とポール・ヴァンホーフト(Paul van Hooft)は、大国間
競争のもとで軍備管理へ求めるべき要件に、規範的な軍縮アプローチへの援護、エコ
ノミック•ステートクラフトを梃子とした軍備管理交渉と戦略的安定性の追求、そし
て非民主主義的な敵対国に打ち勝つべく、市民レベルでの抑止と軍備管理への知的基
66 統合抑止概念については以下を参照。“2022 National Defense Strategy,” U.S. Department of Defense,
October 2022, pp. 8-11.
67 Rebecca K.C. Hersman, Heather Williams and Suzanne Claeys, “‘Integrated Arms Control in an Era of
Strategic Competition,9, CSIS, January 2022, https://csis-website-prod.s3.amazonaws.com/s3fs-public
/publication/220121_Hersman_Arms_Control.pdf?VersionId=JBrY0BvljWodpXQCKsFJq6AEGCxWvmz, p. 3.
68 Linton F. Brooks, “The End of Arms Control?,, Daedalus, vol. 149, no. 2 (Spring 2020), pp. 95-104.
69 Michael Moodie and Jerry Zhang, “‘Bolstering Arms Control in a Contested Geopolitical Environment,9,
GGIN Policy Brief, October 2022, https://www.stimson.org/wp-content/uploads/2022/10/Bolstering-Global
-Governance-GGIN-103122.pdf, pp. 9-10.
17
安全保障戦略研究 第4巻第1号(2023年12月)
盤強化を通じた相対的な競争優位性の確保を挙げる?0〇
核兵器以外の軍備管理論に目を向けるならば、ロバート•リトワク(Robert
Litwak)とメグ・キング(Meg King)はサイバー空間での軍備管理を念頭に、「冷戦1.0」
時代の核軍備管理スキームの援用は現実的ではなく、あくまでも緩やかな協議を中心
とした複合的な軍備管理アプローチの妥当性を指摘するれ。
また、ミサイル技術なども
含む通常兵器の軍備管理アプローチを論じたウルリッヒ・キューン(Ulrich Kiihn)は、
戦略的安定へのニーズをマルチステークホルダーの関与のもとに再確認するのが肝要
であり、こうした軍備管理の目標として、紛争予防、透明性、アシュアランス(安心
供与)に関する広範な協議の重要性を論じている,之。
このように、軍備管理の在り方を巡っては、論者の立ち位置によって様々な方向性
が見られる一方で、軍備管理の価値や役割を直接否定するものは、実は必ずしも多く
ない。
なお、国際政治の表舞台において、例えば米国バイデン政権では軍備管理を安
全や安定を前進させる手段に見なしていると評される73。
実際に2022年の「核態勢見
直し(NPR)Jでは、抑止のみで核の危険を減少させられず、包括的でバランスの取
れたアプローチのもとに国際的な軍備管理•軍縮不拡散を追求するとともに、相互的
で検証可能な核軍備管理こそ、米国の戦略上での核兵器の役割低減に向けて、最も効
果的・持続的かつ責任ある道筋を示すものだと強調している,七
また、NATOでも軍備
管理と軍縮•不拡散の概念を厳密に定義した上で、軍備管理とは軍隊、小型武器、通
常兵器、大量破壊兵器の開発、生産、備蓄、拡散、配備、使用に関する相互に合意さ
れた制限または管理を指すものだとし、軍備管理には誤算や誤解のリスクを軽減する
目的から、軍事能力と活動の透明性を高める重要な合意が含まれると規定する刀。
これ
らを踏まえると、「冷戦2.0」のもとでも、本質的な意味で軍備管理に期待されるもの
に「冷戦1.0」との相違はほぼないと言ってよいのではないだろうか。
他方、ここで取り上げた言説のいくつかで、地政学的な大国間競争の状況にある「冷
戦2.0」において、「冷戦1.0」期の軍備管理を援用することに懐疑的な見解が示され
70 Lotje Boswinkel and Paul van Hoofit, “Not one without the other: Realigning deterrence and arms control in
a European quest for strategic stability/5 Hague Centre for Strategic Studies, December 2022, https://hcss.nl
/wp-content/uploads/2022/12/Arms-Control-Policy-Brief-Not-One-Without-The-Other-HCSS-2022.pdf.
71 Robert Litwak and Meg King, “Arms Control in Cyber Space?^^ Wilson Briefs, October 2015, https://www
.wilsoncenter.org/sites/default/files/media/documents/publication/arms_ control_in_cyberspace.pdf.
72 Ulrich Kiihn, “Conventional Arms Control 2.0,” The Journal of Slavic Military Studies, vol.26, no. 2 (2013),
pp.189-202.
73 Steven Pifer, “Nuclear Arms Control in the 2020s: Key Issues for the US and Russia,” Brookings, April 8,
2021,https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2021/04/08/nuclear-arms-control-in-the-2020s/.
74 “2022 Nuclear Posture Review/5 U.S. Department of Defense, October 2022, p.1.
75 “Arms Control, Disarmament and Non-Proliferation in NATO,” NATO, August 2, 2022, https://www.nato.int
/cps/en/natohq/topics_48895.htm.
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r冷戦2.0」と軍備管理
たことは無視し得ない。
そして、着眼点にこそ差異はあれども、ブルックス、ムーディー
とチャン、そしてキューンらが指摘するように、あらゆる形態でのマルチステークホ
ルダーによる協力と戦略対話を通じ、広義の軍備管理努力のもとで、意図せざる核戦
争の回避や紛争予防に注力すべきとのアイデアは示唆に富む。
このとき、必要とあら
ば条約交渉•締結のプロセスを待たず、当事国首脳間で迅速な軍備管理合意を形成す
るのも一つの手段だとする議論もある76。
他方、NC3や核抑止に影響を及ぼしうる新興
技術についても、具体的なアプローチに踏み込んだ議論が必要な段階が迫っていると
言えよう。
この関連では、伝統的な軍備管理が「対象」を定量的にカウントし、それ
らを「持てるもの」と「持たざるもの」に区分•制限したのに対して、例えばサイバー
やAIなどの新興技術には不可視性という特徴があるため、自国と他国の「能力」の
効果的管理を求める方法論は馴染まず、寧ろそれらの技術と国家の「行動」に焦点を
当てた軍備管理手法を追求すべき、との指摘も一考に値しよう77。
しかしながら、合意の持続可能性、或いは制度的な強靭性という観点に立てば、こ
れらはあくまでも短•中期的スパンでの軍備管理措置であって、「冷戦2.0」期に中•
長期的に追及されるべき国際安全保障のメカニズムとして、いずれ法的な拘束力を持
ち、検証可能な核軍備管理条約へと踏み込む必要があることは強く指摘せねばならな
い。
繰り返しになるが、「冷戦1.0」期の軍備管理条約の枠組みに固執するのは、今日
非合理的だとの指摘にも一理ある。
しかしながら、かって、なぜそのような軍備管理
合意が求められ、多くの時間と資源を投じて二国間•多国間交渉が行われ、今日の軍
備管理条約の形になったのかを改めて振り返る意義は小さくない。
そのため、本稿と
しては核戦争防止のための短•中期的な取り組みから、改めて核兵器国による核軍備
管理条約へと踏み込むことの重要性を指摘したい。
具体的には、核戦争防止のための
取り組みと並走する形で、交渉の参加範囲や規制対象、或いは数的な上限値の設定や
削減手法などについて、ステークホルダー間で協議を重ね、検証可能な核軍備管理条
約交渉に向けたプロセスを踏み出す必要があると考える。
76ウィリアム・ペリー、トム・コリーナ(田井中雅人、吉田文彦訳)「核のボタン:新たな核開発競争とトルーマ
ンからトランプまでの大統領権力』(朝日新聞出版、2020年)281-282頁。
77 Michal Onderco and Madeline Zutt, “Emerging Technology and Nuclear Security: What Does the Wisdom of
the Crowd Tell Us?” Contemporary Security Policy, vol.42, no. 3 (2021),p. 302.
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安全保障戦略研究 第4巻第]号(2023年12月)
おわりに
本稿で検討してきたとおり、大国間競争の最中での米中対立の先鋭化や、ウクライ
ナ侵略に前後した米口及び米欧NATO諸国とロシアとの関係の冷え込みのなか、様々
な文脈で「冷戦2.0」と呼ぶべき状況が一層顕著なものとなりつつある。
それとともに、
「冷戦1.0」の遺産である二国間•多国間条約に「軍備管理の終焉」が生起しているこ
とに異論のある向きも少ないであろう。
一方、核抑止によって支えられる安全保障環
境をいかに安定させるのかという問題は、依然、国際政治の重要課題であり続けてい
る。
翻って、近年の主だった軍備管理論を見回しても、信頼醸成や予測可能性を高め、
戦略的安定に資する措置としての軍備管理の価値や役割を正面から否定する言説は殆
ど見当たらない。
戦略的安定を高め、核兵器が使用される事態を回避することに、国
際安全保障環境のみならず、人類社会の将来がかかっていることを改めて想起すると
ともに、「核兵器のない世界」に向かう現実的な一歩を着実に踏み出すための知恵が求
められていると言えよう。
そのためにも、「軍備管理の終焉」という現実を前に、そもそも軍備管理は何のため
に、いかなる観点で取り組まれてきたのかを改めて顧みる意義は小さくない。
中・長
期的なスパンであるべき軍備管理合意を形成し、そして「核兵器のない世界」に向か
う長い道のりの途中にあって、戦略的安定のためにどのような政策的手段が必要なの
か、幅広く議論することが必要である。
(防衛研究所) 』