グローバル・サウスとは何か?誤解してはいけない概念
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32190
『ジョセフ・ナイが、Project Syndicateに11月1日付けで掲載された論説‘What is the Global South ?’で、「グローバル・サウス」という言葉を用いる場合には、誤解を招きかねないので注意すべきである、と論じている。要旨は次の通り。
(donskarpo/gettyimages)
「グローバル・サウス」という言葉が今日頻繁に用いられているが、人々がこの言葉を使うとき、何を意味しているのだろうか?
地理的には、赤道より国土全体が北にある国々に対して、赤道より南にある32カ国を指す。しかし、世界人口の大半は赤道より北におり、「グローバル・サウス」をグローバル・マジョリティと見るのは誤解だ。
つまり、この言葉は世界を正確に描写するというよりも、一種の政治的スローガンであり、より受け入れ難い用語に代わる婉曲表現として浸透してきた。冷戦時代には、米ソどちらのブロックにも属さない国々は「第三世界」に属すると言われたが、1991年のソ連の崩壊により、この考え方はあまり意味をなさなくなった。「低開発国」という呼称もあったが、この言葉には侮 蔑的な響きがあるので、「 開発途上国」と呼ぶようになった。
もうひとつの流行語は「新興市場国」であり、インド、メキシコ、ロシア、パキスタン、サウジアラビア、中国、ブラジル、その他数カ国を指す。このうちブラジル、ロシア、インド、中国は、2001年に当時ゴールドマン・サックスのジム・オニールによりBRICと命名された。これに南アフリカが加わり、BRICSとなった。2024年1月1日には新興市場6カ国(アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)が BRICSに加盟する予定だ。
BRICSは会議体となって以来、しばしば「グローバル・サウス」を代表する組織と見なされることが多い。しかし、政治的な第三世界を代替するものとしては、BRICSは概念的にも組織的にもかなり限定的である。
メンバーの一部は民主主義国家であるが、多くは独裁国家であり、互いに継続中の紛争を抱えている。例えば、インドと中国、エチオピアとエジプト、そしてサウジアラビアとイランはそれぞれ対立関係にある。
「グローバル・サウス」という用語の主な価値は外交的なものだ。中国は、北半球の中所得国で世界的な影響力をめぐって米国と競争しているが、自らを、グローバル・サウスの中で重要な指導的役割を担う開発途上国であると表現したがる。
ジャーナリストや政治家には、高・中・低所得国という用語はなじまず見出しにも適さない。代替となる略語がないため「グローバル・サウス」に頼り続けることになるだろうが、このような誤解を招きかねない用語には注意すべきである。
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ナイは、地理的概念にこだわって、「グローバル・サウス」という表現と実体の乖離を指摘するが、この言葉は元々厳密な地理的な概念ではなく、一般的に「開発途上国」を指す言葉として用いられて来た。「南北問題」における用法と同様、「南」は開発途上国全体を指す言葉であって、それは単に南側には途上国が、北側には先進国が多いというだけのことだ。』
『1950年代から70年代初頭あたりまでは、「非同盟諸国」、「第三世界」および「G77」(国連では1964年にUNCTADが設立され、西側先進国との交渉を進めるためにG77グループが結成された)のメンバーは、連帯感が強く同質的な「開発途上国」だった。
しかし、その後、一方において石油危機による富裕産油国や新興工業国、更には、BRICSのように高度経済成長を遂げる国々が出現し、他方で重債務や紛争等もあり成長から取り残される国々等、開発途上国の間にも大きな格差が生じた。国際的な発言力が増す国も出てきて、中国に至っては米国と覇権を争うまでに台頭した。その立場や利害があまりにも異なるので、経済的にも政治的にもこれらの国々を「開発途上国」としてまとめてグルーピングする意義が乏しくなってきている。
「第三世界」や「非同盟諸国」もソ連の崩壊による冷戦の終了により、その実質的意味を失った。その結果、政治的脈絡で西側先進国以外の国々を総称する言葉として、「グローバル・サウス」という言葉が便利に使われている。
BRICS が「グローバル・サウス」を代表するかのごとき主張や中国が自らを「グローバル・サウス」のリーダーであるように位置付けることに、ナイが警鐘を鳴らしているのは重要だ。留意すべきは、「グローバル・サウス」という概念を、「非」或いは「反」西側先進国という政治的なグループ化に利用しようとする動きがあることだ。
例えば、この9月には、キューバの主催で9年ぶりのG77+中国の首脳会議が開催されたが、中国は政治局常務委員を習近平の特使として派遣し、中国が如何に豊かになろうともかつての植民地主義と戦った「グローバル・サウス」の一員であることを強調し、欧米主導の国際秩序の改革を主張し、そのような趣旨の宣言も採択された。
米中対立の軸ではない
中国は、米国との直接対決は避けつつも、中国流の新たな多国間主義を主張して世界中で多数派工作を展開しており、自らを多数派である開発途上国の一員と位置付けて、「グローバル・サウス」を経済的概念ではなく、「非西側先進国」という政治グループ化しようとしているようである。
他方、多くの「グローバル・サウス」諸国は、米国か中国かで選択を迫られるようなことは回避したいとの立場であり、米中対立が先鋭化すればするほど、中国の主張に同調することには慎重となるはずである。また、中国が米国に対抗する拠点に用いようとしている拡大BRICSは、ナイも指摘する通り、内部に対立関係を含み、インドの存在もあり限界がある。従って、中国が「グローバル・サウス」を代表することも、BRICSを米国との対立に利用することも容易ではないであろう。
「グローバル・サウス」とは、今やそれぞれに自己主張をする国々から成る多極的な存在であり、具体的な外交的なアプローチとしては、地域的に、あるいは、主要国ごとに働きかける方がより意味があり重要だということであろう。』