ガザ紛争の4つの地政学的シナリオとその経済的影響

ガザ紛争の4つの地政学的シナリオとその経済的影響
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32189

『ヌリエル・ルービニ(ニューヨーク大学名誉教授)が2023年11月10日付のProject Syndicateに「ガザ戦争の経済的結果」との論説を書いている。
(chameleonseye/gettyimages)

 ハマスの10月7日の1,400人のイスラエル人の虐殺とイスラエルのガザでのハマス根絶の軍事作戦は世界経済と市場に4つの地政学的シナリオを提示した。

 第1のシナリオは、戦争はほぼガザに限定され、イスラエルとイランの代理人との小さな衝突はあるが、それを超えた地域的拡大はないというものである。ネタニヤフ首相は退陣するだろうが、2国家解決の受け入れに世論の反対は強くなっている。したがってパレスチナ問題は続き、サウジ・イスラエル国交正常化は凍結され、イランは不安定要因のままである。

 このシナリオの経済的含意は軽い。現在の石油価格の小さな高騰は収まるだろう。イラン経済は現在の制裁下で停滞し、中ロとの緊密な関係への依存は深まるだろう。

 第2のシナリオでは、ガザ戦争は地域的正常化と和平に引き継がれる。ハマスに対するイスラエルの作戦があまり多くの民間人の犠牲を出さずに成功し、パレスチナ当局やアラブの多国間連合がガザの行政を担うことになる。ネタニヤフは辞任し、新しい政府がパレスチナ問題の解決とサウジとの国交正常化を目指す。このシナリオは地域と世界にとって非常に肯定的な経済的含意を持つだろう。

 第3のシナリオでは、事態はヒズボラ、イランを含む地域紛争に拡大する。イランがヒズボラにイスラエルを攻撃させるとか、イスラエルがヒズボラに先制攻撃を行うとか色々な形があり得る。それにシリア、イラク、イエメンのイランの代理勢力がイスラエルと米軍を挑発する可能性がある。

 もしイスラエルとヒズボラが全面戦争になった場合、イスラエルは米国の支援を得て、イランの核施設等への攻撃を行う可能性がある。そうなれば、湾岸からのエネルギー輸出は数か月間停滞する。

 これは1970年代の石油ショックの再来をもたらし、世界的スタグフレーション、株価の暴落等を招くだろう。経済的な影響は、米国よりも中国と欧州でより厳しくなるだろう。
 第4のシナリオは紛争は地域に広がるが、イランで政権交代がある場合である。イスラエルや米国がイランを攻撃する場合、核施設のみならず、軍事および軍民両用のインフラを攻撃するともに、政権の指導者も標的にするだろう。

 イラン人はロウハニ元大統領のような穏健派のもとに結集することもあり得る。政権交代はイランの国際社会への復帰を可能にし、厳しいスタグフレーションはあるだろうが、中東での安定とより力強い成長への舞台は整う。』

『これらのシナリオはどれほどの蓋然性があるのか。現状維持50%、第2の和平、安定、は15%、地域的大火30%、最後の好ましい地域変化は5%位だろうか。良いニュースは紛争が地域紛争に拡大しない可能性は65%であり、経済的影響は穏健であるということである。

 最も可能性のあるシナリオは世界経済に穏健な短期的影響を示しているが、それは不安定な現状が維持されるということであり、結局新しい紛争になる可能性も含んでいる。今のところ市場は最も穏健なシナリオを好んでいるが、市場はしばしば多くの地政学的ショックを見誤ってきたことも念頭に置くべきである。

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 この論説の筆者ルービニは、クリントン政権でホワイトハウスの経済諮問委員会の上級エコノミストであり、国際通貨基金(IMF)、米連邦準備理事会(FRB)、世界銀行で働いた経験を持つ人である。ガザ紛争がどういう経済的影響をもたらすかを4つのあり得べきシナリオを描き出したうえで評価している論説である。このような分析もあり得るのかと興味を持たされる。

 ガザ紛争が地域的紛争に拡大するか否かについては、この論説の筆者の見方に同感する。11月3日、ヒズボラのナスララが演説をしたが、イスラエル非難をしつつも、全面戦争の時期ではないと述べ、紛争の拡大に慎重な姿勢を示した。イラン側の慎重な姿勢を受けてのことであろう。

 イランというのはホメイニ革命直後に米国大使館を占拠し、大使館員を人質にとるなどしたことで、乱暴な国との印象を持つ人が多いが、イランはよく情勢判断し、そのうえで賢明な行動をしようとする国である。軽挙妄動する国ではないと考えられる。代理勢力を使った小さな衝突は起こすだろうが、それ以上のことをしてイスラエルや米国に攻撃の口実を与えることはないと考えられる。

2国家解決が最善の道

 ガザ戦争が地域戦争になれば、1970年代の石油ショックの再来になり、世界的スタグフレーション、株式の大暴落などが起きるだろうが、その可能性はそれほど高くないと見てよいと思われる。4つのシナリオの内、最も蓋然性が高いのは第1のシナリオだろう。

 第2のシナリオについての蓋然性は15%とこの論説の筆者は評価しているが、もっと高いのではないかと考えられる。今回のハマスの攻撃を許したのはネタニヤフ首相の失策であり、早晩彼は退陣することになるだろう。そうなれば、極右の「ユダヤの力」と「宗教的シオニズム」は政権の中にはいないことになる。

 イスラエルの左派はパレスチナ問題は2国家解決しかないとの考え方であり、これに回帰する可能性は相当あるとみることができる。オルメルト元首相はそう発言しているし、労働党の流れを引き継ぐ党派には2国家解決しかないとの認識が根強くある。ブリンケン米国務長官も2国家解決に向けての外交の重要性を強調している。

 イスラエルが北部ガザを占領統治することはイスラエルにとり大きな負担となるほか、米国もアラブ諸国もそれを受け入れるとは考えられない。

 イスラエル内政の動きを観察しつつ、米国とアラブ諸国の動向に注意しつつ、2国家解決しかないことを日本も強調していくべきであろう。』