米国が世界で失いつつある二つの力とは

米国が世界で失いつつある二つの力とは
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32112

『2023年11月24日

2023年10月19日付のウォールストリート・ジャーナル紙は、「米国が抑止力を失い、戦略的受動性に向かって次第に退却を始めると、世界はあるとき突然失速し、制御不能の錐もみ状態に陥る」という、ウォルター・ラッセル・ミードの警告記事を掲載している。
(Vladimir18/gettyimages)

 バイデン政権は中東で大規模で複雑な危機に直面している。ミサイルと戦闘機がガザ上空を飛び交う。サウジはハマスへの残虐行為でイスラエルを痛烈に批判し、アラブとイスラム世界はユダヤ国家への怒りを爆発させている。

 バイデン大統領はイスラエルに急行することを決め、胆力と勇気を示したが、それだけでは足りない。制圧不能なイランが地域の権力掌握に向かっているのに、米国はこの現実にまだ対処できていない。バイデン政権が理解していないのは、中東の火災は世界で制御不能に陥っている地域の単なる一つに過ぎないということだ。

 ハマスの活動は、アフリカ、ヨーロッパ、中東でのジハード主義やテロ組織を興奮させている。ロシア議会は包括的核実験禁止条約の批准を取り消し、イランへのミサイル技術売却の制限を撤廃した。バルト海のガスパイプラインと通信ケーブルに対する謎の破壊も続いている。

 国防総省は今週、中国軍機による米国航空機への嫌がらせ事例が過去2年間で180件以上報告されていると発表した。台湾に対する中国の圧力は増大し続けている。台湾の防空識別圏内へ侵入する中国軍機は、2020年の380機から22年には1700 機以上に激増した。

 世界の多くの地域で、米国に対するこれほど多くの挑発が発生しているのはなぜか。それは米国が抑止力を失いつつあるからだ。

 プーチンが 08 年にグルジアを、14年にウクライナを侵略したとき、オバマがシリアの「越えてはならない一線」を死守できなかったとき、中国が南シナ海で人工島を建設し軍事化したとき、米国は効果的に対応できなかった。米国の敵はこれに勇気づけられている。

 米国の直接の警告を無視したプーチンの22年のウクライナ侵攻は大きな一歩だった。ハマスのイスラエル攻撃に対するイランの支持は、米国の秩序に対する更に大胆な攻撃だ。

 ハマスとその支援者であるイランに対するバイデン大統領の対応が、米国の力、知恵、意志への敬意を取り戻すことができなければ、世界中の敵が米国とその同盟国の好まない結論を導き出し、行動するだろう。抑止力が低下するにつれて戦略的消極性は、危機をエスカレートさせ、最終的には突然に戦争を引き起こす原因となる。

*   *   *

 オックスフォード大学のある教授が言った言葉がある。「抑止力にはハードウエアと共にソフトウエアがある」と。前者は軍事力、経済力、技術力など侵略を阻止する物理的実力で構成される。産業が衰亡すれば、資金力低下から技術開発が出来ず、国家収入の減少や所得の減少は教育水準を引き下げ、ひいては防衛力総体的に衰退させ、抑止力が腐食する。』

『ソフトウエアとしては、道徳規範、公共心、価値観、それらに根差す公正な行動、道義や原則を喚起し順守する意識、そうした意識を涵養する各国民の、各家庭の、各地域社会、各企業の活動も抑止力の構成要素となる。

 米国の抑止力低下の大きな課題は、ハードウエアより寧ろそのソフトウエアにあるように思える。前政権の大統領の行動様式、それを受け入れて支持もする決して少なくない数の白人系米国民の存在、彼らの持つ国家観、国家指導者への期待感、米国の平均的家庭や学校の公共意識、犯罪件数、若年層の行動類型など、世界の米国への敬意が徐々に、或いは急激に、剥がれつつあることは、その抑止力に錆が廻りつつあるようだ。

 米ソ冷戦時代、米国の軍事経済両面の国力は挑戦者を寄せ付けなかった。共産主義の硬直的経済体制が自由な市場経済に勝てるはずはなかった。ソ連と中共は決して一枚岩ではなかった。

 非同盟中立諸国の数は急速に増加していったが、経済規模は甚だ微小だった。中国は自らを途上国と称してそれら諸国に取り入っていたが、中国自身の国力が小さかった。

 数年前に始まった新たな対立の時代において、対立の主軸は米中だが、中露は天井のない協力関係を高歌放吟する。グローバルサウスの経済力資金力は遥かに膨らみ、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国「BRICS」 などを通じて中国は世界の経済と安全保障に影響力を扶植している。中国の経済制度は市場経済の利点を便利に取り入れ、自国市場を閉鎖し自由な西側市場から技術や資金を吸収し、軍事力強化に活用している。

挑戦を受ける2つの抑止力

 米国のハードウエアの抑止力は、東アジアの海域、ウクライナ、中東でと、複数の地域で挑戦を受けている。そして中国の軍事力は静かに世界に浸透し始めている。

 フィンランド政府は10月10日、同国とエストニアを結ぶバルト海の海底ガスパイプラインと通信ケーブルが破損したことにつき、意図的な行為によって引き起こされた可能性があるとの見解を示した。その刑事調査を進めていた当局は20日、破損が起きた場所と時間が香港籍のコンテナ船「Newnew Polar Bear」の航行動向と一致した発表した。

 そして米国のソフトウエアの抑止力は、米国内において腐食し始めているように見える。中国は米国の制度の欠点を事ある毎に批判し、世界で恥をかかせている。

 民主主義も含め価値観は多様だというナラティブを拡散させている。来年の大統領選挙はその一里塚のように見える。』