アルゼンチン大統領に独立候補のハビエル・ミレイ氏が当選

アルゼンチン大統領に独立候補のハビエル・ミレイ氏が当選
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/32907183.html

『 ディフォルト国家で有名なアルゼンチンの大統領に、ミレイ氏が当選しました。国家体制が、扇動政治に飲まれるという視点で、興味深いので着目したいと思います。まず、アルゼンチンですが、既に9回もディフオルトしている債務不履行常習国家です。つまり、借金の踏み倒しが常態化している国家という事です。第一次世界大戦の頃くらいまでは、農業・畜産国として、非常に豊かな国として知られていて、実はイタリア・スペイン辺りから、出稼ぎに渡るくらいでした。GDPで世界で5本の指に入り、先進国扱いされていた事もあります。

しかし、度重なる政変と軍事政権による中途半端な国の主産業の工業への転換政策の失敗。政治の腐敗と、色々とありまして、南米でも最貧国を競うくらい経済が低迷しています。南米は資源に恵まれている国が多く、バラマキで票を集める事ができるので、左派政権が強い傾向があります。濡れ手に泡で手に入る資源の輸出収入で、国民に大判振る舞いをした結果、国内産業が育たず、国内経済が資源価格の変動の影響をモロに受けます。良い時は良いのですが、悪化するとすぐに国体が揺らぎます。それまでのバラマキに国民が慣れてしまうと、それを失う事に対して感情的な反応が出てきます。こういう動きは、扇動屋に実に利用されやすく、多くの独裁者というのは、「救世主」として、国民から選ばれて権力者の座に着いています。実際、アルゼンチンも海外環境が変化した事で、政治体制が不安定になり、内乱がくすぶり続ける間に、経済が壊滅的にダメになりました。

軍事政権が、相当に国内経済を破壊した後で、決定打になる政策が無いままに、次々に大統領が変わる状態に陥り、2019年に左派のアルベルト・フェルナンデス氏が大統領に就任していました。しかし、間もなく武漢肺炎のパンデミックで、通算で9回目のディフォルトを起こし、現時点では数十年に及ぶ不況とインフレで、国民はとにかく変化を求めている状態です。

これが、非常に危ないのですね。「国民はとにかく変化を求める」という状態は、「どうせ最悪な経済状況だから、今までと違った事を言ってくれるなら、そいつに賭ける」という事です。つまり、そこに論理的な判断が無く、現状に対する感情的な反発が選挙の票として流れ込むという事です。こういう時期の選挙戦というのは、とにかく過激な言動やパーフォマンスをする政治家が人気になります。ミレイ氏も、大幅な歳出削減を表現する為に、選挙集会でチェーンソーを振り回し、革ジャン姿でロックを歌うなど、イベント感覚で活動する姿勢で知られています。政治で投票するのではなく、キャラクターや人気で投票するように広報するわけです。

そして、これも特徴ですが、今までの巨大政党と関係の無い、独立系の弱小政党から立候補するというのも特徴です。つまり、国民が散々に聞いてきた利権・汚職・醜聞が報道される機会が無い、新生政党である事で、あたかも、そういう事が存在しないような清廉感を演出できるという事です。過去の実績が無いのだから、いくらでも現政権を批判できるし、無茶に見える公約もやり放題です。言うだけならタダですからね。政権さえ握ってしまえば、すり寄ってくる政党は出てきますから、連立を組んで議会を支配すれば良いという事です。

彼が政策の柱にしているモノは、どれも過激なものばかりです。

・通貨のペソの廃止。米ドルを国の通貨にする。よって、中央銀行を廃止する。
・国家財政の立て直しのため、福祉政策の大幅な縮小。

何度もディフォルトしているので、アルゼンチンの国家としての信用は地に堕ちていて、当然ながら、発行している通貨のペソも国民から忌避されるようになっています。つまり、手に入ったペソは、一刻も早く価値の安定した米ドルに替えるのが当たり前になっていて、社会的には受け入れやすい環境は整っています。しかし、国が発行権を持つ自国通貨を捨てるという事は、その国が何も価値を担保できないという事を公式に宣言する事に等しいです。つまり、モノの売買だけでなく、あらゆる場面で信用という意味で、アルゼンチンが格下に見られるという事です。何かの契約をする時、リスク保証として、「アルゼンチン特価」が適用される事が多くなるでしょうね。

この政策が吉と出るか凶と出るか、やってみないと判らない危険な賭けな上、一度通貨発行権を捨てると、二度と元に戻れない不可逆的な政策になります。今まで、アルゼンチンは伝統的に「大きな政府で、分配型」という、資源と過去の栄光に依存した福祉型の政策が支持されてきて、それで長期の経済不況に苦しんでいるので、今回のミレイ氏当選は、「今までと違う事を言っているから」という実に短絡的な判断に見えます。いざ、政策が始まったら、「今まで」に慣れてきた国民が、厳しい緊縮財政に耐えられるかと言うと、そこまで考えていない気がします。「革命」という言葉を使うと、なんか世の中が良くなりそうみたいな、ボンヤリとした感覚ですね。ミレイ氏は、はっきり「ヤル」と言っているので、選んだ国民には、耐える義務があるのですが、始まるとブーブー言い出すと思います。

それと、前述したように自国通貨を捨てるというのは、簡単に決められる事ではなく、副作用が大きいです。言い方を変えるなら、自国の価値を数値で示す事を放棄しましたと言っているようなものなので、何をするにしても信用を得るのが難しくなります。しかし、経済が停滞しているのに、分配だけが先に決まっている社会体制が、財政再建を難しくしていたのは事実なので、劇薬として、これくらいはしないとアルゼンチンに未来は無いのかも知れません。とはいえ、独裁国家ではない(今のところ)アルゼンチンで、これを実効するのは簡単ではありません。

民主制度を取っていた国家が、独裁国家に陥るのは、こういう場面で、軍部の力を借りて、議会の運営を止め、権限を独裁者に集中させて、必要なら憲法も変える事をした場合です。制度として民主制度が残っていても、機能不全にする事は可能なので、国民を殴る力さえ手に入れれば、いくらでも可能です。本当に心配するべきは、こういうパーフォマンスの得意な経験の浅い政治家が、一時の人気だけで権力者になった場合です。彼の人気を利用して操ろうとする連中は、必ず出てくるので、議会という政策の履行に障害になりやすい仕組みを疎んじた結果として、軍部の力を借りて強行するのが独裁の始まりです。背景には、国政の混乱と国民の貧困があり、「今までと違う事を聞きたい大衆」が、合法的に独裁者を誕生させるのです。

ミレイ氏が、そうなると言いたいわけではなく、典型的な終末的な民主体制が独裁体制に変わる、テスト・ケースだと思います。アルゼンチンに注目していると、我々は自身で試す危険を犯す事無く、色々と学ぶ事ができるはずです。』