オーストラリアの「パシフィック・ソリューション」

オーストラリアの「パシフィック・ソリューション」
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『多くの国が難民・不法移民の扱いには、人道的観点を重視して共生を目指すのか、受入れによって国内で惹起される様々な難題を重視して排除を原則とするのか苦慮していますが、排除の立場から、外国(多くは途上国)に資金提供して収容施設を建設し、そこに移送・収容するという、移民問題を「アウトソーシング」するような方策をとる国もあります。

オーストラリアが取っている「パシフィック・ソリューション」もその一つです。

****パシフィック・ソリューション****

2001年8月、オーストラリア政府は、400人以上の難民認定を求める人たち(多くはアフガニスタン人)を乗せた船が国内の港に入ることを拒否。乗船者の健康状態が悪化する中、オーストラリア政府は、ナウルとニュージーランドに移送することを決定した。船の名前にちなんで「タンパ号事件」として知られている。

これを機に、オーストラリアは、難民申請を求める人たちを上陸させず、他国で難民審査を行うため、2001年9月にナウルと、翌10月にパプアニューギニアと協定を結んだ。オーストラリアのこの措置は「パシフィック・ソリューション」と呼ばれるようになった。

こうした政策の導入について、当時のオーストラリア政府は、「オーストラリアは寛容で開かれた国であり、世界でも最も多くの難民を受け入れている国の1つである」とした上で、「私たちには誰が、そしてどのように来るのかを決める権利がある」と主張した。

「パシフィック・ソリューション」では、国際移民機関(IOM)がナウルとパプアニューギニアにおける施設の運営を担い、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も初期の一部の難民審査に関わるが、その審査体制の透明性や施設の環境・人々の管理体制について、人道上の観点からUNHCRを含む国内外からの懸念や批判が絶えず、2008年に一度は解体された。

しかし、施設の閉鎖後、再び海からの不法入国者が急増したことで、2012年9月からナウル共和国への移送、2012年11月からパプアニューギニアへの移送を再開。

これに対して再び批判が高まり、パプアニューギニアの施設は2016年4月にパプアニューギニアの最高裁判所から「違憲状態にある」との判決が出される。2017年6月にはオーストラリア政府もこれを認めて収容された人に対して慰謝料を払うことを発表。施設は2021年末に完全に閉鎖された。

一方、ナウルとは、2021年9月「永続的な施設の維持を構築する」とする覚え書きを交わした。【2022年11月15日 NHK】』