手詰まりの中東政策 2つの戦乱で見えた欧州の挫折

手詰まりの中東政策 2つの戦乱で見えた欧州の挫折
欧州総局長 赤川省吾
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR100G10Q3A011C2000000/

『2023年10月12日 5:00

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃し、再び中東が揺れた。ウクライナに続き、地理的に近いイスラエルで起きた軍事衝突。2つの戦乱で欧州は挫折を味わい、地政学リスクの高まりに身構える。

「イスラエルは防衛の権利がある」(フォンデアライエン欧州委員長)、「いかなる支援も行う」(スナク英首相)。欧州の首脳は民間人まで無差別に攻撃したハマスの暴挙を一斉に批判した。

民主主義陣営の結束重視

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『イスラエルのネタニヤフ政権が進めた裁判所の力を弱める「司法改革」や、ユダヤ人入植地の拡大には渋い顔をしていた欧州がなぜ一転してイスラエル支持に回ったのか。2つの理由がある。

1つ目はロシアや中国など強権国家に対峙するうえで、民主主義陣営の結束が必要な局面だからだ。イスラエルの後ろ盾である米国と温度差がにじむのはできるだけ避けたい。

ショルツ独首相は「ドイツ政府はイスラエルの安全保障に責任を負う」と公言している(2023年3月、独首相官邸)=マーリス・マテス撮影

2つ目はイスラエルに対し、「負の過去」を背負っているからだ。特に欧州の盟主ドイツには第2次大戦中のユダヤ系住民の虐殺という罪がある。「ドイツ政府はイスラエル国家の安全保障に永遠の責任を負う」とショルツ独首相は2022年に語ったことがある。これは党派を超えたドイツ政界の共通認識だ。

民間人を巻き込むハマスのやり方は許すわけにはいかない。攻撃を受けたイスラエルに寄り添う一方で、パレスチナとの距離感は揺れる。欧州連合(EU)では一時、パレスチナへの経済支援を見直す案が浮かんだ。

欧州の出る幕なし

欧州の中東外交は手詰まり感と無力感が漂う。これまではスイスや北欧などが仲介役となり、和平を模索する動きがあった。30年前の1993年にはノルウェーの奔走でイスラエルとパレスチナが和平を目指す「オスロ合意」が結ばれている。

だが両者の溝は埋まらず、暴力の応酬が続く。中東情勢に大きな影響力を持つのはロシア、米国、中国という域外の大国、あるいはイランやサウジアラビア、トルコなど域内の大国。いま欧州は出る幕がない。「中東で欧州の存在感が薄れた」。あるEU加盟国の元首脳は取材に語った。

軍事力ではなく、外交と対話で粘り強く民主主義と戦争のない世界を広げる――。欧州外交の根底にあった、そんな理想主義が3度目の挫折を味わう。

融和路線で近づいたロシアはウクライナを全面侵略し、経済交流で民主化を促そうとした中国は独裁色を強めた。長年にわたる対話と経済支援を続けたパレスチナでは主流派組織ファタハの求心力が低下する一方で、武装組織ハマスが台頭した。高い理想を掲げてまい進する手法は欧州統合では役に立ったが、今の世界では通用しなかった。

極右政党が伸長する素地に

啓蒙主義のような欧州流は「押しつけがましい」との反発を招きやすい。覇権主義が世界各地で広がる危うい状況になり、「対話」だけでは解決にならぬという厳しい現実もある。

ハマスが弱体化するまでイスラエルが徹底報復するとの見方が欧州の政策当局者には多い(イスラエルの空爆を受けるガザ地区)=ロイター

欧州で中東政策を担う当局者を取材すると、イスラエルが徹底報復でハマスを弱体化させるものの、パレスチナ問題は解決されぬまま、くすぶり続けるという見方が多い。イスラエル経済は短期的には「心理的なショック」で下振れリスクが高まるが、ハイテク立国であることは変わらないとの見立てが主流だ。商都テルアビブはシェルター付きの住宅が普及しており、「紛争慣れ」している面もある。

2つの点が欧州政治の重荷になる。1つ目は大規模な武力衝突が仮に収まっても、不安定な状況が長く続けば中東から欧州への移民・難民が増えること。2つ目はウクライナ、そしてイスラエルという欧州に近接する地域の戦乱が漠然とした不安感を有権者に植え付けることだ。いずれも極右政党が伸長しやすい素地となる。

2024年の米大統領選の「トランプ復活」を含め、欧州は域内外からの政治リスクを強く意識するようになった。鉄のカーテンを崩し、平和を謳歌したポスト冷戦期は完全に終わった。先の見えぬ気味の悪い不透明感が欧州に忍び寄る。

Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。 』