ウクライナ支援が試す「民主主義の砦」

ウクライナ支援が試す「民主主義の砦」
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR011UE0R01C23A1000000/

『イスラエル軍とイスラム組織ハマスの衝突に世界が注目するなか、ウクライナの欧州統合が着実に進んでいる。

ウクライナの悲願は欧州連合(EU)に加盟することだ。「交渉を始めると決めてほしい」。10月、EU首脳会議にオンライン参加したゼレンスキー大統領は呼びかけた。

「欧州への道を歩むための改革努力を後押しする」。EUはぼんやりした声明を出し、表向きは言葉を濁す。実際は水面下での事務折衝が6月ごろから活…

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『実際は水面下での事務折衝が6月ごろから活発で、道筋はだいぶ前に固まっていた。

「加盟交渉入りは12月に合意できるだろう」と対ウクライナ政策にかかわる欧州の政府高官は明かす。親ロシアを演じるハンガリーなどの消極論は「押し切れる」と取材に応じた多くのEU官僚が自信をみせる。

来春にロシア大統領選を控えたプーチン氏にとって、軍事的な敗北は受け入れられない。損失が膨らんでも戦線を維持しようとする。一方、主力戦車も供与した欧州勢に軍事支援の玉はあまり残っていない。あるのは「EU加盟交渉」という政治支援だけだ。

交渉には時間がかかる。「条件を満たせば2030年までに加盟」とEUのミシェル大統領は独誌シュピーゲルに語った。過渡期のウクライナをどう扱うか。頭の体操は始まっている。

EU27カ国に加え、ウクライナやスイスなど周辺国が協議する「欧州政治共同体」という枠組みがある。「これを常設機関に格上げすればいい」とドイツの保守系政党の政策通、クリッヒバウム連邦議会議員は語る。新たに立ち上げる欧州機関で、ウクライナとの対話を常態化する構想だ。

欧州統合に歩むウクライナ。もはや北大西洋条約機構(NATO)への加入も夢物語ではない。来年7月の米国でのNATO首脳会議でウクライナ加入を話し合う――。欧州の政策当局者のあいだでは、そんなシナリオが浮かぶ。

来秋の米大統領選でトランプ氏が選ばれたら、米国はウクライナ支援をやめるかもしれない。欧州にも「支援疲れ」が忍び寄る。

それでもEUの決意は揺らがない。「米国が支援を打ち切っても欧州は態度を変えない」。EU加盟国の首脳は取材に強調した。欧州の自由と民主主義を守るという大義名分を掲げてロシアと戦うウクライナを見捨てることはできない。

経済界は政治の覚悟を感じ取る。インフラ分野に携わるドイツの中堅企業は最近、ポーランド企業と全面提携した。狙うのは膨大なEU資金が流れ込むウクライナの復興需要だ。

1970年代から半世紀にわたってロシア融和策をとったドイツへの反感がウクライナではくすぶる。「ドイツ企業」という看板では不利になる恐れがある。ならば提携先のポーランド企業を前面に押し立てて受注すればいい。ウクライナが欧州の一部になるのを見越し、企業は先手を打つ。

日本ではウクライナは旧ソ連の一部というイメージが強い。欧州史を振り返ればオーストリアやポーランドと深くつながる。いま政治・経済でウクライナが欧州に回帰しつつある。

ウクライナの懸念はイスラエルでの衝突のあおりで存在がかすむこと。これはロシアの思うつぼ。パレスチナ問題をプーチン政権に利用させてはならない。

肝心の戦況は膠着気味で出口はプーチン氏の判断次第だ。欧州統合や復興支援を巡る協議が進んでも目先の状況は変わらない。

先行きに不安が漂う時代に逆戻りしたからこそ日本もウクライナへの関心を失ってはならない。長期支援は民主主義の砦(とりで)だと示すことにつながる。

(欧州総局長 赤川省吾)』