ナチ台頭許した「ヴァイマル共和国」社会の分断が招く破滅

ナチ台頭許した「ヴァイマル共和国」社会の分断が招く破滅
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 ※ なるほど…。

 ※ 「分断社会」においては、「ある一つのイシューへの、立場表明」が、「どの階層に所属するのか」の「身分証」の役割を果たすようになるわけだ…。

 ※ この視点は、無かったな…。

 ※ 現代社会は、「物理的に」分断されているわけではないが、「言論空間」「思想空間」「思考空間」においては、まさに、「分断されている」…。

 ※ 他者の「意見」「見解」には、「耳を貸さない」「聞く耳持たない」で、社会生活送っていくことが、「電子の力(電子データの力)」によって、可能となっているからな…。

 ※ 「それって、あなたの意見ですよね?はい、ろんぱーっ!」とか吐かすヤカラが、ますます増えている…。

 ※ テレビや、新聞なんかは、見たくなければ、見なければいい…。

 ※ 「紙の本」は、「場所塞ぎ」「邪魔もの」として、ますます敬遠され、「本屋」という形態自体が、成立しなくなっている…。

 ※ 街宣車は、「騒音公害」だとして、禁止されている…。

 ※ 人々は、ますます、自分の「お気に入りの、言論空間」に、「引きこもる」ようになったしな…。

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『民主主義の危機が叫ばれるようになって久しい。米国のトランプ前大統領の4年間はもちろん、最近では今年4月のフランス大統領選挙の決選投票でマリーヌ・ルペン氏が4割以上の票を獲得したことも、危機感を高めている。権威主義諸国が台頭する一方、民主主義の範例であったはずの米仏で、右派ポピュリズム勢力が大きな支持を得ているのだ。
1923年、ナチ党の突撃隊。ナチ党は分断された社会の中で徐々に勢力を拡大していった(HULTON ARCHIVE/GETTYIMAGES,)

 こうした中、しばしば歴史の淵から呼び出されるのが「ヴァイマル共和国」である。第一次世界大戦の敗戦と革命の中で成立し、当時世界で最も先進的な民主憲法を備えていたドイツの共和政である。その憲法は人民主権に基づき、男女普通選挙権を導入し、社会権といった新しい権利も取り入れていた。しかし、世界恐慌の中で左右の反体制勢力の挟撃に遭い、1933年のナチ政権成立によって打ち倒された。

 民主政が危機にあり、ついには倒れてしまうのではないか。われわれの現在の状況は、ヴァイマル共和国と似ているのではないか。こうした不安を背景に、米欧では、改めてヴァイマル共和国史の現代的な意義を説いた書物が相次いで刊行されている。

 日本にも紹介されたものとして、筆者がナチ研究者の小野寺拓也氏と共に監訳した『ナチズムは再来するのか?』(慶應義塾大学出版会)がある。これは、5人の歴史家と2人の政治学者が現代とヴァイマル時代を比較したものだ。

 また、『ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか』(亜紀書房)の著者ベンジャミン・カーター・ヘットは、現代世界が「30年代に酷似している」という危機意識から、過ちを繰り返さないために本書を刊行したという。

 現代はヴァイマル共和国の時代とは異なる。しかし、現代の民主政とヴァイマル共和国とは、見逃せない類似性も存在する。前述の2冊をはじめとする近年の研究に基づき、あえてそうした類似点に着目してみたい。あらかじめ要点を言えば、分極化ないし分断された社会というのがヴァイマル共和国の重要な特徴であり、ナチ党は、そうした社会の中でポピュリズム政党として成功したということである。』

『「身分証」化するユダヤ人問題

 歴史家E・ワイツは、「ヴァイマルの政治と社会の完璧な象徴」として、ベルリンの「ロマーニッシェス・カフェ」を挙げている。このカフェの店内は、富裕層のエリアと一般客のエリアに大きく分かれ、さらに各エリアはさらに細かく分かれ、共産党員専用のテーブルもあった。それぞれのグループは交じり合わない。ワイツは言う。このカフェは「活気があって、民主的で、熱心だが、分断されていて、反目し合っていて、自分のサークルの外にいる人とは話せない」。

「ロマーニッシェス・カフェ」では、議論は白熱しつつも違う派閥の人間と交わることはなかった(AKG-IMAGES/AFLO)

 前出のヘットもまた、「政治、宗教、社会階級、職業、居住地域に関して、次第に激しく、和解し難くなる分断は、ヴァイマル共和政の大きな特徴だ」と述べている。ここでの分断とは、単に民主派と反民主派の分断だけを意味するわけではない。ヴァイマル共和国には3つの「宗派化」した陣営、すなわち、①社会主義陣営、②カトリック陣営、③プロテスタント陣営があり、それぞれの陣営内に民主派と非民主派がいるという状況であった。

 また、ヴァイマル共和国ではメディアも政治的・イデオロギー的に分断されていた。全体を包括するような主要メディアは存在せず、新聞は党派によって分断されており、意見を発信するとそれと似た情報ばかりが返ってくる「エコーチェンバー(反響室)」をそれぞれがつくり出していた。ある陣営にとっての真実が、他の陣営にとってはフェイクになる。そんな状況が生み出されていた。

 さらに、地域間の分断、都市と地方の分断も見逃せない。とりわけ、大都市ベルリンは他の地域の怨嗟の的となった。地方から見たベルリンは、機械化や文化の「米国化」の権化であり、ジェンダー秩序も乱れ、道徳的に退廃した場所であった。

 ベルリンにはユダヤ人も多く、ドイツ全体では人口の1%に満たない割合のところ、ベルリンでは7%を占めていた。こうした中でユダヤ人は「エリート」「資本主義」「共産主義」のシンボルとなり、反ユダヤ主義は反エリート、反資本主義、反共産主義の意味をもつようになった。

 米国の歴史家であるヘットは興味深い比喩を用いている。「反ユダヤ主義は、現代の米国の民主党と共和党で隔たりのある、妊娠中絶問題と同じような意味合いを持つ。大多数の国民にとって、ユダヤ人を支持するか排斥するかは最大の問題でもなんでもない。だが、この問題がシンボル化されると、どちらかの側につくための身分証として受け入れざるを得なくなる」

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『分断を利用し成功した「国民政党」ナチ党

 しばしば指摘されるように、ヒトラーは選挙によって首相の座についたわけではない。とはいえ、28年の総選挙では得票率2.6%に過ぎなかったナチ党が、わずか数年で30%台を獲得するようになったことも、忘れるべきではない。こうした急速なナチ党への支持拡大なくして、33年1月にヒトラーが首相に任命されることもなかったであろう。

 古い研究ではナチ党は中間層の運動と捉えられてきたが、J・ファルターらの統計を用いた新しい研究により、実際にはナチ党は、党員においても支持者においても、従来考えられてきたよりもはるかに多様な人々から構成されていたことが判明している。たとえば、ナチ党に投票した者のうち3分の1は労働者層であった。それゆえファルターはナチ党を「中間層の傾向が強い国民政党」と規定している。ここで言う「国民政党」とは、広範な社会層に満遍なく支持される大政党を意味する。

 加えて注意すべきは、ナチ党に投票した人々の多数が、「経済的敗者」ではなかったことだ。たとえば、ナチ党に投票した者の中で、失業者が占める割合は全体の平均よりも低い。それに対し、それまで棄権していた人々が28年から33年のあいだに投票所に足を運び、ナチ党の成功に貢献している。

 20年代の深刻な農業危機、29年に始まる世界恐慌など、危機が次々と訪れる中で、ヴァイマル共和国の既成政党は安定した連立政権を樹立できずに無力をさらけ出していると有権者には判断された。既存の政党が、各々の支持陣営の個別利益を優先したことも、ナチ党には有利に働いた。多くの人は、抗議の意味でナチ党に投票したのだ。

 ナチ党の戦略にも巧みなところがあった。政府の貿易政策に不満を抱いていた農村地域に目を付け、30年以降、「フォルク(人民、民族)」を強調して農民層に訴えかけたことを挙げておこう。この農村進出戦略は功を奏した。分断された社会において、ナチ党の戦略は効果的だった。こうしてナチ党は自らを「国民政党」としてアピールすることに成功したのである。

 とはいえ、忘れるべきでないのは、保守派の助力なくしてヒトラーが権力を握ることはなかった点である。ヒトラー政権は、最初は保守派との連立政権としてスタートした。ヴァイマル共和国の保守派は、自己の利益や権力、名声を守るために、民主主義を放棄してナチと手を組むことを選んだのであり、その帰結は周知のとおり破滅的なものだった。

 ロシア・ウクライナ戦争のさなか、こうしたヴァイマル共和国の歴史を想起することは重要である。メディアや世論が分断され、その中で各陣営が「エコーチェンバー」によって、自分たちにしか通じない特定の価値観や物語を増幅させていく状況は、まさに現在と不気味に類似している。

 ヴァイマル共和国が、その発足当初から戦争をめぐる陰謀論に苦しめられていたことも最後に指摘しておきたい。

 当時、第一次世界大戦時のドイツ軍は戦場では勝っていたのに、国内の社会主義者やユダヤ人たちに背後から刺されたために敗北したという荒唐無稽な陰謀論が広まっていた。
そして、その陰謀論をうまく利用したのもヒトラーであった。ヴァイマル共和国の歴史は、決して遠い過去ではないのだ。

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