[FT]イスラエル、米国と同じ道歩むか 政策を誤った恐れ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB103BW0Q3A011C2000000/
『戦争は国民を結束させる。パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスによる7日朝の攻撃がもたらした衝撃と恐怖は、分断が深まっていたイスラエル国内を一致団結させた。これでネタニヤフ首相が挙国一致内閣を樹立できる可能性が出てきた(編集注、同氏は11日、中道右派野党を率いるガンツ前国防相と挙国一致政権をつくることで合意した)。
今回の危機はかなり長期化することが予想されるため、イスラエルの結束…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『今回の危機はかなり長期化することが予想されるため、イスラエルの結束はしばらく続きそうだ。イスラエルの子どもや高齢者を含む人質がガザ地区に連れ去られており、イスラエルは苦しみ続けることになる。
レバノンとの国境やパレスチナの自治政府が統治するヨルダン川西岸地区で新たな衝突が発生するリスクにもイスラエルは直面している(編集注、レバノンの親イラン武装勢力ヒズボラがイスラエル北部を砲撃、これを受けイスラエル軍がレバノン南部を攻撃するといった事態がすでに発生している)。
イスラエルが反省すべき点
それでもイスラエルでは近く、どこで道を誤ったのかを巡って政治的論争が巻き起こり、亀裂が生じるだろう。反省すべき点は2つある。一つは諜報(ちょうほう)活動と防衛の失敗、もうひとつはパレスチナ問題に対する戦略自体の失敗だ。
イスラエルは自国の情報収集力の高さを誇ってきた。ガザで起きることのほぼすべてを事前に察知できていると考えていた。ところが今回、ハマスは複雑かつ多面的な攻撃を計画・実行し、イスラエルが鉄壁と考えていたガザとの境界を打ち破った。具体的にはイスラエル国内に1948年の建国以来、最も激しい攻撃をしかけ、最も多くの犠牲者を出した。
右派と中道派は、諜報活動と防衛の失敗の責任を互いになすりつけ合うだろう(イスラエルに左派はもはや存在しないに等しい)。首相の座にあるネタニヤフ氏には当然、批判の矛先が向く。
ネタニヤフ氏はハマスの封じ込めに成功していると考えていたようだが、今となっては甘い幻想でしかなかったように思える。同氏は汚職疑惑を巡り公判中で、その有罪判決を免れようと極右政党と連立を組むことで昨年末、政権に返り咲いた。
これらの政党はヨルダン川西岸地区へのユダヤ人による強引な入植を支持してきた。その結果、同地区で発生するようになったパレスチナ人との衝突への対応に兵士が駆り出され、ガザとの境界の守りがその分、手薄になったという事情がある。
イスラエルの安全への脅威が高まっているとの警告はあった
しかし、イスラエルの右派と極右勢力は、今回のハマスの攻撃を招くに至った背景について異なる見解を示している。彼らは自国の防衛力低下を現政権に批判的な勢力と情報機関の責任にするつもりだ。
イスラエルではネタニヤフ氏が進める司法制度改革が民主主義を危うくするとして、大規模な反政府デモが何カ月も繰り返されてきた。この抗議を支持する者は軍や情報機関の幹部にもおり、予備役兵が軍務を拒否する動きも広がった。
イスラエル国内の諜報を担うシンベト(イスラエル総保安庁)のトップは今年、ネタニヤフ氏にヨルダン川西岸でのユダヤ人入植者によるパレスチナ人襲撃の増加で、自国の安全への脅威が高まっているという危機感を伝えていた。ところがネタニヤフ氏率いる与党「リクード」の議員らは、その忠告を強く非難した。
あるリクードの議員は「シンベト上層部にまで左翼のイデオロギーが浸透し、『ディープステート(闇の政府)』がシンベトや国防軍の指導層にまで浸透しているということだ」と嘆いた。極右勢力は今後数週間、この主張を繰り返し、ハマスへの報復を強く訴えていくだろう。
ネタニヤフ氏のパレスチナ政策すべてが間違っていた可能性
ただ、最近の諜報活動と防衛の失敗がいかに深刻だったとしても、イスラエルはもっと広い視点で検証する必要がある。そもそもネタニヤフ氏のパレスチナ政策すべてが、間違っていたように思えるからだ。
ネタニヤフ氏のパレスチナ政策の基本は、パレスチナ人との対立を抑え込み、イスラエル国民を保護し、経済を育て、アラブ諸国との国交正常化を進めるというものだ。たまにロケット攻撃を受けても、ガザを封鎖し続ければ国際社会に批判されても、やり過ごせると考えていたようだ。
同氏は、パレスチナとの和平を実現させない限り、イスラエルが中東で受け入れられることはないという見解に耳を貸すことはなかった。むしろ近隣アラブ諸国と国交を正常化させれば、こうした国々によるパレスチナへの支援が断たれ、平和が促進されると主張していた。
イスラエルのネタニヤフ首相は、サウジなど近隣アラブ諸国と国交を正常化させれば、こうした国々によるパレスチナ支援が断たれ、平和が促進されると考えていたようだが、その計画の実現はもはや難しいのが現実だ=ロイター
確かにこの計画は、イスラエルがサウジアラビアとの交渉で国交正常化の一歩手前までこぎ着けたようにみえたことから弾みがつくかに思えた。
だが協議は中断される公算が大きい。欧米メディアがハマスによる残虐行為に焦点を当てる一方で、中東ではガザにいるパレスチナ人を標的としたイスラエルによる攻撃が注目を集めることになる。そうした状況下で、イスラエルがサウジとの国交正常化を実現させるなど不可能なはずだ。
9.11テロ後の米国を彷彿させる今の状況
問題はネタニヤフ氏のパレスチナ政策が崩れ去った今、代わりとなり得る政策が全くみえていない点だ。イスラエルが悲嘆と怒りに包まれる今、政府としては断固たる軍事報復に出るしか選択肢はない。それでもハマスの指導者らを殺害する以上の見通しを持ち合わせているわけではない。
長期的にはイスラエルがこれ以上、ハマスによるガザの実効支配を容認するとは考えづらい。イスラエル軍をガザに再び駐留させるべきだとの議論も多く聞かれるが、何か罠(わな)のようにも思える。
英国際政治学者ローレンス・フリードマン氏が指摘する通り「(イスラエル軍には)ガザをコントロールできるだけの軍事力も持久力もない。200万人が暮らす土地であることは変わらず、他にどこにも行き場がないこの人々が憤りを抱えたままとどまり続けることになる」。
現在の衝撃と怒りを抱えたイスラエルの反応は、2001年9月11日の同時多発テロ直後の米国を彷彿(ほうふつ)させる。米国はあの時、自らの結束力と実力を見せつける行動を選び、10年にわたる「テロとの戦い」に突入した。
しかし、今になってみれば多くの米国人は、あれは誤った判断で自国の首を絞めることになったとみている。イスラエルも、危険をはらむ同じ道へと突き進もうとしているのかもしれない。
By Gideon Rachman
(2023年10月9日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
(c) The Financial Times Limited 2023. All Rights Reserved. FT and Financial Times are trademarks of the Financial Times Ltd. Not to be redistributed, copied, or modified in any way. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translation and the Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.
NIKKEI FT the World
ギデオン・ラックマン
Gideon Rachman 英国生まれ。英BBCや英エコノミストなどを経て2006年FTに入社。同年、現在の外交関係の論評責任者に。2016年政治分野のジャーナリストとして英オーウェル賞を受賞。著書に「Easternization」(2016年)などがある。
[FT]イスラエル、米国と同じ道歩むか 政策を誤った恐れ(0:00)
[FT]ロシア、今やマフィア国家 法治国家の米国との違い(9月1日)』