「脱炭素の旗手」英政権足踏み

「脱炭素の旗手」英政権足踏み ガソリン車禁止を延期
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『英政府がガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止を2035年まで5年先送りすることを決めた。スナク首相は総選挙をにらんで消費者や産業界の目先の負担増を避けた。世界に先んじて脱炭素の旗を振ってきた英国の環境政策が足踏みしている。

「北海の石油とガスの仕事をもちろん守る」。スナク氏は1日、マンチェスターで開いた与党・保守党大会の関連イベントで力説した。

同氏は9月20日にガソリン車などの販売禁止を延期…

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『同氏は9月20日にガソリン車などの販売禁止を延期し、住宅のガスボイラーの設置規制も緩めた。27日には近年で最大級となる北海の石油・ガス開発事業を承認した。50年に温暖化ガス排出を実質ゼロにする目標こそ維持したが、具体策は後退した。

マンチェスターでの党大会は2年ぶりだ。2年前はこの場所で当時のジョンソン首相が温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」や風力発電への思いを熱く語った。直後にグラスゴーで第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)を開き、世界の脱炭素の流れを主導した。

今回の政策変更で、ガソリン車の禁止は25年や30年を目標とする北欧と差が開く。スナク氏が英国の国際的な評価を犠牲にしてまで見直しに踏み切ったのは、25年1月までに実施する次期総選挙にプラスに働くという判断があったようだ。

地方出身者や中高年層を支持層とする保守党は、伝統的に野党・労働党より環境保護に関心が低いとされる。グリーン政策に傾注したジョンソン氏が異例だった。

英ユーガブの9月20日の調査で、ガソリン車の禁止延期に賛成した保守党支持者は70%にのぼった。労働党支持者の34%を大きく上回った。

党大会の会場に集まった党員に評価を聞くと、返ってくるのは賛辞が多かった。「現実的な見直しだ。これまでの目標は野心的すぎた」(ロンドンの81歳男性)、「余裕のない人の負担を減らす正しい道だ」(スコットランドの72歳男性)

生活費の膨らむインフレ下で負担増を伴う政策に支持者の不満は高まる。環境政策に懐疑的な保守党議員の集まり「ネットゼロ精査グループ」も活動を活発化している。スナク氏はこうした党内世論をくみ取った。

7月の議会下院の補欠選挙の結果も政策変更の決定を後押しした。

ロンドンで排ガス基準に適合しない車に通行料を課す区域の拡大が争点となった。労働党の市長が推進する拡大に反対した保守党候補が勝った。スナク氏は予期せぬ勝利に「人々は実質的な問題で選択するとき保守党に投票する」と話した。

通行料は15年にロンドン市長だったジョンソン氏が打ち出したのが発端だ。ジョンソン氏の環境政策の否定が保守党の勝利を引き寄せる図式が補選で浮かんだ。

スナク氏はガソリン車の禁止延期を表明した9月20日の記者会見で「過去からの脱却」を説き「チェンジ」という言葉を連発した。ジョンソン政権の財務相だったにもかかわらず、当時の環境政策を「正しいと思わなかった」と切り捨てた。

もっとも、世論調査の支持率で労働党に20ポイント程度の大差をつけられる保守党が次期総選挙までに党勢を立て直せるかは不透明だ。環境への意識が高い若年層の支持がいっそう離れたとの見方がある。

保守党内には総選挙に向けて諦めムードも漂い始めている。350人あまりの同党の下院議員のうち50人近くが総選挙に不出馬を表明した。COP26の議長を務めたシャルマ氏もその一人だ。ガソリン車の禁止延期について「世界のパートナーが懸念を抱いている」と指摘した。

インフレ下で負担増を伴う環境政策が停滞気味なのは欧州全体に共通する。欧州連合(EU)は3月、エンジン搭載車を35年に全廃する方針を見直し、合成燃料を使うエンジン車は35年以降も容認した。オランダなどでは環境政策に否定的な右派政党が勢力を広げる。

気候変動対策を主導してきた欧州の足踏みは世界の脱炭素の流れに影響を与える可能性がある。

(マンチェスター=江渕智弘)

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小山堅
日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員
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ひとこと解説 英国では、これまで、どちらかと言えば、各政党や政治が、よりグリーンな政策を競うような展開が見られてきたように思われる。しかし、最近の一連のスナク首相の政策変更などは、むしろエネルギー・気候変動に伴う経済的な負担の影響を重視し、経済や暮らしの影響に対する現実的な問題をクローズアップさせる戦略をとっているようだ。この点は、先月半ばに筆者が英国を訪問し、現地専門家と意見交換した際に、既にその雰囲気が流れていた。そのあと、内燃機関自動車の販売規制の変更が発表され、やはりこの方向に動いたのだ、と実感する結果となった。脱炭素政策をリードする役目を担う重要国の英国の今後の政策同国が注目される。
2023年10月5日 7:14いいね
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福井健策
骨董通り法律事務所 代表パートナー/弁護士
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分析・考察 地域政治的な問題を離れていえば、エネルギー・気候変動問題に対処するには、単にガソリン車がEVに変わればいいというものではないですね。EVは一次エネルギーを電気に変換、貯蔵し、再び動力に変換するロスを伴い、電気補給といった限界もあり、それだけでは足りないからです。
より本質的なのは、公共交通機関や徒歩・自転車も含めたモーダルシフトでしょう。そしてジョンソンは「変な人」だったかもしれませんが、この点での政策は少なくとも世界の多くの人々の意見や危機感と一致したものでした。
急すぎるというなら、では30年後も笑って暮せるのに間に合うよう、どういう道筋でモーダルシフトを進めるか。世界が問われていますね。

2023年10月5日 7:55 』