早くも、ノーベル賞関連記事・・
https://sincereleeblog.com/2023/09/24/showtime/
※ 『日本や中国から受賞者が出ると、まるで国を失ったような雰囲気になる』…。そーなんだ…。
※ 『男が泣いていい3つ』の一つとされてきました。生まれたとき、親が亡くなったとき、国を失ったときです。』
そこは、知らんかった…。
『2023年9月24日
早くも、ノーベル賞関連記事が増えてきました。それは、ま、自国の科学者(など)が受賞できれば嬉しいですが、韓国の場合はこの件が・・なんというか、必要以上に『重い』案件になっています。ソウル新聞で20年近く科学分野を担当している記者さんが書いたコラムですが、そこにはこう書いてあります。「(反応があきらかにやりすぎで)日本や中国から受賞者が出ると、まるで国を失ったような雰囲気になる」。的確な表現ではないでしょうか。ちなみに、国を失ったときというのは、古くから『男が泣いていい3つ』の一つとされてきました。生まれたとき、親が亡くなったとき、国を失ったときです。って、2歳のときに泣けばアウトでしょうか。ちょっと無理ゲーすぎる気もしますが。
実はこれ、ユン政権がR&D(研究開発)部門への政府支援を大幅にカットしたことを記事にしたものです。しかもその支援の条件が、『何かを研究する』ではなく、『すぐ何かの成果が出せる』ものでないと、政府支援がもらえなくなった、とのことでして。いろいろ書いてありますが、本ブログでも取り上げた『税収不足』も一つの理由ではないでしょうか。ちなみに、聯合ニュースなど一部のメディアへの支援・補助金なども大幅に削減されたと聞いています。記事によると、失敗を繰り返しながら成果を出すための研究開発なのに、これだと誰も科学の基礎となる研究はしなくなるだろう、と。該当部分だけ、<<~>>で引用してみます。
<<・・「貧しい家に祭祀の日がめぐってくる(※嬉しくないことがまたやってくる、という意味の諺。先祖へ祭祀を捧げるためお料理を用意しないといけないのに、家が貧しいから困る、と)」とも言うが、今年も『その時』が近づいてきた。科学記者として20年近く活動しているが、まだ慣れないでいる。無駄な期待感と共に不安も共存する『そのとき』。 10月初めに開かれるノーベル科学賞受賞者発表のことだ。科学先進国とは異なり、我が国でノーベル科学賞受賞者発表は、ワールドカップやオリンピック競技を前にしたような気もする。日本や中国から受賞者が出ると、国を失ったような雰囲気になったりする・・
・・2000年代半ばにはファン・ウソク博士に希望をかけ、数年前にも、ある国内科学者のノーベル賞受賞が有力だという根拠のない噂に、マスコミが先頭に立って『希望回路』を回すコメディー劇が繰り広げられた。でも、これからは、うちよは関係ないところで開かれるパーティーであるノーベル科学賞などには、大して気を使わなくてもいいだろう。最近、韓国科学技術界をめぐる雰囲気を見るといい。ノーベル賞受賞者を期待するというのは、まさに「井戸近くでスンニュンを求める(※)」でしかないからだ。
現在科学技術界で最も話題になっているのは、「国家研究開発(R&D)予算」だ。7月、「国家財政戦略会議」で、国家R&D予算執行にも「カルテル」が介入されているという言及が出てから、2ヶ月も経たないうちに、今年より3兆4500億ウォンが削減された来年度国家R&D予算案が発表された。政府出捐研究機関の研究費予算も20%減った・・・・本当に電光石火のような展開だが、「なぜ削減するのか」、「カルテルの正体は何か」については説明が無い・・
・・今回の予算案削減とともに発表された「R&D革新方案」によると、国家R&D事業評価をする際に相対評価を導入し、下位20%はリストラするという部分もあり、びっくりだ。基礎研究は政府が言う具体的な成果を出すのが難しい分野だ。このため、相対評価を実施すれば、基礎科学は芽生えない。科学技術は「失敗は成功の母」という格言が最も適用される分野だ。政府の研究革新案によると、「誠実な失敗」などありえない。結局、すぐには成果が出せない研究ではなく、成果がよく出ると判断される研究や注目される研究に集中する現象が現れるだろう(ソウル新聞)・・>>
R&Dの話は、ま、先も書きましたが単純にお金が無いのかもしれません。また、政府支援だけでノーベル賞が決まるものでもないでしょう。ただ、導入部分は面白かったです。確かにそのとおりですので。あ、(※)の部分ですが、スンニュンとは、ご飯を炊いた後の釜に水を入れて沸かしたおこげ湯のことです。井戸から水を汲んで家に持っていてご飯を炊いてそれからスンニュンが出来上がるので、井戸近くにスンニュンがあるはずはありません。なのに、井戸近くでスンニュンを求める・・すなわち、順番や手続きなどを考えていない、という意味です。これもまた、たしかにそのとおりです。』