米国とインドネシアのすきま風、「軽視」はどちら?

米国とインドネシアのすきま風、「軽視」はどちら?
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD158TS0V10C23A9000000/

『東南アジア諸国連合(ASEAN)が年に700回以上も主催する会合で、18カ国が参加する東アジア首脳会議は格別の重みを持つ。大国が乗り合わせるバスの運転席に座るのがASEAN外交だ。米国や中国、日本、インド、ロシアなどが駆けつける場は、そんな「中心性(Centrality)」の象徴といえる。

例年より2カ月早く9月上旬に開いた今年の会議に、バイデン米大統領は姿を現さなかった。欠席が続いたトランプ前…

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『欠席が続いたトランプ前大統領の「悪夢」を想起した関係者は多かったろう。

その意味をどう考えるか。トランプ時代ではなく、バイデン氏が参加した昨年と比較してみたい。

2022年11月はカンボジアでASEAN関連、インドネシアで20カ国・地域(G20)、タイでアジア太平洋経済協力会議(APEC)と重要な首脳会議が東南アジアに集中した。米大統領が10日近くも同一地域に滞在するのは考えにくい。真ん中のG20を挟み、前後をどう取捨選択するのかが注目された。

インドネシアでのASEAN関連の首脳会議に米国から出席したのはハリス副大統領だった(6日、ジャカルタ)=ロイター

バイデン氏はASEANよりAPECを優先するのでは、と筆者は考えた。理由はいくつもあった。

第一に、米国は今年のAPEC議長国就任を控えていた。第二に、APECの方に参加する中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席に対抗したい。第三に、ASEANとは5月にワシントンで特別首脳会議を開いたばかりだった。第四に、昨年のASEAN議長国カンボジアは典型的な親中国家だ。そして第五に、昨年のAPEC議長国だった同盟国タイがASEAN議長国を務めた19年、トランプ氏は代理に軽量級の大統領補佐官を派遣し、メンツを潰した借りがあった。

蓋を開ければ、選んだのはASEANの方だった。APECを欠席するわけは「米国で孫娘の結婚式に出るから」。超大国の指導者にそんなプライベートな理由がまかり通るものかと驚いたが、あえて説明したのが重要だった。タイ外交筋は「国内外に対して一応の面目を保てた」と話していた。

翻って今年は、インドネシアでのASEAN関連からインドのG20へと転戦しても、6日程度。なのに前段にはハリス副大統領を代理に立て、自ら出席した後段からの帰途にベトナムへ立ち寄った。ASEAN会合への欠席の理由説明はなかった。

バイデン外交が重視するのはASEANではなく、それに加盟する個別国だという見方は、先日のNikkei Viewsで紹介した(「バイデン氏素通りのASEAN、地域共同体に強まる遠心力」参照)。だとしたらインドネシアを素通りした意味の方が重いだろう。

バイデン氏はインドからの帰途にベトナムを訪問した(11日、ハノイ)=ロイター

主要紙ジャカルタ・ポストの論評が興味深い。「米国の指導者が副大統領をジャカルタに派遣せざるを得なかった正当な理由は見当たらない」としつつも「ジョコウィ(=ジョコ大統領の愛称)は文句を言う前に、2国間関係を強固にできなかった自身を責めるべきだ」と批判の矛先を自国へ向けたのだ。

挙げた理由は大きく2つある。

ひとつは米国より中国重視の姿勢だ。14年に大統領へ就任して以降、中国を6度訪れたが、米国は3度だけという。付け加えるなら、ジョコ氏は毎年9月のニューヨークでの国連総会へ出席したことがなく、それは訪米の機会損失となってきた。

決定的なもうひとつは駐米大使人事である。ジョコ氏は当初、ユドヨノ前大統領時代からの大使を留任させ、通常より2年も長い5年間も引っ張った。ところが19年以降は一転して猫の目のようにすげ替えた。この5年近くの間に大使は3人。在任はそれぞれ9カ月、3カ月、1年で、むしろ谷間の空席期間の方が長い。

3人目のロサン大使は7月に国営企業副大臣として呼び戻した。翌8月にバイデン氏の東アジア首脳会議への欠席が報じられたとき、ワシントンにパイプ役は不在だった。

とどのつまり、バイデン氏が来なかったのは、米国のインドネシア軽視というより、インドネシアが米国を軽んじてきた結果だというのが、ジョコ氏批判の言わんとするところだ。

家具業から政界に転じ、地方首長を経て大統領に上り詰めたジョコ氏は、就任当初から「外交は苦手」と口にしてきた。対外関係の軸足を置いたのは政治・安全保障よりも経済だ。22年の貿易の25%、対内直接投資の18%を占める最大の相手で、いずれも米国の3倍前後ある中国を優先するのは合理的といえた。直近の7月末の訪中時も新首都ヌサンタラへの投資など217億ドル(約3兆2千億円)の巨額支援を取り付けた。

ジョコ氏はG20議長だった昨年、アジアの首脳では初めてロシアによる侵攻後のウクライナを訪れた(22年6月29日、キーウ)=ロイター

ただし2期目は22年にG20、23年にはASEANの議長国就任を控え、不得意な政治・安保にも力を割いた。昨年6月にはアジア首脳で初めてロシアのウクライナ侵攻後の両国を歴訪し、ゼレンスキー大統領やプーチン大統領と会談した。懸命の地ならしが11月のG20首脳会議において難航する首脳宣言の採択につながり、大きな成果を手にした。

外交の出遅れを取り戻す過程で、米国軽視が進行したのは皮肉な現象だ。対米関係を最重視した過去の政権との温度差は、どうしてか。

「ジョコ氏は、21世紀に役割が増す新興経済大国に対して国際秩序は開かれたものであるべきだ、と考えている」。豪クイーンズランド大のアフマド・リズキー・ウマル講師は「ジョコウィ・ドクトリン」と題する最近の論文で「『リベラルな国際秩序』と呼ばれるものの失敗に、彼はとても批判的だ。公平な経済発展や、国際政治へより多くの声と役割を取り込むことを、それが阻んでいると考えるからだ」と指摘している。そうした既存の国際秩序の中心にいるのが、他ならぬ米国である。

加えてポピュリスト型の指導者であるジョコ氏は、国内世論も外交に投影してきたはずだ。ISEASユソフ・イシャク研究所(シンガポール)がASEAN全域のオピニオンリーダーを対象に毎年実施する意識調査が参考になる。

23年版で「戦略的パートナーや地域の安全保障の提供者として米国を信頼している」と答えたのは、インドネシアはわずか31.4%。ASEAN10カ国で最低だ。また「同盟を結ばざるを得ない場合、米中どちらを選ぶか」という問いに米国と答えたのは46.3%。最近2年間で18ポイントも低下し、中国(53.7%)を下回った。

インドネシアの反米感情の原因のひとつは、米国とイスラエルとの親密な関係にあるようだ。世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアは、パレスチナに同胞意識を持ち、対立するイスラエルに反感を抱く人が多い。それを見せつけたのが5月に主催予定だったサッカーの20歳以下(U-20)のワールドカップ騒動だ。イスラエル参加へ反対運動が起き、開催地が直前にアルゼンチンへ変更される異常事態を招いた。

イスラエルとパレスチナの2国家共存に道を開いた暫定自治宣言(オスロ合意)から今月13日で30年が経過した。だがイスラエルの首都としてエルサレムを認定し、最近はアラブ諸国との協力拡大を後押しする米国に、インドネシアの反感は高まる。

しばしば「イスラム色が希薄」と国内守旧派から攻撃されてきたジョコ氏は、そうした風向きに極めて敏感だろう。

そんなインドネシアを、軽視でなくとも敬遠しがちな米国の姿勢は、急に始まったわけではない。バイデン政権初期の21年7〜8月、東南アジアでの初めての対面外交としてオースティン国防長官やハリス副大統領が訪れたのはシンガポール、ベトナム、フィリピン。ASEAN唯一の大国であるインドネシアを除外した。

ただし「グローバルサウス」と呼ぶ新興国・途上国の発言力と、その中心にいるインドネシアの存在感の高まりは、米国も無視できなくなりつつある。

今年のG20が採択した首脳宣言は、インドとブラジル、南アフリカにインドネシアを加えた4カ国がウクライナ危機への批判のトーンを弱めた文面を取りまとめ、主要7カ国(G7)や欧州連合(EU)を押し切った。

そのG20首脳会議のさなか、米政府は11月にサンフランシスコで開くAPEC首脳会議へのジョコ氏の訪米を歓迎するとわざわざ発表した。バイデン氏がASEAN会議を欠席した意趣返しに、ジョコ氏もAPECへの参加を見送るのでは、との観測が出ていた。

インドネシア憲法は大統領の3選を禁じており、来年2月の大統領選を経て、ジョコ氏は同10月に退任する。ただ、足元の世論調査で支持率首位を争うプラボウォ国防相、ガンジャル中部ジャワ州知事の両候補は、いずれも国民人気の高いジョコ氏の後ろ盾を得ようと懸命だ。クイーンズランド大のウマル講師は「次期大統領もジョコウィ・ドクトリンを将来にわたって継続する可能性が高い」とみる。

そのとき、米国とインドネシアの間に吹くすきま風をどうしていくか。インドネシアより米国の宿題であるように思えるのは、グローバルサウスが台頭するいまの国際情勢ゆえだろうか。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。 』