マクロン仏大統領、アフリカ政策で窮地 ソフト路線不発
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『【パリ=北松円香】フランスのマクロン大統領が、アフリカ政策を巡り窮地に陥っている。駐留仏軍を縮小して経済的関係を強化するなどソフト路線への切り替えを打ちだしたが、ニジェールの政変でフランスへの強い反感があらわになった。仏国内でも野党の攻撃材料となり、政権は対応を迫られる。
「フランスが介入しなければ、今ごろはマリもブルキナファソもナイジェリアも存在しなかっただろう」。マクロン氏は8月28日、世界各地から一時帰国したフランスの大使が集まる毎年恒例の「大使会議」の演説で、2013年以降のアフリカでの軍事介入をこう正当化した。
7月にニジェールでクーデターを起こし、バズム大統領を拘束している軍事政権を認めない方針も改めて強調した。「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の外交活動を支持する。ECOWASが軍事介入を決断すれば支持する」(マクロン氏)という。
大統領の強気な言葉とは裏腹に、フランスのアフリカ政策は行き詰まっている。ニジェールの軍事政権は仏大使の国外退去を要求するなど、フランスとの対立姿勢を強める。
30日にはニジェールと同じくフランスの旧植民地のガボンでもクーデターが発生し、ボンゴ大統領が拘束された。ベラン報道官は「ガボンで進む軍事クーデターを非難する」と表明した。
仏国内の野党もアフリカ政策への批判を強める。急進左派「不服従のフランス(LFI)」の創始者、メランション氏はクーデター直後にX(旧ツイッター)で「失敗に次ぐ失敗だ。戦略を見直す時だ」と述べた。
極右政党・国民連合(RN)のジャコベリ議員も「一部の政治指導者の不作為や間違った決断により、フランスとアフリカの貴重で特別な関係が壊れた」と主張した。
フランスは13年にイスラム過激派制圧を掲げてマリに軍事介入し、14年以降はマリとその周辺国で対テロ作戦「バルカン」を展開してきた。だがクーデターや対仏感情の悪化を受けてバルカン作戦は22年11月に終了し、マリやブルキナファソからは駐留軍を引き上げた。
マクロン氏は23年2月下旬、アフリカにおける駐留軍の削減を発表し、直後にガボン、アンゴラなどアフリカ4カ国を訪問。アフリカの国々との新たな関係構築の方針を強調してきた。
過渡期にあるフランスのアフリカ政策の中で、ニジェールは貴重な同盟国との位置づけだった。仏国防省によると仏軍1500人が駐留し、5月にはニジェール軍とともに空挺(くうてい)作戦を実施したばかりだ。
そのニジェールでも政変が起きて反仏感情の強い軍事政権が支持を集めたことは、フランスで衝撃を持って受け止められた。
フランスは旧宗主国としてアフリカの国々と密接な関係を保ち、国連総会の投票などでも連携できることは「長らくフランスの強さの象徴だった」(仏紙ルモンド)。フランスの存在感低下はロシアや中国の勢力拡大を招きかねず、アフリカから手を引くのは容易な選択ではない。
イスラム過激派への懸念も根強い。ルコルニュ仏国防相は仏地方紙の取材にマリなどを念頭に「地中海沿岸から目と鼻の先にテロリストの一大拠点が生まれていることは明らかだ」と述べた。
ニジェールとの関係が悪化すれば、フランスの電力供給を支える原子力発電に必要なウラン調達にも暗雲が漂う。仏企業オラノはニジェールでウラン採掘の権益を持ち、フランスの輸入ウランの約2割がニジェールからの調達とされる。
識者からはアフリカ政策の限界を指摘する声もあがる。「アフリカの人々に対する介入をやめ、これらの国々の自由意思に任せるべきだ」。エコノミストのラバ・アレズキ氏はルモンドへの寄稿でこう主張した。』