問題棚上げに過ぎぬ中東の「外交革命」 依然燻る火種
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31254
『国際的非営利組織「国際危機グループ(ICG)」の中東・北アフリカ部長を務めるジュースト・ヒルターマンが、米国の外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」ウェブサイトに8月1日付で掲載された論文‘Is the Middle East’s Makeover a Mirage?’で、一連の中東の関係正常化の流れは良い事だが、中東の諸問題は解決しておらず、不測の事態で中東が混乱する可能性が引き続き存在する、と分析している。また、正常化は圧政に苦しむ民衆の助けにもならないと指摘している。主要点は次の通り。
2023年7月17日、サウジアラビアのジッダでトルコのタイップ・エルドアン大統領と会談するサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(提供:Saudi Press Agency/ロイター/アフロ:INDONESIAN FOREIGN MINISTRY/AFP/アフロ)
7月半ばにトルコのエルドアン大統領はサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)を訪問、10年以上冷たい関係にあったサウジおよびカタールとの雪解けとなった。2020年にはイスラエルがアブラハム合意でバーレーンとUAEとの関係を正常化、モロッコとスーダンもこの合意に加わった。今年3月には、サウジとイランが7年ぶりに関係を正常化し、5月にはシリアが、10年以上の孤立の後、アラブ連盟に復帰した。
しかし、これらの関係正常化の動きを過大評価してはならない。中東地域の諸紛争の原因は解決していないし、むしろ、関係正常化によりいくつかの問題はより深刻化している。
バイデン政権の誕生はアラブ側により独自の外交が必要だと感じさせ、サウジは、4年間のカタール・ボイコットを終わらせたが、ほぼ同じ時期にサウジとUAEの関係は悪化した。米サウジ関係も悪化した。サウジは、バイデン政権がイラン核合意を復活させ、イランが直接あるいはその代理者を使って域内に覇を唱えることを深刻に懸念している。
一連の外交努力の中の最大の成果は、サウジとイランの関係正常化だ。サウジはイランからの攻撃の可能性を減らし、彼らの望むタイミングでイスラエルとの関係正常化が可能となった。また、シリアの復帰により、シリアをイランの影響下から抜け出させた。
中東が外交にシフトし関係正常化が進むことは、非難しようのない成果である。しかし、イスラエルとハマス、イスラエルとイランなどの対立は、大規模衝突の一歩手前のままだ。また、イスラム原理主義、特にムスリム同胞団は、エジプトのなどの国々を不安定化させている。イスラム原理主義は、引き続き域内で広汎な支持を得ている。また、パレスチナ問題もまともに交渉できる状況にない。
しかし、重要な点は、関係正常化の動きは苦しんでいる民衆の助けにならないことである。民衆を救うためにはそれぞれの国が経済やガバナンスを正さなければならない。直ぐに大規模な抗議デモが起きなくとも、民衆からのガバナンスの改善を求める圧力は続くであろう。専制国家は、国内を押さえ込めば、国際的な圧力に対抗出来ると考えているかも知れないが、果たして彼らにそのようなチャンスはあるだろうか。
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上記の論説でヒルターマンは、ここ数年、中東で起きた関係正常化の動きを総括し、一連の関係正常化自体は外交的成果だが、パレスチナ問題などの中東の不安定さの根本原因に何ら変わりはなく、不測の事態が起こればたちまち中東は不安定化すると指摘し、また、外交的成果を上げる一方で国内では民衆の不満に直面している中東の専制国家は弾圧で押し切ろうとしているが、果たして可能であろうかと疑問を投げかけている。この現状分析は正しい。』
『他方、中東諸国にこの一連の関係正常化を促したのは、オバマ政権に始まりバイデン政権で加速化している米国の中東からの撤退であることは間違いない。とりわけイランやイスラム過激派の脅威に直面しているペルシャ湾岸のアラブ産油国は、長年の庇護者であった米国の撤退に直面し、新たな安全保障体制の構築を迫られている。しかし、一連の関係正常化が、パレスチナ問題やイランの核問題などの中東の諸問題を解決する訳ではないという指摘も正しい。
パレスチナ問題は悪化の一途
最近、欧米でサウジとイスラエルの関係正常化の可能性が報道されている。しかし、バイデン政権が、サウジとイスラエルの関係正常化がパレスチナ問題の解決に資すると考えているというのは理解し難い。パレスチナを財政的に支えているサウジを切り崩すことでパレスチナ側を兵糧攻めにするというのだろうか。少なくとも現在のネタニヤフ極右宗教政権が続く限りは、サウジ側も外聞が悪いので無理であろう。
ネタニヤフ政権は、アブラハム合意によりアラブ諸国を分断したことを誇り、占領地に入植地を増やし、パレスチナ人により過酷な対応をしている。他方、パレスチナ人は、あくまでも独立国家を求めている。そして、サウジがイスラエルと関係正常化するとしたら、せっかく和解したイラン(言うまでもなくイスラエルの大敵である)との関係はどうするのであろうか。
中東の専制体制が民衆のガバナンスの改善(民主化)要求を弾圧しているというのは、欧米で使い古された論調である。しかし、本当に中東の民衆が民主化を求めているのかについては疑問がある。結局、独裁制が復活した「アラブの春」の顛末を見れば、中東の民衆は日々の生活の改善にしか関心が無く、それを叶えてくれる、より良い独裁者を求めているだけではないだろうか。』