ルドルフ・ヘスは一回「記憶喪失」を主張し、それが検事と判事によって認められたのに、すぐあとになって…。
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『※ニュルンベルグ裁判をライブ録音したレコード盤多数が遺されているのが発掘され、デジタル音源化され、それにもとづいて制作された昨年のテレビ番組を、CS録画で視聴した。
新しく学んだこと。ルドルフ・ヘスは一回「記憶喪失」を主張し、それが検事と判事によって認められたのに、すぐあとになって「記憶喪失と言ったのは戦術だった」と主張を撤回。法廷を唖然とさせていたこと。
あるいは大川周明は英国新聞ソースでこれを聞知しており、みずからの《戦術》の参考にしたのではないか?
さらに想像する。ヘスはある時点でじぶんは死刑にはされないが終身刑になるだろうと悟り、それで「記憶喪失」を撤回したのではないのか。正気の被告として言い遺したいことがあったのだろう。
もうひとつの奇妙な一致。ヒトラーはバルバロッサ作戦の計画の段階で、対ソ戦のことを「特別軍事措置」と言い換えていた。プーチンが2022-2作戦を「特別軍事作戦」と呼んだのは、まったくヒトラーのひそみにならっているのに他ならないのだ。
さらに私には新鮮に聞こえた話。WWII末期にドイツ戦争指導部は、「タブン」と「サリン」を前線で使おうとマジで検討していた。
ちなみに絶滅収容所で使ったのは窒息性の「チクロンB」。
また、1939の対ポーランド戦争を、侵略ではなく「反撃」とみせかけるため、マイノリティー収容所の男たちにポーランド軍の軍服を着せて「ファルスフラッグ」とし、その《エキストラ》たちはすぐ殺してしまったという。
どうも指導層のロシア人たちの脳内には、ドイツ人とのナチュラルな一体感があるのだとしか思えなくなってきた。さもなきゃ「ワグナー」なんて機関名を誇らしげに付けるか?』