39年ぶりの交代、カンボジア「世襲新首相」の人物像
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1326X0T10C23A8000000/
『波乱に富んだこの国の近現代史で、曲がりなりにも権力が平和的に継承されるのは初めてだろう。
8月7日、カンボジアのシハモニ国王は、陸軍司令官だったフン・マネット氏(45)を次期首相に任命した。22日の国会承認後に就任する。
唯一の対抗馬だった有力野党のキャンドルライト党を締め出し、7月23日に実施した下院選(定数125)で、フン・セン首相(70)が率いる与党・カンボジア人民党は120議席を奪って圧…
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『5年の前倒しはなぜか。現地紙プノンペン・ポストに対し、フン・セン氏は「あと5年でも10年でも首相を続けられる。しかし老いたり、死んだりするのを待つよりも、いま次の世代に譲る方が、プロセスがはるかに安定し安全だ」と説明し、こう付け加えた。「私は32歳で首相になった。新首相は(10月で)46歳だ。若すぎはしない」
そんな内政上の理由に加え、フン・セン氏が触れていない外交や経済上の事情もある。世代交代の時期について、あるカンボジア政府高官が総選挙前に語っていた。「海外からの投資がベトナムやインドネシアに行ってしまってからでは遅い」
カンボジアの産業高度化には外資の呼び込みが不可欠だ(南部カンダール州の縫製工場)=ロイター
深刻化する米中新冷戦下で、「デリスキング(リスク低減)」の掛け声のもと、アジアのサプライチェーン(供給網)は見直し期にある。「アジアの工場」である中国を外資が敬遠し始めたなか、投資の代替先は、地理的に近い東南アジアが最有力だ。
工業化で先行したマレーシアやタイ、人口大国のインドネシアやベトナムだけでなく、後発の小国カンボジアにとっても、主力の縫製品に代わる高付加価値分野へ外資を呼び込むまたとない機会だ。高官は「我が国はタイとベトナムの間に位置する。半導体や家電、スマートフォンなど、部分的な工程でもいいから来てほしい」と話す。
だからだろう。米主導の経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が持ち上がった際、フン・セン氏は何度も米国に参加意思を伝えたという。日本も援護射撃したが、米国は首を縦に振らなかった。経済産業省の幹部は「カンボジアは経済規模が小さいうえ、親中のイメージが定着しすぎた」と打ち明ける。
「中国に頼らずして誰に頼るのか」と率直すぎる発言を繰り返し、民主主義も骨抜きにしたフン・セン政権下で、米国との抜本的な関係改善は望みにくい。その点、米欧で教育を受け、個人的なパイプも持つフン・マネット氏へ政権の「表札」を掛け替えれば、ひとつの契機になる。それが「世襲前倒し」のもうひとつの意味合いだ。
「フン・マネット政権になれば国民は自由になり、米欧への敵対心を抑えて中国と距離を置くだろうと考える人もいる。それは全くの幻想にすぎない」。フランスに亡命中の野党指導者、サム・ランシー元財務相はAFP通信にこう語っている。もちろん米国もフン・セン氏の院政を十分に認識しているだろう。』…。