ギリシャ船主の概況と動向
https://www.jpmac.or.jp/img/research/pdf/A201360.pdf






掲載誌•掲載年月:日本海事新聞!302
日本海事センター企画研究部
調査員佐藤量介
はじめに
現在も続く欧州経済危機の発火点として耳目を集めたギリシャであるが、現在におい
ても、同国が世界最大の海運国のひとつであることに疑いはない。その人口は日本の
10分の1の1,132万人、国土も日本の3分の1の13万平方キロメートルにすぎない。
しかし、ギリシャ商船隊の船腹量は、日本に次ぐ約1億3千万総トン(世界第二位、世
界船腹量の約!2.7%)にのぼり、経済危機の真っただ中にあっても、その地位に陰りは
見られない。
ギリシャ船主といえば、第二次大戦後、米国が売却した安価な戦時建造船(リバティ
船)を大量に購入したことが有名である。
現在でも、中古船を安価に入手し、短期用船や船舶売却によって利益を得るというイメージ(堅実な海運オペレーターというよりは、
海運市場をコモディティ•マーケットと見て投機的に暗躍する、といっては言い過ぎだ
ろうか。)が強い。
ギリシャ船主の多くは同族経営であり、市況の変化に柔軟に対応で
きるよう、その保有隻数は小中規模にとどまる。その事業部門は国際分散化されており、様々な税制優遇措置とコスト削減利益を享受している。
さらに、ギリシャ政府による外
航海運事業者への免税措置などにより、豊富な手持ち資金をプールしている。
そして、
海運業と市場に対する豊富な知識と相場観、そしてトップダウンによる迅速な決定にょ
り、「生き馬の目を抜く」がごとく、海運市場で活躍してきた。
このような伝統的なビ
ジネスモデルは、現在においても踏襲されているといってよい。しかし、その経営実態
には時代に合せた変化もみられる。
ギリシャ船主については昨今の新聞報道等でも多く取り上げられている。筆者も自分
の足で様々な情報源にあたったが、その経営実態の把握には難しいところもある。本記
事では、統計資料等の数字で明らかにできる範囲で、ギリシャ船主の概況と動向を説明
したい。
1.ギリシャ船主の概況
ギリシャ海事社会の中核を占めるのは、船主業である。2004年のロイズ刊行物に収
録されているギリシャの海事関連事業者住所録によると、全体の約1,700件のうち、船
主として登録されている個人事業者及び法人事業者(現地事務所を含む。)の数は約950
件で、全体の56%にのぼる。第二位未満のカテゴリーの割合はそれぞれ10%を下回っ
ており、ギリシャの海事社会における船主の存在の大きさがわかる。
次に、船主の経営規模についてみると、保有船舶数が小規模な企業が大半を占めてい
ることがわかる。
ギリシャのシンクタンク(Petrofin Research)の報告によれば、1
隻から2隻を保有(所有•管理)している海運企業数が通年平均で全体の約45%を占
めているのに対し、16隻以上を保有する海運企業数は10%程度にとどまっている。
こ
こで着目すべきは、海運企業総数の増減とは関係なく、16隻以上を保有する海運企業
数が2008年以降緩やかに増加していることである(図表1)。海運企業数がおおむね横
ばいであるにもかかわらず、ギリシャ商船隊の船腹量が増加しているのは、このように
船隊規模を拡大した企業数が増加していることも一因である。
(出典:Petrofin Research, 2012 Research and Analysis- Greek shipping companies)
こうした大規模船隊を保有する企業の増加は、市場からの資金調達によって船隊を整
備する船主の増加とも関係する。
たとえば、ニューヨーク証券取引所又はナスダックに
上場している主要なギリシャ海運企業をみると、30隻以上の船隊を保有している企業
がほとんどである(図表2)。
したがって、ギリシャ船主の概況としては、数隻を保有
する同族経営的なギリシャ船主が依然として多く存在する一方で、市場調達等によって
船隊規模を拡大するビジネスモデルを用いる船主も徐々に増えてきているという傾向
がみられるのである。
図表2—ニューヨーク証券取引所又はナスダック上場ギリシャ海運企業(主要なもの)
法人名 オーナー 法人登記国 実質本社所在国 主な船種 船隊数 (直近公表時) 上場先
ダナオス クスタス マーシャノレ ギリシャ コンテナ 64 NYSE
ナビオス・マリタイム フラング マーシャノレ ギリシャ バルカー 54 NYSE
ジェンコ・シッピング&トレーディング ゲオルギオプロス マーシャノレ 米国 バルカー 53 NYSE
ドライシップス エコノム マーシャノレ ギリシャ バルカー 51 NASDAQ
ツァコス・エナジー・ナビゲーション ツァコス バミューダ ギリシャ タンカー 48 NYSE
コスタマーレ コンスタンタコプロス マーシャノレ ギリシャ コンテナ 47 NYSE
イーグル・バルクシッピング ゾウラス マーシャノレ 米国 バルカー 45 NASDAQ
エクセルマリタイム パナヨティデス バミューダ (リベリア法人) ギリシャ バルカー 39 NYSE
ステノレスガス ヴァフィアス マーシャノレ ギリシャ LPG 37 NASDAQ
ダイアナシッピング パリオス マーシャノレ (リベリア法人) ギリシャ バルカー 31 NYSE
ガスログ リバノス バミューダ モナコ LNG 24 NYSE
(各社公表情報より作成)
2.ギリシャ商船隊の現状
ギリシャ商船隊の現状であるが、図表3からも分かる通り、その船腹量は拡大傾向に
ある。ここで着目すべきは、その商船隊の拡大が、船隊の「若返り」を伴っていること
である。IHS Fairplayによれば、2002年に21年であった商船隊船齢は、2011年には
12年にまで低下している。
この船齢は、日本(9年)ほどではないが、デンマーク(11
年)、オランダ(12年)、ノルウェー(14年)、フランス(11年)、英国(13年)の商
船隊船齢と比べても遜色ないものである。
こうした船隊の船齢低下には、ギリシャ船主
への新造船受渡し分が増加していることも関係する(2011年の同受渡し分は2000年比
で約340%増)。ギリシャ船主の船隊船齢別企業数の推移(図表4)もあわせてみれば、
ギリシャ商船隊の船齢低下傾向が定着していることは明らかである。
図表3ーギリシャ商船隊船腹量と船齢の推移
図表4一船隊船齢別企業数の推移
(出典:Petrofin Research, 2012 Research and Analysis- Greek shipping companies)
次に、ギリシャ商船隊の世界での展開状況であるが、図表5から分かる通り、その運
賃収入の90%以上(2005年以降は97%以上)が三国間輸送による収入で構成されてい
る(ちなみに、日本商船隊の運賃収入の33%以上が三国間輸送分で、2008年は42%、
2009年は46%であった。)。
また、ロイズ・リストによれば、2011年の第一四半期から
第三四半期までのギリシャ商船隊の寄港状況は、欧州が全体の23.6%、米州が25.2%、
アジアが28.9%となっている。荷主を求めて世界各地で活動しているギリシャ商船隊の
実態がうかがえる。
図表5—ギリシャ商船隊における運賃収入の推移
(Bank of Greece, Economic Bulletin issue 35, September 2010 より作成)
そして、商船隊の船籍状況であるが、国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータによ
れば、2011年はギリシャ籍が積載重量トンベースで32% (隻数ベースで24%)を占め、
次いでリベリア籍(積載重量トンベースで15%、隻数ベースで!5%)とマルタ籍(積
載重量トンベースで14%、隻数ベースで14%)がこれに続く。
1997年から2011年ま
でのデータを比較すると、ギリシャ籍のシェアは常にトップである。この間、キプロス
籍が隻数ベースで25%から6%にシェアが減少し、その分がマーシャルに転籍(0%か
ら12%に増加)しているという変化はあるが、それ以外の船籍のシェアに大きな変化
は生じていない。
したがって、特定の国の船籍に過重に登録がなされているというより
は、各船籍に比較的均等に登録がなされているといえる。
ギリシャ籍への登録が比較的多くなされている実熊については、海外に流出していた
自国船主をフラッグ•バックさせることを目的に、船舶登録税や法人税等の免税措置、
配乗要件の緩和等、様々に実施されているギリシャ政府の自国籍優遇政策が、ギリシャ
籍船の保有に多くの便益を与えていることの結果であるといえる。
ギリシャ当局の在日
アタッシ工へのインタビューによれば、上記の措置のほか、ギリシャ籍への登録手続き
の簡易化•迅速化•低コスト化や、ギリシャ船主へ様々な支援等当局による取組みが功
を奏しており、今後もギリシャ籍船の増加を目指し、同様の取組みを続けるとのことで
ある。
なお、ギリシャ籍船は、その船齢と総トン数に応じたトン数標準税制の対象である
(1975年法第27号)。
他方、ギリシャに実質本社を有し、外国に船舶を登録している
船主はトン数標準税制の対象外である。
しかし、2013年1月17日付Hellenic Shipping
newsによれば、税制改正により、これら船主の外国籍船についても課税がなされる予
定となっている。当局の試算によれば、当該改正により、年間8千万ユーロ(約99億
円、1ユーロ =124円換算)の増収が見込まれるとのことである。
3.ギリシャ船主による中古船売買
中古船を安価に入手し、短期用船や船舶売却によって利益を得るという伝統的なビジ
ネスモデルは今日でも変わらない。
たとえば、リーマン•ショック以後もギリシャ船主
による中古船買い付け意欲は旺盛である。
ここ数年のギリシャ船主による買い付け実績
は、2009年度が約32億ドル(世界全体の20%)、2010年度が約65億ドル(同30%)、
2011年度は約43億ドル(同26%)となっている。
2012年度についても、1月から12
月中旬までの合計が約39億ドル(同34%)に上っており、2009年以降の中古船市場
における買い付け実績では、ギリシャは常にトップである(図表6)。
図表6一中古船買い付け実績の買い手国別構成【2012年実績(~12月17日)】
買い手(国別) 支出総額(USドル) 構成比
ギリシャ 3,898,370,000 34%
不明 1,096,745,000 10%
中国 787,145,000 7%
ノノレウェー 647,980,000 6%
米国 440,950,000 4%
シンカポール 439,100,000 4%
韓国 470,120,000 4%
日本 321,050,000 3%
英国 430,500,000 4%
その他 2,966,385,000 26%
合計 11,498,345,000 100%
(Allied Shipbroking Inc., Sale & Purchase Weekly Glance よ り 作成)
また、昨今の日本船主の業況悪化に伴う船舶売却の増加により、日本の良質な船舶の
海外流出が懸念されているが、日本の船主の売却船舶のうち、その買い手がギリシャ系
船主であるケースは少なくない。
たとえば、Drewryの公表資料によれば、世界の中古
船売買実績が2011年度で246隻、2012年度(1月~10月末時点)で266隻であるの
に対し、2011年の7月から2012年の7月までに日本の船主が売却した船舶数は、お
よそ150隻(船齢5年未満のものは14隻、5年~10年未満のものは43隻)にのぼる。
そのうち、ギリシャ系船主が「買い手」となった購入隻数は44隻(世界全体の29%。
買い手国が不明のもの(41%)を除けば第一位。第二位の中国は9%)である。
良質な
船舶を安価に手に入れる好機として、日本船主による保有船舶売却にギリシャ船主が強
い関心を持っていることがうかがえる。そして、比較的船齢の若い船舶を割安に入手で
きている近年の傾向は、ギリシャ商船隊の船齢低下にも寄与しているものと考えられる
(図表3及び図表4)〇
おわりに
株式公開企業を除けば、ギリシャ船主の個々の経営実態を把握することは難しい。
し
かし、統計資料等を用いることで、その全体像及び傾向について把握することは可能で
ある。商船隊の船腹量の拡大傾向や、中古船買い付けの旺盛さからは、依然、ギリシャ
船主が世界の海運業界において主要な地位を占め続けていることがわかる。
さらに、商
船隊船齢の低下、船隊規模を拡大した船主の増加からは、ギリシャ船主及び商船隊の「新陳代謝」が進んでいる実態も浮かび上がる。
もちろん、ギリシャ船主といえども、厳しい経営環境にさらされていることに変わり
はない。
株式公開企業であったオメガ・ナヴィゲーションとゼネラル・マリタイムが、
日本の民事再生法にあたる米国連邦倒産法チャプター11を申請したことも記憶に新し
い。
経営判断を誤れば、ギリシャ船主といえども一寸先は闇である。
しかし、世界経済
の厳しい状況にもかかわらず、その積極的な経営姿勢は弱まることはないといえる。
近年では、たとえばエコノム率いるドライシップスは2008年にオフショア分野に参入し
た。
プロコピウ率いるダイナコムのようにLNG船への大型投資を進める船主も少なく
ない。
IHS Fairplayの2013年1月発表データでは、ギリシャ船主による新造船発注
304隻中、LNG船は34隻(うちアンジェリコシス・グループが15隻、ダイナコムが
7隻)である。発注金額合計は、一部未報告のものを船価2億ドル換算(報告済み一隻
あたり船価は平均2.044億ドル)で推計すると69億ドルとなる。
この他、ダイナガス
はLNG船で世界初となる北極海航路の運航に成功している(日本海事新聞2012年12
月5日付記事)。
税制優遇措置などによって得られた豊富な手持ち資金と租税回避及び
コスト削減のための国際的な分業経営体制を駆使しつつ、商機とあらばリスクを恐れな
い積極的な経営判断が、結果として、ギリシャ商船隊の量的及び質的な向上につながっ
ていると思われる。
余談だが、今回インタビューに応じてくれたアタッシ工は、日本の海運業界へのメッ
セージとして、戦後の日本造船業の発展にギリシャ船主も少なからず貢献したことを指
摘しつつ、近年ピレウス港への大規模投資を実施した中国企業のコスコを引き合いに、
「今がギリシャへの投資の好機です。」と売り込むことを忘れなかった。ここにも、ギ
リシャ人の気質を垣間見たといえよう。