サウジアラビア・イラン国交回復における中国の仲介的役割について

サウジアラビア・イラン国交回復における中国の仲介的役割について
http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary269.pdf

『NIDS 防衛研究所 National Institute for Defense Studies

  • NIDSコメンタリー
    第269号 2023年8月1日
    サウジアラビア・イラン国交回復における
    中国の仲介的役割について
    地域研究部中国研究室主任研究官 八塚 正晃

はじめに

2023年3月6日から10日にかけて、サウジアラビアのアイバーン国務相兼国家安全保障顧問とイラ
ンのシャムハニ最高安全保障委員会書記は北京で協議を持ち、中国の王毅・中国共産党中央外事工作委
員会弁公室主任の仲介で国交回復に合意したことを発表したしそれまで反目していた中東の二大地域大
国が突如として国交回復を発表したこともさることながら、域外国である中国が仲介役を担ったことが
世界の注目を集めた。この近年、中東地域において主に経済面で影響力を増していた中国が、政治面でも
プレゼンスを高めており、そのことが中東地域の緊張緩和につながっていることを世界に印象づけたの
である。

本稿は、中国がこのサウジアラビアとイランの国交回復の仲介役を果たした背景への理解を深めるこ
とを目的とする。この背景理解には二つの問いを検討することを内包する。一つは、なぜイランとサウジ
アラビアが国交回復を合意するに至ったのか、という動機や要因をめぐる論点である。

いまひとつは、な
ぜ他の国ではなく中国が仲介をすることになったのか、という国交回復に至る方法をめぐる論点である。

以下で、二つの論点について国交回復の経緯を整理しつつ検討することで、今後の中国の中東地域にお
ける大国外交の展望を得ることを^:みる。

サウジアラビア・イラン国交回復の経緯

中東の二大地域大国であるサウジアラビアとイランは、2016年1月に国交を断絶した。直接的な契機
は、サウジ政府によるシーア派聖職者らの処刑とそれに反発したイラン市民によるサウジ大使館の襲撃
であった。しかし、両国が対立する背景には、スンナ派であるサウジアラビアとシーア派の領袖たるイラ
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ンによる宗派対立や中東における地域覇権をめぐる競争があった2。

また、両国の対立は、シリア・イエ
メンなどの地域紛争においてそれぞれの息のかかった勢力を背後から支援することで、「代理戦争」の様
相を呈していた。

2019年9月には、サウジアラビア東部のサウジアラムコの石油生産プラントにおいて
イランが背後に関わったと疑われるドローン攻撃がなされたことによって、両国の対立は一層先鋭化し
た。その後、サウジアラビアに近いUAEが2019年からイランとの安全保障協議を設けるなど緊張緩和
の動きを見せ、サウジアラビアもイランも対話の機会を持ったものの、目立った成果を生んでいなかつ
たら

こうした中で、サウジアラビアとイランが北京での協議を通じて、3月10日に国交回復に関する合意
文書を突如として公表したことは、多くの人々を驚かせた。

この「北京協議」で発表された合意文書には、
両国が外交関係を回復させること、2か月以内に双方の大使館や代表機関を設置すること、各国の主権を
尊重し、他国への内政不干渉を強調し、両国関係を強化することが記されている。

合意発表後翌月の4月
にも中国•サウジアラビア・イランの3か国外相は、フォローアップ会談を北京で開催し、北京協議で示
されたロードマップとタイムスケジュールに沿って緊張緩和に向けた動きを進めることを確認したん


意から約3か月後の6月7日、当初の予定から少し遅れて、イラン政府は、サウジアラビアのリヤドに
イラン大使館を再設置した5。

これに続いて6月17日、サウジアラビアのファイサル外相がイランを訪
問し、ライシ大統領とアブドラヒアン外相との会談を実施し、2016年の襲撃で被害を受けて閉鎖が続く
駐イラン・サウジアラビア大使館の再開についての見通しを示したとされるも。

以上の経緯から、サウジアラビアとイランの国交回復合意は急展開にみえた一方で、合意後の国交回
復プロセスは継続的な中国の関与もあって着実に進展している。サウジアラビアとイランの双方も、こ
の国交回復を過度に楽観視せず、関係改善の中でも両国関係が抱える障害を解決する意向を示している
7

なぜサウジアラビアとイランは国交回復を進めたのか

サウジアラビアとイランの国交回復は、中国の識者も認める通り、水到渠成であったと見ることもで
きる8。

すなわち、サウジアラビアとイランは双方ともに国交回復を望んでいて、中国はそれを最後に一
押しする役割を担ったに過ぎないという見方ができる。

実際にサウジアラビアとイランは、2021年から
2022年にかけてイラクやオマーンの仲介で国交回復について話し合ってきた七

サウジアラビアは、イランとの緊張関係を緩和させることで代理戦争の様相を呈していたイエメンに
おける内戦を鎮静化させたい意向があった。

自国周辺の安全保障環境の改善は、「ビジョン2030Jなど発
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展計画を実現するための経済建設に注力するためにも重要であった。

イエメン内戦に対してサウジァラ
ビア政府は、政権側勢力を支えるべく 2015年から軍事介入を続けてきたが、イランが反政府勢力である
フーシー派勢力に対する支援を続けることで内戦が泥沼化していた。

サウジアラビアは、フーシー派勢
カから自国内の空港や石油施設への攻撃を受けており、自身の安全保障の観点からも隣国イエメンの内
戦状態を鎮静化させることを模索している仲。

国交回復の交渉において、イランはサウジアラビアとの国
交回復に際して、フーシー派勢力への武器支援を停止することを約束したとも報道されている”。

シリア内戦においても、米国が中東地域から軍事プレゼンスを後退させる中で、サウジアラビアが支
援する反体制派勢力による巻き返しは難しく、イランやロシアが支援するアサド政権の軍事的な勝利が
確実視されている。

こうした中で、サウジアラビア政府は、アサド政権へ影響力を有するイランとの緊張
緩和を進めることで、アサド政権との関係修復を円滑に進めることを図ったとみられる。
かくして、サウ
ジアラビアとイランの国交回復が確認された1か月後の2023年5月、アサド政権は、シリア内戦によっ
て追放されていたアラブ連盟に12年ぶりに復帰を果たした但。

—方で、イランは、トランプ政権がイラン核合意(JCPOA)から離脱して以降、人権問題、核問題、さら
にはロシアによるウクライナ侵攻への姿勢をめぐって国際社会から孤立を深め、経済的にも困難な状況
に置かれていた[七

こうした中、2021年6月に発足したライースイー政権は近隣外交を重視する方針を
掲げ、サウジアラビアなど周辺国と関係改善を進めることで、難局を好転させることを模索していた生

また、イランは、サウジアラビア政府との関係改善を通じて、国内治安の安定化も図っている。

イラン
側は、サウジアラビアの財界人が出資するペルシャ語の衛星チャンネルの「イラン•インターナショナ
ル」が2022年9月にイランで起きた抗議運動を扇動したと非難していた%

今回の国交回復に際して、
サウジアラビアは同チャンネルでのイラン政府への批判的報道を控えることを合意したの報道がある性

国交回復の合意文書では、「各国の主権を尊重し、他国の内政に対する不干渉を強調する」ことが謳われ
ているのは、その表れとも言われる日。

以上のように、中東情勢が大きく変化する中でサウジアラビアとイランの双方が緊張緩和を模索して
いたことは明らかであった。

他方で、2021年からイラクやオマーンの仲介で協議を続けてきたにも関わ
らず、中国の仲介まで大きな成果を生んでいなかった事実も考慮する必要があろう。

また、サウジアラビ
アは、国交回復した後も、イランを周辺国への干渉や核開発を通じて地域の安全保障環境を不安定化し
うる存在と警戒する認識を大きく変えていないV

これらを考慮すれば、中国が仲介者として関与した影響も無視できないであろう。
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なぜ中国が仲介役を果たしえたのか

(1)中国の仲介工作の経緯

実際に中国がサウジアラビアとイランの仲裁役を担い始めたのは、2022年初め頃だと考えらえる。


国政府は2022年1月、サウジアラビア、バーレーン、カタール、オマーン、トルコ、イランの各国外
相及びGCC事務局長を同時期に中国に招き、中東各国との間で外相級会談を開催した。

中国外交部の公
式発表では、サウジアラビアとイランの外相会談が実施されたとの情報は公表されていないが、中国が
両国の国交回復に向けたプロセスに関与し始めた形跡が見られる。

中国外交部によれば、イラン外相との会談においては「中国側は湾岸の多角的な対話プラットフォー
ムの構築について提案し、 地域の国家安全保障に関わる問題、イエメン問題の政治的な解決、各国関係の
改善や地域の平和と安定の促進を討論した」とされ、これに対して、イラン側も「サウジアラビア等湾岸
諸国との関係の改善に積極的な意思を示し、イエメンなどの問題を政治解決の軌道に乗せることを希望
した」とされる務。

この数日前に実施されたサウジアラビアとの外相会談でもイランの核問題や地域の安
全に係る問題について意見交換がなされたようである2°。

訪問団の受け入れ後のメディアインタビューに
おいて、王毅外交部長(当時)は「湾岸アラブ諸国とイランは共に中国の友人であり、彼らは中国の独特
な影響を重視し、中国にさらなる役割を果たすことを期待している」と述べており、サウジアラビアとイ
ランの緊張緩和において中国が仲介的役割を担うことをほのめかしているわ。

その後も中国政府は、特にイラン側の外交担当の高官とのオンライン/対面での協議を重ねていった
22〇

興味深いことに、中国とサウジアラビアの協議内容や合意文書においては、イラン核問題における不
拡散体制の維持、近隣友好や内政不干渉原則の確認への言及が多いのに対して、中国とイランのそれに
おいては、対話を通じた対立の緩和、近隣友好の実現、さらには地域の平和と安全と安定の維持が強調さ
れている。

こうしたプレスリリースで公表される文言の違いからも、中国が双方の関係改善に係る関心
事項の把握とそれぞれへの伝達といった仲介的役割を担ったことが示唆される。

2022年12月には習近平はサウジアラビアへ公式訪問し、中国サウジアラビア首脳会談、中国• GCCサ
ミット、中国•アラブ連盟サミットに出席した23。

そして、中国サウジアラビア首脳会談で出された共同
声明において、イランに関して「近隣友好と各国内政への不干渉原則」を強調した。

その2か月後の2023
年2月にイランのライースイー大統領が中国へ公式訪問した際に発表されたプレスリリースにおいて、
習近平は「イランの周辺隣国関係を改善しようとする姿勢を称賛する」と言及するとともに、「中国も地
域の平和と安定を進める建設的な役割を務めることを希望する」と発言したとされる2ゝ

この短期間のう
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ちに実施された首脳レベルの交流を通じて、サウジアラビアとイランの国交回復へ道筋をつけるととも
に、仲介役として中国の存在を両国に印象づけたと考えられる。

(2)中国が仲介役を担った要因

それでは、中国がサウジアラビアとイランの国交回復で仲介役を担うことができた要因はどのような
ものが考えられるだろうカ、。

第一に、中国政府が中東地域の紛争問題に対して積極的に関与する姿勢を見せつつ、協議の場を提供
するなどの外交努力を続けていたことであろう。

2014年から習近平政権は「中国の特色ある大国外交」
を掲げており、この実践として「国際社会•地域において火種となる問題の平和的解決を推進する」こと
を追求している。

その一環として、世界のために「中国の知恵」、「中国のプラットフォーム」を提供することを掲げていた。

2021年3月下旬に王毅外交部長(当時)がサウジアラビア、トルコ、イラン、UAE、
バーレーン、オマーンの6カ国を訪問し、この訪問中に受けたプレスインタビューで、
①相互尊重の提
唱、②公平正義の堅持、③核不拡散の実現、④集団安全保障の共同構築、⑤発展協力の加速を旨とする
「中東の安全と安定を実現する5つのイニシアティブ」を披露した25。

この中では、シリア、イエメン、
リビアなどの内戦問題、パレスチナ問題の解決、イラン核問題に加えて、湾岸地域国家の平等な対話と協
議の推進を掲げ、これまでの経済中心の関与のみならず、政治や安全保障の面を含めた地域秩序形成に
関与する姿勢を示していた。

習近平政権は2022年4月から「グローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)J
を掲げ、同イニシアティブの一環として中東における対話の促進や関係改善を位置づけ始めた26。

習近平
によって提起された外交イニシアティブの中に中東の諸問題への対応を含めたことは、中国外交当局ら
にとってある種のプレッシャーとして作用したであろう。

つまり、中国外交当局者らにとっては、仲介役
としてサウジアラビアとイランの国交回復に積極的に関与して成果を出すことが国内の最高指導者の求
めに応じることを意味する。

実際に、国交回復の合意発表に同席した王毅中央委員は、サウジアラビアと
イランの国交回復の仲介について、GSIの実践であるとの成果をアピールした27。

イニシアティブの提起のみならず、これまでの外交的資産を活かした外交努力も展開された。

中国政
府はここ一年の間に、サウジアラビアとイランに対して、首脳訪問を含む二国間協議、多国間協議(中
国・GCC戦略対話、中国•アラブ連盟協力フォーラム、上海協力機構)、アドホックな協議(アフガニス
タン隣国外相会議)など多層的なハイレベル協議の機会を活用して、自らの意向を伝えつつ、双方のコミ
ユニケーションのチャネル役を務めてきた。

これらは、2000年代中盤から中国が中東地域で構築してき
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た外交プラットフ—ムである。

第二に、中国が中東地域における中立的な立場を維持してきたことが挙げられる。

中国は従来から、サ
ウジアラビアとイランという反目する地域大国に対して、常にバランスを保ちながら関係構築を進めて
きた。

例えば、2016年に習近平が国家主席として初の中東地域への公式訪問を実施する際、エジプトに
加えて、サウジアラビアとイランの両国を訪問先に選び、両国ともに「包括的戦略パートナーシップ」関
係への格上げを合意した。

その後も中国は、2022年に習近平がサウジアラビアへ公式訪問し?,Vision 2030″
への協力を謳いつつ様々な経済協力を進める一方で、イランに対してもライースイー大統領の公式訪問
を受け入れ、2021年に合意した25年の「包括的協力プログラム」を推進するなど等距離外交を展開し
ている。

こうした中国の等距離外交は、双方からの猜疑心や巻き込まれのリスクも内包するカヾ、今回の仲
介役として振る舞うことにおいては、ポジティブに作用したであろう28。

第三に、中国の中東各国に対する影響力、とりわけ中国がイランへのレバレッジを有することが大き
かったと考えられる。

サウジアラビアにとっては、国交回復に際して、イランによるイエメンのフーシー
派勢力に対する支援停止などの合意を取り付けるだけでなく、国交回復後もその合意を守らせる重石を
必要としたであろう。

サウジアラビアは、イランに対して影響力を高める中国に対して、重石の役割を期
待したと考えられる。

中国はイラン核協議(JCPOA)のメンバーである一方で、米国による対イラン制裁
にも関わらず近年でも大量の石油輸入を続けているとされ、政治経済面でイランへの影響力を高めてい
ると見られる2七

また、イラン側にとっても欧米諸国の中東関与に対する不信が根強いため、仲介役を担
える国家は欧米諸国以外となろう3°。

こうした意味では、日本もサウジアラビア•イラン双方と比較的良
好な関係を保っているとはいえ、米国との同盟関係やイランへの影響力の観点から、サウジアラビアと
イランの双方から仲介役を期待されることは難しかったでろう。

つまり、米国と一定の距離を置き、イラ
ンへの影響力を得ていることが、仲介者には求められたのである。

おわりに:今後の中東における中国の大国外交

これらを踏まえるならば、サウジアラビアとイランの双方がここ数年の間に関係改善を模索していた
とはいえ、最後にそれを実現させる磁場として中国が果たした役割も過小評価すべきではないであろう。

中国はここ数年、中東地域において経済的な影響力を強めてきたカヾ、それを梃に政治的な影響力を強め、
域外国として中東の地域秩序形成を担い得ることを示した。

当然ながら、サウジアラビアとイランの両国は、国交回復によって両国が抱える対立点を根本的に解
決したわけではない。

サウジアラビアのイランへの猜疑心は大きく変わっていないし、イランが実際に
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周辺国への影響力行使を控えることも不透明である。

この意味では、重石として中国がイランへの影響
を行使し続けられるのかは今後も問われていくだろう。

また、吉田が指摘するように、イエメン内戦は、
イランの関与後退によって代理戦争的側面が弱まっても内戦的側面が弱まるわけではない31。

このため、
今回の中国の仲介工作が、サウジアラビアとイランの二国間関係を越えて、中東地域に緊張緩和の波を
広げることを意味するかは未知数である。

他方で、中国政府は今回の成果を踏まえて自らの「大国外交」に自信を深め、中東における他の「火種
となる問題」への取り組みを強化するであろう。

中国政府は2023年6月、パレスチナのアッバス首相の
公式訪問を受け入れ、習近平国家主席との首脳会談において「戦略パートナーシップ関係」の構築を合意
した32。

習近平政権はこれまで、パレスチナ問題を「中東問題の核心」として位置づけ、「二国家解決案」
を中心とする自らの立場を示してきたものの、パレスチナ自治政府との間ではパートナーシップ関係な
ど積極的な二国間関係を構築してこなかった33。

今回の戦略パートナーシップ関係の合意は、中国がパレ
スチナ問題に対して取り組む姿勢を示すものとも解釈できる。

戦略パートナーシップ関係の推進におい
ては、ニ国家解決策を基にしたイスラエルとの和平協議への支持を改めて言及するとともに、二国間の
経済貿易合同委員会の活用や自由貿易協定交渉など経済貿易面での推進をうたっている3′
これまで4度
開催されている「パレスチナ・イスラエル和平人士検討会」のような様々な事業を通じて、中国のパレス
チナ和平に対する取り組みをアピールするであろう35。

だが、イスラエルは、サウジアラビア•イラン国
交回復に対して反対しており、今回の成果の機運をパレスチナ問題につなげることは難しい36。

中国はこ
れまでもパレスチナ和平については失敗を重ねており、解決への道はより複雑で困難であることは明ら
かである37。

そして、最近の中東政治の急速な変動には、その底流に米国の中東におけるプレゼンス低下があるこ
とも考えなければならない。

アラブ青年調査(Arab youth Survey)の調査によれば、18歳から24歳の
中東地域の若者の80%が中国を信頼に足る相手(ally)と認識しており、米国の72%を上回り、近年上昇
傾向にあるという38。

米国と比べた場合、中国の中東地域への影響力は、今後しばらく高まることが予想
される。

もちろん、米国は依然として中東において圧倒的な軍事プレゼンスを誇っており、中国が短期的
に米国の軍事的なプレゼンスに挑戦する兆候はみられないし、そもそも代替するような存在でもない。

とはいえ、中東地域における反米感情と中国への親近感の高まりは、グローバルな米中戦略的競争に
おいて、中国側に有利なナラティブが同地域に広まる可能性がある。

中国は、米国との対立先鋭化を受け
て、中東諸国に対して中国の核心的利益(台湾問題、海洋問題、人権問題など)への支持表明を強く求め
るようになっている。

国連などの国際機関においても、中国に関するイシューが討議される際、中東諸国
の多くが中国の立場を支持し、結果として中国支持国が多数派になる事例が散見されている’七

こうした
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事例は、東アジア情勢をめぐって異なる見解を持つ日本にとっても無関係の事象ではないであろう。

こうした観点からも、政治•安全保障面における中国の中東地域への取り組みは注視していく必要があろう。

1「中年人民共和国、沙特阿拉伯王国、伊朗伊斯=共和国三方朕合声明」中国外交部HP、2023年3月10日、
http://new.fm Drc.gov.cn/web/zyxw/202303/t20230310 11〇39137.shtml。
2サウジアラビアとイランの対立構図について分かりやすく解説しているものとして、村上拓哉「サウジアラビアとイランはなぜ対立するのか」
『SYNODOSJ 2016 年[月13 日、httDS://synod〇s.iD/〇Dini〇n/internati〇nal/15906/。
3立山良司「移行期にある国際秩序と中東•アフリカ」『移行期にある国際秩序と中東•アフリカ』(日本国際問題研究所、2023年)4頁。
4 「秦刎集体会見沙特外交大臣費芦示、伊朗外長阿卜杜拉希物」中国外交部、2023年4月6日、
https://www.mfa.gov.cn/web/gihdci 676201/gi 676203/yz 676205/1206 677172/xgxw 677178/202304/t20230406 11〇55369.shtml。
5 “Iran to repent embassy in Saudi Arabia after seven years,” Aljazeera, 5 June 2023, httDS://www.aliazeera.c〇m/news/2023/6/5/iran-t〇-re〇Den-
embassy-in-saudi-arabia-after-seven-years.
6 「サウジ外相 外交正常化のイランを訪問 大使館再開に意欲」NHK、 2023年6月18日、
https://www3.nhk.or.iD/news/html/20230618/k10014102721000.html。
7青木健太、高尾賢一郎「イラン・サウジアラビア:国交回復合意の発表後、初となる公式外相会談」『中東かわら版』中東調査会、2023年4
月 7 日、https://www.meij.orjD/kawara/2023 00/.htm[。
8清泉「沙特伊朗復交、中国協調者角色」『中国石油石化』2023年4月15日、76-7y頁。
9 「中年人民共和国、沙特阿拉伯王国、伊朗伊斯=共和国三方朕合声明」中国外交部HP、2023年3月10日、
http://new.fm Drc.gov.cn/web/zyxw/202303/t20230310 11〇39137.shtml。
10 “Yemen Houthis attack Saudi energy facilities, refinery output hit,” Reuters, March 21,2022, https://www.reuters.com/world/middle-east/saudi-
led-coalition-says-four-houthi-attacks-hit-targets-kingdom-no-casualties-2022-03-19/.最近のイエメン情勢については、吉田智聡「イエメン情
勢クオータリー (2023 年4月〜6 月)」『NIDS コメンタリー』2023 年 7 月 18 日、
http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary266.pdfc
11″Iran Agrees to Stop Arming Houthis in Yemen as Part of Pact With Saudi Arabia; Yemen war is key test for China-brokered deal to restore
relations between the regional rivals,” New York Times, March 16, 2023.
12 「泥沼のシリア内戦は終わるのか? 命を奪った責任はどこに」NHK、 2023 年 6月 1 日、
https://www3.nhk.or.jp/news/special/international news navi/articles/feature/2023/06/01/31962.htmL
13 Adam Gallagher, Sarhang Hamasaeed, Garrett Nada, “What you need to know about China’s Saudi-Iran Deal,” March 16, 2023.
14 「勧和沙特伊朗、”只有中国能做到」『解放日報』2023年3月12日。
15 “China Plans New Middle East Summit as Diplomatic Role Takes Shape; Beijing’s involvement in the details of dispute between Saudi Arabia and
Iran led to a re-establishment of ties,” Wall Street Journal, March 12, 2023.
16 Ibid.
17 Adam Gallagher, Sarhang Hamasaeed, Garrett Nada, “What you need to know about China’s Saudi-Iran Deal,” March 16, 2023.
18高尾賢一郎「サウジアラビア:イランとの国交回復決定に至った背景及びその影響」『中東かわら版』2023年4月18日、
https://www.meij.or.iD/kawara/2022 158.html。
19 「王毅同伊朗外長阿卜杜拉希物挙行会 http://new.fmDrc.aov.cn/web/wibzhd/202201/t20220115 10495894.shtml〇 t炎j 中 国 外交部 、2022 年1 月 15 日
20 「王毅同沙特外交大臣費芦示挙行会 http://new.fmDrc.aov.cn/web/wibzhd/202201/t20220110 10480692.shtml〇 t炎j 中 国・ 外交部 ヽ 2022 年1 月 10 日
21 「堅定自主自立信念 走団結自強之路 http://new.fmDrc.aov.cn/web/wibzhd/202201/t20220115 10497492.shtml〇 」中 国 外 交部、 2022 年 1 月 15 日
22 「王毅会;π伊朗外長阿卜杜拉希挽 」中 国 外 交部、 2022 年 4 月 1 日
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NIDSコメンタリー第269号
https://www.mfa.g〇v.cn/web/gihda 670201/gi 670203/yz 676205/1206 677172/xgxw 677178/202204/t2022040110659356.shtml。
23習近平のサウジ訪問については、八塚正晃「習近平のサウジアラビア訪問に見る中国・中東関係の現段階」国際問題研究所、2022年12月23
日、https://www.iiia.or.jD/research-reDort/middle-east-africa-fy2022-03.html。
24「^!近平同伊朗忌、統莱希挙行会T炎」中国外交部、2023 年 2 月[4 日、http://new.fmurc.gov.cn/web/zyxw/202302/t20230214 11〇24958.shtml。
25 「王毅提出安皿!中奈安全稔定的五点イ昌^」中国外交部、2021年 3月 26日、
https://www.fmDrc.g〇v.cn/web/\yibzhd/202103/t20210326 9137065.shtml。
26 「王毅:落安全球安全イ昌以 守か世界和平安1?」中華人民共和国中央人民政府、2022年4月24日、httDS://www.g〇v.cn/gu〇wuyuan/2022-
04/24/c〇ntent 5686889.htm。
2? 「王毅:沙伊北京又寸t舌是和平的月生利」 中国外交部、2023 年 3 月 10 日、
https://www.mfa.gov.cn/web/gihdci 676201/gi 676203/yz 676205/1206 677172/xgxw 677178/202303/t20230310 11〇391〇2.shtml。
28 こうしたリスクについては、Masaaki Yatsuzuka, “Wil| China become an ‘empire by invitation7 in the Middle East?/* Think China, 7 Sep 2022,
httDS://www.thinkchina.sg/will-china-become-emuire-invitation-middle-east.
29 “China buys more Iranian oil now than it did before sanctions, data shows,” Reuter, March 2, 2022, https://www.reuters.com/world/china/china-
buys-more-iranian-oil-now-than-it-did-before-sanctions-data-shows-2022-03-01/.
30青木健太、高尾賢一郎「イラン・サウジアラビア:国交回復合意の発表後、初となる公式外相会談」『中東かわら版』中東調査会、2023年4
月 7 日、https://www.meij.orjD/kawara/2023 00/.htm[。
31吉田智聡「イエメン情勢クオータリー(2023年1月〜3月)ーイラン・サウジアラビア国交正常化合意の焦点としてのイエメン内戦」『NIDS
コメンタリ 2023 年 4 月 20 日、httD://www.nids.mod.go.iu/Dublication/commentary/commentary258.html.
32 「目近平同巴勒斯坦忌、統阿巴斯挙行会T炎」中国外交部、2023 年 6月14 日、
https://www.mfa.gov.cn/web/gjhdq 676201/gi 676203/yz 676205/1206 676332/xgxw 676338/202306/t20230614 11〇96542.shtmlc
33中国政府が支持するイスラエル・パレスチナ間の2国家解決案(原文:両国方案、英語:Two-state solution)とは、イスラエルと将来の独
立したパレスチナ国家が平和かつ安全に共存することを目指す1974年の国連総会決議の提案に基づくものである。「中国代表就巴勒斯坦「可題
厘,述立tラ」中国新聞網、2021年12 月 2 日、https://www.chinanews.com.cn/gi/2021/12-02/9620335.shtml。
34 「中年人民共和国和巴勒斯坦国夫于建立占戈略イ火伴夫系的朕合声明(全文)」中国外交部、2023年6月14日、
https://www.mfa.gov.cn/web/gihda 676201何 676203/yz 676205/1206 676332/xgxw 676338/202306/t20230614 11〇97775.shtml。
35 http://www.xinhuanet.eom/2021-07/16/c 1127663397.htm。
36高尾賢一郎「サウジアラビア:イランとの国交回復決定に至った背景及びその影響」『中東かわら版』中東調査会、2023年3月14日、
https://www.meij.or.iD/kawara/2022 158.html。
37 2021年のカ、、ザ地区空爆における中国の国連安保理でのリーダーシップの失敗などはその例として挙げられるであろう。八塚正晃「中国は中
東で大国外交を実践できるか」国際問題研究所研究レポート、2021年6月16 B x https://www.jiia.or.jp/research-report/middle-east-africa-fy2021-
01.html。
38 “China surpasses US in popularity among Arab youth as Beijing expands Middle East footprint ,” CNN, June 21,2023,
https://edition.cnn.com/2023/06/21/middleeast/china-surpasses-us-mideast-survey-mime-intl/index.html.他方で、中国の経済進出についての警
戒感が近年高まっているという調査もあり、様々な側面から中東社会における中国への認識については検証していく必要があろう。例えば、
Michael Robbins, Public Views of the U.S.-China Competition in MENA, July 2022, pp. 5. https://www.arabbarometer.orq/wp-
content/uploads/ABVH US-China Report-EN.pdf.
弗八塚正晃「強化される『緩い相互支持』」『移行期にある国際秩序と中東・アフリカ』(国際問題研究所、2023年)、29-48頁。
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Tokyo Japan
NIDS防衛研究所 National Institute for Defense Studies
NIDSコメンタリー
第269号 2023年8月1日
PROFILE
八塚正晃
地域研究部中国研究室主任研究官
専門分野:中国政治外交(史)、東アジア国際関係、国際安全保障
本欄における見解は、防衛研究所を代表するものではありません。
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