インバウンドが回復基調でも中国人観光客が増えない理由

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インバウンドが回復基調でも中国人観光客が増えない理由
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/30957

『夏休みシーズンとなり、外国人観光客が増加している。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、今年上半期の訪日外国人客数は約1071万人で、コロナ前(2019年上半期)と比較して約6割にまで回復した。だが、国・地域別で見てみると、明らかに異変が起きている。
(Jiyi/gettyimages)

 コロナ前、大挙して押し寄せていた中国人が減少しているのだ。6月の統計でも最多の韓国人(約54万人)と比べると半数以下(約20万8500人)に留まっている。

 要因として挙げられるのは、まず航空路線がコロナ前ほど回復していないことだ。一部路線(上海―関空間や地方路線)は増便されたものの、航空券代はコロナ前よりも高く設定されている。

 ほかに訪日ビザの取得が難しいことも大きい。個人旅行ビザの取得は所得が多い富裕層に限られ、団体旅行ビザは政府によって制限されている。コロナ前もビザ取得者の7割が個人旅行客だったが、経済悪化なども重なり、中国人観光客は全体的に戻っていないのが現状だ。

 だが、中国に住む人々に話を聞いてみると、とくに若者層を中心に、かつての「爆買い」ブームのときのような観光客増加は今後も見込めないのではないか、という悲観的な声が目立つ。その理由は何なのか。

海外旅行どころではない中国の若者

 コロナ前、19年の訪日中国人観光客数は約959万人と過去最高だった。とくに多かったのが比較的若い年齢層だ。

 観光庁「訪日外国人消費動向調査」(19年)によると、年齢別の内訳は男女ともに30~39歳が最も多く、約20%。次に多いのが同20~29歳で約15.8%だった。つまり、全体の3~4分の1が比較的若い年代の中国人だったことがわかる。

 しかし、今年の上半期のデータを見てわかる通り、中国人観光客は戻ってきていない。つまり、若者も戻ってきていないということだ。航空路線やビザ取得の問題以外にも何か要因があるのではないかと筆者は考え、現地の知人に話を聞いてみた。すると、ある大学に勤務する知人はこんな話をしてくれた。』

『「大学生の中でも一部の富裕層は、すでにゴールデンウイーク(GW)頃から日本など海外旅行に行き始めています。知人の20~30代でも富裕層は海外旅行を再開しています。しかし、多くの若者は大学を卒業しても就職すらできない状態です。

 6月はちょうど卒業シーズンでしたが、私が勤務する大学でも、卒業=即失業、という言葉が飛び交い、ゾンビスタイル(倒れ込み、死んだような姿。自虐を表す)で写真を撮ることが流行るなど、投げやりな学生が多かった。一部の大学生は少しでも箔をつけるために大学院(修士課程)に進学しましたが、それは親に経済的余裕がある場合。それ以外の大学生はブルーカラーの職でもいいから就職するか、アルバイトをするか、引き続き就職活動をするか、です。海外旅行どころではない、というのが本音ではないでしょうか」

 確かに、中国国家統計局によると、6月の若年層(16~24歳)の失業率は21.3%と過去最悪だった。全世代の失業率(約5.2%)の4倍で、実に5人に1人が、大学を卒業しても職を得ることができない状況だ。

 また、大学を卒業後、無事に就職して数年ほど経った20代~30代の若者も、一部の富裕層を除いて海外旅行に行けるような状態ではない。北京市や上海市などの大都市では、もともと親が住宅を保有している地元住民以外は、地方から進学や就職でやってきた人々だ。その数は年々増えているが、市内に持ち家がない彼らは高額な家賃を支払って生活しなければならない。

 上海に住む筆者の20代の知人男性は地方出身だ。大学が上海だったので、そのまま上海の日系企業に勤務しているが、「日系の多くは給料が安いので、たとえビザが取得できるようになったとしても海外旅行は難しいです。家賃や生活費も高いので」と話していた。
コロナ禍を機に中国国内への目も

 このように、若者世代はごく一部の人々を除き、海外旅行に行く経済的な余裕はなさそうだ。しかし、その一方で、それとは別の問題も起きているのではないか、と筆者は感じている。

 コロナ禍から始まったことだが、若者の目が海外よりも国内に向き始めたということだ。コロナ禍が始まって以降、中国人の出国は厳しく制限された。ゼロコロナ政策もあり、たとえ大型連休があっても、上海市在住者ならば、上海市から他省へ移動することはできなかった。所属する会社や学校の担当者から禁止されたり、自粛を求められたりしていたからで、これは他省でも同じだ。

 そうしたこともあって、彼らの多くは市内にある、比較的人が少ない公園や飲食店などに友人と出かけたり、友人宅に集まったりするしかなかった。また、ゼロコロナ政策が緩み、省を跨いで移動することが許されるようになったときには、実家に帰省したり、国内旅行をしたり、映画やショッピング、食事を楽しんだ。』

『上海の欧米系企業に勤務する筆者の知人は、もともと大の海外旅行好きで、コロナ前、日本にも1年に2回は旅行にきていた。とくに関西地方が好きで、瀬戸内海の島にあるホテルや民宿に宿泊するなど「通」な個人旅行をしていたが、その知人はコロナ禍で海外に行けない分を国内旅行に切り替えた。知人のSNSを見て筆者もそのことは知っていたが、改めて連絡を取ってみると、こんな答えが返ってきた。

 「これまで旅行といえば海外旅行、というほどほど海外が好きでした。とにかくまとまった休暇があれば、たとえ3~4日間でも海外を旅行していましたが、国内に目を向けてみると、意外に国内もおもしろいな、と思いました。

 とくに雲南省や貴州省は少数民族が多く、上海などの大都市とは文化が全然違う。そういう地方の民宿に泊まるのも面白いし、これまで見たことのない絶景もあり、SNS映えします。コロナ禍で発見した、数少ない余暇の楽しみ方のひとつです」

Z世代は〝疑似日本体験〟で満足も

 似たような意見はほかにもある。以前、お花見シーズンに中国人から聞いた話だが、「日本のお花見は確かにすばらしいですが、中国でもお花見はできます。しかも、中国の場合はスケールが大きい。滝などもそうです。米国とカナダの国境にある『ナイアガラの滝』は世界的に有名ですが、中国にも有名な滝はたくさんある。そういうところを旅行して歩くのも楽しい。海外はネットで、いくらでも映像を楽しむことができます」と話していた人もいた。

 中国ではコロナ禍で日本料理がブームとなったことは『料理の注文に変化 中国で日本流の「おまかせ」が大ブーム!』でも紹介したが、中国の日本料理のクオリティが非常に高くなり、疑似日本体験が容易にできるようになったことも、「わざわざ現地まで行かなくてもいいのでは……」という考えに結びついているのかもしれない。

 とくにZ世代の若者はSNSネイティブで、SNSで世界中の情報を入手することが当たり前の生活を送っている。いつでも、どこでも、海外の情報にアクセスできること、コロナ禍で余暇の使い方が多様化したり、嗜好が変化したりしていることも、彼らの海外旅行が予想以上に回復していない要因のひとつといえるだろう。』