中国の先端医薬品、アメリカで利用急増 緊急輸入相次ぐ
ワシントン支局 飛田臨太郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN12DVT0S3A710C2000000/
『米国で中国製医薬品の需要が急増している。抗がん剤といった命に直結する薬を未承認のまま緊急輸入する事例が相次ぐ。医薬品全体の中国からの輸入額は2022年に前年から8倍に増えた。連邦議会は中国に経済安全保障上の弱みを握られると警戒し、対策を検討し始めた。
「外国製の抗がん剤『シスプラチン』の一時的な輸入許可の措置を講じる」。米食品医薬品局(FDA)のロバート・カリフ長官は6月2日、ツイッターで発表した。未承認薬の緊急仕入れ先は中国企業の斉魯製薬(Qilu Pharmaceutical)だった。
FDAは今月10日、同社に追加の米国への輸出許可を与えたと公表した。広報担当者は「承認した製薬会社がすべての患者のニーズを満たすことができるようになるまで、未承認薬の輸入を継続するしかない」と説明する。
医薬品の中国からの輸入額は22年に69.5億ドル(約9700億円)で前年の8.2億ドルから大幅に増えた。今年も勢いは止まらず1?5月だけで21年年間の2倍以上に達する。
主に増えているのは抗がん剤に加え、免疫抑制剤、循環器系治療薬だ。米国では抗がん剤の需要が増えて品薄になっている。医薬大国インドの製薬工場で発覚した品質問題も供給不足に拍車をかけた。隙間を埋めるように中国製が急増する。
生産増大の大統領令、効果薄く
米シンクタンク、大西洋評議会のニールス・グラハム氏は「中国政府が先端医薬品の製造強化を進め、すぐに使える良質な薬が世界に出回るようになった」と解説する。22年の医薬品の輸入額に占める中国の比率は9.6%と21年以前の1%前後からおよそ10倍になった。
中国製の人気は今後も続くとの見方がある。ワシントンの貿易関連の弁護士は「安価で良質な中国製のメリットを理解した医療関係者が継続して利用する可能性がある」と指摘する。
国民の命に関わる医療分野での中国依存は安全保障上のリスクになる。危機感をもったバイデン大統領は22年9月に米国内の生産能力を増強する大統領令を発令した。しかし企業への強制力を伴う措置ではなかったため、効果は薄かった。
政府を突き上げるべく連邦議会は動く。与党・民主党の議員は6月22日、同盟国に限って医薬品の輸入関税を引き下げる法案を提出した。日欧の製品を安価な中国産に価格面で対抗しやくする。
EV材料も依存度高まる
中国依存が強まるのは医薬品だけではない。車載電池などEV材料も中国からの輸入が急増している。リチウムイオン電池の22年の中国からの輸入額は90.4億ドルと前年の2倍以上に膨らんだ。輸入全体に占める中国の割合は12.5%で18年から5倍に増えた。
今年1?5月はさらに膨らみ、シェアは20%近くまで伸びた。EVに欠かせないニッケルやグラファイトなどの重要鉱物の中国依存度は22年時点で8割に及ぶ。米国内のEVの販売増に伴って中国からの材料輸入が拡大している。
米政権は自動車や電池メーカーに巨額の補助金を払って国内生産を促している。ただ工場の建設と稼働には時間がかかり「本格的な供給増は25年以降になる見通しだ」(丸紅ワシントン事務所の阿部賢介氏)。
ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はEV材料について「1970年代の石油や2022年の欧州の天然ガスと同じように、安全保障上の武器として用いられる危険性がある」と指摘する。
米政府は25年にもEV材料から中国産の排除を目指しているが、容易ではない。米国の輸入額全体に占める中国の割合は今年に入り急減しているものの、医薬品とEV分野の供給網(サプライチェーン)は当面、中国への弱みとなる。
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山崎大作
日経BP 日経メディカル 編集長
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ひとこと解説 シスプラチンは、薬剤としては古典的な薬です。同一の成分の薬は米国内で広く使われているものの、その企業の製剤として米国で承認を受けていないということでしょう。日本でも同じですが、特許が切れた薬は安くなって儲からず、インドや中国での製造に委ねてしまっていることがこの問題につながっています。日本での医薬品欠品と問題は同根だと思います。
2023年7月24日 10:39 』