明治大学社会科学研究所紀要
shakaikagakukiyo_61_2_117-1.pdf
«特別研究(2020年度)»
2020年米大統領選挙
ートランプとバイデンのリーダーシップ、コミュニケーションスタイル
海野素央・
The 2020 U.S. Presidential Election:
Trump’s and Biden’s Leadership and Communication Styles
Motoo UNNO
はじめに
コロナ禍の中で実施された2020年米大統領選挙は、現職の共和党ドナルド・トランプ大統領が
「敗北宣言」を拒否するという極めて異例の結末をもって閉じられた。民主党大統領候補のジョー・
バイデン元副大統領は史上最高の8100万票を獲得し、トランプ氏は敗れた対立候補の中で最も多い
7400万票を得た。バイデン氏の獲得選挙人は306、トランプ氏は232であった。因みに、16年米大統
領選挙ではトランプ氏が306、ヒラリー・クリントン元国務長官が232であった。
トランプ氏の敗因はどこにあったのか。新型コロナウィルス感染症(以下COVID-19と略)拡大
が、どのようにトランプ候補とバイデン候補の各々の選挙モデルに影響を与えたのか。本稿では現地
ヒアリング調査を交えながら、20年米大統領選挙について「リーダーシップ」「コミュニケーション」
及び「異文化」の視点に立って、主として両候補の選挙戦略に焦点を当てて述べる(以下敬称省略)。
1トランプとバイデンのリーダーシップスタイル
1-1トランプの権威型リーダーシップ
リーダーシップの研究で定評があるレヴィン、リピット及びホワイトは、リーダーシップスタイル
を「専制型」「民主型」並びに「放任型」の3種に分類した(注°。レヴィン等によれば、専制型リー
ダーは全ての政策を自分で意思決定する。チームメンバーの意見を殆ど乃至全く傾聴しない傾向があ
る。一方、民主型リーダーは討論と意思決定をチームメンバーに促して、コンセンサス(合意形成)
を重視する。放任型リーダーは権力行使をせず、リーダーシップを発揮しない。一言でいえば、
・政治経済学部専任教授
-117-
第61巻第2号2023年3月
「リーダーシップ不在」といえよう。では、トランプは、どのようなリーダーシップスタイルをとり、
それがどのように選挙運動に影響を及ぼしたのか。
米紙ワシントン・ポストの記者キャロル・レオニグとフィリップ・ラッカーの共著『私だけが問題
を解決することができる(未訳)』によれば、米軍制服組トップのマーク・ミリー米統合参謀本部議
長はトランプ大統領(当時)を所謂、「古典的な権威主義的リーダー」とみていた(注う。レオニグと
ラッカーの本のタイトルとなった「私だけが問題を解決することができる」は、もともと16年7月
に中西部オハイオ州クリーブランドで開催された共和党全国党大会の大統領候補受諾演説で、トラン
プが述べた言葉である。この言葉には、米国民に対して不正を行っているワシントンの腐敗した政治
システムをアドバイザーの助言なしに、自分一人で変えて解決できるというメッセージが含まれてい
る。そこにはトランプの権威主義志向が明らかに現れている。
調査報道において高い評価を得ている米紙ワシントン・ポストの記者ボブ・ウッドワードとロバー
ト・コスタは共著『差し迫った危険』の中で、ミリー議長が2回にわたり中国軍トップに「米国は中
国を攻撃する意思はない」と伝えていたことを暴露した(注す°1回目は大統領選挙期間中の20年10
月30日であった。2回目は選挙後の21年1月8日である。ウッドワードとコスタはその著で、米情
報機関の対中分析を明らかにしているが、それによると、当時の中国は、米国は秘密裏に中国攻撃の
計画を進めていると信じていた。中国は、支持率でバイデンにリードを許したトランプが自暴自棄に
なり、投開票日直前に意図的に危機的状態を作り、それを脱し、自分を「救世主」として演出するた
めに、同国を攻撃する可能性があると警戒していたと言うのである。
10月30日は大統領選挙の投開票日の3日前であった。ロイター通信とグローバル・マーケティン
グ・リサーチ会社イプソスの共同世論調査(20年1〇月7日〜14日実施)によれば、トランプの支持
率は47%、バイデンは50%と、バイデンがトランプを3ポイントリードしていた。それまでも予想
不可能な行動をとってきたトランプであれば、投開票日直前に中国攻撃を仕掛ける可能性がないとは
言えないと、周辺が危ぶんだとしても納得がいく。
ウッドワードとコスタによると、ミリー議長は、トランプが核攻撃を命じた場合、それを実行する
前に自分に知らせるよう部下に指示を出していた(注、ミリーは、トランプが自分に助言を求めずに
意思決定を行うのではないかと強い懸念を抱いていたのである。そこで、彼はトランプの「権威型
リーダーシップ」の暴走に対処するために行動に出たわけである。
ジョン・ボルトン元大統領補佐官(在職18年4月〜19年9月一国家安全保障問題担当)が回顧録
の中で明かしたエピソードにも注目してみよう。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、18年12
月に開催された20力国・地域首脳会議(G20サミット)の際に行われた米中首脳会談での出来事で
ある。ボルトンによれば、ワーキングディナーの席で、習近平国家主席がトランプ大統領(当時)に
「あなたと一緒にもう6年間仕事をしたい」と伝えた(注もこれに対してトランプは、「米国民は憲法が
定めている大統領の任期2期制限を、私のために廃止すべきであると言っている」と返事をした(注吃
習主席がワーキングディナーの後半で「米国では選挙が多すぎる」と語り、法改正の必要性を示唆す
-118-
明治大学社会科学研究所紀要
ると、トランプは満足げに頷いていたと言う(注7)。ボルトンはBBCニュースのインタビューで、卜
ランプは「独裁的な指導者に親近感を抱く」と指摘した(注8)。
実際、トランプは側近に対して独裁者のように振舞った。自分の意見とは異なる助言を行う側近を
相次いで解任し、「完璧な忠誠心」を要求して「異」を排除したのである。従って、H • R •マクマス
ター元大統領補佐官(在職17年2月〜18年4月一国家安全保障問題担当)、ボルトン元大統領補佐
官及びマーク・エスパー前国防長官(在職19年7月〜20年11月)等は、トランプのアドバイザー
にはなり得なかった。トランプのアドバイザーとは、トランプが聞きたいことを助言する者であっ
た。
もう1例挙げてみよう。COVID-19感染拡大の中で、トランプは米国立アレルギー感染症研究所の
アンソニー・ファウチ所長に対しても権威主義的な態度をとり、同所長の助言に耳を傾けなかった。
激戦州を中心に支持者を集めた大規模集会を開催し、マスク着用を支持者に義務づけなかったのだ。
マスク着用と社会的距離の確保を主張するファウチは、米国民からトランプよりも信頼のあるス
ポークスマンとして見られていた。米公共ラジオ(NPR)、公共放送(PBS)及びマリスト大学(東
部ニューヨーク州)の共同世論調査(20年10月8〜13日実施)によれば、「あなたはトランプ大統
領から聞いたCOVID-19の情報を信じますか」という質問に対して、「全く信じない」と「信じない」
の合計が、大統領選挙で鍵を握る「郊外に住む女性有権者」において約7割に達した。米NBC
ニュースとサーベイモンキー社の全米を対象に行った共同世論調査(20年7月22日〜8月2日実施)
では、58%がCOVID-19に関するトランプの発言を「信じない」と回答し、51%がファウチの発言を
「信じる」と答えた。
トランプはファウチ所長を「自己PRの上手な人だ」と皮肉った(注.。ニューヨーク市クイーンズ
出身の大統領ではなく、ブルックリン出身の医者が米国民から信頼を得て英雄になったことに、トラ
ンプは嫉妬心を抱いているように見えた。
1-2バイデンの民主型リーダーシップ
演説の中でバイデンが最も多く言及する外国首脳は、中国の習近平国家主席である。バイデンは副
大統領在職中の11年8月、オバマの命を受けて、中国で習副国家主席(当時)と長時間にわたり意
見交換を行った。その際、習がバイデンに「米国を一言で表現するならば、何と言いますか」と質問
を投げかけてきたと言う。バイデンは「可能性(possibilities)」と返事をしたことを支持者に明かし
ている。民主主義国家である米国では、人種、民族、ジェンダー及び出身地等に関係なく、誰しもが
成功する可能性があると習に伝えたのである。
また、バイデンは習の思考様式に関しても語る。バイデンによれば、習は「専制主義が民主主義よ
りも優れている」と信じていると言うのだ®10,〇その理由について、バイデンは「民主主義はコンセ
ンサスを求める。コンセンサスは時間を要するので、習は変化が激しい21世紀では民主主義は適応
できないと考えている」と説明する。その上で、バイデンは習の見解に真つ向から反対する。米連邦
-119-
第61巻第2号2023年3月
上院議員を36年間務めたバイデンは、共和党幹部及び共和党議員とのコンセンサスを通じて、様々
な法案を成立させた。専制主義国家とは異なり、コンセンサスは民主主義国家にとって重要な要因で
あると信じているのだ。
しかも、近年著しく専制主義的な国家が増えてきたという認識の下に、バイデンは「民主主義対専
制主義」の対立構図を立て、民主主義政治を、合意を通じて実現してきたリーダーである。そうした
彼の目には、トランプの意思決定の過程は専制主義的に見えた。バイデンは「我々は民主主義が専制
主義よりも優っていることを証明しなければならない」と米国民に訴える加えて、バイデンは
「民主主義は偶然発生したものではない。我々は民主主義を守り、民主主義のために戦い、強固にし、
再生していかなければならない」と述べている(ai2,〇バイデンは、第46代米大統領としての使命を
専制主義からの「民主主義の擁護」と捉えているようだ。
1-3 「大規模集会・熱意/熱狂・強いリーダー像」
2016年米大統領選挙での勝利では、大規模集会が1つの鍵となった。大規模集会にはインパクトが
あり、参加者の自己肯定感を高める効果がある。遠距離の移動と待ち時間の長さ自体が参加者の興奮
を増して、支持する気持ちを強化していく。
2020年の選挙でも、コロナ禍にも拘わらず、トランプは大規模集会方式を採用した。そこでトラン
プは、COVID-19対応のキャンペーンを展開したバイデンの小規模集会と比較して参加人数を誇った。
また、空港の格納庫を集会場所に選択して密集の状態を作り、支持者の熱狂の度を高めた。実は、こ
の戦術をトランプ陣営の中にも受容できない人たちがいた。
マイク・ペンス元副大統領の顧問であったオリビア・トロイは、「トランプはコロナウィルス感染
拡大を抑えることよりも、自分の再選を優先して集会を開いていた。スタッフは集会に同行したがら
なかった」と、当時のスタッフの心境を明かした(注始)。続けて、トロイは「スタッフは集会に参加す
ると(コロナ禍から)正常の生活に戻ったふりをさせられた。トランプは人々を危険にさらした」と
批判した(注14)。
トランプは、批判に構わず大規模集会を開催し続けた。確かに、大規模集会にはメリットがある。
例えば、群衆心理を巧みに操作できる。参加者の支持意識が強化される。殊に、コロナ禍で人と人と
の繋がりが制限されている場合は、「場」の提供という意味を持つ。
トランプは、エアフォースワン(米大統領専用機)を使用して激戦州に入り、格納庫で集会を開
き、次の激戦州の会場に飛ぶという効率の良い選挙運動を展開した。エアフォースワンを選挙目的で
使用した場合、一旦費用は税金で支払われ、後にトランプ陣営が政府に返済しなければならない。そ
こで現職大統領は、選挙運動に大統領としての公式イベントを加えて、費用を削減する戦略をとる(ai5)o
16年米大統領選挙でトランプ候補(当時)は、エアフォースワンを活用して税金で選挙運動を行った
とバラク・オバマ元大統領を批判したが、20年米大統領選挙でトランプは、現職大統領の特権を最大
限に利用したのである®16>〇
-120-
明治大学社会科学研究所紀要
大規模集会ではいくつかの小道具も用いられ、それが支持者の熱意を高め、一体感を醸成してい
た。それはいつの選挙でも同様で、帽子、バッジ、旗、ステッカー等々であるが、20年の場合は、エ
アフォースワンとマスクが大きな役割を果たす道具となった。前述の通り、トランプはエアフォース
ワンで選挙運動の会場に乗り込んだ。その際、トランプの到着を興奮して待っている支持者に対し
て、航空交通管制官がエアフォースワンの高度をアナウンスして、更に熱狂度を上げた。
また、トランプ集会に参加した人々はマスクをしない。つまり、「不在の小道具」を有効に使った。
トランプにアイデンティティ(同一性)を持った支持者は、コロナ禍であってもマスクを着用しな
かった。マスク不着用はトランプに対する「忠誠の誓い」であり、仲間意識を高めた。しかも、バイ
デン不支持のメッセージでもあった。トランプはマスク不着用で集会に登場し、ウィルスを物ともし
ない「強いリーダー像」を演出した。
加えて、マスク着用はコロナ禍から日常生活に戻っておらず、トランプ政権がコロナ対策に失敗し
た印象を有権者に与えてしまうというデメリットが存在した。要するに、トランプは科学よりも強い
リーダー像の演出を重視したのである。
筆者は2020年2月19日、西部アリゾナ州の州都フェニックスでの大規模集会で、両手で拳を作
り、前後に突き出す動作を繰り返すトランプを観察した。彼は演説の最中、演台から離れて拍手をし
ながら舞台を歩き回り、「動的なリーダー」のイメージを発信した。これらの一連の非言語コミュニ
ケーション行動は、プロデューサーである彼の経験から来たものであり、大声、断言、繰り返す主張
等、言語コミュニケーションと相まって強いリーダー像を植え付けるのに効果があると信じてのこと
だった。
では、有権者はどのようにトランプの大規模集会と強いリーダー像を見ていたのか。投票日直前に
実施されたUSAトウディ紙とサフォーク大学(東部マサチューセッツ州)の共同世論調査(20年10
月23〜27日実施)によれば、トランプの大規模集会を「支持する」と回答した有権者は35%で、
「支持しない」は59%であった。「支持しない」が「支持する」を約25ポイントも上回った。当時卜
ランプの支持率は45%前後であったので、約10%のトランプ支持者がCOVID-19感染拡大の中での
大規模集会開催に反対していた事実が示された。言い換えれば、トランプ支持者の中にも感染に対し
て正しい判断ができ、集会を否定的な目で見ていた者がいたことになる。この約10%の反対が、どの
ようにトランプ不支持の投票に結びついたのか、そしてトランプは調査結果をどう思ったのかについ
ては、今後、調査研究を進めることにしたい。
激戦州を対象に投票日直前に行った米紙ワシントン・ポスト及び米ABCニュースの共同世論調査
(20年10月20〜25日実施)によれば、「どちらが強いリーダーと思いますか」という質問に対して、
中西部ウィスコンシン州では有権者の52%がバイデン、43%がトランプと回答した。バイデンがトラ
ンプを9ポイントリードした。同州では、有権者はトランプのコロナ対策におけるリーダーシップの
欠如に強い不満を抱いていたのである。
選挙戦の当初、トランプは「目に見えない敵(COVID-19)と戦う」と豪語し、自身を「戦時下の
-121-
第61巻第2号2023年3月
リーダー」として演出して、支持率回復を狙った。だが選挙戦終盤になると、トランプは自らを「戦
時下のリーダー」と呼ばなくなった。COVID-19感染拡大に歯止めがかからず、トランプ政権はコロ
ナに対して制御不能状態に陥った。バイデンは、「戦時の大統領(トランプ)は降伏して、白旗を
振って戦場から逃げたようだ」と公然と非難した。
同調査では激戦州である中西部ミシガン州において、有権者の47%がバイデン、48%がトランプを
「強いリーダー」に挙げた。両者の差は僅か1ポイントであり、トランプのバイデンに対する「強い
リーダー」のアドバンテージは投開票日を直前に消えた。東部ペンシルベニア州でも同様の傾向がみ
られた。46%がバイデンを、47%がトランプを強いリーダーであると答えた。一方、南部フロリダ州
では43%がバイデン、53%がトランプを強いリーダーと回答し、トランプがバイデンを10ポイント
引き離した。これらの世論調査の結果を反映し、トランプはフロリダ州でバイデンに勝利を収めた
が、ウィスコンシン、ミシガン及びペンシルベニアの3州をすべて落とした。トランプが描いた強い
リーダー像と現実がずれていたのである。
1-4 「小規模集会•冷静な判断・共感するリーダー像」
上記のようなトランプ型「大規模集会・熱意/熱狂・強いリーダー像」の選挙モデルに対し、バイ
デン大統領は、「小規模集会•冷静な判断•共感のリーダー像」の選挙モデルでトランプに対抗した。
まず、ドライブイン形式の小規模集会を開催した。そこでは有権者は拍手をする代わりに、車中から
クラクションを鳴らして支持表明をした。バイデンは学校の体育館及び教会で演説を行う駅 支持者
にマスク着用と社会的距離を義務づけ、参加人数を厳しく制限した。例えば、中西部を訪問した折、
教会の長椅子に1人乃至2人の支持者しか着席させない事もあった。
トランプとは異なり、バイデンは集会における「熱意の強さ」よりも、冷静な判断に基づいた有権
者の「安全の確保」を最優先させ、「コロナ対応型選挙モデル」に徹した選挙運動を行った。「トラン
プの米国は安全ではない」というメッセージを送って、コロナ禍でどちらの候補が安全を提供できる
のか、米国民に選択を迫ったのである。このメッセージはコロナ禍で安全を確保できないトランプの
「弱み」を見事に突いた選挙戦略であった。フォロアーである有権者も熱狂よりも冷静な判断と安全
を好んだ。この意味では、COVID-19感染症の拡大がバイデンにトランプに対抗できる図式を与えた
とも言える。
さらにバイデンは、有権者に向けて「食卓に空席がある」と述べて、COVID-19の犠牲者が出た家
族に共感のメッセージを伝えた。その上で「トランプは人の命よりも株価のことばかり語っている」
と語気を強めた。
バイデンは1972年12月、クリスマスの買い物に出かけた最初の妻と娘を交通事故で亡くし、ボー
とハンターの2人の息子を抱え、シングルファーザー ・ファミリーを5年間経験した。そして40年
以上も経った2015年5月、長男ボーを脳腫瘍で失った。08年東部デラウェア州の司法長官であった
ボーは、陸軍少佐としてイラクに赴き、約1年間駐留した経歴を持つ。戦死こそしなかったが、帰国
-122-
明治大学社会科学研究所紀要
後脳腫瘍を発症し、46歳の若さで死去した。米軍がイラクで1日に約140トンもの廃棄物を焼却した
際、ボーは有毒ガスを吸い込んだと言われている。
米メディアはバイデンが有毒ガスとボーの脳腫瘍との間に因果関係があると信じていると報道した(注也
一般に米大統領は「米国に神のご加護がありますように」と述べて演説を締めくくるが、バイデンは
大抵の場合「米軍に神のご加護がありますように」と加えて演説を終了する。バイデンは、ボーと同
様、有毒ガスを吸いガン等の病気を患っている退役軍人のために、因果関係が認められなくても給付
金及び医療サービスを拡大すると主張した®18)〇
バイデンと同じ民主党中道穏健派のジェリー ・コノリー下院議員は、「家族の不幸が彼(バイデン)
を思いやりのある人間にした」と述べた®19)〇この選挙期間も、バイデンは「食卓の空席」「米軍に
神のご加護を」の他、有権者の心に響くいくつもの「言葉」で、共感を示し、それを認識させ、リー
ダーシップを強固にした。バイデンは演出したのではなく、経験から自然に「共感のリーダー像」を
自身に重ね合わせたのである。リーダーは人を動かし、あるいは人の動きを止める。感情の共有がそ
れを可能にする。そして、共有したフォロアーがリーダーにアイデンティティを持つ。それがバイデ
ンにリーダーのパワーを与えたのである。
2 トランプとバイデンのコミュニケーションスタイル
2020年米大統領選挙では、トランプとバイデンは、対照的なコミュニケーションスタイルをとって
選挙戦を戦った。2人の候補のコミュニケーションスタイルの相違が、勝敗に少なからず影響を及ぼ
したとみられる。まず、トランプのコミュニケーションスタイルからみていこう。
2-1 分断促進型コミュニケーション
トランプは、16年米大統領選挙と同様、「内集団」対「外集団」という対立構図を尖鋭化させ、恐
怖心を煽って、社会の分断を促進する「分断促進型コミュニケーション」によって、支持者の票を固
める戦略に出た。例えば、16年の時にも用いた「労働者」対「不法移民」である。トランプは、支持
者を集めた大規模集会で白人労働者のような自分を支持する内集団に所属するメンバーに対しては好
意的、移民のような自分が排斥しようとしている外集団のメンバーには非好意的な発言や態度をと
り、両集団の対立を深めた。トランプは、特に、支持基盤の一角を成す白人労働者に対して、「白人
労働者は常に移民の犠牲者である」というステレオタイプ的なメッセージを発信して、被害者意識を
彼等に植え付けたのである。
また、トランプは、「警察官」対「不法移民」の対立構図も鮮明にした。その狙いは、警察官の票
獲得にある。集会で、警察官が不法移民に殺害され犠牲になっていると主張して、ここでも被害者意
識に訴えた。20年5月25日に中西部ミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドが白人警
察官に膝で首を押さえつけられて殺害される事件が発生すると、以前からあった「ブラック・ライブ
-123-
第61巻第2号2023年3月
ズ•マター(黒人の命だって大切なんだ)」運動が大規模に起こった。その時も、トランプは、「警察
官」対「人種活動家」という対立構図を作って、警察官の擁護に回った。
さらに、トランプは、反中国感情を刺激して「労働者」対「中国」という対立構図も作った。「中
国は米国人の労働者の仕事を搾取し、知的財産権までも盗んでいる」と非難し、同国からの輸入品に
対して追加関税をかけて米中貿易戦争を激化させた。そうすることで、低賃金に苦しむ労働者に対し
て「悪いのはあなたたちではない。中国だ」というメッセージを発した。アリゾナ州でのトランプ集
会に筆者と一緒に参加した白人労働者は、「トランプは我々の良き理解者だ」と、強い口調で語った。
しかし、この発言は共感という言葉で分析してはならない。なぜならば、トランプのメッセージは作
為的であり、フォロアーの誤解の上に立った「共感」と考えられるからである。
西部コロラド州コロラドスプリング在住のIT企業の最高経営責任者(CEO)は、「トランプ支持者
は米国の精神である『できるという態度(can-do attitude)』に反しています。自分たちの人生がうま
くいかない責任を、他者や他国に責任転嫁しているのです。彼等を再教育する必要があります」と
語った(注20)。この60代の白人男性のCEOは共和党支持者であるが、20年米大統領選挙ではバイデ
ンに一票を投じた「隠れバイデン」である。トランプの「内集団」対「外集団」の対立構図を用いた
選挙戦略は、彼には効果的ではなかった。
2-2ミスリーディング•コミュニケーションスタイル
次に、トランプは有権者を故意にミスリードする(誤解させる)コミュニケーションをとった。例
えば、米国とメキシコとの国境を訪問し、「壁」建設の成果を強調して、16年米大統領選挙で掲げた
公約を守っているというメッセージを発信した。だが、実際は3200キロに及ぶ国境にフェンスを新
設できたのは僅か48キロである(注%新しいフェンスと交換したものは386キロに止まっている。
加えて、壁建設の費用もメキシコ政府に支払わせるという公約とは違って、米国民の税金を使った。
トランプは「公約を守るリーダー」のイメージを演出したが、これでは有権者をミスリードしたと非
難されても当然である。
また、トランプは集会で、バイデンが警察予算を削減すると言い立て、自身のツイッターにおいて
も同様のメッセージを投稿して偽情報を拡散した。実際には、バイデンは選挙期間中から警察予算削
減反対の立場をとっており、22年3月1日に行われた米上下両院合同議会での一般教書演説で警察予
算増加を約束した。
些細な事に見えるが、大統領選挙後、トランプは7500万票を獲得したと豪語した。だが、四捨五
入するとトランプの獲得票数は7400万票である。7500万票と7400万票では米国民に与える印象が相
違する。トランプは有権者に誤解を与え、嘘を交えながら「印象操作」を行って、自分の意図する方
向へ彼等を導くという手法をとったのである。
-124-
明治大学社会科学研究所紀要
2-3 共感型コミュニケーション
次に、バイデンのコミュニケーションの特徴を挙げてみよう。バイデンのコミュニケーションの特
徴は、彼の価値観の中核を成す「古き良き家族」にある。
まず、両親に関するストーリーテリング(物語を語ること)を行う。バイデンは選挙期間中、両親
から得た教訓を物語風に仕立てて有権者に語った。例えば、父親は「どんな仕事にも重い価値があ
る」と教えてくれたと言う。米中関係については、「誤解に基づく意図しない衝突ほど悪いものはな
い」という父親の言葉を引用した。一方、母親に関しては、吃音症があったバイデン少年に「ジョ
イ、あなたは最高の人間なの」と激励してくれたと紹介した。対照的に、トランプは両親について滅
多に語らない。
前述したが、バイデンは最初の妻と娘を交通事故で亡くした。その後、連邦上院議員を36年間務
め、司法委員会及び外交委員会の委員長職に就いた。その間、1988年と2008年の米大統領選挙に出
馬したが、予備選挙で惨敗し早々と撤退した。にもかかわらず、08年米大統領選挙でバイデンは、オ
バマに民主党副大統領候補に指名され復活した。
オバマ元政権で8年間副大統領としてオバマを支えたバイデンは、回顧録の中で、16年の大統領選
挙に出馬の準備を着々と進めていたことを明かした (注22)。しかし、15年にボーが死去したために、
バイデンは出馬を断念した。
そして、20年の大統領選挙に3度目の挑戦をし、厳しい指名争いを勝ち抜いた。上記のように幾度
となく辛い局面を乗り越えてきた人生の中で、バイデンは人間の死や悲しみを深く理解し、寄り添う
ことができるリーダーに成長していったのである。
トランプはツイッターを武器にして、自身で支持者にメッセージを発信した。トランプのツイッ
ターの投稿には誤字が散見され、言語レベルは小学校程度であると言われた。しかし、トランプ自身
が投稿するツイッターは、同時性は勿論、受信する支持者に感動を与え、個人的な繋がりを作る点で
極めて効果が局かった。
2008年米大統領選挙で、筆者は研究の一環としてオバマ陣営に参加した。当時、南部バージニア州
で戸別訪問をしていた若者のボランティアの運動員は、オバマからバイデン副大統領指名のメールを
受信すると感激していた。彼等の間に受信を通じて、心理的な繋がりが作られた点は看過できない。
一方、バイデンは東部デラウェア州ウィルミントンの自宅に記者会見場を作り、COVID-19による
経済危機、ワクチン承認と供給のタイミング及びトランプの米軍司令官としての適性等に関して演説
を行い、記者から質問を受けた。コロナ禍の中でも、バイデンは過度にSNS (ネット交流サービス)
に依存した選挙戦略を展開せずに、カメラに向かって自分自身の言葉でCOVID-19の犠牲者及び白人
警察官に殺害されたフロイドの家族に直接語りかけた。バイデン陣営の広報部長であったケイト・ベ
ディングフィールドは、「私たちはツイッター戦争に勝っためにまる1日かけるつもりはありません」
と語った(注23)。
大統領就任後、バイデンは上着のポケットにCOVID-19による死者数を記したメモを入れた。演説
-125-
第61巻第2号2023年3月
の中で、死者数に触れる際には、最後の一桁まで読み上げた。バイデンは死者数の四捨五入は「人の
命を切り捨てる」からだと言う。
3トランプのコロナ軽視ーバイデンの科学的知見の重視
トランプは当初、ホワイトハウスでの定例記者会見で、全米のコロナ感染による死者数は、10万人
から最大で24万人になると予想した。その上で、「COVID-19の死者数を10万人に抑えれば、良い仕
事をしたことになるだろう」と、ビジネス感覚で死者数について語った。
さらに、「ウィルスは日光に当てれば消える」「消毒液を注射すればウィルスは消える」「季節が暖
かくなればウィルスは消える」等、楽観的な話をして一部の米国民に誤解を与えた。しかも、「ウィ
ルスはでっち上げた」とまで断言して、現実を覆い隠そうとした。
COVID-19に対する有効な対策を打てないと分かると、トランプはCOVID-19を「中国ウィルス」
と連呼して、米国民の目を中国に向けさせる選挙戦略に出た。だが、トランプ自身が10月2日、
COVID-19に感染し入院した。加えて、トランプの側近も相次いでCOVID-19の検査で陽性反応とな
る事態に陥ってしまった。ホワイトハウスでのクラスター(集団感染)はトランプ政権の危機管理能
カの欠如を露呈した。
一方、バイデン陣営はCOVID-19にかなり敏感になっていた。フロリダ州でバイデンが記者団に接
近して質問に答えていると、ジル夫人が間隔を保っために、彼の腰を両手で持ち、後ろに下がらせた
場面がネット等で拡散した。この映像はバイデン陣営にとって最高の広告になった。ジル夫人のこの
行動は、有権者にはトランプ政権のCOVID-19軽視の姿勢とは極めて対照的に映ったからである。
4 「異文化連合軍」と「単一文化連合軍」
感染症に対する態度と並んで看過できない点は、両者の対照的な異文化に対するアプローチの仕方
である。バイデンは女性、アフリカ系、ヒスパニック系、若者及び性的少数派(LGBTQ)を多く加
えた「異文化連合軍」を組織した。彼等の票獲得が勝利に貢献したことは否めない。米CNNの出口
調査によれば、女性の57%、アフリカ系の87%、ヒスパニック系の65%、若者(18〜29歳)の
60%がバイデンに投票した。一方、トランプは白人労働者、退役軍人、キリスト教福音派並びに白人
至上主義者といった白人中心の「単一文化連合軍」の票固めに走った。しかし、人口における人種構
成が変化する中で、トランプの単一文化連合軍の選挙モデルには限界があったのは事実である。
米ブルッキングス研究所と米公共ラジオによれば、16年米大統領選挙で高卒以下の投票資格のある
白人人口は45%であったが、20年は41%になり4ポイント減少した(注Z公。トランプの支持基盤であ
る高卒以下の白人人口は縮小していたのである。その傾向はペンシルベニア、ミシガン、ウィスコン
シン、南部ノースカロライナ、フロリダ及びアリゾナといった激戦州を含めた14州でみられた。特
-126-
明治大学社会科学研究所紀要
に、勝敗を決定づけたペンシルベニア州では高卒以下の白人が5ポイント減少し、大卒の白人が3ポ
イント増加していた。
これに対し、全国レベルで大卒以上の投票資格のある白人人口をみると、16年は24%であったが、
20年は2ポイント上昇し26%になった(注25)。バイデンの支持基盤は黒人と大卒の白人女性である。
ラテン系の有権者も2ポイント伸びて12%から14%に増加した。殊に、ペンシルベニア、ミシガン、
フロリダ並びにアリゾナといった最重点州で、高卒以下の投票資格を有した白人人口が減少し、逆に
ヒスパニック系が増加した。前述の通り、トランプはバイデンにフロリダ州で勝利を収めたものの、
ペンシルベニア州、ミシガン州並びにアリゾナ州を落とした。この点においても、人種構成の変化が
バイデンに有利に働いたと言える。
5 「隠れバイデン」の登場
5-1「隠れトランプ」の動向
16年米大統領選挙では、トランプに投じることを決めているのにも拘わらず、世論調査員に対して
意図的に自らの選択を隠す有権者ー「隠れトランプ(Hidden Trump Voters)」の存在が明らかになっ
た。彼等はトランプが人種差別者で性差別者であると認識しているが、自分も同じ価値観を有してい
るととられるのは不名誉であると本心を隠す。米コーネル大学のピーター ・エンスとジョナサン・
シュルトは、16年大統領選挙では隠れトランプは世論調査に影響を及ぼしたが、20年の選挙におい
てトランプが世論調査の結果よりも得票率が高かったとしても、隠れトランプの影響ではないと指摘
した(注26)。要するに、トランプの“統治”の間に、「隠れる」必要はなくなったのである。
コロンビア大学で教鞭をとっている民主党支持者の60代の白人女性は、「今回の大統領選挙では隠
れトランプは増えません。前回の選挙でトランプに投票した民主党支持者はヘイト・ヒラリー(ヒラ
リー嫌い)だからです」と指摘した(注27)。続いて、「民主党支持者はバイデンに熱狂的ではありませ
んが、ヘイト・トランプ(トランプ嫌い)の思いが強いのです」と述べた。他方、東部ニュージャー
ジー州の大学で教鞭をとっていた民主党支持者である70代のユダヤ系米国人女性は、「隠れトランプ
はマインドコントロールされているので、彼等の大幅な増減はないと思います」と語った。また、近
隣の友人が「隠れトランプ」であったことを知り、人間関係が崩れたことも明かしてくれた。両者は
研究者として心理面から「隠れトランプ」を分析したが、筆者は研究者ではない「隠れトランプ】6」
にもヒアリングを行った。
対象者はミシガン州出身の60代の民主党支持者の白人男性である。この白人男性は、16年米大統
領選挙でトランプに投票したことを周囲に明かしていなかった。この事実を知った彼の古くからの友
人(民主党員)は、ひどく動揺していた。今回の調査において、彼は「トランプは公約を果たしてい
ません。私は今回の選挙ではバイデンに投票します」と断言した(注28)。
西部ネバダ州で配車サービスに携わっている民主党支持の白人の若者は、「前回の大統領選挙では、
-127-
第61巻第2号2023年3月
トランプが財政赤字を減らしてくれることを期待して彼に投票をしました」と言う「隠れトランプ」
であった(注2”。彼は、「トランプに裏切られました。軍事費は益々増えて財政赤字は膨らむばかりで
す。11月は民主党候補に投票します」と述べ、脱「隠れトランプ」の意思を示した。トランプが大統
領就任から3年以上が経過すると、「隠れトランプ」の間に「トランプ離れ」の動きがあったことは
確かである。
5-2 「隠れバイデン」
共和党関係者が19年に設立した「リンカーン・プロジェクト」は、ネット上で反トランプの政治
広告を相次いで打った。リンカーン・プロジェクトの顧問の1人であるスティーブ・シュミットは08
年米大統領選挙で故ジョン・マケイン上院議員の選対本部長を務めたが、「トランプ党」になった共
和党に見切りをつけて同党を離れた。同じく顧問であるジョン・ウィーバーは、16年の共和党大統領
候補指名争いで、トランプと戦った中西部オハイオ州のジョン・ケーシック元知事の首席補佐官で
あった。
彼等は南北戦争による分断の危機を乗り越えたエブラハム・リンカーン元大統領を理想の大統領と
し、トランプを社会の分断を図る大統領として非難した。選挙戦終盤になると、失業率並びに人種差
別に反対する抗議デモやCOVID-19による死者数を取り上げて、「このままのアメリカでいいのか。
アメリカか、トランプか」とネットを通じて、効果的な質問を有権者に投げかけた。「トランプ対バ
イデン」ではなく、「アメリカ対トランプ」の対立構図にすり替えて有権者に「選択」を迫った。そ
れは取りも直さず、共和党内の反トランプ派の結束を固め、バイデンへの投票を促す活動であった。
つまり、リンカーン・プロジェクトは「隠れバイデン」票を掘り起こす役割を果たしたのである。
前述したコロラドスプリング在住の共和党支持者であるCEOは、周囲に反トランプを明言してい
ないことと併せて、「実は、私は期日前投票でバイデンに投票しました」と筆者に語った。コロラド
スプリングという土地柄は、非常に保守が強く、過去の選挙をみても共和党は勝利を続けている選挙
区である。このCEOはトランプの不誠実さがバイデン支持の主たる理由であると説明した上で、「民
主党の大統領候補が左派のサンダース(上院議員)やウォーレン(上院議員)だったら投票しません
でした。中道のバイデンなので投票しました」と率直に述べた。
16年米大統領選挙では、「隠れトランプ」の存在が多かれ少なかれ選挙結果に影響を及ぼしたと言
われた。これに対して、20年の選挙においては、トランプに失望した「隠れトランプ]6」票並びに
共和党支持の「隠れバイデン」票が、バイデンに上積みされてバイデン勝利の一因となった。
5-3米国社会と「隠れ」
投票行動において、「ある政党の支持者がある選挙で一時的に他の政党に投票すること」を逸脱投
票(vote defection)、そのような投票者を逸脱投票者(defective voters)と呼んでいる(ffi30I〇「レー
ガンデモクラット」がその代表例である。それに対して、2016年の隠れトランプは、1982年のカリ
-128-
明治大学社会科学研究所紀要
フォルニア州知事選挙において、世論調査で黒人候補ブラッドリーに投票すると回答しながらも、実
際は対する共和党の白人候補に票を投じた投票者に似ている。彼等は、多人種受容の価値規範を掲げ
る自党の候補が黒人であった時に、その価値規範に従うことができない自分が、同じ政治信条を奉じ
てきた仲間から批判されることを回避するために、「隠した。」筆者が調査した隠れトランプは、自
分の利益並びにアイデンティティを優先させたいが、周囲との軋軽が予想されることから、誰に投票
をするのかを「隠した。」また、トランプの魅力に惹かれ、その主義・主張に賛成しているのだが、
トランプのような人格と同一視されたくない、あるいはトランプの価値観が非アメリカ的であることを
知っているが故に、「隠した。」ここでは、彼等に共通する心理を捉えて、あえて「隠れトランプ」とし
た。
6 「オクトーバー •サプライズ」の不発
6-1 トランプのオクトーバー ・サプライズとは
米大統領選挙では、選挙結果に影響を及ぼす選挙直前に発生した驚きの出来事を「オクトーバー・
サプライズ」と呼んでいる。例えば、12年米大統領選挙では、10月29日にニュージャージー州に上
陸し甚大な被害を与えたハリケーン「サンディ」カ・、オクトーバー ・サプライズとなった。
選挙戦終盤、トランプは20年米大統領選挙のオクトーバー ・サプライズを仕掛けた。オバマ元政
権が、トランプ陣営に対してトランプタワーに盗聴器を仕掛けてスパイ活動を行ったと主張したの
だ。トランプは、ウィリアム・バー司法長官(当時)が11月3日の投票日直前に、オバマ元政権の
スパイ活動に関する捜査報告書を提出することを期待していた。オバマ前政権のスパイ活動が認めら
れれば「オクトーバー ・サプライズ」になり、当時副大統領であったバイデンにとって大打撃になる
からだ。しかし、バーは報告書を提出しなかった。結局、トランプが仕掛けたオクトーバー ・サプラ
イズは不発に終わった。
6-2 「カウンター・オクトーバー・サプライズ」
前述したが、トランプ前大統領は、投票日の5週間前にCOVID-19に感染して入院した。有権者の
目をCOVID-19から、バイデンの次男ハンター ・バイデンの中国ビジネス並びに都市部の暴動に逸ら
そうとしたが、自身の感染によりCOVID-19の対応に一層焦点が当たってしまった。しかも、それを
機に、バイデンの高齢問題からトランプの健康問題に米国民の関心が移った。トランプの年齢及び体
重を考慮に入れれば、重症化の可能性が高いとまで言われた。
トランプは感染で、自分に不利なオクトーバー ・サプライズを作ってしまった。ところが、彼は入
院から48時間後に退院を果たした。しかも、退院は夕方のニュースの時間に合わせ、ゴールデンタ
イムにホワイトハウスからビデオメッセージを流すという周到振りであった。
トランプはホワイトハウスに戻るとバルコニーに立ち、両手でマスクを外して完全回復の演出を
-129-
第61巻第2号2023年3月
行った。マスクは「弱さ」を象徴し、また着用の義務が「自由」との関係で問題化されていた。マス
ク着用は、バイデン支持者であるという政治的象徴ともなっていた。トランプは、「自分はCOVID-19
(=未知の敵)に打ち勝った強いリーダーである」「中国ウィルス(=現実の政治•経済•軍事の競合
国中国がばらまいたウィルス)に勝った無敵のリーダーである」「米国民はCOVID-19—中国ウィルス
に屈服するな。恐れるな」といった無言のメッセージを発信した。このようにして、自分に不利だっ
たオクトーバー・サプライズを有利な「カウンター・オクトーバー ・サプライズ」に変えてしまつ
た。支持率でバイデンを追うトランプは、COVID-19からの早期回復を劇的なゲーム・チェンジャー
にしようとした。しかし、そのサプライズも長続きはしなかった。入院中の車での外出が、運転者や
セキュリティ一関係者の感染リスクを高めているという批判が広がった。また、一般的な感染拡大は
収まらず、演出のみで有権者を引き付けるトランプの選挙戦略にははっきり限界が見えてきた。
7 「法と秩序」の大統領
現在でも違法行為の疑惑がもたれる事柄について調査や捜査が行われているが、トランプについて
は、17年からの政権中に同盟国からの情報を漏らす行為及びロシアに与える等の行為が糾弾される
等、早々に違法と取られる行動が見られた。また、トランプは社会の分断を煽り、白人至上主義者に
よる犯罪について明確な非難をしない等、法や秩序に相応しくない大統領と、良識者から見られてい
た。しかし、彼は自分の弱みとして突かれる可能性のあるものを潰し、逆転の構図で対抗する手法を
しばしばとってきた。違法性を責められそうな行為に対する防御ーそのキーワードが「法と秩序」で
ある。トランプは自身を「法と秩序」の大統領と呼び、警察官と郊外の有権者及び白人至上主義者の
票獲得のために以下の選挙戦略をとった。因みに、この「法と秩序」を強調したのは、リチャード・
ニクソン元大統領であった。
まず、「法と秩序」の守り手である警察の予算削減に強く反対する一方で、バイデンは賛成に回っ
ていると主張して偽情報を流した。このことについては前述した。
次に、民主党は郊外に低所得者向けの住宅を建設するので、犯罪が増加すると議論した。暴動に関
しても民主党の市長が多い都市部で発生しやすいが、民主党が郊外に拡大していけば、同様に暴力の
件数も増加すると示唆した。有権者に対して懸念や恐怖を与えるトランプの常套手段である。この
時、この暴論を投げかけられたのは、郊外の住民である。彼等は中流階級以上の有権者が多く、治安
に関して非常に敏感である。トランプはその心理に乗じて「法と秩序」を全面に出した。
また、「法と秩序」を守るために投票所でトランプ陣営の「選挙監視員」が必要であると強調した。
特に、ペンシルベニア及びミシガン等の激戦州における同陣営の選挙監視員を求めた。その狙いが卜
ランプ支持の極右武装集団「ミリシア」を利用して、バイデン支持の有権者を脅し、彼等の票を減ら
すことにあったのは明らかであった。トランプは「法と秩序」を隠れ蓑にして、投票妨害を行おうと
する悪質な主張を繰り返し、いくつかの投票所ではそれが実行された。
-130-
明治大学社会科学研究所紀要
米公共ラジオ、公共放送及びマリスト大学の全米を対象とした共同世論調査(20年10月8〜13日
実施)によれば、「大統領選挙で脅しや、合法的有権者の投票を妨害する試みがあると思いますか」
という質問に関して、「多いにある」と「いくらかある」の合計が約7割に達した。上に記したよう
に、激戦州においては、この世論調査の結果が現実化した。投票所の周辺に集まったトランプ支持の
武装集団は、バイデン支持の女性並びに少数派に対して嫌がらせや威嚇を行い、恐怖心を与えた。少
なくとも、有権者は、トランプの「法と秩序」の戦略を否定的に見ていたのは事実である。
結局、トランプが仕掛けた「オクトーバー ・サプライズ」「カウンター ・オクトーバー •サプライ
ズ」並びに「法と秩序の大統領」は、いずれも大した効果を上げることができなかった。選挙戦を通
じて有権者の最大の関心事はCOVID-19感染拡大の収束であり、彼等の目を他の争点に逸らそうとし
たトランプの戦略は失敗に終わったと言えよう。
おわりに
以上、本稿では20年大統領選挙における選挙戦略を「リーダーシップ」「コミュニケーション」及
び「異文化」の視点に立って論じた。トランプは「大規模集会・熱意/熱狂・強いリーダー像」の選
挙モデルを用い、白人有権者中心の「単一文化連合軍」を形成した。一方、バイデンは「小規模集
会•冷静な判断・共感するリーダー像」のモデルを採用し、人種や民族の多様性を活用した「異文化
連合軍」を組織した。コロナ禍で親しい人々の死に直面した有権者が支持したのは、後者のモデルで
あった。
トランプの過激な言語と「異文化排除」の戦略は、現在でも大問題になっている分断及び憎悪を増
加させ、個人的な人間関係ばかりではなく、民主主義一合意形成と多数決の受容といった米国民の価
値観までも変えてしまうほど、多大な影響を及ぼした。これはトランプが大統領職にあった4年間を
経て、米連邦議員に対する脅迫が967%増加したことにも現れている’注粉。一方、バイデンは、コロ
ナ禍であるにも拘わらず、自身の人間性を全面に出しながら、社会の「統一」を訴える選挙戦略を選
択した。アピールをする際、「統一(United)」という言葉をスローガンに掲げ、過去数年の間に顕著
になってきた分断へのアンチテーゼとした。特に、コロナ禍でのバイデンの共感のリーダーシップ
は、社会の傷を癒す点で効果的であり、多くの支持を得た。
技術革新、世界的な感染病拡大、経済的成長あるいは停滞といった社会・経済的変化によって、求
められるリーダー像や有効なコミュニケーションスタイルは変わっていく。その中で、候補は選挙戦
略を立て、有権者に望まれるリーダー像を描き、最も効果的なコミュニケーションスタイルを選択す
る。24年大統領選挙においても、それは変わらない。
今後は、米大統領選挙における選挙戦略の変化を正確に把握することを基礎とし、移民の流入にょ
る価値観の揺らぎも含めて、異文化社会アメリカにおける大統領候補のリーダーシップとコミュニ
ケーションスタイルの理解をより深めていきたい。
-131-
第61巻第2号2023年3月
注
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
Lewin, K., Lippitt, R., & White, R. K.(1939), Patterns of aggressive behavior in experimentally
created Msocial climate”,The Journal of Social Psychology,10 (2) , pp. 271-299.
Leonnig, C., & Rucker, P. (2021),I Alone Can Fix It, New York: Penguin Press, p. 437.
Woodward, B., & Costa, R. (2021),Peril, Simon & Schuster, pp. xiii-xxviii.
ibid., pp. xiii-xxviii.
Bolton, J. (2020) , The Room Where It Happened, New York: Simon & Schuster, pp. 296-298.
ibid., pp. 296-298.
ibid., pp. 296-298.
丸善出版株式会社(宮田智之監修).(2021).ザ・トランプショー ショーの開幕[DVD].
Available from http://www.maruzen-publishing.co.jp/item/?book_no=304322
Trump blasts Fauci and Birx as “self-promoters”. (2021,March 30). Associated Press.
https://foxillinois.com/news/nation-world/trump-blasts-fauci-and-birx-as-self-promoters
(accessed October 29, 2022)
Haltiwanger, J. (2021,April 29). Biden said Americans survival depends on proving to China
that democracy can outpace autocracy. Business Insider, (accessed October
29, 2022)
ibid.
State. Gov. 2021. Summit for Democracy 2021. https://www.state.gov/summit-for-democracy/
(accessed October 29, 2022)
丸善出版株式会社(宮田智之監修).(2021).ザ・トランプショー ショーの終幕[DVD].
Available from http://www.maruzen-publishing.co.jp/item/?book_no=304325
同上
Fader, C. (2021,June 6). Fact Check: Air Force One for incumbent presidents a perk paid for
by citizens. The Florida Times-Union.
(accessed August 28, 2022)
Jackson, D., & Fritze, J. (2019, May 29). Donald Trump slammed Obama for using Air force
One for election campaigning. Now he does the same. USA TODA Y.
(accessed August 28, 2022)
Copp, T. (2020, November 11). Biden suspects toxic exposure in Iraq killed his son Beau. Now
he has a plan to help other sick veterans. TASK & PURPOSE.
-132-
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
明治大学社会科学研究所紀要
https://taskandpurpose.com/military-life/joe-biden-burn-pits-toxic-exposure/ (accessed
November 11,2020)
バイデン大統領は22年8月、「退役軍人ヘルスケア法案」に署名した。同法案は、イラクやアフ
ガニスタンで、米軍の廃棄物焼却により発生した有毒ガスを吸って喘息やガン等を発生した退役
軍人に、給付金及び医療サービスの拡大を目指すものである。ホワイトハウスによれば、500万
人以上の退役軍人が対象になる。例えば、有毒ガスが原因で死亡した退役軍人の妻と2人の子ど
もに、月2000ドル(約25万6000円1ドル128円で換算)が給付される。
2020年7月1日のメールによる回答
2021年5月2日の電話によるインタビュー
「NY検察、トランプ大統領元側近バノン氏起訴 壁建設巡る詐欺容疑」(2020年8月21日)•ロ
イター・
https://jp.reuters.com/article/usa-trump-bannon-idJPKBN25GlVX (2020 年 8 月 21日閲覧)
Biden, J. (2017), Promise Me, Dad, New York: Flatiron Books, p. 223.
Osnos, E. (2020) , Joe Biden: American Dreamer, London: Bloomsbury, p.131.
Montanaro, D. (2020, September 3). Trumps Base Is Shrinking As Whites Without A College
Degree Continue To Decline. NPR.
(accessed September 3, 2020)
ibid.
Enns, P., & Schuldt, J. (2020, October 15). Will “hidden Frump supporters give America an
election day surprise? Los Angeles Times.
(accessed October 22, 2022)
2020年9月3日のメールによる回答
2019年8月8日東部マサチューセッツ州ケープコッドでのヒアリング調査
2020年2月22日西部ネバダ州ラスベガスでのヒアリング調査
逸脱投票・ブリタニカ国際百科事典• (2022 年10 月 26 日閲覧)
米NBCニュース(2020年10月30日放送)によれば、米連邦議員に対する脅迫は、2016年902
件、17年3939件、18年5206件、19年6955件、20年8613件、21年9625件であった。
-133-