メタの監督委員会:その2年間の挑戦の裏側

メタの監督委員会:その2年間の挑戦の裏側
https://wired.jp/membership/2023/01/20/inside-metas-oversight-board-two-years-of-pushing-limits/

『マーク・ザッカーバーグは自分の会社が問題となる投稿をどう処理しているかを調べる目的で委員会を設置した。そしていま、その委員会がソーシャルプラットフォームの仕組みを変えようとしている。

TEXT BY STEVEN LEVY
RELATED ARTICLES

不適切なコンテンツの監視を巡り混迷するツイッターと、結果的に“素晴らしい”ものに見えてきたメタの取り組み
2022.12.12 MON
フェイスブック社員たちの改善提案は、ザッカーバーグには届かなかった:内部告発文書から見えた問題の深層と現場の苦悩
2021.10.29 FRI
ザッカーバーグはわたしたちをメタバースに住ませたがっている
2021.11.08 MON 

【ウェビナー開催】
食のパーソナライゼーション総括編|フードイノベーションの未来像
3月24日(金) 19:00〜21:00は、豪華ゲストと積み重ねてきた議論から「食のパーソナライゼーション」の本質を総括し、ビジネスと社会実装の可能性を探る。ゲストは深田昌則(カーマインワークス代表)。詳細はこちら。

Speculative Zones
3つの読みどころ

1)メタはコンテンツに関する監督委員会を2025年まで維持するために、当初の予算を倍増させると発表した。

2)これまで200万件の抗議を受け付け、内28件に裁定を下し、メタに対して119件の勧告を行なった。

3)その内実は、メタから委員会へのさまざまな妨害や隠蔽があって緊張関係にある一方で、委員会自体は役割の拡大を志向している。

2022年6月30日木曜日の朝、2台の豪華な大型バスがカリフォルニア州メンローパークにある大きなホテルに到着した。進入路には監督委員会のメンバーやスタッフ、理事らが集まっていた。いまは「メタ」に社名を変更したフェイスブックが立ち上げたこの威厳ある集団は、同社で最も問題となる行動について審議するために存在している。それまでビデオ会議や電子メールを通じて無数の協議を重ねてきた委員たちは、今回初めて直接顔を合わせて1週間を過ごすことになっていた。数台のバスが現れ、23人のZoom仲間を4マイル離れたところにあるメタの本社へと送り届ける。

一行はゲーリーが設計した巨大な複合施設を通り抜け、ボウルと呼ばれる緑に覆われた屋外円形劇場へ向かった。昼の暑さのなか、退任が決まっていた同社最高執行責任者のシェリル・サンドバーグが出迎える。その次に現れたのは、国際問題担当のニック・クレッグだ。メンバーが困惑するほど、クレッグは委員会を大げさに褒め称えた。委員たちの質問にクレッグが答えていると、突然ボウルの巨大なスクリーンに見慣れた顔が映し出された。

スティーヴン・レヴィ

ジャーナリスト。『WIRED』US版エディター・アット・ラージ。30年以上にわたりテクノロジーに関する記事を執筆しており、『WIRED』の創刊時から寄稿している。著書に『ハッカーズ』『暗号化 プライバシーを救った反乱者たち』『人工生命 デジタル生物の創造者たち』『マッキントッシュ物語 僕らを変えたコンピュータ』『グーグル ネット覇者の真実』など。

マーク・ザッカーバーグが無表情な顔で汗ばんだゲストたちを見下ろしていた。当初、ザッカーバーグ自身、自分を監督する委員会に自ら参加することを望んでいたのだが、いまのメンバー全員と顔を合わせたのは今回が初めてだった。メタの創業者兼CEOのザッカーバーグは自分がどこにいるのかを明かさなかったが、ほぼ間違いなくハワイにある隠れ家にいたと思われる。前年も多くの時間をそこで過ごした。

ウェブカメラを見つめながら、ザッカーバーグは委員会のそれまでの働きを称賛してこう続けた。表現の自由は彼の会社のミッションにとって常に重要だが、人々はときに発言を通じて他人を危険にさらしてしまう、と。また、メタは言論に関する決断をあまり多く下すべきではない、とも付け加えた。最後に、委員会に対する全面的な支持を伝えて発言を終えた。「わたしはこの試みを始めから重視していました。わたしは委員会が長く続くことを約束します」

実際、それから数週間後、メタは監督委員会を25年まで維持するために、当初の予算を倍増させて、1億5,000万ドル(約190億円)の予算を充てると発表した。それまでの時点で、委員会はコンテンツに関するおよそ200万件の抗議を受け付け、そのうち28件について裁定を下していた。メタに対して、119件の勧告も行なった。裁定には、北米先住民のワムパムベルトやブラックフェイス、あるいは米国前大統領のFacebookからの締め出しなどが含まれていた。

監督委員会はメタの尻拭いをするために集められた操り人形の集団に過ぎない、と批判する声もある。厄介な議論に巻き込まれたくないメタは、問題を委員会に丸投げすることで、降りかかる火の粉を払いのける。かつてイスラエルの司法省長官を務めたこともあるエミ・パルモアは、これまで何度もスーパーマーケットでFacebookのアプリの使い方を教えてくれと、声をかけられたことがあるそうだ。「監督委員会という名前を考えた人を殺したくなります」とパルモアは言う。「何をする組織なのか、まったくわからない名前ですから」

だが、20年の秋にヒアリング活動を開始してからは、委員会は人権団体やコンテンツモデレーションの支持者から一目置かれるようになった。「人々はこの試みは大失敗に終わると予想していました」と語るのは、スタンフォード大学の法学部教授で監督委員会の活動に注目しているエヴリン・ドゥエクだ。「ですが実際には、フェイスブックにある程度の説明責任を負わせることに成功しました」。一方のメタも勝利を宣言する。「わたしは本当にうれしく思います。進展に心からわくわくしています」とクレッグは言う。そして、各問題事案に対する委員会の取り組み方は、「ソーシャルメディア・プラットフォームと独立監視機関の関係で期待される最適なものでした」と付け加えた。

しかし現実はもっと複雑で、クレッグのあふれんばかりの称賛と、ザッカーバーグの励ましの言葉は、委員会の人々を不安にさせた。世界で最も反慣習的な会社が褒め称える監督委員会は、本当に優れた働きをしているのだろうか? 文学と人権の非営利団体であるPENアメリカのCEOも務める委員のスザンヌ・ノッセルは、評価を下すにはまだ早すぎると考える。「わたしたちはまだ仕事のやり方を理解し始めたばかりです」

その委員会も、ひとつの重要な点はすでに理解している。但し書き付きではあるが、委員会にはインターネットの巨人に何十億もの人々の発言の扱い方を変えさせる機会が与えられた、という点だ。』…。