[FT]崩れ始めたプーチン体制 反乱で露呈した政権の弱さ

[FT]崩れ始めたプーチン体制 反乱で露呈した政権の弱さ
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『ウクライナのゼレンスキー大統領が強力な指導者としてのイメージを確立したのは昨年2月25日に撮影された映像によってだった。ロシア軍が首都キーウ(キエフ)に迫る中、彼は仲間とキーウの通りを歩きつつ、市民をこう勇気づけた。

「我々はみんなここにいる。我が国と我が国の独立を守り抜くためだ」

それは今月24日、ロシアの民間軍事会社ワグネル率いるプリゴジン氏が、戦闘員らとモスクワに進軍すると脅した時にロシ

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『それは今月24日、ロシアの民間軍事会社ワグネル率いるプリゴジン氏が、戦闘員らとモスクワに進軍すると脅した時にロシアのプーチン大統領が見せた態度とは対照的だった。

プーチン氏は快適なオフィスからプリゴジン氏の「裏切り」と「反逆」に激しい怒りを示した後、姿を消した。そのためプーチン氏はモスクワから脱出したという噂が駆け巡った。大統領府の高官らは後になって、プーチン氏はオフィスで仕事をしていたと言い張った。

プーチン氏、今や2つの生き残りをかけた戦いに直面
ゼレンスキー氏とプーチン氏の対応の違いは際立つ。ゼレンスキー氏が勇気と仲間との絆、国民の団結を強調したのに対し、プーチン氏は恐怖と孤立、分裂というイメージを放った。

プリゴジン氏の武装蜂起はひとまず幕を閉じたが、ロシアがこれで正常を取り戻すとは思えない。そもそも戻るべき正常な状態などもはや存在しない。

今回、反乱が起きたのはプーチン氏の計画が崩壊しつつあるからだ。そのプロセスはこの反乱で加速する可能性が高い。

今やプーチン氏が生き残りをかけた2つの戦いに直面しているのは明白だ。一つはウクライナとの戦争で、もうひとつは自身の政権内部のぐらつきだ。この2つはつながっている。ウクライナとの戦いでさらに劣勢に追い込まれれば、ロシア国内でのプーチン氏の立場は一段と危うくなる。その逆もしかりだ。

24〜25日の週末に起きた出来事をロシア国民は忘れることなどできない。ロシア市民は今回、プーチン氏がウクライナと北大西洋条約機構(NATO)がロシアに侵略してくるという噓に基づいてウクライナを侵攻したとプリゴジン氏が批判するのを聞いた。ロシア市民は、プリゴジン氏とワグネルの兵士らを「必ず処罰し」、「法と国民を前に責任を負わせる」というプーチン氏の決意も耳にした。

反乱軍を無敵のロシア軍も治安部隊も阻止できなかった
その後、ワグネルがモスクワへの進軍を止める約束と引き換えに、プーチン氏がプリゴジン氏を無罪放免とすることに同意したこともロシア市民はみた。プーチン氏がベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介に頼る姿も目にした。プーチン氏が過去に軽蔑を隠そうともしてこなかったあのルカシェンコ氏に対してだ。

何よりロシア市民は、人口が100万人のロシア南部のロストフ州の都市が制圧され、反乱軍がモスクワを目指して進軍するのを無敵であるはずのロシア軍も、市民の恐怖の的である治安維持部隊も阻止できずにいたことも目の当たりにした。

ワグネルの部隊は、ロシアがウクライナに投入した最も強力な戦闘員で構成されていた。だがワグネルの兵士は解散させられ、プリゴジン氏は国外に追い出されることになった。

ロシア政府としては理論的には今回の反乱に加わったワグネルの戦闘員をロシア正規軍に加えることはできない。前線で戦い抜き、ロシア政府に反旗を翻した彼らが簡単にロシア社会に溶け込むとは考えにくい。ワグネルの戦闘員をロシア軍に組み込むのも危険が大きいようにみえる。

ロシアへの士気にも間違いなく影響
ウクライナで戦っているロシア軍も、戦争へのロシア市民の支持が今後、いつまで続くか不安に思うだろう。プリゴジン氏による反乱、そしてロシアが戦争を始めた理由に関する彼の辛辣な批判は今後、確実に戦場にも伝わる。それは間違いなく兵士の士気に影響する。

米国務長官も務めたジョン・ケリー氏は、ベトナム戦争が終結に向かっていた1970年代当時、「どうすれば兵士に、過ちのために死ぬ最後の人間になってほしいなどと言えるか」と問うた。これは、まさに今のロシア兵にも当てはまる言葉だ。

ウクライナは、ロシア軍内部の対立の表面化は自分たちにとり好機になるとみている。彼らは、今こそ反攻すべく予備兵を投入するかもしれない。7月に開催されるNATO首脳会議では、西側の友好諸国にさらなる支援を訴えかけるべく新たな理論を用意してくるだろう。

ウクライナに、ロシアには勝てないとしてプーチン氏と交渉するようひそかに働きかけてきた同盟各国は当面は静観することになるだろう。対照的にプーチン氏を支援してきた国々は考えを改め、プーチン政権後のロシアがどうなるのかいろいろと検討していくだろう。

プーチン氏にしがみつくことが最大の安全か
それでもプーチン氏の失脚を含め、今後、絶対にこうなるといった見方をするのは間違っている。プーチン氏の友人であるトルコのエルドアン大統領は、2016年のクーデター未遂事件を乗り切り、今も権力にしがみついている。

一方、プーチン氏が自らの体制を維持できる可能性は明らかに低下している。プリゴジン氏は今後もプーチン氏の脅威となる。プリゴジン氏は犯罪を重ね、有罪判決も受けた元受刑者で、戦いの前線に立つことをいとわない。プーチン氏は元官僚で、人前で胸をさらけ出すポーズを好むが、ウイルスに感染するのを極端に恐れる人物だ。2人のこうした好対照ぶりは今、一段と鮮明になっている。

プリゴジン氏がベラルーシの田舎で静かな引退生活を送るとは思えない。同氏は引き続きロシアの軍指導部とプーチン氏を声高に批判し、彼らにとって危険な存在であり続けるだろう。

プーチン氏は、プリゴジン氏が批判してきたロシア国防幹部らを更迭しようとするかもしれない。ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長は確かにウクライナでも、国内でも明らかな失敗を犯した。よって都合よくスケープゴート(いけにえ)にされるかもしれない。だが、2人を排除すればプリゴジン氏の主張を認めることになり、そうなるとプーチン氏はさらに弱い存在に見えかねない。

スケープゴート探しはロシアのエリート層の間に分断を招きかねない。プーチン氏が長く自らの体制を維持してこられた一因は、ロシアで大きな力を持つ人々の多くが自分たちの運命はプーチン氏と彼が作り上げてきたシステムに依存していることを知っていたからだ。

ロシアのエリート層にとってはプーチン氏にしがみつくことが安全確保への道に思えた。だが、そのシステムが揺らぎつつある今、彼らの計算も変わりつつある。

By Gideon Rachman

(2023年6月26日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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ひとこと解説 ロシアをウォッチしている専門家は、今回のプリゴジンの反乱により、プーチン体制がすぐに崩壊したり、ウクライナでの戦争がすぐに停戦に向かうようなことはないと考えています。

ただしラックマン氏が指摘するように、今回の一件で、密接に連関するウクライナでの「プーチンの戦争」とロシア国内での「プーチンの強権体制維持」の双方に、じわじわとダメージが広がっていくのでしょう。

ただ、そのタイミングと行方はだれもわからないと思います。破れかぶれになった核ボタンを握るプーチンも怖いですし、プーチン後、核ボタンを握る人物がだれになるとしても、それも怖いです。

2023年6月30日 8:09いいね
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岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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ひとこと解説 独裁体制の余命診断はとても難しく、今回プーチン体制の脆弱さが明らかになったのは事実ですが、どの程度のダメージが今回あったかを短期的に判断するのは外からはかなり困難です。

ただ、バイデン政権や欧州主要国の政策判断に、相当の影響を与えるであろうことは確実で、そちらの方が短期的には重要かもしれません。

特にバイデン政権はもともと核拡散の問題を気にしているだけに、どういう波紋が広がるか、注視していく必要があります。
2023年6月30日 8:37 』