ChatGPTでコラム執筆を手抜きできるか、やってみた

ChatGPTでコラム執筆を手抜きできるか、やってみた
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0657N0W3A600C2000000/

『筆者は2週間に1回、日経クロステックで「大森敏行のプログラミングで行こう」という連載コラムを執筆している。文章を書く仕事をしている人は分かると思うが、それなりに意味があるまとまった量の文章をこの頻度で書くのは大変だ。

まず、テーマを決めるところから一苦労だ。ニュースが次々に飛び込んでくるような分野なら、そうしたニュースをトリガーにコラムを書くこともできるが、プログラミング分野にはあまりニュースは…

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『まず、テーマを決めるところから一苦労だ。ニュースが次々に飛び込んでくるような分野なら、そうしたニュースをトリガーにコラムを書くこともできるが、プログラミング分野にはあまりニュースはない。あったとしても、プログラマー以外の人には何の意味があるのかよく分からないものだったりする。

私は、コラムのネタを思いつくたびに仮のタイトルをメモするようにしている。現在、どれくらいのタイトルのストックがあるのか数えてみたら、20個ほどたまっていた。

もっとも、こうしたタイトルがすべて使い物になるとは限らない。というか、はっきり言って使えないものが多い。結局、コラムを書く直前の思いつきでテーマを決めるケースが半分くらいある。

幸いなことに、最近の日経クロステックは対話型AI(人工知能)「ChatGPT(チャットGPT)」に注力する方針なので、とりあえずChatGPTに関係しそうなテーマに絞ることができる。そうした意味では、何の縛りもないのに比べるとテーマを決めやすくなった。

テーマが決まったら、なるべくキャッチーなタイトルをまず考える。記事が読まれるかどうかはタイトル次第だからだ。それがうまくはまることもあれば、空振りしてしまうこともあるが。

タイトルが決まったら、それに合わせて本文を書く。取材をベースにした通常の記事であれば、本文を書いてからその内容に合わせてタイトルを決めることが多いが、コラムでは順番を逆にしている。個人名を冠したコラムなので、どんな本文にするかはすべて私のさじ加減で決められるからだ。

もちろん、一番大変なのが本文の執筆作業だ。タイトルの決定と本文執筆を「手抜き」できれば、仕事がずいぶん楽になる。そこで、コラム作成をChatGPTにまかせてみることにした。

ChatGPTが生成するコラムの内容はいかに

まず、生成すべき文章の量を知らなければならない。私の過去のコラムで字数を調べてみたところ、1回につき3500?4000文字程度だった。この情報を基に、ChatGPTに対して次のように依頼してみた。

「3500文字程度で、ChatGPTに関するとても興味深いコラムを書いてください」
丸投げ感あふれる依頼だ。この依頼を受けてChatGPTが書いてきたコラムのタイトルは「ChatGPTとAIの新たな時代」。文章を次々に生成してくれる。

文章が途中で途切れた。いつものことだ。ChatGPTが生成する回答は、1度に出力できるトークン(文字数や単語数の単位)の量が決まっているため、その上限に達した時点で回答が終了する。英語では1トークンが1単語に相当するが、日本語では1トークンが1文字になることが多い。

「続きをお願いします」などと書けば、続きの文章の生成が始まる。ChatGPTがコラムを書き上げたところで字数を数えてみた。だいたい1600?1700文字だ。

これは予想していた。ChatGPTは基本的に文章の意味を英語で解釈するので、文字数をアルファベットの1バイト単位で数えるはずだ。なので、2バイトの日本語の文字では文字数が半分になる。ということは、想定の2倍の文字数を指定すればいいことになるが、あまり長い記事を読むのも面倒だ。とりあえず、この長さでコラムの生成を繰り返すことにした。

さて、生成されたコラムの内容はどうだったか。ChatGPTの基になった大規模言語モデル(LLM)「GPT」やChatGPTの特徴、課題などを取り上げている。学生がChatGPTについてまとめたリポートだとすれば、よくできているのだろう。

しかし、コラムとして見れば「悲しいほどつまらない」というのが正直な感想だ。当たり前の事実がずらずらと並べられているだけである。丸投げで素晴らしいコラムが生成されると期待するのは虫がよすぎた。

人が書いた記事であれば、問題点を指摘するときには慎重に言葉を選ぶ必要がある。しかし相手は機械だ。思いっきりダメ出ししてみることにした。

「あなたが書いたのはChatGPTについてのリポートであって、コラムになっていません。コラムには独自の視点が必要です。あなたは、職業プログラマーではないがプログラミングの知識を持つコラムニストです。そうしたコラムニストの視点でコラムを書いてください」

ChatGPTが書いてきたコラムのタイトルは「ChatGPTと私たちの未来への想像力:コラムニストの視点から」。いきなりタイトルで言い訳している。素直というか幼稚というか。本文にも「コラムニストとして」という言葉がやたら出てくるが、内容は相変わらず陳腐だ。出来が悪い学生の相手をしている気持ちになってくる。

相手は機械なので、思いっきり嫌みをぶつけてみた。

「おそろしく陳腐な意見ですね。やはりAIには面白いコラムは書けないのでしょうか」
するとChatGPTが謝ってきた。申し訳ない気持ちになる。

「私の謝罪を受け入れてください、もしあなたが前の文章に満足していないなら。AIは、各個人の独特な視点やセンスを持つことはできません。それにもかかわらず、再度試みて、ChatGPTに関するより洞察に富んだ、そしてかつ独自の視点からのコラムを提供しましょう」

書いてきたコラムのタイトルは「現実のシミュレーション? それともAIの虚構の世界?-ChatGPTと私の絶妙なダンス」。一生懸命凝ったことを考えようとしているみたいだ。本文にも少し面白い視点が見られた。ChatGPTは鏡のようなものであり、ユーザーの内面世界を映し出すのだという。

ただ、このコラム連載は名前に「プログラミング」が入っている。どうせならもう少しプログラミングの視点が欲しい。

「コラムにプログラミングのエッセンスを盛り込んでもらえませんか」

生成されたコラムのタイトルは「AIとプログラミングの無限の融合 – ChatGPTと私のコーディングの冒険」。ChatGPTがプログラミングにどのように役立つかを論じている。内容はそこまでひどくはない。テーマを絞るほど一般論から離れていくためだろう。

ChatGPTの存在自体を利用する

とはいえ、結局、ChatGPTが私のコラムの代筆をパーフェクトにこなすことはできなかった。当たり前である。ChatGPTは私ではないのだから、私のコラムを書けるわけがない。

もうお気づきだと思うが、私の目的はChatGPTにコラムを書いてもらうことではなく、ChatGPTとのやり取りでコラムの行数を埋めることだった。その目的は十分に達成できた。いつもよりもはるかに楽に本文を書き進めることができたからだ。

こうしたChatGPTの使い方は、いわば「メタな利用法」といえる。ChatGPTの生成物を利用するのではなく、ChatGPTの存在自体を利用するのだ。

ほかにChatGPTのメタな利用法としては、「言い訳に利用する」というのを聞いたことがある。ある人が仕事で書いた文章に対し、人がダメ出しすると角が立つ。そこで、ChatGPTにその文章を入力して問題点を洗い出してもらうのだ。多少厳しい指摘であっても、「ChatGPTは機械だから、人間の気持ちは分からないよね」と言い訳できる。

ChatGPTの普及が進むにつれて、様々な人が使うようになっていくだろう。その過程で、思いもよらないユニークな使い方も生まれてくるはずだ。今後が楽しみである。

(日経クロステック 大森敏行)

[日経クロステック 2023年6月2日付の記事を再構成]』